妖精さん 銀座にて、斯く戦えり   作:奥の手

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妖精さん コダ村にて、斯く戦えり

銀座事件から数日後。

 

“銀座の英雄”こと伊丹 耀司(いたみ ようじ)の話が広がる一方で。

銀座の空を飛び回った“謎の零戦”の噂もまた、さまざまなところで持ち上がっていました。

 

特に、日本の空の平和を守る、航空自衛隊の皆さんの間では。

 

やれ、旧帝国海軍の亡霊が守護神になってやってきただとか。

やれ、あれだけの垂直降下射撃を繰り返せるのは頭のネジが外れているとか。

やれ、一対一のドッグファイトをしたら俺は勝てるとかお前は勝てないとか。

 

良くも悪くも噂は持ちきりでしたが、航空自衛隊上層部では、別の意味で“謎の零戦”の話に頭を悩ませていました。

 

それは大きく分けて二つ。

一つは、空自、海自両方の対空レーダーを掻い潜って、日本の首都に武装した航空兵力が現れたという「責任」の話。

そしてもう一つは、すでに特地へ送った斥候から、銀座を飛んでいたと思しき零戦を視認したという話。

 

前者は、謎の零戦が「特地」へと繋がる門から出現したという目撃情報から、責任を問うのは「なぜ帝国兵に銀座が攻められたのか」を問うのと同じレベルで不毛と判断され、早い段階で解決しました。

 

問題は後者です。

特地への調査、および「国土防衛と平和維持」のための特別派遣には、陸上自衛隊が主として向かうことになっています。

ところが。

 

その派遣先に、いくら日本国民を守るような立ち回りをしていたとはいえ、「所属不明の航空兵力」が存在しているとなれば、陸上自衛隊だけで対処できる話ではありません。

空自の機体を送り込むか否か。

送るとしてもGPSの使えない現地に、現行主力機を送って良いのかどうか。

 

答えは「乗り捨て前提の旧型機二機で、ベテランパイロット二名を乗せての運用」となりました。

 

こうして、陸上自衛隊が「特地」へと派遣されて数週間後。

航空自衛隊のF-4EJ——通称「ファントム」二機と、その乗組員、整備員が派遣されたのでした。

 

 

 

 

 

 

鎧の兵士が暴れ回っていた、銀座の空を飛んで数ヶ月後。

 

「はー……」

 

俺はひとつ、ため息をついた。

雲ひとつない空を眺めながら、緑豊かな森の中の、とてもきれいな湖のほとりで、釣り糸を垂らす。

すぐそばの開けた場所には、愛機も止まっている。

 

東京に現れたあの門をくぐって以来。

もとの世界、加賀さんの元へ帰るどころか、訳のわからない自然豊かな陸続きの世界に来てしまった。

 

通信機器は繋がらず。打電しても応答なし。

 

この世界に来てすぐに、村のような場所と、そこで生活する人を空から確認する事はできた。

生前の中世ヨーロッパにタイムスリップしたのかとも思ったが、明らかに地球のものではない生き物も見たので、きっとここは「異世界」なのだろう。

そりゃ通信しても繋がらないよなぁ。

 

ついでに海もなかった。

燃料も無限にあるわけではないので、余裕を持って飛べる範囲で探したが、川や湖こそあれど、海を見つける事はできなかった。

なのでこの世界は、おそらくだが艦娘のいる世界ではない。

そしてたぶん、残りの燃料全てを使い果たしても海までたどり着く事はできないだろう。

 

と、いうわけで。

いい感じに開けた森の、そこそこ大きな湖の近くに着陸して暇を持て余しているというわけだ。

 

妖精でよかった。

この体は腹も減らないし睡眠も必要ない。

趣味で何かを食べたり、睡眠をとっている仲間もいたが、俺は空を飛んで加賀さんの元に帰れればそれだけでいい。

それだけで……よかったんだけどなぁ……。

 

「はぁー……」

 

帰りたいなぁ。

また加賀さんに「岩井さん、あとはお願いします」と命令されたいなぁ。

どうやったら帰れるかとのんびり考えて、もう何日、何ヶ月も経っている。

 

ずっとこの湖で魚を釣っては逃して釣っては逃してを繰り返している。

そろそろ飽きたんだよなぁ……。

 

