妖精さん 銀座にて、斯く戦えり   作:奥の手

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妖精さん 銀座にて、斯く戦えり

その妖精さんの乗っている機体は、こう言われていました。

 

“全滅上等の機体”

“事実上の特攻機”

“とりあえず入れとくという選択肢はない”

 

そう言われてしまうほどに器用貧乏な性質で、それゆえ特殊なシーン以外、まず使われない。

“零式艦戦62型(爆戦)”は、そういう微妙な性能の機体でした。

 

250kgの爆弾を腹下に備え、そのうえ20mm機銃二挺、13.2mm機銃三挺を装備。

それはつまり、艦爆として攻撃もでき、戦闘機として制空権争いにも参加できる。

そんな夢のような働きが期待されていたこの機体は、その実のところ残念ながら、そういう戦い方はできませんでした。

 

全ては「器用貧乏」の一言で片付けられる、その中途半端な特性ゆえの弱さです。

 

()()()()()()()()

 

一航戦、正規空母「加賀」に装備されている、()()零式艦戦62型(爆戦)だけは、明らかに他の機体とは動きが違っていました。

 

加賀は報告します。

「あの子は、特に優秀な戦果を上げて帰ってきます。それも、必ず、何度でも」

そんな度重なる報告により、ついにその機体と妖精さんには名前がつけられました。

 

零戦62型「岩井さん」と。

 

 

と、いうわけで。

俺には名前がついたわけです。

「岩井」さんと。

 

偶然なのか運命なのか、俺の生前の苗字と全く同じ「岩井」の名前。

まぁ、いわゆるネームドというやつになれたので、喜びも喜び。

大喜びよ。

 

艦隊これくしょん。縮めて艦これ。

生前、俺が大好きだったゲームで、そしていま、俺はそのゲームのなかの「妖精さん」と言われる一員になっている。

 

生まれ変わりとか、輪廻転生とか、まぁ無理やり説明すればいくらでも口にできるようなことが、こんな俺にもやってきたということだろう。

前世の記憶を持って生まれ変わるという生き物は、いないわけじゃない。

 

生まれ変わる先が同じ人間か、あるいは違うものか。俺の場合は、違う生き物だった。それだけのことだ。

 

妖精に生まれ変わって嬉しいかって?

そりゃ嬉しいよ。正直めっちゃ嬉しい。

 

毎日加賀さんの腕の中に帰ってこれるんだもの。

加賀さんから出撃して、加賀さんに帰ってくる。

 

俺は加賀さんが大好きだ。

加賀さんのためなら一生懸命戦える。

そんな加賀さんのところへ、「今日も絶対に帰ってやる」という気持ちで頑張っていたら、いつの間にか「岩井さん」と呼ばれるようになったんだ。

 

いやぁ嬉しいよ。

そうです。俺が岩井です。

 

たぶんきっと、俺の生きていた日本の昔の戦争で、「岩井」というすごい人がいたんだろう。

艦これは、史実にいるすごい人の名前を「ネームド」として強い装備にすることがある。

 

俺が艦これをやっていた頃には確かもう実装されていたはず。

だから、この世界でもなにかの力が働いて「岩井」の名前をつけるに至ったんだろう。

 

と、いろいろ考えるのも楽しいのかもしれないが、正直そこはどうでもいい。

俺は「岩井さん」と毎日加賀さんに呼んでもらえる、それだけで幸せだ。

 

さて、今日もしっかり敵さんに爆弾を落として、きっちり防空して。

そして加賀さんの腕に! (かくのうこ)に! 

帰るぞ! 帰りたいぞ!!

 

 

今日も元気に出撃する。

主力を正規空母とした、一航戦率いる第一艦隊は、とある海域を順調に進んでいた。

 

『敵艦隊、見ゆ!』

 

先に索敵のため出撃した部隊から入電。

艦娘の面々が臨戦態勢に入る。

 

俺の出撃準備もオッケー。

いつでも行けますよ加賀さん!

