虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 ~刹那の奇跡を紡いで~ 作:関崎比呂
今は無きスクールアイドル同好会は、優木せつ菜も含めて五人の部員で構成されていた。
三年生が二人、一年生が二人……そして優木せつ菜。
たしかに『五人まとめて人気のスクールアイドル!』というわけではなかったが、全然上手くいっていないとか、仲が悪いとか……そういう類の話は聞いたことがない。
実際のそういう話があるとすれば、立場上耳に入って来てもおかしくはないはずだ。
女子高生なんて噂話が大好きだし、少しでも妙な話が耳に入ればすぐに拡散されるだろうし……。現代って怖いね。
でもなにも聞いたことがないということは、少なくともある程度は上手くやれていたはずだ。
まぁ……別に俺は四六時中スクールアイドル同好会と関わりがあったわけでないから、実際は内部で色々起きていたんだろうけど……。
それに関しては部員しか知らないことだろう。
――と、いうわけで。
俺の目の前には今、スクールアイドル同好会に所属していた一年生……桜坂しずくが立っている。
「よっ、桜坂」
「お疲れ様です先生!」
桜坂は純粋無垢な笑顔を浮かべる。
はわわぁ……良い子なんじゃあ……。
やっぱりこう……純粋な女の子って素晴らしいと思うんだ。いや、変な意味とかじゃなくて普通に。
どこぞのツインテールもこの桜坂を見習ってほしいものだ。
「悪いな、部活中に邪魔しちゃって」
「いえ、休憩中だったので大丈夫ですよ? それに、先生なら大歓迎です!」
はわわわわぁ……なんて良い子なんじゃあ……。
このままではマズい。その眩しい笑顔にやられて灰化してしまう。
社会に揉まれて穢れ切ってしまった俺の心に大ダメージ!
――おっと、いかんいかん。取り乱してしまった。
いつものクールでカッコイイ俺に戻るんだ。
「そっか。ありがとな」
桜坂の笑顔に釣られて、俺も微笑む。
こうして普通に話しているが、別に俺は桜坂のクラスの授業を担当していない。
ではなぜ俺は桜坂を知っているのか、なぜ桜坂をこうして快く歓迎してくれるのか。
それは俺の趣味に関係することで――。
俺はアニメや漫画、ゲームはもちろん好きだ。しかし、それだけが好きなのではなく……いわゆる二次元系以外にも関心を寄せている。
例えば舞台や映画とか、実際に俳優さんたちが演じている作品を見るのも好きなのだ。
特に舞台なんかは休日ちょくちょく見に行っていたりする。
だから俺は、気晴らしや単純な興味も兼ねて、よく演劇部にお邪魔して練習風景を見学させてもらっているのだ。
当然、顧問の先生と部長の許可は得ている。
そういった縁で、桜坂とはこうして普通に話せるくらいの関係値を築けている……というわけだ。
桜坂の演劇に対する真っすぐで純粋な想いは、見ていてとても応援したくなってくる。
「先生は今日も見学ですか?」
「いや、今日は別件があってだな――」
俺は桜坂から演劇部の集団へと視線を移す。
そこで楽しそうに話し込んでいた一人の生徒に向かって声をかけた。
「おーい、部長。桜坂を少し借りていってもいいか?」
黒髪ショートカットの生徒が俺の声に反応する。
この演劇部を率いる三年生の部長だ。
姉御肌で部員たちから慕われている良い部長である。
「ちょっと外波先生ー、しずくに手出さないでくださいよ?」
部長はニヤリと笑うと冗談ぽく俺に言う。
なんだかんだでこいつのことは一年生のころから知っているし、お互い軽口をたたき合える仲である。
演劇部のことを心から大切にし、その中でも今年入部してきた桜坂のことを高く買っているのだ。
俺は部長の言葉に眉をひそめ、考えるそぶりを見せる。
「……それは保証できないかもしれない」
「せ、先生!?」
顔を赤くして戸惑う桜坂。
桜坂とか上原のような純粋な子をからかうのって結構楽しいよね。これ分かってくれるかな。
「冗談だよ冗談。……んじゃ、ちょっと時間くれるか桜坂?」
「あっ、は、はい!」
俺は桜坂を連れて、少し離れた場所に向かう。
あまり大勢に聞かせたくない話だ。
俺は設置されているベンチまで歩いてくと、桜坂に座るように促した。
さて……と。
長々と話していても仕方ないし、桜坂の時間も奪ってしまう。
ここは素直に単刀直入に聞くとしよう。
「生徒会長……中川から聞いたぞ、同好会のこと」
「……」
同好会という単語を聞いて桜坂俯く。
その反応を見るに、部員であった桜坂も当然廃部のことは知っているのだろう。
「そう……ですか」
「それにしてもいきなり廃部なんてな……正直かなり驚いた」
「私も……話を聞いたときは驚きました」
ほう?
