虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 ~刹那の奇跡を紡いで~   作:関崎比呂

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ちなみに今表紙イラストの準備とかしてます…|ノo・)コッソリ


第四話 優木せつ菜の正体

「どこ……とは?」

 

 目の前で座る少女、中川菜々は俺を見上げる。

 眼鏡越しに見えるその瞳は僅かに揺れ、言葉にせずとも一つの事実を語っていた。

 

 今は外波空と話したくない――と。

 

 俺から見たら明らかに動揺しているのが分かる。

 

 しかし菜々は、それを表に出さないように取り繕っていた。

 

「そのままの意味だよ。優木せつ菜はどこに行ったんだ?」

「さぁ……? 校内のどこかに――」

「お前それ本気で言ってるのか?」

「……っ」

 

 とぼける菜々の言葉を遮る。

 

「他のやつにはそれで通じるかもしれない。だけど……俺にそれが通じると思ってるのか?」

「……。思うわけ……ないじゃありませんか」

「まぁ、そうだよな。そんなことお前が一番分かってるよな」

 

 今の菜々を見るだけで分かる。

 こいつはまだ……俺に話す気がない。

 

 ――いや、正確に言えば……俺だからこそ話せないのだろう。

 

 で、あるのならば。

 菜々がそういう態度を取るのならば。

 

 俺が……踏み込むとしよう。

 

「はぁ……回りくどいのは俺らしくないか」

 

 学校ではこの話……出したくなかった。

 

 しかし今回の件は、俺も責任を感じる部分が多くある。

 変化に気が付ける立場にいながら、俺はその変化に気が付くことができなかった。

 手を差し伸べることができなかった。

 

 こいつならきっと大丈夫。乗り越えられる……と。

 幼い頃から彼女の性格を知っているはずなのに、大事な時に支えてあげられなかった。

 

 そんな俺の後悔と……怒り。

 

「改めて……質問するぞ」

 

 俺は小さく息を吐くと、再び菜々を見据える。

 先程より真剣な俺の目に気が付いた彼女は、俺の言うことが分かっただろう。

 

「中川菜々……いや」

 

 俺の幼馴染である中川菜々。

 虹ヶ咲学園の生徒会長である中川菜々。

 

 そして――。

 

「――優木せつ菜」

 

 ハッと菜々は目を見開き勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「せ、先生……! ここでその名前は――!」

「菜々に聞いても答えないんだったら()()に聞くしかないだろ」

「だ、だからって……!」

 

 やれやれこいつ……。

 

 俺はニヤリと笑う。

 

「それ以上言うとラノベ貸してあげませーん」

「えっ……。そ、それは卑怯ですよ先生……!」

「はっはっは、俺が卑怯なのはお前が一番知ってるだろう?」

 

 部屋の出入り口と俺を交互に見ながら焦る菜々。

 

 ――もとい、優木せつ菜。

 

 そう。

 それが中川菜々のもう一つの顔。

 

 正体不明のスクールアイドル。

 その正体こそ……今俺の前にいる中川菜々なのだ。

 堅物生徒会長であり、その裏ではファンの皆を笑顔にするスクールアイドル。

 

 菜々は二つの顔を器用に使い分けているのだ。

 

 なぜ本名で活動していないかというと……。

 まぁ、そこには菜々の家の事情とかいろいろ絡んでいるから細かいことを話すと長くなる。

 

 ともかく、俺が優木せつ菜を誰よりもよく知っているというのは……そういうことである。

 

「今後お前に一生漫画を貸さないのと、お前が優木せつ菜だって学園にバレるの……どっちがいい?」

「どっちも嫌に決まってるじゃないですか!」

「うん知ってる。だから言った」

「ただのドSですか!?」

「せつ菜だけにS……ってか! 上手い!」

「なにがですか!?」

「えぇ……」

「いやいや、私が理解できないのが悪いみたいなその目はなんですか!?」

 

 怒涛のツッコミをしたことでハァハァと息を切らす菜々。

 

 そんな菜々の表情は、堅物な生徒会長でもなく優木せつ菜でもなく。

 俺が小さい頃から知っている菜々の表情だった。

 