 

「対空戦闘に入ります……みなさん、お願いします」

次々と戦闘機を発艦させる加賀さん。俺も、そのうちの一機として飛び立った。

任せてください。

 

発艦後は各自、妖精同士での連携に努める。

必要があれば母艦とも通信する。

でも敵、深海棲艦に無線を傍受される可能性があるため、乱用はできない。

 

必要最低限の無線と、己の腕、仲間の腕を信じて闘う。

 

『テキ、ゼンポウ。サンカイ!』

 

先に発艦した戦闘機が、敵の戦闘機との戦闘に入った。

間も無くして視認。俺は早めに高度を上げ、上空からの支援に徹する。

 

腹下に250kgの爆弾を抱えている。これを持っての格闘戦はできない。

上空から戦況を冷静に見極め、孤立している敵をさらに追い込む。

 

敵へのとどめはあくまで仲間の仕事。俺はそうして生き残ってきた。

俺の主任務は、腹下の250kg爆弾を敵艦に叩き込むことだからな。

制空権争いは、あくまでおまけ! それが、加賀さんのもとへ帰るためのコツよ!!

 

っと。

あそこ、一機孤立している。味方の烈風も、あとちょっとであいつを落とせそうだ。

 

「よし」

 

俺は一気に操縦桿を傾け、機首を下ろす。

孤立している敵戦闘機を追い込むように、13.2mm機銃を叩き込む。

 

ガガガガガガガガッ!

 

弾は真っ直ぐ、敵の進路を塞ぐ形で降り注ぐ。

敵が動揺し、わずかに、ほんのわずかに動きが鈍ったその瞬間。

 

味方の烈風が有効弾を叩き込んだ。煙を上げながら敵は高度を落とし、最後には海へと落ちた。

 

俺はそれを確認しつつ、味方烈風へ拳をあげながら高度を上げようとした。やったぜ。

その時だった。

 

『イワイ! マエ!』

 

烈風からの通信。

瞬発的に前を振り向く刹那、頭の中に状況が飛び込んでくる。

 

——最初は敵がいるのかと思った。

しかし、ここまで高度を落とす時、敵が近くにいない事は確認している。

むろん海の上。衝突するような障害物もない。

ではなぜ烈風から、たったいま敵を屠り、次の敵を探そうとしていた烈風から慌てるような通信が入ったのか。

 

俺は前を見た。

否、前は見えなかった。

 

“それ”は。

敵でも。

まして味方でもなく。

 

ただただ空間がにじみ、空が歪み、日の光がねじ曲がった、異質な空間だった。

 

「なッ——!」

 

口を開く前に操縦桿を動かすが、間に合わない。

高度を上げようとフルスロットルだった。加速中だった。そう簡単に曲がるわけもない。

 

俺は。

その明らかに普通ではない空間の歪み、いや、もうすでに、それは歪みというよりは。

 

——門、のようなものとなりつつあるものに、吸い込まれるようにして入ってしまった。

 

 

「くっっっっそ!」

 

全速力で訳のわからないところに突撃してしまった俺は、現在、1ミリも操縦桿が傾かないように全集中している。

 

せまい。

というか暗い。

上も下も漆黒で、何がどこまであるのかわからない俺は、本当に、ビタ1ミリも機体を傾けてはいけないと直感で悟った。

 

傾けた瞬間どこかに当たり、運が良ければ墜落、悪ければ機体ごとバラバラになって死ぬ。

いや、妖精の身であるこの体が死ぬとか、バラバラになるのかは知らないが——今はそんなことを考えている時ではない。

 

必死に操縦桿を握り、機体がぶれないよう細心の注意を払いながら減速させる。

手のひらに汗がにじみ出る。すべりそうだ。そんな事はあってはいけない。

 