桜坂の言葉を待つ。
「正直、最近同好会の雰囲気が良くないとは……少し感じていたんです」
「……そうなのか」
「はい。それで色々あって……せつ菜さんが少しの間活動を休止すると言い出して……」
それは初耳だ。
少なからず、そういった予兆はあったということか……。
一度悪くなった空気をもとに戻すのは結構大変だからな……。
「でもそれが、まさか廃部だなんて……聞いていませんでした」
ふむ。
その言い方だと……恐らく優木せつ菜自身は最初から引退するつもりだった。
それを同好会には活動を少し休止すると伝え、引退までは口にしなかった。
しかし蓋を開けてみれば、優木せつ菜は引退、スクールアイドル同好会は廃部……。
随分と……勝手な話だ。
「廃部になってから優木せつ菜とは連絡とったのか?」
「……いえ。そもそも連絡がつかなくて……なにも話せていないんです」
優木せつ菜は正体不明のスクールアイドル。
判明しているのは虹ヶ咲学園の生徒というだけ……。
学科、学年、すべてが不明――。
そんな彼女と連絡を取るには、電話やメールといったもの、そして部活の時間――。
廃部となった今直接会うことは不可能、そして電話なども繋がらない。
なるほど……。まさにどうしようもない状況か。
「あ、そういえば先生!」
桜坂はなにかを思いついたのか、ハッと顔を上げて俺を見た。
「おう、どうした」
「先生ならせつ菜さんと会えるのではないでしょうか? 外波先生は生徒たちとよく交流しているみたいですし……」
おっと……そこを突かれたか。
正体不明と言っても、この学園の生徒であることは間違いない。
そして生徒である以上、教師が知らないはずがない。
恐らく……桜坂が言いたいことはそんな感じだろう。
「――うーん、俺も正直よく知らないんだわ。この学園人数多すぎるし」
「そうですか……。そう……ですよね」
――嘘。
俺は今、目の前の悩める少女に嘘をついた。
俺は、優木せつ菜という生徒のことを知っている。
それも恐らく、この学園の誰よりもよく知っているだろう。
いや、誰よりも……は言い過ぎか。
一人だけ、俺より遥かに詳しい生徒がいるな。
まぁでもそれは今は置いておいて……だ。
俺が今ここで優木せつ菜の正体を桜坂に話せばそれで終わりかもしれない。
物事が上手く運ぶかもしれない。
だけど俺は……スクールアイドル同好会の仲間じゃない。
彼女たちの友人じゃない。
俺は教師……彼女たちを教え、導く存在だ。
強引に一歩を踏み出させるわけではなく、踏み出した一歩を支えて二歩、三歩と歩き続けるために支える存在だ。
それはまだ現段階では必要ないと判断した。
彼女たちも……まだ出来ることはある。動けることはある。
「なぁ桜坂」
「……はい」
「お前はこのまま終わっていいと思っているのか? 同好会は無くなったし、それで終わり。自分はこのまま演劇部に専念するって……そう、思っているのか?」
意地の悪い質問だ。
返ってくる答えなんて分かっているのに――。
桜坂は俺の言葉に再度俯き、少し間を置いてから首を左右に振った。
「いいとは思っていません……。せつ菜さんと話せるのならもう一度話してみたいですし、それでも本当に終わってしまうのなら……自分も納得して終わりたいんです。こんな中途半端な終わりは……納得できません」
――そっか。
俺は桜坂の答えに安心した。
桜坂はまだ納得がいっていない。同好会をまだ想っていてくれている。
完全に心が離れたわけじゃない。
「桜坂、最後に一つだけ聞いていいか?」
「なんですか?」
俺は真剣な表情で問いかける。
「スクールアイドルをやりたい気持ちはまだあるか? 優木せつ菜と共に活動したい気持ちは……あるか?」
俺の質問に桜坂は驚いた表情を見せる。
これもまた……嫌な質問だ。
でも……桜坂の口から直接聞きたいのだ。
でないと……俺も
「……あります。でも…私には演劇部も……」
どこか迷いを感じるその声音。
桜坂自身、まだ自分がどうすればいいのか、自分にとっての一番の答えが出ていないのかもしれない。
急な出来事だ……しっかり整理できないのも仕方ないだろう。
ましてや桜坂には今言った通り演劇部もあるのだ。尚更今すぐ判断するのは難しいはずだ。
とにかく……今はその言葉を聞ければ十分だ。
「ありがとう桜坂、その答えを聞けただけでも良かったよ。時間を取って悪かったな」
これ以上桜坂の時間を奪ってしまうのも申し訳ない。
話したいことは話せたし、聞きたいことも聞くことができた。
彼女に、彼女たちに――。
まだ、心残りがあるのなら――。
俺は――。
「えっ、あの……先生!」
この場から立ち去ろうとした俺を、桜坂はベンチから立ち上がり呼び止める。
「先生は……なにをするつもりですか?」
「……なにを?」
「その……今日の先生、少し……怒っているような気がして……それで……」
「怒っている……俺が……?」
桜坂に言われて初めて気が付く。
俺が……怒っている――?
