虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 ~刹那の奇跡を紡いで~   作:関崎比呂

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大変お久しぶりでございます。
サラッと表紙イラストを投稿していました。
よろしければ見ていただければ嬉しいです。


第五話 彼女が奏でる音色

 カチ、カチ……と秒針の音が鳴り響く。

 そんな秒針の音がやけにうるさく感じてしまうほど、室内は静まり返っていた。

 

 元スクールアイドル同好会の子たちと朝香果林。

 そして……彼女たちに正体がバレてしまった優木せつ菜……もとい、生徒会長中川菜々。

 

 そして、このような状況に身を置かれてめっちゃ胃を痛くしている俺、外波空。

 

 むむむ、一体どうしたものやら……。

 

 それにしても。

 

 ――『もちろん先生も……知らないとは言わせないわよ?』……か。

 

 朝香のあの言い方……当然俺が優木せつ菜の正体を知っているという前提で話していた。

 まぁ、教師だから知らないはずがないという意味かもしれないが……。

 

 昨日桜坂の前であんな嘘をついたばかりなのに……。

 正直……ちょっと気まずいな、うん。

 

 朝香の質問に対して、菜々は沈黙を保っていた。

 

 それだけで答えを言っているようなものだろう。

 

「……」

「否定しないのね? あなたが優木せつ菜だということを」

 

 朝香が小さく笑い再度問いかける。

 

 一方の菜々は自分の正体がバレたというのにも関わらず、焦ったり否定したりしない。

 朝香の言葉を受けて焦るどころか『あぁ……ついにこの時が来たのか』というような落ち着いた表情をしていた。

 

 彼女たちが来る前は、俺の言葉一つあんなに焦っていたというのに……。

 

 遅かれ早かれ、正体がバレることは分かっていたのかも知れないな……。

 

「元々……隠しきれるものだとは思っていませんでしたから」

 

 菜々は俺たちに背中を向けて口を開いた。

 

「あら、そうなの?」

「ですが……同好会以外の方に指摘されるとは予想外でしたよ」

 

 それは正直俺も予想外だった。

 優木せつ菜の正体にたどり着くのは同好会の誰かだと思っていた。

 

 それがまさか……同好会とは関係のない朝香とはな……。

 

 同好会とは関係ない――。

 

 ……いや、一概に関係ないとも言い切れないか。

 

「ふふ、たまたま同好会に親友がいてね」

 

 そう、朝香とエマは親友同士だ。

 同好会の情報はエマからすべて聞いているのだろう。

 

 親友が悩んでいる。

 親友が困っている。

 親友の居場所を奪った優木せつ菜は何者なのか。

 

 ――親友のため。

 

 朝香が動いた理由は……そんな単純なものなのかもしれない。

 

「どうして生徒会長が名前を隠してスクールアイドルをやっているのか興味があるけれど……」

 

 朝香はこちらに背を向けたままの菜々を見据える。

 

「彼女たちが今聞きたいのは……そんなことじゃないのよねぇ」

 

 朝香は真剣な表情で告げる。

 

 まぁ……朝香の言う通りだろう。

 

 なぜ生徒会長がスクールアイドルなのか――。

 なぜ名前を変えて活動しているのか――。

 なぜ自分たちにそのことを教えてくれなかったのか――。

 

 聞きたいことは多くあるはずだ。

 しかし、今彼女たちが聞きたいことはたった一つ。

 

「せつ菜ちゃん……」

 

 エマの悲しげな呼び声に菜々は肩を震わせる。

 

「ちょっとお休みするだけ~って言ってたじゃん」

「あの日のことがあってから、せつ菜さんの様子は少しおかしかったです。そのときから決めていたんですか……? 私たちとはもうスクールアイドルをやらない……って」

 

 三人からの言葉。

 

 彼女たちが聞かされていたのは、近江が言った通り『活動休止』的な言葉だったのかもしれない。

 同好会が上手くいっていない以上、このまま活動していくのは少し危険だ。

 

 だとしたら少しお互いに時間を取ってこれからのことを考えよう……みたいな。

 

 菜々のことだ。

 そんな感じで伝えていた可能性はある。

 

 しかし、いざ蓋を開けてみれば活動休止どころか『引退』。そして『廃部』。

 

 そりゃもう……残されたメンバーからしたら意味が分からないだろう。

 

「せつ菜ちゃん」

 

 悲しみを帯びたエマの呼びかけ。

 

 彼女たちは菜々を問い詰める資格は十分にある。

 一方的な引退。一方的な解散。

 

