虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 ~刹那の奇跡を紡いで~ 作:関崎比呂
とても励みになります!
第一話 廃部、そして彼女の行方
やりたいこと。続けたいこと。やるべきこと。
叶えたい夢。掴みたい夢。
理想。現実。限界。
人は常に『理想』と、それを叶えるための『現実』との間に生きる生き物だ。
理想を語るのも夢を見るのも自由。しかし現実は自由ではない。
自分のやりたいこと、掴みたいもの、走りたい道――。
当然……思い通りにいかずに挫折してしまったり、諦めてしまったりする人は数多く存在するだろう。
そうやって夢を捨てて生きていくのも一つの人生だし、そうしたことでまた新しい発見があるかもしれない。
辛いこと、悲しいこと、見たくないもの、感じたくないもの、嫌いなもの――。
そのすべてを背負い、前だけを向いてガムシャラに突き進める強い想いと……それに伴う過酷な努力。
夢を追うということは……そういうことなのだ。
人生において、正解なんてものは存在しない。
人生の主人公は自分だ。
例え他人からなにを言われても、自分が選んだ答えが……自分の人生においての正解となる。
だけど一つ、俺から言わせてもらうとすれば。
――夢を持て。
どんな夢でも構わない。現実的な夢でも、非現実的な夢でもいい。
自分の『これだ!』と思うものを見つけるのだ。
その夢の対象が自分でも……
そうすればきっと――。
『なにか』が始まるから。
× × ×
ここ、虹ヶ咲学園はお台場に位置する女子高である。
自由な校風、数多く選択できる学科、活発な部活動……そして寮などなど。特徴をあげていけばキリがない。
所属している生徒は日本人だけなく、海外から入学してくる子も多いのもまた大きな特徴だろう。
一つ……言うとすれば。
何度か言っているが……建物が大きすぎる。
俺が最初にこの学園に来て思ったことは、『なにここ空港?』だ。
現代の若者が好みそうな内装と、爽やかな雰囲気。ここに入学してくる生徒は皆楽しそうに過ごしている。
そして。
絶対に……
分かりやすく例えるとすれば、都内の大きな駅が分かりやすいだろう。
一つどころか、十個近い線が同じ駅内を通っているような駅だ。
まず絶対に最初は迷うだろう?
〇〇線に乗りたいのに、△△線の方に出てしまった……とか、迷いに迷いまくって歩いた結果、結局最初のところに戻ってきてしまった……とか。
地方から初めて東京に遊びに来た人なんかは特に経験することだろう。
それを想像してもらえば分かりやすいかもしれない。
入学してきたばかりの一年生は百パーセント迷う。
下手したらあまり校内を移動しない二年生でも迷う。
それはもちろん俺たち教師も例外ではなく……。
俺自身、学園内を完全に把握するのにかなり時間がかかったものだ。
一年目のころなんか、当時の三年生や二年生にどれだけ教室などの場所を教えてもらったか分からないレベル。
いやほんとに……広すぎるんだよこの学園。魔境かよ。半分くらい削ってくれよ。移動だけで疲れるんだよ。
「そういえば先生、今更なんですけど」
現在俺と高咲、そして上原は部活棟に向けて歩いていた。
部活棟は名前の通り、様々な部活の部室が設けられている棟である。
最初に言った通り、この学園にはかなり多くの部活動や同好会が存在し、一般的なものからマイナーなものまで……幅広く作られている。
そういったところも、虹ヶ咲学園の良さの一つだろう。
そして俺たちの目的地は……スクールアイドル同好会の部活だ。
「おう、なんだ?」
ツインテールを揺らしながら隣を歩く高咲に返事をする。
それにしても……スクールアイドル同好会ときたか。
まさかスクールアイドルとはねぇ……。
もしかして高咲、興味を持つようななにかきっかけになるようなものを見たのか?