 俺はおふざけを中止にすると、小さく微笑む。

 

「やれやれ、やっと生徒会長モードじゃなくなったな」

 

 ハッとなにかに気が付いた菜々。

 そしてその表情は驚きからゆっくりと呆れへと変化していく。

 

 俺がなぜふざけていたのか分かったのだろう。

 

 菜々は溜息をついた。

 

「本当にもう……。あなたのそういうところ……昔から本当に嫌いです」

 

 そう言うと菜々はそっぽを向く。

 こんな子供っぽい仕草、皆が知る生徒会長だったらしないだろう。

 

 だけど、俺が知っている中川菜々はこういうやつなのだ。

 

「いやいやそれほどでも」

「褒めてません!」

「えぇ!?」

「なんですかその新鮮な驚きは!?」

 

 うむ、キレの良いツッコミだ。

 さすがは俺のことを昔から知っているだけある。

 

「まったく……」

 

 一通りツッコミを受けたことで満足してホクホク顔な俺。

 そして一通りツッコミをしたことで呆れて再び溜息をつく菜々。

 

 ――見事に対極である。

 

 なんて。

 

 あまりゆっくりしていられる時間もないし、そろそろ話を元に戻すとしよう。

 いつ他の生徒が生徒会室に来るか分からないからな。

 

 

 

「よし菜々……じゃない中川、話を戻すとするか」

 

 俺は生徒会長用のデスクの前の用意されているソファーに腰かける。

 

 元々菜々の生徒会長としての仮面を剥がさないことにはまとも話せないと思っていたし、淡々と『帰ってください』と突っ返されることも考えていた。

 

 しかし現実はそうではなく、簡単にいつもの菜々状態することができたし帰らされる感じもしない。

 

 もしかしたら……。

 

 菜々自身、どこかで俺と話さないといけないと思っているのかもしれない。

 

「なぁ、中川」

「……なんでしょうか」

 

 再び椅子に座り直すと、声音が変化した俺を警戒の目で見る。

 

 そんな菜々を横目に、俺はだらしなく背もたれに身体をあずけて天井を仰いだ。 

 

 そしてポツリと続きを口にした。

 

「俺のクラスにな、お前に……優木せつ菜に胸を打たれたってやつがいるんだよ」

「ぇ……」

「お前の歌を聞いて、ダンスを見て……ときめいたんだってよ。そのことを俺に話した時のあいつの表情は……すごく楽しそうだった」

 

 あいつの名前はあえて出さない。

 今はただ……そういうやつがいたのだと、菜々に知って欲しい。

 

「そいつは結構冷めてる部分も多くて、あまりなにかに熱中したことがなかったんだと思う」

「……そう、ですか」

「そんなあいつが熱中するものを見つけられた。()()()なものを見つけられた」

 

 大好き、という言葉に菜々はピクリと反応する。

 

「まぁなにが言いたいかというと……だ」

 

 俺は浮かない顔をした菜々へ視線を向ける。

 

「お前は……優木せつ菜は人一人の心を動かす力を持っているすげぇやつってことだ」

「……そんなこと――」

「あるんだよ」

 

 先ほどよりも強く菜々の言葉を遮る。

 

 確かに今の菜々は色々あった後ということもあり、俺の言葉はあまり届かないだろう。

 それでも、俺は菜々の凄さを知っている。

 努力してきた姿を、前を向いて進んできた姿を知っている。

 

 だからこそ……それを本人である菜々自身に否定して欲しくなかった。

 

「俺を誰だと思っているんだ?」

 

 俺は真剣な表情で菜々を見据える。

 そして、嘘偽りない言葉を菜々に言い放つ。

 

「優木せつ菜という存在に最初に心を打たれて、最初に大好きになって……そして、最初にファンになったのは……他でもない、俺なんだぞ?」

「だっ――!?」

 

 菜々は俺の言葉を聞いて突然顔を赤く染める。

 なんだどうしたんだ?