 上手くいっていなかったとはいえ、彼女たちの居場所を菜々が奪ったことは事実なのだ。

 

 菜々は彼女たちに説明する必要がある。いや、説明しなければいけない。

 

 ――しかし。

 

「優木せつ菜は――」

 

 今ここで簡単に片付くのならば、ここまで事態は複雑化していないだろう。

 一同の視線が菜々に集まる。

 

 俺には大体予想がつく。

 

 今の菜々には――。

 

「優木せつ菜はもういません! ……もう、いないんです! 彼女は……私は、スクールアイドルを辞めたんです」

 

 彼女たちの問いかけには答えられないだろう。

 

 背を向けたまま強く言い放つ菜々。

 顔は見えないが容易に分かる。

 あいつは今……必死な表情を浮かべているのだろう。

 

 それもそのはずだ。

 

 自分自身で『解』を得ていないのに、彼女たちの問いに答えられるわけがない。

 

「ラブライブを目指すのなら……皆さんだけで続けてください」

 

 震えた声が生徒会室に響き渡る。

 

 しかし朝香たちはまだ納得していないような表情を浮かべている。

 

 そりゃ一方的に『私は辞めた。あと自由にやってくれ』って言われても納得できない。できるわけがない。

 彼女たちには彼女たちの想いがある。優木せつ菜に伝えたいことがある。だからこそ今ここに立っている。

 

 ――とはいえ、このまま黙って見ていられないな……。

 

 今どんな言葉を菜々に投げても無駄だ。なにも言っても答える気はないし、考えを改めることもないだろう。

 

 俺は小さく息を吐き、口を開いた。

 

「……今日はこの辺にしておこう。これ以上なにを聞いてもそいつは答えないぞ」

 

 俺が言葉を発したことにより、朝香たちの視線がこちらに向いた。

 

「でも先生――」

「頼む」

 

 桜坂の言葉を遮り、俺は真剣な表情で告げた。

 そんな俺の態度が珍しいのか、彼女たちは一瞬驚いた表情を浮かべると、それぞれ顔を見合わせて小さく頷いた。

 

「やっぱり先生とせつ菜ちゃんって……」

 

 ポツリと呟かれた近江の言葉。

 

 彼女の気持ちは分かる。言いたいことはすごく分かる。

 だが、これ以上問い詰めてしまったら菜々が強引に『解』を出してしまうかもしれない。

 

 自分の納得できないことを自分の気持ちとして無理やり納得させてしまうかもしれない。

 

 ただでさえ昨日俺は菜々にいろいろ言ったのだ。

 

 今は一旦離れて……菜々に時間を与えたい。

 

 少し甘いかもしれないが……。

 

「……分かりました。たしかに先生の言う通り、これ以上聞いても答えてくれなさそうだもの」

「……悪いな、朝香」

「先生……」

 

 なにか言いたげな桜坂の視線が俺に突き刺さる。

 

 桜坂にも悪いことをした。

 優木せつ菜のことを知らないといった矢先にこれだ……。

 

 だが……今はこうするしかない。

 

 桜坂にはあとでしっかり謝るとしよう。

 

「うん……。せつ菜ちゃんを困らせたいわけじゃないしね~」

「そうだね……」

「……分かりました」

 

 それぞれ思うところはあるだろうが、とりあえず一旦納得してくれたことに俺は安堵する。

 

 でもあれだな……このまま解散したらそれはそれで空気が悪くなりそうだな……。

 

 ……よし。

 

「よし、それじゃあお礼も兼ねてこのかっこいいお兄さんの空先生が皆を送ってあげよう」

「あ、私は大丈夫ですさようなら」

 

 ちょっと朝香さん?

 

「わ、わたしも寮なので……」

 

 エマさん?

 

「彼方ちゃんも大丈夫で~す」

 

 あの近江さん?