例えば……スクールアイドルのライブ――とか。
まさか――。
「先生って、どうして科学の先生でもないのに白衣を着てるんですか?」
「あっ、それ私もちょっと思いました」
高咲の隣を歩く上原も反応する。
どうして白衣を着ているときたか……。
たしかに俺は高咲の言う通り、基本的にはスーツズボンにワイシャツ、そしてその上から白衣を着ている。
なにか特別な集会や式典などがない限りはこのスタイルだ。
というか、本当に今更だなおい。
俺は歩きながら答える。
「あー、実は割と深い事情があってだな……」
「まさか、外波先生って実は保健室の先生としても活動できる資格がある……とか?」
「国語以外にも科学を教えられる……とか?」
なるほど……良い線をついているじゃないか。
俺は一度深く息をつく。
俺の言葉をワクワクしながら待っている二人にその理由を言い放った。
「白衣って……なんかかっこよくね?」
どやぁ――。
「めちゃめちゃどうでもいい理由だった……!」
「おい、どうでもいいとはなんだ。かっこいいだろう? 自分で言うのもなんだが、結構似合っていると思うん――」
「はいはい、かっこいいですよ先生」
「そういうのはもっと感情を込めて言おうな高咲」
高咲侑、今日も今日とて俺の扱いが素晴らしく雑である。
そんな俺と高咲のいつも通り繰り広げられるやり取りを見て、上原が愛想笑いを浮かべた。
「あはは……私はかっこいいと思いますよ……?」
「ありがとう上原結婚しよう」
「えっ、えぇ……!?」
「ちょ、ちょっと先生!! 歩夢は渡しませんからね!?」
「ふっ……仕方ない。それなら高咲も一緒に貰ってやろう」
「ごめん歩夢! 犠牲になって!」
「おい」
「侑ちゃん!?」
見事な手の平返し。
俺たちの冗談に対して焦っている上原を見えるとほっこりしてくる。
高咲と違って、上原は可愛いやつだなぁ。
上原は引っ込み思案で自分の意見はあまり言わないが、根はとても優しい。
常に周りを見ていて、良い意味で気を遣える女の子なのだ。
とはいえ、自分の抑え過ぎているところもあるから……そこはちょっと心配である。
恐らく上原のそういう部分を上手く引き出すことができるのは高咲だけだろうし……。
――なにはともあれ。
今日も今日とて俺たちは平和である。
× × ×
そんなこんなで。
とりあえず部活棟に到着!
部活棟には生徒たちで溢れかえっていた。
今から部活動に取り組む生徒、気になる部活動を探している生徒、それ以外の目的を持った生徒などなど……。
……相変わらずでけぇなぁここも……。
「広い……大きい……生徒多い……!」
「そりゃ同好会だけでも百個以上あるからな」
「マジですか……」
驚く高咲に俺は頷く。
もちろんすべての同好会を把握しているわけではないが、 とにかく同大な数あることだけは確かだ。
俺はどこかの部活や同好会の顧問をしているわけでないから、部活関係は結構疎かったりするのだが……。
改めて広い部活棟を見渡し、俺は決め顔を作る。
「もしかしたら、外波空同好会というのがどこかに……」
「あはは、ありえないですって」
「お前マジでそのツインテール引っこ抜くぞ」
両手を振り上げた俺を見て、高咲は「助けて歩夢ー!」と言いながら上原の背中に隠れる。
上原はそんな高咲と俺を交互に見てアワアワしていた。
まったくこのツインテールめ……。
どんな目で俺を見ているのかが気になるわ。
俺は額に手を当てて溜息を吐いた。
というか、こんなバカみたいな話ではなく割と真面目に高咲に質問があるのだった。危ない危ない。
「そういえば高咲」
「はい?」
「それと上原も」
「は、はい」
スクールアイドル同好会の部室に向かう前に俺は足を止める。
高咲と上原は俺を見て首をかしげた。
このまま同好会の部室に案内しても良いのだが……。
やっぱり気になるし、聞いておこう。
「聞いてもいいか? お前に……お前たちに、なにがあったのか。なんでスクールアイドル同好会なんだ?」
俺の真剣な問いに、二人は息を飲んだ。
そしてお互いに顔を合わせて……静かに頷く。