 

 まぁともかく――。

 

「俺がどれだけお前を見てきたと思ってる。お前の魅力を誰よりも知っている自信はあるぞ?」

「えっ、ちょっ、その――」

 

 こいつは一体なにに取り乱しているのだろうか。

 

「だからこそ……悔しいんだよ。怒ってるんだよ」

 

 俺の力のない言葉に、菜々は申し訳なさそうに目を伏せた。

 きっと菜々は、今の言葉は自分に向けられて言っているものだと思ったのだろう。

 

「ごめんなさ――」

「違う」

「えっ……?」

 

 桜坂にも言ったことだ。

 

 たしかに俺は、菜々に対しても怒っている。

 しかしそれはスクールアイドルを辞めたことに対してではない。

 

 仲間たちに一切の相談、報告もせず……自分の判断だけで決めたことに対してだ。

 

 俺が、外波空がそれ以上に怒りを感じていることは――。

 

「お前が躓いたこと、お前が悩んでいたこと……お前が苦しんでいたことに気が付かず……手を差し伸べてあげられなかった」

「……」

「お前だけに……辛い決断をさせてしまった。本当に……ごめんな、菜々」

「先生……」

 

 俯いた俺に菜々はなにも言わない。

 

 これは、教師として外波空の想いじゃない。

 中川菜々の幼馴染として、中川菜々の見守り続けてきた存在としての外波空の想いだ。

 

 勝手に大丈夫だと思い込んで、勝手に心配ないと思い込んで……勝手に菜々を一人にさせていた。

 

 これは……俺の失態だ。

 

「私が勝手に……決めたことですから。先生が謝る必要なんて……」

「俺がお前の悩みを聞いてあげたとしても……適切な答えを与えることができてても……結果は変わらなかったのかもしれない。だけど……やっぱりお前一人に背負わせてしまったのは申し訳ないんだ」

「……ふふ」

 

 菜々の微笑み。

 なぜ笑ったのか分からない俺は、思わず顔を上げた。

 

 そして目に入って来たのは――。

 

「本当に……優しいですよね、あなたは。そんなあなただから……私は――」

 

 優しい表情を浮かべる菜々の顔だった。

 

「まるで自分がやってしまったかのように……そんなに悩むなんて……。大丈夫ですよ、先生」

「でも、お前は……」

「もっと良い方法はあったのかもしれません。もっと動いたら変わったのかもしれません。……でも、私の選んだ道は間違っていないと思うんです」

「中川……」

「私の勝手な気持ちを押し付けて、皆の気持ちを理解することができなかった……。ただの……私の責任です」

 

 勝手な気持ちを押し付けて……か。

 きっとそれは……桜坂や近江から聞いた話のことなのだろう。

 

 同好会の仲間であった中須かすみとの衝突。

 お互いの想いの差異。

 

 そして……解散。

 

「後悔は……していないのか?」

「……。……もちろんです」

 

 ――そんな、あからさまな嘘。

 俺が見抜けないはずがない。

 

 後悔してないなんて言うやつが――。

 

「……」

 

 そんな……悲しい表情をするわけがないだろ。

 あのときのお披露目ライブで……。

 

 涙を流すわけがないだろ――。

 

 悔しさのあまりグッと拳に力が入る。

 

 本当なら……今すぐにでも菜々の本当の気持ちを聞き出したいところだが……。

 

 恐らく今の菜々にはなにを言っても無駄だろう。

 

 大丈夫だと。

 間違っていないのだと。

 後悔などないのだと。

 

 そう……自分の心に鍵をかけてしまっている。

 

 きっと俺ではその鍵は開けられない。

 俺だからこそ……開けられない。

 

 菜々は……近しい人間ほど弱い自分を見せたくないやつだから……。

 だから今も俺も前で気丈に振る舞っている。

 

 本当は……苦しいはずなのに……。

 

「そう……か」

 

 やはり、菜々の鍵を開け放つことができる強い刺激か必要だ。

 

 今は大人しく引いておくべきだろう。

 とりあえず菜々の気持ちは……大体理解できた。

 

「じゃあ……最後の一つだけ」

「なんですか?」

 

 俺はソファーから立ち上がり、菜々に背中を向ける。

 

