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「おかえりなさい姉さん」
「ただいましのぶ」
カナエが帰宅したのは全員が夕食を食べ終えた後だった。一人で帰って来れた事に安心したしのぶは笑顔で出迎え、カナエも釣られて微笑んでしまう。なにせ、カナエはまだ怪我が完治していないのだ。
一人急用が出来たと言った時はしのぶも同行しようかと聞いた。しかし、カナエは「お館様とお話し」だからと、沖田と蝶屋敷の皆を見るようお願いし、流石のしのぶも「お館様」の言葉を出されては黙って頷くしかなかった。
「あの後どうだった?ちゃんと楽しめたかしら?」
「それが姉さん──」
しのぶはその後のことをカナエへと語る。
「そう──沖田ちゃんにはまた助けられちゃったわね」
「ええ──本当に」
「アオイにもお礼を言わないと」
いつもと変わらない微笑みを浮かべるカナエ。しのぶはそんな顔を姉の姿を見ると、本当に沖田への感謝が尽きなかった。彼女がいなければ今頃こんな時間なんてなかったのかもしれない。たまにそんな事を思うたびに胸が苦しくなる思いだった。
(過ぎたことなのにね──)
だから──起こったかもしれないからこそ怖いのかもしれない。
「沖田ちゃんは今何してるの?」
「縁側でのんびりしてます。すこし疲れたのかもね。帰ってきた時、少し咳き込んでましたから」
「そう………」
「姉さん?」
少しだけカナエの表情が曇ったことを見逃さなかったしのぶ。
なんとなく察してしまう。
「もしかして姉さん……」
「ええ」
▽▽▽
一人縁側で夜空を見上げる沖田。生前、京の川原で見た景色と全く変わらない。時代と共に街並みや人達の服装は変わっていくというのに、自然だけは変わらずに時間が流れる──
なんて、らしくもない想いが心の中を満たした。
左手で置いてあった愛刀である"加州清光"を手に持って見つめる。少しだけ鞘から出して、刃から反射される自分の顔を見つめた。
(何故、私はこの時代に受肉されたのでしょう……)
一人でいる時はどうしてもそんな事を思ってしまう。
誰かに召喚されたわけでもなく、聖杯戦争すら行われている気配すら見せないこの世界──
どうしてもそれだけが気になってしまう。
(私がこの時代にいる意味……)
何か意味があると願いたい──
(今度こそは最後まで戦い抜く……でも、ここに聖杯はない……)
──なら、己がする事は……
「沖田ちゃん?」
「──!?カ、カナエさん」
カナエの声にハッと我に帰った沖田は刃を鞘へと戻し、左へと振り向いた。そこには心配そうにこちらを見ているカナエの姿がある。
「大丈夫?」
「はい。少しだけ考え事をしていただけです」
笑顔を見せながらそう言う沖田を見て、カナエは「そう──」とだけ言って微笑んだ。
「沖田ちゃん。今大丈夫かな?」
「え?はい、大丈夫ですけど」
「よかった。じゃあ、ちょっと部屋まで来てくれるかな?」
それだけ伝えるとカナエは廊下の奥へと歩いていく。
(話ってなんでしょう……)
そう疑問に思いながらも沖田は片手に刀を持って、カナエの歩いて行った方へと向かうのだった。
▽▽▽
部屋へ入るとそこにはカナエとしのぶが座布団の上で正座をしており沖田を待っていた。少し真剣な表情に何事だろうかと沖田は思ってしまうが、何も言わずに向かいにある座布団へと正座をする。
「急にごめんなさいね沖田ちゃん」
「いえ、気にしないでください」
「えっと、お話というのはね──沖田ちゃん。鬼殺隊に入る気はない?」
「──え?」
話──というよりは勧誘だ。だが、カナエの様子を見るにあまり本意ではない様子……
それもそうだろう。沖田は命の恩人でもあり、家族のようなものなのだ。その家族に命に関わる場所の勧誘などしたくないのは当然だろう。それに、しのぶ経由で沖田が病弱だと言う事を知られており、毎日体の調子を聞いてくるほど心配してくれている。
「──今日、私が上弦の鬼と戦った時のこと報告しに行ってたの。何があったのか……そして、私が生き残れた理由を全部」
カナエの話で察しはついてしまう。つまり、カナエの上司──いや、組織のトップにあの日の出来事を話したことにより、上弦の鬼を撃退させた沖田に興味を抱いたのだろう。
「お館様はぜひ沖田ちゃんに鬼殺隊に入って欲しいって言ってたわ。でも、強制ではなく自分の意思で決めて欲しいって」
(自分の意思で──ですか。そのお館様もきっと優しい方なのでしょう)
普通なら沖田のような常人離れした者を戦力として手に入れたいはずであろう。だが、カナエが言うお館様は本人の意思で決めて欲しいと言ったらしいのだ。
鬼殺隊のことはカナエからは聞かされている。
名前の通り鬼殺隊は"