代表して高咲が一歩前に出ると、優しく微笑んでその理由を告げた。
「私、昨日優木せつ菜ちゃんのライブを見たんです」
やっぱりな……。
昨日、俺と高咲たちは同じ場所にいたということか。
俺は頷いて、高咲の言葉の続きを待つ。
「そこでせつ菜ちゃんの歌を聴いて……私、ときめいたんです! 心の底までせつ菜ちゃんの歌の虜にされて……大好きになっちゃいました!」
「……そっか。感じたんだな、昨日言っていたことが」
「はい! それでスクールアイドルにすっごく興味を持っちゃって、朝までいろんな動画を見ちゃってました!」
「お前それで今日の朝少し眠そうだったのか」
でも……良かった。
きっと昨日見た優木せつ菜のライブが、高咲の中のなにかを変えたのだろう。
スクールアイドルを語る高咲の表情は、俺が今まで見てきた中で一番輝いていた。
それほどまでに……『ときめいた』のだろう。
どこか毎日退屈そうにしていた教え子が、こんなに夢中になれそうなものを見つけられるなんてな……。
……やばっ。気を抜いたらめっちゃ嬉しくて口元がニヤけそうになってきた。
そんな顔をこいつに見られたら、絶対に馬鹿にされる。
俺は小さく咳払いをして気持ちを入れ替える。一旦適当にはぐらかそう。
「はーん? さてはお前……優木せつ菜のサインが欲しいんだな?」
「た、たしかにそれもあるんですけど……。それ以上に伝えたいことがあるんです。でも、せつ菜ちゃんが何年生でどこの学科に所属しているのかとか……そういう情報が一切なくて……」
正体不明の虹ヶ咲学園のスクールアイドル。
それが優木せつ菜という少女だ。
彼女の情報はただ一つで、この学園の生徒であるということだけ。
そのほかの情報を知るものは誰もいないという。
それこそ、同じ同好会のメンバーも……だ。
……それより。
「伝えたいこと?」
「はい! 昨日のライブで感じたことを……最高だったって……大好きだって伝えたくて……」
「高咲……」
高咲の表情は、とても楽しそうだった。
初めて見たライブ、初めて見たライブ。
そして――。
初めて自分の心に受けた最高の刺激。
そんな『初めて』を与えてくれたのが、一人のスクールアイドル……か。
それがよりにもよって、あの優木せつ菜とはな……。
「りょーかい。それだけちゃんとした理由があるなら十分だ」
俺は小さく笑う。
高咲、お前相当はまったんだな。
スクールアイドルに――。
優木せつ菜に。
「さーてと、それならさっさと部室まで行くか!」
高咲の気持ちを聞いて満足した俺は、再び歩き出そうとする。
その時――。
「――あれ? となみんじゃん! おいっすー!」
離れた場所から聞こえてきた元気な声。
俺のことをとなみんと呼ぶ生徒なんて……一人しかいない。
俺は深く溜息をついて、声の主に視線を向けた。
「……やっぱりお前か宮下」
目立つ金髪に着崩した制服。
視線を向けた先にはヒラヒラっと手を振っている宮下愛の姿があった。
――ん?
いや、宮下だけじゃない。
「あぁ……
宮下の隣には、桃色の髪をした小柄な生徒が立っていた。
その少女は、俺の言葉に「うん」と小さく頷いた。
情報処理学科一年。
天王寺
よく宮下と一緒にいる常に無表情の生徒である。
× × ×
「へぇー、それでスクールアイドル同好会の部室に行こうとしてたんだ」
「そういうことだ。というかお前、スクールアイドル同好会のこと知ってるんだな」
「そりゃ知ってるよー。今年出来たばかりの部活でしょ?」
さすがはコミュ力の化物。
校内のことならなんでも知っているのではないだろうか。
ふっふーんを得意気に笑みを浮かべる宮下に感心していると、ふと視線を感じた。
気が付くと、天王寺がジーっと俺を見ていた。
「ん? どうした天王寺、いくら俺がかっこいいからってジーっと見られると照れ――」
「ううん、そうじゃない……です」
「……。……うん、ですよね」
天王寺は俺の華麗なるボケを真顔で一蹴する。
いや、分かる。分かるんだよ!
天王寺もきっと冗談っぽく笑いながら言いたかったんだろうけど、それが上手くできなかったからあんな感じで返事をしたんだろう!
そうに違いない!