「お前が自分をどう思おうが、なにを考えようが……。自分を大好きだって言ってくれる存在がいることを……忘れるなよ」

 

 それは俺のことを指しているわけではない。

 俺自信、本当に菜々が決めたことならばなにも言わない。

 

 スクールアイドルを続けろなんて……言うつもりはない。

 

 しかし。

 

 菜々が少しでも後悔しているのであれば――。

 少しでも未練があるならば――。

 

 そのときは――。

 

 × × ×

 

「外波先生ー!」

 

 翌日、四時限目。

 授業が終わると同時に生徒たちは昼休みを迎える。

 

 疲れたとかお腹が空いた……とか、ガヤガヤとした雰囲気に教室が包まれていく。

 

 俺も職員室に戻ろうとしていたところ、一人の生徒が俺のもとへやってきた。

 

「聞きましたよ先生!」

 

 いつものように高咲……ではなく。

 

 今俺がいる場所は一年生の教室だ。つまり高咲はいない。

 

 

 では、俺を呼ぶこの生徒は一体だれか――?

 

「おう、なんだ問題児」

「も、問題児ってなんですかー! ……あ、たしかにかすみんは可愛いからそういう意味での問題児なのは分かりますけどー」

「はいはい可愛い可愛い」

「もっと心を込めて言ってくださいよぉ!」

 

 自信満々に自分のことを可愛いという少女。

 

 ――中須かすみ。

 

 サラサラのショートカットにくりくりした可愛らしい瞳。

 なんかこう……極端に悪く言えば男に媚びた感じの雰囲気。ここ女子高だけど。

 

「ちょっと今失礼なこと考えていませんか先生?」

 

 ジトっとした目を俺に向ける中須。

 なんだ、こいつの菜々みたいにエスパーの力を持っているのか?

 

「いや別に、なんか男に媚びた女がいるなーって思っただけだ」

「ただただ失礼じゃないですかぁ! かすみんは可愛いだけで媚びてませんー!」 

 

 この中須という少女は、良くも悪くも素直な奴だ。

 とは言え、ただ自分を可愛いと言うだけではなく可愛くあろうと頑張っている部分には好感が持てる。

 

 でも……まぁあれだな、こいつこういうキャラだからイジるのめっちゃ楽しい。

 

 恐らく一年生の中で、俺が最も話す生徒はこの中須かすみだろう。

 

 中須自身もなにかと俺に話しかけてくるし、俺自身中須をよくイジっているからなにかと関わりがある。

 

「んで、実際はどうしたんだ?」

「あっ、そうでした! 昨日侑先輩から聞きましたよ! 先生がかすみんを紹介してくれたんですよねっ!?」

「てことは……ちゃんと会えたんだな。それは安心したわ」

「そうなんですよぅ! それでですね――」

 

 中須は昨日あったことを俺に話す。

 

 高咲や上原がスクールアイドルになるにはどうすればいいのかと悩んでいたこと。

 そこで、廃部の件をまだ諦めていない中須が二人にスクールアイドル同好会を復活させようと提案したこと。

 しかし人数などの問題で今すぐ同好会の復活させるのは不可能、とりあえず現状は外で活動していること。

 そして、まずは第一歩として自己紹介動画を撮影して動画サイトにアップロードしようとしていること。

 

 ――などなど。

 

 どうやらその自己紹介動画、上原がかなり苦戦しているらしいが……。

 たしかにあいつ、そういうの苦手そうだもんなぁ……。

 

 まぁとにかく、中須が高咲たちと上手くいっていることが分かっただけでも良しとしよう。

 

「なるほど……。お前なりに頑張ってるんだな」

「でも……」

「ん?」

 

 中須はどこか浮かない表情をしていた。

 

「歩夢先輩に……自分の『可愛い』を押し付けちゃってる気がして……」

「押し付け……?」

「歩夢先輩に言ったんです。そんなんじゃファンの皆に可愛いは届きませんよ……って」

 

 ……ふむ。

 中須の言いたいことは、なんとなく理解できた気がする。

 

「優木せつ菜と同じことしてる……とでも思ったのか?」

「えっ!? な、なんで分かったんですかっ!?」

「やっぱりな」

 