帰れそうな方法は、いくつか考えた。

 

まず一つは、もう一度あの門をくぐってみる事。

こっちに来て数日後にあの丘まで戻ってみたんだけど、自衛隊っぽい人が門の近くに隠れてたから、おそらくもうあの門の周りは自衛隊が守ってるだろう。

そりゃそうだ。

また東京の街に鎧兵士がでたら大事だもの。自衛隊も、大勢この世界に来るだろう。

 

んで。

自衛隊がこっちに来るという事は、あの門をもう一度くぐったところで、出る場所はきっと日本だろう。

くぐる意味がないので却下。

 

戻る方法二つ目は、自滅する事。

機体ごとどこかに突っ込めば、加賀さんが沈んでない限り、加賀さんの補給で装備として戻ってこれる。

でもそれは、艦娘のいる世界だからできる事。

ここは異世界で、その方法で加賀さんの元に戻れる確証がない。

自分の命で実験するのはごめんだ。なので却下。

 

三つ目。これが最後で、今考えている一番の有力説。

それは、この世界の神様的な存在に会ってお願いしてみること。

まぁ、いるのかどうかもわからないけど、現にこうして不思議なことが起きてるんだから、神様とか仏様とか、そういう感じのがいてもいいんじゃないかなと。

 

……最後のはもう投げやりかな。正直、打つ手がない。困り果てている。

全然有力説じゃない。

 

「どうしようかなぁ」

 

竿が動いたので上げてみる。

また釣れた。今日はよく釣れるなぁ。

 

針から外して、すぐに湖に戻してあげる。またおいで。

 

「…………」

 

三つ目の、この世界の神様的な存在に会うためには、まずどうやって会うのかを誰かに聞かないといけない。

それはつまり、この世界の住人とコンタクトを取るという事。

 

あの村、かな。

話が通じるかはわからない。一応木の枝を持って、地面に絵を描けるようにしよう。

よし。

久しぶりに飛ぼう。

 

 

 

 

森を飛び立ってしばらくして。

 

「……なんだあれ?」

 

遠くの方。森の一部が、まるで大火災に遭ったかのように焼け落ちている。

相当の火の手だったのか、木は真っ黒に焦げて、なにか、建物らしきものもある。

むろん、焼け焦げて原形すらわからない。

 

自然火災、にしては、燃え方がなんかおかしいような……。

いやでもここは異世界だから。

とりあえず、この前見つけた村まで行ってみよう。

 

 

 

 

村の近くに着陸する。

ドキドキしながら村まで歩くと、そこには誰もいなかった。

 

人っ子ひとり。動物一匹に至るまで、誰もいない。

それどころか、まるで家財一式ごっそり持ち去ったかのように、村はもぬけの殻だった。

 

うー……ん???

 

この前まで村人がいたはずだ。

家もある。現代日本ほどしっかりした家じゃないけど、遊牧民とか、流浪の民とか、そういう移動しながら暮らすような人たちの造りじゃない。

 

と、なると。

 

「あの森の焼け跡、もしかして何かの戦争だった?」

 

だとしたら、この村の人たちは戦火から逃げて何処かへ行ってしまったのだろうか。

それは困る。

唯一知っているこの世界の住人なんだから。

 

これは。

うん。

追いかけよう。

 

馬車かな。車輪の跡と人の足跡がこっちに続いているから、この道に沿って飛んでみよう。

 

 

もぬけの殻の村から飛び立ってしばらくすると、木々のない、岩場のような場所まで来た。

土肌もろだしの茶色い世界。

道に沿うために低空飛行を続けていたが、次第に切り立った山々が目立つ。

飛びにくい。

 

ちょっと高度を上げようか。

そう思い、機首をあげて地上の視野が広がった時。

 

「——ッ!!!!!!」

 

二つのものが同時に目に入った。

 

一つは、おそらく村から逃げてきたであろう人々の長蛇の列。

そしてもう一つは、東京で見たドラゴンより二回り以上大きな、真っ赤なドラゴンだった。

 

そして。

そのドラゴンは。

村の人たちと思われる列に、炎を吐いていた。

 

 

真っ赤なドラゴンは、地面すれすれを飛行していた。

村人の先頭から中程を追いかけるように、薙ぐように炎を吐いている。

馬車も、それを引く馬も、そして、その周りの人間も。

皆等しく、なすすべもなく一瞬にして燃える。

 

逃げ惑う人々。

子供もいる。老人も。女性も、男性も。

それを追いかけるようにして、ドラゴンは炎を吐きながら迫っていた。

 

「ッッッ!」

 

操縦桿を倒す。スロットルを全開にし、炎を吐き続けるドラゴンに向かって急接近する。

そして。

 

ガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!