というかそう思い込まないとダメージが凄い。
ボケを真顔で否定されるのって、精神的にもしんどい……。
「あははっ……! となみん恥ずかしい……!」
「っ、先生は相変わらず面白いなぁ……! くくっ……!」
お前らほんとに後で覚えてろよ。
俺は楽しそうに笑っている二人を無視して再度天王寺を見る。
「んで、どうしたよ天王寺」
「うん」
天王寺は相変わらずの無表情のまま言葉を続ける。
「先生、スクールアイドル……興味あるんですか?」
なるほど……天王寺はそれが気になったのか。
なんかその言い方だと、まるで俺がスクールアイドルになりたいみたいだな……。
二十五歳独身男性がフリフリの衣装を着て、ステージで歌って踊る……。
………。
ハッハッハ、それは実に気持ち悪いな天王寺くん。
俺は天王寺の質問に対して首を左右に振り、高咲たちを見る。
「いや、こいつらが同行会の部室に行きたいって言い出してな。俺はそれの道案内」
「そうなんだ」
天王寺は頷き、そのまま高咲へと視線を向けた。
「スクールアイドル……好きなの?」
淡々と質問を投げかける天王寺。
急に話しかけられたことで一瞬驚いた高咲だったが、すぐに笑顔を浮かべて頷いた。
「うん! まだハマったばかりだけどね」
「そう……。……あなたも?」
「え……?」
天王寺はそのまま上原を見て、同じ質問をした。
しかし上原は高咲とは違い即答することはなく、少し間を置く。
どう答えれば良いのか分からないのか、上原は天王寺から目を逸らした。
「う、ううん……どうだろう……。まだよく分からないかな」
「……そう」
天王寺の質問にどんな意図があるのかは分からない。
単純な好奇心だけなのかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。
どちらにしても、今の一連のやりとりで高咲と上原がスクールアイドルに対してどんな感情を持っているのかは理解できた。
ハッキリと断言した高咲と、まだどこか上手く答えが出せていない上原。
答えが……出せていない……。
いや、上原のあの様子を見るに……。
うーむ……。
まぁ……いいか、今はそれを深く考えても仕方ない。
「それじゃ! 愛さんたちは行くねー! まったねー!」
「おう、気をつけて帰れよ」
仲良く並んで帰る宮下と天王寺の背中を見て一息つく。
「んじゃま、改めて部室に行くとするか」
俺の言葉に頷く二人。
目的地はもうすぐそこである――。
× × ×
宮下と天王寺と別れた俺たちは、部活棟内を歩いていた。
ザっと周りを見るだけで、とてつもない数の扉が設置されている。
そのすべてが部活や同好会の部室への入り口というのだから……本当に凄いものだ。
階段を上り、二階フロアへと上がっていく。
そしてそのまま真っすぐ言った場所に――。
「到着。ほら、着いたぞ」
「うわぁ……! ここが……!」
『スクールアイドル同好会』。
そう書かれたプレートが飾られた扉がある。
ここが、二人が行きたかったスクールアイドル同好会の部室である。
今この時間なら、生徒たちは部活動に励んでいるはず。
当然、同好会の部員も部室内にいるのだろう。
そう……思っていたのだが――。
「――なにをしているんですか?」
扉を見ていた俺たちにかけられた声。
背中越しだからその声の主は見えない。
しかし、俺はその声を聞いただけで誰から発せられたものなのかすぐに理解できた。
俺たちが振り返ると、一人の生徒がこちらに向かって歩いて来ていた。
三つ編みおさげの眼鏡女子――。
「普通科二年……高咲侑さん、上原歩夢さん。そして……外波先生」
その生徒は俺を見て驚いた表情を見せたが、すぐに高咲たちへと視線を戻した。
「え? 会ったこと……ありましたっけ?」
自分のことを知っていたことに驚いた高咲は首をかしげる。
生徒は眼鏡をクイっと上げると得意げに口を開いた。
「生徒会長たる者、全クラスの全生徒のことは把握していますから」
「生徒会長……!?」
「そういえば、全校集会とかで話していることを見たことあるような……」
「全員の名前を憶えてるなんて……凄い……」
お前ら、さすがに生徒会長の顔をくらい覚えておけよ。
なにかと集会のときに話してるだろ。
まぁでも、ただでさえ人数が多い上に興味がないと尚更覚えてない……か。
「当然です」
クールな表情の中に見えた僅かドヤ顔を見て、俺は小さくため息をつく。
相変わらず……
「普通科二年、
中川……菜々。
そう。
つい昨日、俺が勉強を教えていた相手だ。
これが、中川菜々のもう一つの顔――。
この学園の……優秀な生徒会長様なのである。
それにしても……だ。
なぜ菜々が今ここにいるんだ?