あぁ……確かに――。
俺は怒っているのかもしれない。
「そう……だな。そうかもしれない」
「……先生?」
「仲間になにも言わず一方的に廃部にした優木せつ菜に、それについてなにも話さない中川菜々に……そしてなにより――」
俺はなにに怒っている?
なぜ……怒っている?
そんなこと、俺が一番分かっている。
それは――。
「
グッと拳に力が入る。
自惚れていた。
あいつなら大丈夫だと。
あいつならなにがあっても乗り越えられると。
本当に困ったときは……自分が支えてあげればいいのだと――。
そのときが……あの時だったのではないのか?
俺が気付き、支えてあげれば……あいつは苦しい選択をせずに済んだのではないか――?
すべてはもう思ってしまったことだ。
俺が今どう思うと……どう後悔しようとどうすることもできない。
終わった昨日より、これからの明日だ。
「先生……やっぱりせつ菜さんのこと――」
「それじゃまたな、桜坂」
「あ、は、はい……」
俺は桜坂に背を向けて立ち去る。
恐らく桜坂は、俺が優木せつ菜を知っていることを薄っすらと気が付いているだろう。
でもそれを教えるのは……今じゃない。
「さて……と」
桜坂とは話すことができた。
次は――。
と、その瞬間。
校内に設置されたスピーカーから音が鳴る。
『外波先生、外波先生。至急職員室まで来てください。繰り返します――』
――あ。
「え、えっと……今の時間は――」
俺は今の時刻を確認して……絶望した。
「しょ、しょ……職員会議忘れてたぁぁぁぁぁぁ!!!!」
この後職員室で怒られ、後悔である安藤に呆れられたのは言うまでもない――。
× × ×
「あー……久々に怒られた……」
職員会議が終わり時刻は夕方、俺は気晴らしに校舎の外に出ていた。
当初の予定では高咲たちを同好会に部室に案内して、自分はそのまま職員室へ……という予定だったのだ。
しかし、色々あったせいで予定が狂い……結果的に職員会議に遅れてしまったというわけで……。
いやもうマジで怒られた……新人ならまだしも、俺はもう四年目だぞ? 本当にやらかした……。
「まぁいいか! 次同じことやらなければ大丈夫だろ、うん」
後輩もいるんだからちゃんとしないと。特に時間関係はな。
スクールアイドル同好会が廃部と聞いて、俺もどこか焦っていたのかもしれない。
これは反省すべき点である。
「明日の授業の準備、テストの採点、あとは……」
生徒の通りが少なく、日の当たらない校舎裏を歩きつつ、俺は今日中に片付けないといけない業務を確認していた。
うーむ……仕事って言うのは減ることはないよなぁ。それどころちょっと油断したら膨大な数に増えていく……。これ正に社会人の闇。
なんて、色々考えていたら――。
「……ん?」
校舎裏に設置されたベンチに、一人の生徒で横になっているのが目に入った。
横になっているというか……あれはもう完全に寝ているな……。
てことはもう……
俺は溜息をついて、その生徒の元まで歩いていく。
まったく……学校とはいえこんな場所で寝るのはやめろって言っているのに……。
「……おーい。生きてるか?
しっかり持ってきているマイ枕に顔を埋めている生徒に声をかける。
「すやぁ……んん……あれ~……?」
あれ……起きた。一言で起きるなんて珍しいな。
その生徒……近江はゆっくりと上半身を起こすと、眠そうに目をこすった。
そして周りをキョロキョロと見まわした後……その目が俺を捉える。
「ああ、外波先生~。おはようございま~す」
俺を見た近江は、ペコリと小さく頭を下げて挨拶をする。
その声は欠伸交じりで、近江特有のゆったりした口調だ。
「おう、おはようさん。もう夕方だけどな」
俺は半分呆れながらも返事を返す。
すると、夕方という言葉を聞いた近江が驚いたようにパッと目を見開いた。
「ま、まずい……! もう夕方じゃん……! 急がなきゃまたせつ菜ちゃんに――」
「……」
「あぁ……もう、怒られないんだっけ……」
近江は少し寂しそうに目を伏せ、再び枕に顔を埋める。
桜坂の次は近江に話を聞こうと思っていたから丁度いい。
この様子だと……近江も同好会の件については把握しているはずだ。
「近江、悪いけど……少しだけ俺の話に付き合ってくれるか?」
「……?」
近江は枕から顔を上げて俺を見る。
少しボサついた長い髪に、目にかかるくらいの前髪。
そして全身から漂う『気だるい&眠い』オーラ。
ライフデザイン学科所属、三年。
近江
桜坂と同様――。
元・スクールアイドル同好会の部員である。
お気に入りが20件を超えました!一人でとても喜んでいます!
本当にありがとうございます!