 

「えっ、み、みなさんせっかく先生が……」

 

 桜坂さん優しい。

 

「みんな酷い! そんなに即答しなくてもいいじゃない! もう知らないわ! 私帰ってやるんだから!」

「ほらしずくちゃん、先生が泣いちゃったよ~」

「わ、私のせいですか!?」

「はぁ……相変わらず温度差が凄まじいわねあの先生は……」

 

 プンプン! と俺は生徒会室を出ていき、朝香たちも俺に続くようにして出ていく。

 

「……」

 

 去り際にチラッと菜々の様子を見てみたが、やはり彼女の背中はとても小さく見えた。

 

 俺は……俺には……。

 

 菜々のために……なにができるのだろうか――。

 

 × × ×

 

 ――翌日。

 

 諸々の仕事の終えた俺は放課後、校舎内をボーっと歩いていた。

 昨日から頭の中にあることは菜々のことだ。

 

 いったいどうすれば正しいのか、どのような結果になればいいのか。

 

 菜々はなにを望んでいるのか。なにを思っているのか。

 

 そして俺は……なにがしたいのか。

 

「本当に俺は……どうしたいんだろうなぁ……」

 

 今の菜々を救ってあげたい? その通り。

 菜々のサポートをしてあげたい? その通り。

 悩んでいる菜々が『解』を得られるように導いてあげたい? ……それはちょっと違うな。

 

 なにかを強制するつもりはないし、俺は彼女が最終的に選んだ答えであれば受け入れたい。

 それがどのような結果であろうと、彼女が悩んで、必死に考えて見つけたのなら否定するつもりはまったくない。

 

 つまり俺は……。

 

「あー……だめだだめだ。こんなに悩むなんて俺らしくない」

 

 ブツブツ呟きながら廊下を歩く二十五歳独身男性。完全にヤバい奴だなこれ。

  

 しかし、そんな俺の足はとある『音』を耳にしたことで止まった。

 

『――♪』

 

 これは……ピアノの音……? 音楽室から聞こえてきているということで……。

 

 俺が足を止めたのは、ピアノの音が聞こえたからだけではない。

 

 その音は拙く、とても経験者が弾いているとは思えない。

 そして――。

 

 なによりこの音の主が奏でているメロディーは……()()()()()()()()だった。

 何度も聴いた曲だ。俺が聴き間違えるはずがない。

 

 この曲は――。

 

「走り出した……想いは……」

 

 メロディーに合わせて自然と歌詞を口ずさむ。

 

 優木せつ菜の曲――。

 

「『CHASE!』……」

 

 先日彼女が歌っていた曲。

 優木せつ菜が……最後に歌った曲。

 

 でも……一体誰が――?

 

 なんて考える前に、俺の足は音楽室に向けて再び動き出していた。

 

 音楽室に近付くほど大きくなっていく音色。

 

 そのお世辞にも上手いとは言えないピアノの音が一つ一つ、しっかりと俺の耳に届く。

 

「これを弾いているやつは……」

 

 音楽室で足を止める。

 その僅かに開いた扉の先に見えた光景――。

 

「……マジか」

 

 そこでは、予想外の人物が鼻歌交じりにピアノを弾いていた。

 

 まさか()()()がピアノを……それもこの曲を弾いているなんて……。

 でもそういえば、ライブを見て衝撃を受けたって言っていたもんな……。

 

 俺は目の前に広がる光景にどこか嬉しさを感じ、小さく微笑んだ。

 

「おーい、そこのお世辞にも上手いとは言えないピアノを弾く女子生徒」

 

 ガラッと扉を開けて俺は告げる。

 ニヤリと笑い、彼女に向けて――。

 

「音楽室の使用許可は取ってるのか? ……()()?」

「え、あっ、ご、ごめんなさ――」

 

 突然声をかけられたことで驚いた音の主……高咲は、慌てて椅子から立ち上がる。

 そして勢いよく頭を下げようとしたところで俺と目が合った。

 

「……なーんだ先生ですか」

 

 ……。

 

 あれー……この場合怒ればいいの? 自分の威厳のなさに悲しめばいいの?

 

「なんだとはなんだこら」

「いやー……外波先生だから別にいいかなーって」

「おい。お前らほんと俺をなんだと思ってるの?」

「……人?」

「いやそうだけど! 人だけど! というか新しいなその返し!」

 

 むしろ人じゃなかったらなんなんだ!

 

 まったく……俺は相変わらず生徒たちから軽く見られているらしい。特に目の前のこのツインテールから。

 やっぱあれか? 一回あのツインテール引っこ抜くべきなのか?