「それより、この同好会になにかご用ですか?」
菜々は俺達の間を通り抜けると、部室の扉の前に立つ。
「はい! 優木せつ菜ちゃんに会いに来たんです!」
高咲は目を輝かせて菜々に要件を伝えた。
優木せつ菜――。
その名前を聞いた菜々はピクリと一瞬肩を震わせた。
まぁ……ちょうどいいか。
俺も俺で、あいつには聞きたいことがある。
しかし――。
「……彼女はもう、
……?
ここには……来ない? どういうことだ?
菜々の言葉をまだ完全に理解できない俺たちは眉をひそめた。
そんな俺の疑問を一瞬で吹き飛ばすように――。
菜々は、真実を俺たちに告げた。
聞きたくなかったその真実を。
俺が最も聞きたくなかったその言葉を。
菜々はさも当たり前のことを言うかのように冷静と、淡々と、表情を変えることなく言い放つ。
「スクールアイドル……辞めたそうです」
その視線が俺へと一瞬向いたが、すぐに目を逸らされる。
「……え?」
……は?
今こいつ……なんて言った?
辞めた――?
優木せつ菜が……スクールアイドルを……辞めた?
いきなりの言葉に、俺は……俺たちは言葉を失う。
意気揚々とこの場所に来た高咲たちはもちろん、俺さえも……なにも言うことができなかった。
同時に……俺は理解した。
昨日見たライブで感じた違和感は……
「彼女だけではありません」
そんな俺たちを気にする素振りなど見せず、菜々はさらに驚きの事実を口にした。
「ただいまを持って……スクールアイドル同好会は――」
扉にかけられたネームプレートを取り――。
「廃部となりました」
俺が、俺たちが……。
予想もしていなかったその言葉。
今この瞬間――。
虹ヶ咲学園から――。
『スクールアイドル同好会』がなくなった。
「おい中川――」
このまま黙っていられなかった俺は、菜々に言葉を投げかける。
高咲がどんな想いでこの場所に来たのか。
なにを感じてこの場所に来たのか。
「これ以上私から言うことはなにもありません。それでは……失礼します」
しかし、菜々は俺の言葉を遮りこの場を後にしようとする。
一刻も早くこの場から立ち去りたいかのように。
この場には一秒でも長く居たくないかのように。
そしてなにより――。
俺から逃げるように。
菜々は立ち去って行った。
× × ×
「ったく、あいつは……」
菜々との一件のあと、高咲たちを帰した俺は部活棟の外に出ていた。
高咲たちは……特に高咲は、かなりショックを受けていたようだった。
それもそのはず――。
やっと自分が夢中になれそうだったものが……、それを気付かせてくれた本人が目の前からいなくなってしまったのだ。
いるはずの彼女が……消えた。
会えるはずの彼女と……会えなかった。
高咲は納得したのかもしれない。
仕方のないことだと……受け入れるしかないのだと……無理やり自分に言い聞かせたのかもしれない。
――でも俺は納得がいかない。
いくはずが……ない。
それがただのスクールアイドルだったら俺は別になんとも思わないだろう。
しかし……優木せつ菜は俺にとっては『ただのスクールアイドル』ではないのだ。
俺が一体……あいつをいつから見てきたと思っている?
どれだけあいつのスクールアイドルへの想いを知っていると思っている?
引退したから……なんて、そんな単純な言葉では納得がいかない。
本当なら今すぐに生徒会室に行って、菜々に色々聞きたいところだが……。
菜々のことだ。
どうせ『今は忙しいので後にしてくれますか?』とか言って、俺を相手にしないに決まっている。
話をしてくれるのなら、部活棟で俺の呼びかけを無視することなんてしないだろう。
――で、あれば。
菜々や優木せつ菜と話すことができないのならば……。
彼女に……優木せつ菜に近いやつに聞くしかないよな?
「この時間だと……たしか……」
部活棟の外に設けられた広いスペース。
そこでは特に誰がどのように使用できるというルールはないが、部活の時間になると
その場所へとたどり着いた俺の視界の先には、ジャージを着用した演劇部の生徒たちが活動しているのが見える。
つまり……ここには
「…お、いたいた」
俺は目的の人物を発見すると、演劇部の集団へと歩いていく。
「あっ、外波先生!」
その中の一人の生徒が俺を発見すると、笑顔を浮かべてこちらに走ってきた。
「よっ、
長い髪を靡かせて走ってきたその生徒こそ、俺がここに来た理由。
俺がここに会いに来た生徒である
国際交流科一年、桜坂しずく。
演劇部の期待のホープであり――。