妖精さん 銀座にて、斯く戦えり   作:奥の手

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妖精さんと神官さん

アルヌスの丘。

自衛隊のもとへ、炎龍に襲われた避難民がやってきて数日が経ちました。

 

「難民受け入れ」として現地住民を迎えた自衛隊は、衣食住、つまり衣服、食べ物、住むところを、コダ村避難民へ提供しました。

現地住民との関係は良好。

また、避難民の自活のために、翼竜の鱗をイタリカという近くの街へ売買する話も出てきました。

 

せっせと翼竜の鱗を集めたり、お風呂に入ったり、ご飯を食べる生活を送る平穏な毎日。

平和で変わりない、そんな何も変哲のないある日のことです。

 

「ちょっとぉ、でかけてくるわねぇ」

 

明日の夜までには帰るからぁ、と。

ロゥリィ・マーキュリー。

——死を司る神の使徒、神官としての“死神ロゥリィ”が、たった一人でアルヌスを出発しました。

よく晴れた、雲ひとつない日のことでした。

 

 

 

 

湖のほとり。

日も暮れかけ、あたりは鮮やかなオレンジ色に照らされている。

夕日がキラキラと反射する湖に、俺は今日も、食べもしない魚を釣ってヒマをもてあそぶ。

 

最近は針に餌をつけなくても魚が釣れる。

釣れるというよりは引っ掛けているだけだが、そろそろこの遊びももう数ヶ月経つ。

いい加減飽きてきた。

 

真っ赤なドラゴンと一戦を交えてから数日。

俺はあれから一度も飛んでいない。

 

理由は二つだ。

 

一つ目は単純に、残りの燃料がもう半分を切っているからだ。

あの丘まで行って帰ってきたらギリギリ残るか残らないか。それくらいしかない。

なので、もう他の村の住人を探すために飛び回る事もできない。

 

二つ目は、あの集団を率いていたのが自衛隊だから。

おそらく、いや、もうほぼ確実に、あの村の住人は自衛隊に連れられて門の辺りまで行っているだろう。

そうなるともうこちらから接触するのは難しい。

 

自衛隊とて、所属不明の機体が武装して近づいてきたら攻撃せざるを得ないだろう。

警告くらいはしてくれるだろうけど……。

 

「こっちの通信が届くかどうか怪しいしなぁ」

 

そう。

あれから何度か、通信をオープン回線で飛ばしてみた。

 

“ワレ、ニホンコクノミカタナリ。キュウエンヲホッス”

 

と。

結果は反応なし。

あの炎龍と戦っていた自衛隊車両には届いてもおかしくない距離だった。

にもかかわらず応答なし。ダメ元でモールス信号の打電もしてみたが、こちらも応答はなかった。

 

詰み、の一歩手前まで来ている。

残された手段は撃墜覚悟で門のある丘まで飛ぶか、いっそのこと墜落して加賀さんの補給で帰る方法に賭けてみるか。

 

「はぁー……」

 

数日悩んでいるが、決められないでいる。

どちらにしても死ぬかもしれないのだ。

 

妖精に“死”という概念があるのかはわからない。

艦これの世界では、一応ある。

“死”というよりは、役目を終えるという表現に近いが。

いわゆる装備解体だ。艦娘の装備として生まれたならば、その装備としての役目を終えた時、妖精である俺たちは役目を終える。

 

終えた先に何があるのかは俺も知らない。

別の装備妖精として生まれ変わるのかもしれないし、あるいはどこかで待機して別の何かに取り憑き、艦娘が使えるようにするのかもしれない。

 

俺たちのことは、俺たち(妖精)自身もよくわからない。わからないし、考えようともしてこなかった。

その必要がなかったからだ。

 

——当たり前のように、加賀さんの元へ帰る事が出来たあの日々が懐かしい。

 

あの落ち着いた、いつも冷静で、それでいて勇気を与えてくれるような。

加賀さんの声をもう一度聞きたい。

もう一度、加賀さんの腕へ帰還したい。

 