 菜々が想いと中須の想いは違う。

 だからこそぶつかり合ってしまった。

 

 だから中須は反発してしまった。

 

 自分はそうじゃない。優木せつ菜とは違うことがやりたいのだと。

 自分の思うスクールアイドルはそうではない……と。

 

 今回の上原の件も、反発こそしていないがそれに少し近い。

 

「スクールアイドルは可愛くあるべき。だから当然ああしてこうして……って、色々押し付けちゃったんだな」

「……でも、かすみんは――」

「分かってるよ。その気持ちは間違っていないし、スクールアイドルが大好きだから一生懸命なんだよな?」

「……はい」

 

 力なく中須が頷く。

 

「それはきっと……、あいつも……優木せつ菜も同じだったんじゃないか?」 

「やっぱり……」

 

 そう。中須や菜々は悪いことなどなに一つしていない。

 少し、やり方を……話し方を間違えてしまっただけだ。

 

 今ならまだ……やり直せる。

 

 二人の衝突なんて、まだ些細な問題だ。

 

「というか先生、なんでせつ菜さんのその話を……」

「はっはっは、なんでだろうなー」

「な、なんですかそれぇ! あ、ちょっと先生! まだ話は終わってませ――」

 

 

 俺は中須の質問を軽くあしらい、教室から出ていく。

 後ろから中須の声が聞こえるが……無視無視。

 

 あいつはああ見えて結構ナイーブなやつだ。

 

 俺が色々言ってしまうと、下手に悩みすぎて変な方向へ考えが走ってしまうかもしれない。

 

 それに――。

 

 今のあいつの側には……高咲がいるからな。

 俺が細かく言わなくても、あいつがきっと中須を支えてくれるだろう。

 

「頼んだぞ……高咲」

 

 あいつなら、きっと――。

 

 × × ×

 

「それで先生……なぜ今日もここにいるんですか?」

「仕方ないだろ? 生徒会の顧問に代わりにここまで運んでくれって書類渡されたんだから」

 

 ジト目で俺を見る菜々を横目に、俺はソファーでダラダラしていた。

 

 放課後になった後、生徒会の顧問の先生に頼まれたのだ。

 『緊急で会議があるから代わりにこれを生徒会室まで持っていってくれないか』――と。

 

 なにやら早めに菜々に渡さないといけないものだったらしく、偶然その先生の近くにいた俺が捕まってしまったというわけだ。

 

 そして……生徒会室にやってきて現在に至る。

 

「それはもう渡してもらいました。でも……なぜそこでダラダラしているんですか」

 

 生徒会長モードの菜々から浴びせられる冷たい言葉。

 

「まぁそう言うなって。休憩だよ休憩。他に生徒がいないんだからいいだろ?」

「私がいるんですが……」

 

 職員室に戻ったら仕事をしなくてはいけない。

 今日も今日とてやることが多く、現実逃避をするためにここで少しダラダラしていこうと思ったのに……。

 

 めっちゃジト目で見てくるし……。

 

 ふえぇ……菜々ちゃんが怖いよう……。

 

 というか『お前はやく出て行けよ』オーラ出しすぎでしょ。真面目かお前は。いや俺が不真面目なのか。そうだな。

 

「仕方ない……。生徒会長様が怖いので俺は戻りまーす」

「私のせいにしないでください」

 

 怖い怖い。

 

 一度伸びをした後、名残惜しい気持ちを抱きながら俺はソファーから立ち上がる。

 このソファー結構柔らかくて良いのに……俺の椅子と交換してくれないかな。

 

 俺はそのまま帰る……と見せかけて立ち止まる。

 

「今日発売の漫画貸してあげようと思ったけど……中川が冷たいので貸しませーん」

「えっ!?」

 

 ガタっと立ち上がる菜々。

 ふふふ……俺が大人しく帰ると思ったか?