 

 俺はジトっと高咲を見る。

 

「……うわ、先生ちょっといやらしい目を向けるのやめてください」

「向けてねぇよ! この自意識過剰ツインテールめ!」

「ツ、ツインテールは関係ないじゃないですか! 先生だって自意識過剰じゃないですか! 顔が!」

「失礼すぎるっっ!!」

 

 なんだよ顔が自意識過剰って。生まれて初めて言われたわ。

 とまぁ……いつも通りのやり取りを繰り広げた後、俺は溜息をつく。

 

 俺は改めて高咲を見た。

 

「まったく……というかお前、音楽室の使用許可取ってないだろ」

「え、あー……あははは」

 

 こいつ笑ってごまかしていやがる。

 

 本来であれば事前に許可をとらないと音楽室を使用できないのだが……。

 

「まぁいいけど別に。俺じゃなかったら大変だったぞお前」

「むしろ先生は怒らないんですね……」

「おう。面倒だからな」

「先生ってほんと先生っぽくないですよね……」

「お前それ褒めてる?」

「ほ、褒めてます! べた褒めです!」

「うむ、なら良し」

「いいんだ……」

 

 ――おっと危ない。

 高咲と話しているといつも無駄話が多くなるから本題を忘れてしまう。

 

 俺はコホンと咳払いをし、音楽室内に足を踏み入れる。

 

「それより高咲、さっき弾いていた曲なんだが……」

「……あ、これはえっと……」

「『CHASE!』……だろ?」

 

 俺の口から出た言葉に高咲は驚きの表情を浮かべる。

 

「せ、先生知ってるんですか!? 優木せつ菜ちゃんの曲!」

「ああ、まぁな」

 

 こいつ……すっかりファンになってるな。

 俺は高咲の言葉に頷き、ピアノの近くに置いてある椅子に座る。

 

「もう一回、聴かせてくれよ」

「え……?」

「さっきのピアノ、もう一回聴かせてくれってこと」

 

 高咲は最初こそ『こいつ急になに言ってるの?』という顔をしていたが、すぐに困惑の表情を見せた。

 

「で、でも……誰かに聴かせられるほどじゃ……」

「いいんだよ。俺はお前の演奏が聴きたいんだからさ」

「……わ、分かりました」

「おう。急に来たのに悪いな」

「ほんとですよ」

「いつも一言多いなお前は!」

 

 へへっと楽しそうに笑う高咲に俺は溜息をつく。

 

 そんな高咲は再びピアノの前に座りなおすと、小さく深呼吸をする。

 ゆっくりと鍵盤に上に手を置き――。

 

『――♪』

 

 一音一音、しっかりと弾き始めた。

 

「ララ……ラ、ラ、ラーラー……」

 

 ペースは遅く、たまに音は外れる。

 しかしそれでも……。

 

 その音はとても心地良く、しっかりと俺の心に届いた。

 

『~♪』

 

 ピアノの音色が音楽室に鳴り響く。

 

 あぁ……なんかいいな……こういう時間。

 

 目を閉じ、響く音に耳を澄ます。

 

 その時――。

 

「――なんでその曲を……」

 

 音楽室の扉から、別の女子生徒の声が聞こえてきた。

 

「……え?」

「……?」

 

 高咲はピアノを弾く手を止め、俺は目を開け、その声の主に視線を向ける。

 そこに立っていたのは――。

 

「うわっ! せ、せ……生徒会長!?」

 

 まさかの人物の登場に驚き、高咲はガタッと椅子から立ち上がる。 

 さっきも見たなこの光景。

 

 それにしても……。

 

 まさか菜々が来るとはな……。

 いや、この場合は優木せつ菜が来たと言った方が正しいのか?

 

 高咲が弾いていた曲に関しては、誰よりも菜々がよく知っているはずだ。

 

 恐らく俺と同様、よく知っているメロディーが聞こえてきたことが原因でここまで足を運んだのだろう。

 

 菜々はスッと目を細め、高咲に向かって歩き出した。

  

「高咲侑さん。音楽室の使用許可は――」

 

 うーむ……これもさっき見た光景だな。

 

 菜々は驚く高咲を見つめた後……。

 

「……え」

 

 その近くで堂々と座る俺を視界に捉えた。

 『なんであなたがここに……』と、その目は物語っている。

 

「よっ、生徒会長」

 

 俺は手を振り上げ、陽気に挨拶をする。

 

 昨日の今日だ。気まずさもあるだろう。

 ここ数日は廊下ですれ違っても視線を外されたり、サラッと挨拶だけしてすぐに立ち去られたりする場合が多いし……。まぁ後者は全然問題ないんだけど。

 

「……」

 

 数秒俺を見つけた菜々は。

 

「……はぁ」

 

 盛大に溜息をついた。

 

 ……。

 

 目を合わせただけで女の子に溜息をつかれる二十五歳独身男性。

 

 うーむ……なるほどなるほど。

 

 ――普通に辛いなおい。

 

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