それでも、鬼殺隊は鬼が有利である闇の中で戦う──
命がけで──
そして、敵となる鬼──鬼は日輪刀と呼ばれる刀で頸を斬るか、日の光に当てて消滅させること以外に倒す方法がなく、頸以外の部位を斬ってもすぐに再生するらしい。
沖田が初めて鬼と遭遇した時、偶々頸を斬って倒せたのは運がいいと言える。だが、その後の上弦の鬼との戦いではやらかしてしまった。沖田が放った奥義『無明三段突き』はいわゆる突き技だ。刺した部位も心臓と鬼にとっては意味もないところで、そのまま頸を跳ねていれば良かったと沖田は夜な夜な後悔したとか──
だが、それ以前に沖田の持つ刀『加州清光』は日輪刀ではない。何故、あの時鬼を倒せたのかは未だに不明だ。一度、カナエにもそのことを話した事があり、帰ってきた答えは「分からない」だった。当然と言えば当然だ──カナエは鬼を狩る隊士だったが、刀に関しては無知ではないものの、専門家ではない。また、日輪刀以外で鬼を倒せた事例など全く聞いた事がなかったのだ。分からないと言うのが正しいだろう。
閑話休題
話を戻して鬼殺隊に入るかどうか──
沖田はあの日のことを思い出す。鬼と初めて遭遇する前に見たあの光景。
無慈悲に食い荒らされた家族の死体……鬼が来るまでは幸せな時間を過ごせていたのだろうと思うと胸が締め付けられる思いだ。
それが……鬼のせいで壊されたのだと、それが各地で起きているのだと思うと許せない気持ちが溢れる。
人斬りとはいえ良心はある。何も辻斬りのような快楽殺人を行なってきたわけではないが、どう言おうが人を殺してきたことには変わりない──そして、人斬りだったことが消えるわけではない。
それでも……
「カナエさん──私、入ります。鬼殺隊に」
「──本当にいいの?」
「はい。人斬りだった身とはいえ、今更鬼を殺すことに抵抗なんてありません。それに、私は刃を振るうことでしか人を救えない者ですから」
「そんなこと──」
カナエはそれ以上言えなかった。言ってしまえば、それは沖田が行ってきたことを全て否定してしまうことになると思ったからだ。
「一殺多生。一つ斬る事で多くを救えるなら私は──その刃を振りましょう。今度は人を斬るのではなく、救うために鬼を斬ります。だから私は──鬼殺隊に入ります」
「沖田ちゃん………分かったわ」
ふぅ──と、カナエは軽く息を吐くと沖田の目を見つめた。例えカナエが鬼殺隊に入って欲しくないなんて、本音を言っても無駄だろうと悟ったのだ。
──この子は決めたことは曲げない。
そんな目をしているからだ──
「貴方が入ると決めたなら私達からは何も言えないわ──だから、これからのことを話さないとね。沖田ちゃん……まず、あなたは鬼殺隊に入るために最終選別に行ってもらいます」
「最終……選別?」
最終選別という言葉に沖田は首を傾げてクエッションマークを浮かばせる。
「姉さん。沖田さんほどの実力者なら最終選別に行かなくても──」
しのぶの表情が少し陰ってしまう。
「お館様の提案よ。もし、沖田ちゃんが鬼殺隊に入る意思を見せたのなら、最終選別は行かせてあげてほしいとおっしゃったの」
「お館様が……」
「理由は私にも分からない。けど、何か意味はおありの様子だったわ」
「………」
カナエの言葉にしのぶは何も言えなくなってしまう。表情は依然として陰ったままだ。
「内容は藤襲山という山の中で七日間生き残る──それだけですが、藤襲山の周りには鬼が嫌う藤の花が咲き誇っています。山から鬼を出さないために……」
「なるほど──いわゆる鬼がいる山の中で七日間生き残れという事ですね」
「はい」
側から聞けば地獄だ。山の中で生き残るのにも苦労するというのに、鬼もいるというのだ。弱い鬼しかいないと補足されるも、いるいないだけで難易度が倍違ってくる。
「本当なら育手を介して最終選別へと赴くのですが……」
「育手ですか……」
「育手というのは剣士を育てる者の呼び名ね。意味合いとしては師匠とあまり変わりないけど──一応、形では私が育手として沖田ちゃんを最終選別へ向かわすことを許可した……という
ということは、形であれカナエと沖田は師弟関係となる。
「では、カナエさんのことは『御師匠』と呼んだ方がいいですか?」
「そんな堅苦しい呼び方しなくても大丈夫よ。今まで通り、カナエで構わないわ──でも、沖田ちゃんがどうしてもって言うなら、『カナエお姉ちゃん』って呼んでくれてもいいのよ?」
「あっ、それは遠慮します」
「そんなストレートに言われると傷つくわ……シュン……」
「自分でシュンとか言わないでください。そして、そんな上目遣いで見られても呼びませんよ」
実際、今はカナエと変わりない年齢姿であるが、人生的には沖田の方が歳上である──