「頼むぞ相棒……マジで頼むぞ……加賀さんのところへ……帰るんだぞ!」

 

愛機へ渾身の念を送りながら、永遠とも思えるほどの暗闇の中を突っ切っていった。

その先に。

 

光がみえた。

まるで四角く切り取られたような明るい枠の中へ。

暗闇の外へ。希望の外へ。

 

俺は無事、どこにもぶつかること無く、暗闇の世界を脱出した。

 

——そして目を見開いた。

 

飛び込んできた光景は、よく知っている、そして久しく見ていなかった景色だった。

 

ところせましと乱立するビル。

うごめく人。うごめく車。飛び回る鳥。

そして、赤と白のコントラストが映える東京タワー。

 

眼下に広がる光景は、生前よく知っている、東京の街だった。

 

「なん……で……?」

 

頭が混乱する。

どうなっている。

敵は? 味方は? 艦娘は? 深海棲艦は? 

いや、いや、そんなことよりも、まずここは海じゃない。(おか)だ。

不時着なんぞしようものなら街一帯が大事になる!

絶対に機体を落としてはならない!!

 

頭が混乱する一方で、妖精として長く培ってきた経験が、心を落ち着かせていくのを自覚した。

 

慌てる時ではない。

今よりひどい状況だった時なんていくらでもある。

敵がいない今、なに、俺は前世の記憶を持って生まれた“妖精”だぞ。

今起きていることなんざ、騒ぎ立てるほど大したことじゃない。

 

——落ち着いてきた。

と、同時に今、自分がすべきことがわかってきた。

 

まずは周辺状況の確認。

ここがもし、万が一にでも“艦娘のいない世界”——つまり俺の生前の世界か、あるいは似て非なる別世界だったとしても。

なるべく穏便に着陸しなければならない。

よもや攻撃目的で、250kgの爆弾を抱えて日本の首都を飛びまわっていた、などと勘違いされてはいけない。

 

うん。

……うん。

 

無理がある。まず俺の姿形が人間じゃない。仮に何かの奇跡で実はさっきの暗闇の中で人の姿に戻っていたとしても“爆弾を持った零戦が現代日本の首都を飛んでいる”時点でやばい。

やばすぎる。

あとしっかり体は妖精の姿だ。手を見ればわかる。妖精の手だ。

全身から脂汗が滲み出す。いや、妖精なのでそんな汚いものは出てこないけどなんかそういうものが出てきてもおかしくない気持ちになっている。

 

「うーん」

 

やばすぎるが、しかしどうにもこうにも、どこかに着陸する必要がある。

燃料も無限にあるわけじゃない。

安全に着陸できるポイントを探そう。

 

そう思い、どこか広くて空いている道がないかと地上を凝視した。

その時だった。

 

なにか、おかしい。

いや状況そのものが何もかもおかしいんだが、そうではなくて。

 

 

——仮に。

仮にこの下に広がっている世界が現代日本——俺の生前の日本だったとしたら。

 

()姿()()()()()()()()()()()()()()

 

鎧姿の人間が、徒歩で、あるいは馬に乗って、あるいは……あれは、ドラゴン……? に乗って。

街の人を。

住民を、市民を、道ゆく人を襲うことはない。絶対にない。

そのはずだ。

だというのに、これはなんだ?

眼下に広がる、今まさに始まったと思われるこの光景は。

 

鎧姿の人間が、女の人を、切っている。男の人を、刺している。血が飛んでいる。周りの人が逃げ始めている。子供が一人、逃げ遅れている。

動けないでいる。

その、子供に、鎧の、男が、剣を、振り上げて——。

 

「——ッッッああああああああ!!!!」

 

考えるよりも先に手が動いた。

操縦桿を一気に傾け、機首を真下に下ろす。

機銃が地面に向いた瞬間、13.2mm機銃を発射する。

 

目標、鎧集団。子供には当てない。音を聞けば動きは止まるはずだ!!