 

13.2mm弾を叩き込む。接近しながらありったけぶち込んだ。

3秒以上命中。並の生き物なら肉片にすらなりうるその攻撃は、

 

「な……に……」

 

土煙の中、上空から確認したドラゴンは、肉片になるどころか穴一つ空いていなかった。

 

「東京を飛んでいたドラゴンより硬いのかッッ!!」

 

機体を翻し、高度を上げる。下の土煙が晴れてきた。

13.2mmがダメなら、20mmを叩き込むッ!

 

高度を確保しながら目下を確認。地面に降り立っているドラゴンを視認すると同時に。

 

「——!」

 

ドラゴンの周りを、緑色の車両が三両、まるでわざと注意を引いているかのように走っていた。

陸上自衛隊の車両だった。

 

ドラゴンはこちらを一瞬だけ見たが、敵とすら認識しなかったのか、あるいは自衛隊の攻撃が効いているのか。

再び飛び立つ様子はなく、自衛隊車両の方を睨んでいた。

 

とにかく今がチャンスだ。

俺はそのまま高度を上げ、垂直降下できる高さを確保すると、太陽を背にするように反転。

機首をドラゴンへと向け急降下する。

その瞬間だった。

 

「まず——!」

 

ドラゴンの口元が真っ赤に燃え上がる。

その先には、自衛隊の車両。

天を仰いだドラゴンが、業火を吐き出すまで、もう1秒の間も無かった。

 

「間に合えええええええええッッ!!」

 

20mm弾を叩き込む。

距離が開きすぎている。照準もブレブレ。

だが、射線上に自衛隊と村人はいない。

効かなくてもいい、一発でも当たれば!

動きが止まれば!!

 

果たして20mm機銃の弾幕は数発が命中し、ブレスを吐く寸前だったドラゴンは羽で顔を覆うようにその場に釘付けになった。

 

機首を上げ、再び高度を上げる。距離を取りながら後方眼下を視認する。

そのとき。

 

——ドラゴンの周りの乾いた地面に、なにか巨大な斧のようなものが突き刺さった。

閃光。稲妻が走り、大気を震わせながら地面が隆起する。

直後ドラゴンの左腕に何かがあたり、爆発した。

 

何が起きたのか、正確にはわからなかった。

ただドラゴンは何事か大声を上げて吠えた後、両翼を広げて俺の機体とは真反対へ飛び去った。

 

「……20mm機銃、全然効いてなかったなぁ」

 

運が良かった。

機動力も装甲も、明らかにドラゴンの方が上。

まともに戦ったら、たぶん勝てなかった。

 

とりあえず、うん。

うー……ん。

そうだな。

 

村人を訪ねるのは、今日はやめておこう。

湖へ帰ろう。

 

あああぁぁぁー…………。

加賀さんのところへ帰りたいぃぃ。

 

 

 

爆煙と土煙のなか、ふらふらと逃げ去る炎龍を、襲われた人々が茫然と見上げる一方で。

 

「今の子ぉ」

 

死と断罪の神、エムロイに仕える亜神——ロゥリィ・マーキュリーと、

 

「今の……零戦、か?」

 

陸上自衛隊、第三偵察隊隊長——伊丹 耀司(いたみ ようじ)だけが、炎龍の逃げた方角とは、真反対を見つめていました。

 

 

しばらくした後に。

“銀座の零戦が伊丹の隊を救った”

という話が、特地派遣隊内で広がるのと。

 

炎龍の襲撃を逃れた人々が、各地で“緑の人”と“緑の天竜”の噂を垂れ流すのは、もうすぐ後のお話でした。

 

 

 

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