不意に竿を持つ手の視界がゆがんだ。

湖に移る自分の姿を見る。

涙を流していた。目元が熱くなる。次から次へと、涙が出ては手元の袖を濡らしていく。

構うものか。どうせ誰もいない。誰も聞いていない。だれも、助けになんてきてくれない。

だれも、だれも。

 

「あらぁ、やっぱりここにいたのねぇ。どぉして泣いているのかしらぁ?」

 

甘ったるい声と共に突然現れたのは、赤と黒のゴスロリ服を身に纏い、どこかで見覚えのある巨大な戦斧(ハルバード)を携えた少女だった。

 

 

突然の来訪者に、俺は驚くと同時に竿を放り出して後ろに飛び退いた。

飛び退いたところで何かができるわけではないが、あまりにもいきなり現れたので、身構えざるを得なかった。

 

「あらぁ、驚かすつもりは少ししかなかったのぉ。そんなに警戒しなくて大丈夫よぉ?」

「……どちら様です?」

 

つい今ほどぽろぽろ涙を流していたので、自分の声は震えていたが、謎の来訪者はあまり気に留めていない様子だった。

 

「私はロゥリィ・マーキュリー。死と断罪の神、エムロイの使徒よぉ」

 

 

自らを“神の使い”と名乗ったゴスロリ少女は、不敵な笑みを終始浮かべたまま、自己紹介と、ここへ来た理由を一方的に告げた。

 

曰く、“緑の人”こと自衛隊が炎龍の左腕を吹き飛ばした際、その隙を作り出した謎の飛行物体が気になったこと。

 

曰く、ただ一瞬すれ違ったその瞬間に“この世界にいてはいけないもの”と、自分の体を通して死を司る神・エムロイが認識し、その素性を確認する旨の命令を受けたこと。

 

曰く、居場所はエムロイから聞き出した。自衛隊もあなたの素性を知りたがっていたが、世界のバランスが悪くなるのでここでした会話は他言しない。

 

「つまりぃ、私の質問に答えてくれたら、あなたの質問にも答えてあげるってことよぉ」

 

甘ったるい声でそういう少女——ロゥリィは、じっとこちらを見つめている。

 

全然“つまり”になっていない。

突っ込みどころがありすぎてもはやどこから聞いたらいいのかわからない。

わからないが、とりあえず俺は喜んだ。

やったぜ。

やったぞ、なんて幸運だ。

 

“この世界の神様的存在”が、まさか向こうからやってきてくれるなんて。

この機を逃してはいけない。帰還の方法が得られるかもしれない。

 

この少女、ロゥリィは言った。俺のことを“この世界にいてはいけない存在”だと。

だとしたら、悠長にお話なんてせず、あの大きな戦斧で殺すはずだ。

 

なぜそうしなかったか。

それはたぶん、俺を殺せないからだ。

物理的になのか理論的になのか、とにかく俺は、この世界における“死”を迎えられないんだろう。

だから「この世界にいてはいけない」と、死を司る神が決めたにもかかわらず“死”を与えないんだろう。

だったら。

“死”以外に、この世界から(はい)する方法があるはず。

 

「わかりました、ロゥリィさん。俺に答えられることは全て答えます。その代わり、俺を元の世界に返してください」

「そうねぇ。その前に、まずあなたは“ニホン”から来たわけじゃないのねぇ?」

「……わかりません。ただ、門の周りにいる自衛隊の人たちとは違う世界から来ました」

「そう、なのねぇ」

 

すこしだけ。

ずっと甘い笑顔を浮かべていたロゥリィの表情が、何かを憂うようなものになった。

なった気がした。

今はもう、またさっきの笑顔を浮かべていた。

 

「あなたぁ、なんていう種族なのぉ?」

「妖精とか、装備妖精と呼ばれています」

 

ロゥリィの視線が、俺の頭から爪先まで、全身を舐めるように()ったのがわかった。

まぁ、そりゃそうだ。

 

大きさこそ生前の俺、人間と同じ大きさだが、姿形はデフォルメされている。

手も、足も、顔も、とてもじゃないがヒト種と同じではない。だからこその質問だろう。

 