 

——東京の空に、レシプロ機の急降下音と、機関銃の音が同時に響いた。

 

 

急降下爆撃。

これまで数百回と繰り返した攻撃の、その応用。

爆弾の代わりに機銃の雨を降らせ、即時に離脱する戦法。

 

愛機から放たれた数十発の13.2mm弾は、見事に鎧集団に命中した。同時に、子供を襲おうとしていた男が、近くにいた警察官に撃たれているのを確認した。

子供は、その警官が保護したようだ。

 

警察がちゃんと機能している。

きっと全員は守れていないだろうけど、それでも。

それでもあの子は救われた。

 

何が起きているのか断定はできない。

けれども。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

そのことだけは確かだった。そして俺は、生前も、今も、“日本の者”だ。

 

——誰を守るかなんて、この身(妖精)になった時から決めている!

 

保護された子供と警官のもとに、再び集団が近づいている。

とんぼ返りして、再度銃弾を叩き込む。なぎ倒し、そのまま道沿いに低空飛行する。

 

「よし……」

 

鎧兵士が上を見上げている。十分に注意が引けている。

だが。

 

少し高度を上げて辺りを見回す。

空に、ドラゴンがいる。零戦と同じくらいの大きさで、鎧姿の男が乗っている。こちらを見ていた。

地上の鎧兵も、立ち止まったのは少しの間で、どんどん進行している。数も増えている。

一体どこから……いやそんなことを考える前に、先にすべきことがある。

 

戦いは、制空権を取った陣営が圧倒的に有利になる。

これまで幾度となく繰り返した戦闘で、それは明らかだ。

空を取ったものが、勝利を取る。

 

きっとこれだけの騒動だ。警察だけじゃなくて自衛隊も動いてくれる。

もしここが、俺の知っている日本じゃなかったとしても、きっと、ここの、この国の軍隊が動いてくれる。

 

だったらやるしかない。

やってやる。

それまで守り抜いてやる。

この空の制空権、守り抜いてやるッ!

 

 

高度を上げ、一旦ドラゴンから距離を取る。

逃げたと思われたのか、ドラゴンはこちらから注意を逸らし、地上に接近し始めた。

空から街の人を襲う気だ。

 

「させるかよ!!」

 

反転、一気に高度を落とし、接近して機首をあげる。

 

ガガガガガガガガッッ!!!

 

出し惜しみはしない。威力の高い、20mm機銃で下から撃ち上げる。

見事に命中し、乗っていた鎧兵士もろともバラバラに霧散した。

 

火力は十分、相手に通用する。だが数が多い。今ので一匹。

 

確認しただけでも、交戦範囲内にまだ五匹はいる。

しかも奴ら、動きの小回りがだいぶ効く。こっちの機動力じゃ距離を取らないと弾が当たらない。

 

それでも。

だからと言って。

 

みすみす街の人たちを見殺しにはできない。

 

撃てるドラゴンには当たらずとも弾を撒いて牽制し。

地上の軍集団には、機銃の雨を降らせ数を減らす。

 

1秒でも長く敵の攻撃を遅らせる。

もう少し。あと少し。きっと、誰かが助けに来てくれるから——。

 

 

 

 

 

 

銀座無差別襲撃事件。

多くの民間人が犠牲となった凄惨な出来事から、数日後。

 

あの日、非番の自衛官が、多くの民間人を救い出したその功績として。

“銀座の英雄”は、人々の間で賞賛されました。

と、同時に。

 

——爆弾を装備した旧帝国海軍機が、銀座の人々を守るように飛んでいた。

——自衛隊が到着するや否や、すごい速度で“門”へ突っ込んでいった。

 

そんな、特秘情報とするにはあまりにも多くの目撃者がいた“謎の零戦”が。

後にGATEの向こう側の世界、通称「特地」でも目撃されるのは、そう遠くない先の話なのでした。

 

 

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