 

「買ったらそのまま売ろうかなー。もう読まないだろうからなー。……じゃあな、中川」

 

 俺はわざとらしく言うと、そのまま生徒会室から出ようとする。

 

「ま、待ってください!」

「んー? なんだどうした中川? 真面目な外波先生はさっさと戻って仕事をだな……」

「本当に……ドSなんですから……」

「せつ菜だけにS――」

「それはもう聞きましたら結構です」

 

 俺の渾身のボケが潰された……。

 それもめっちゃ冷静に潰された……。

 

 ――なんて、おふざけをしていると。

 

 『コンコン』と、扉をノックする音が室内に鳴り響いた。

 

 菜々と顔を見合わせると、すぐに表情を変える。

 俺はいつもと変わらないが、菜々は生徒会長モードへと器用に切り替えた。

 

「どうぞ」

『失礼するわね』

 

 菜々の声の後、すぐに開かれる扉。

 

 今の声――。

 恐らくだが――。

 

「あなたたちは……」

 

 姿を現した生徒たちを見て、菜々は一瞬驚いた表情を浮かべた。

 やってきたのは一人ではなく……四人の生徒。

 

「あ、外波先生」

「よっ、桜坂」

 

 桜坂しずく。

 

「外波先生~おはようございま~す」

「おう、もう夕方だけどな」

 

 近江彼方。

 

「先生! こんにちは!」

「うむ、エマはいつも元気だな」

 

 国際交流学科三年、エマ・ヴェルデ。

 元スクールアイドル同好会の部員。

 

 そして――。

 

「あら先生……邪魔しちゃいました?」

「ちょうど終わったところだから大丈夫だ。んで、朝香(あさか)まで来て……一体どうしたんだ?」

 

 エマの親友。

 ライフデザイン学科三年、朝香果林(かりん)

 

 スタイル抜群のモデル体型美人で、全身からお姉さん感を漂わせるクールな生徒。

 元スクールアイドル同好会の部員……ではない。

 

「えぇ、そこにいる生徒会長さんに用事があってね」

 

 朝香たちは菜々の前まで歩いていく。

 

 今気が付いたのだが――。

 

 朝香以外の……元同好会部員たちが浮かない顔をしているのだ。

 なにか……あったのだろうか?

 

 その疑問は、次の朝香の行動によって解消されることになる。

 

「あなたにこれを返しに来たのよ」

 

 朝香は鞄から一冊のファイルを取り出し、菜々のデスクに置く。

 そのファイルを見て……俺と菜々は、彼女たちがなぜここに来たのかを理解した。

 

 『生徒名簿』――。

 

 ファイルには……そう書かれていた。

 

「生徒名簿……」

 

 ポツリと菜々が呟く。

 この学園の全生徒の名前が載っているそのファイルは、普段は生徒会室に置かれているものだ。

 

 それを菜々がいない間に持って行ったということか……。

 

 例え正体不明だとしても、この学園の生徒である以上その情報がないはずない。

 

 なるほど……よく考えたものだ。

 

「勝手に借りてごめんなさいね。――でも、優木せつ菜……なんて名前、どこにも載っていなかったわ」

 

 朝香はスッと目を細めて……核心を突いた。

 

 とんだ名探偵がいたものだ……。

 まさかこんな手でくるとは予想つかなかった。

 

 たしかに少し考えれば思いつきそうではあるが……だからこそ予想外でもあるのだ。

 

 なにも返事をしない菜々に対して、朝香は言葉を続ける。

 

「存在しないはずの人物と……どうやって連絡をとったのかしら? 教えてくれる?」

 

 真実へとたどり着いた朝香が……最後に言い放つ。

 

「――優木……せつ菜さん?」

 

 途端に空気が張り詰める。

 

 桜坂たちも複雑な表情で菜々を……優木せつ菜を見ていた。

 

 自分たちと一緒に活動していた優木せつ菜が――。

 廃部の一件以来連絡がつかない優木せつ菜が――。

 

 今……目の前にいる。

 それも……生徒会長として。

 

「もちろん先生も……知らないとは言わせないわよ?」

 

 フフッと笑い、俺に向かって発せられた言葉。

 その言葉により、桜坂たちの視線も俺へと移る。

 

 まぁ……そうなるよなぁ……。

 

 これはどうやら――。

 

 逃げられない状況のようだ。

 

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