それからカナエからは最終選別が行われるのは二ヶ月後だということを聞き、話はそこで終わるのだった。
自室へ戻った沖田は、就寝の為布団を敷き、寝巻きへと着替えた。
(最終選別ですか……)
鬼殺隊へ入隊するための最後の壁……鬼がいる山の中で、七日間生き残る事が合格の条件。鬼を倒せるほどの実力を持つ沖田であるが、心配があるとすれば一つだけ。
体が耐えれるかどうかだ──
受肉した体では魔力での回復は望めない。人と同じく、自然治癒や医療品による治療でないと怪我や病気が治らなくなってしまっているのだ。そして、沖田は生まれつきながらの病弱持ちである。
サーヴァントは民衆が抱いた心情で体に具現化してしまい、沖田の場合は天才剣士でありながらも、病を持ち、若くしてこの世を去った人物として有名だ。後世ではそれが災いとなってかそう認知されてしまい、常人離れしたサーヴァントになってさえも病弱という呪いを持つことなってしまう。
「受肉しているのですから、体力はつきますよね……なら、今からでも体力作りをした方がいいですかね?いや、でも病弱は言えばもう呪いみたいなもんですし、体力作りしても意味はありませんか……」
だとしてもやらないよりはマシかもしれない……
そんなことを思っていると──
『沖田さん?まだ起きてますか?』
戸の向こうからしのぶの声が聞こえてくる。
「あっ、はい。起きてますよ」
『今、大丈夫でしょうか』
「はい。大丈夫です」
沖田はどうしたんだろうと思いつつ、戸の方を見つめていると、少し沈んだ顔つきをしたしのぶが入ってくる。
(どうしたんでしょう。しのぶさん……)
カナエと話をしている最中、しのぶの表情には気づいていた沖田だったが、話が終わった後にしのぶはすぐ部屋から出て行ってしまい聞けずじまいにいた。
「夜分遅くにすみません。どうしても話しておきたい事がありまして──」
「話しておきたい事ですか?」
コクっと頷き、しのぶは沖田の前へと座った。
「沖田さん……最終選別。本当に大丈夫なんですか?最終選別は思っているより過酷なものなんですよ?」
「しのぶさん……」
「姉さんは優しいから言わなかったとけど……最終選別は五人生き残れば優秀と言われています。上弦の鬼を撃退できる力はあっても、あなたは体が弱い──もし、戦いの最中で倒れたりでもしたら……」
そう言いながら顔を俯かせて手を震わせているしのぶ。
「……すみません、しのぶさん。心配してくれて──」
「ええ──ええ!心配ですよ!本当に!!」
「うえぇ!?」
感情が高ぶってしまったのか、しのぶは顔を上げてズイッと沖田の方へと詰めより、言葉を続ける。
「目の前で何回も吐血されては心配になりますよ!あなたは大丈夫だって言いますけど、その姿を見るこっちの身になって考えてみてくださいよ!心配を通り越して不安のあまりに怖くなりますよ!今日なんて帰ってからずっと咳き込んでたじゃないですか!アオイとカナヲと三人もずっと心配してるんですよ!そんな中で鬼殺隊に入ると言いますし、最終選別は行くことになりますし!!なんなんですか!?沖田さんは人を心配させる天才なんですか!?」
とんでもない爆発力だった──口を開くと、沖田のことが心配のあまりに怒り?の言葉が、機関銃のように放たれたのだ。圧倒されてしまった沖田は両手を前に出して、暴れる馬を宥めるかのようにしのぶを落ち着かせる。
荒い息をたてながらも、落ち着きを取り戻したのか一度深呼吸を行う。
「失礼しました──少しだけ熱くなってしまって……」
それだけ沖田のことが心配なのだろう。そう理解しているので、沖田は戸惑いながらも嬉しい気持ちだった。
「ええ。落ち着いてくれてよかったです……」
「ふぅ……沖田さん。本当に最終選抜へ行かれるんですか?」
「はい──もう決めましたから」
「──はぁ……姉さんと一緒ですね。言ったことはテコでも動かないところ」
なにか諦めたのか、しのぶはやれやれと言った感じで苦笑してしまう。
「分かりました──なら、私は沖田さんに薬を作ります」
「く、薬ですか?」
「はい。沖田さんのその──吐血する症状を抑える薬を作ります」
ニコッと笑うしのぶ。要するに沖田の病弱を抑える薬を作るということらしい。
「それって……可能なんですか?」
「その言葉の意味は分かりませんが、人間やろうと思えばなんだって出来ます。だから作ります」
「すごい根性論ですね──」
「はい。鬼を殺す毒を作っていたところでしたけど……今は置いておきましょう」
(今、サラッと怖いこと言いましたね……)
「ということで沖田さん。明日採血お願いしますね?」
「え〜……注射は嫌いなんですが……(小声)」
「
「あっ、はい。是非……」
──笑顔が怖いですよ……しのぶさん。