「そう、妖精ねぇ。つまり——死ねないのね」

「…………らしい、ですね。俺自身はよくわかりませんし、この世界で俺がどういう存在なのかもわかりません」

「この世界に、あなたと同じ境遇の存在はいないわよぉ。居たら困るの。だからエムロイは、あなたをこの世界から追い出そうとしているのよぉ」

「それは俺としてもありがたいです。ただ、ちゃんと元の世界に返してくれればそれで」

「残念だけれどぉ、それは無理よ」

 

ロゥリィはそう言い放った。

一羽の鳥が、もう日も落ちる寸前という森を、飛び立つ音が聞こえた。

 

 

無理、と。

今、目の前にいる、神の使いを名乗る少女は、言った。

元の世界へ帰ることは、無理だと。

 

目の前が暗くなる。

日が落ちているからじゃない。

絶望感。無力感。望郷の念が身体を襲い、力が抜ける。

ぺたりと、その場に崩れ落ちた。

 

「そんなに落ち込まないでよぉ」

「もう——」

 

声がかすれてかき消える。

乾いて間もない涙が、また再び流れ出す。手の平が熱くなる。視界が、目の前が、もう何も見えなくなるほどにゆがみ、涙が続け様に落ちていく。

 

「元の世界……加賀さんには、もう、二度と、会えないんですか…………」

 

かすれて、声にもならないような声で尋ねる。顔を上げる。

ロゥリィは、先ほど一瞬見せた、何かを憂う表情をしていた。

哀れなものを見るような目だった。

 

俺の元まで近づいてきて、目線を合わせるようにしゃがむと、

 

「話は最後まで聞きなさい、妖精さん」

 

そう言った。

哀れなものを見る目をしていたが、声音は、ずいぶんと優しいものだった。

 

 

「元の世界への帰り方は、きっとあるわ。ただそれは“門”を通さないとどうにもできないの。そして、門を開閉できる神はエムロイではないの」

 

そう言うとロゥリィは立ち上がり、背を向けて歩き出した。

 

「門を開閉できるのは、ハーディよぉ。その神の使徒、ジゼルという者を尋ねなさい」

 

ハーディ、という神様の名前を口にするときだけ、まるでその名を酷く嫌っているかのような声だったが、ともかくロゥリィはそう教えてくれた。

遠ざかっていく少女は、付け加えてこうも教えてくれた。

 

「あの緑の天竜。自衛隊のものと同じ材料で動くのよねぇ? 持ってきてあげるから、ここで待ってなさぁい」

 

そう言って。

死を司る神に使えるという、優しい少女は、暗闇の森の向こうへと消えていった。

去り際に、私にできる仕事はここまでよ、と。

まるで誰かに報告するかのように言っていたのは、気のせいだろうか。

 

数日後。

いつの間にここへ来て置いていったのか、愛機の燃料タンクが満タンになってもまだ余るほどの燃料が、湖のすぐ側に置かれていた。

 

“デグチハ、ジブンデ、ミツケナサイ”という、まるで妖精が使うような、日本語のメモと共に。

 

 

 

 

ここはアルヌスの丘。自衛隊と避難民の集う居住地区にて。

約束通り、出発して翌日の夜には帰ってきたロゥリィに、周りのものは「どこで何をしていたのか?」と聞きましたが。

いくら聞いても「仕事よ、仕事」と言って、はぐらかされたのでした。

 




〜人物詳細〜

原作アニメにも全然出ていない存在がいるので、Wikiを要約してちょっと解説。

「ハーディ」
冥府の神。特地で死んだ者の魂は大体この神のところに集まる。
一部、戦場で死んだ者や戦功甚だしい者は、ハーディではなく「エムロイ」のもとへ行く。
銀座と特地を結ぶ「門」を作ったのもこの神様。
ロゥリィのことが大好き。
使徒はジゼル。
なかなかに倫理観がぶっ壊れていて面白いので詳細はググるとよし。

「エムロイ」
死と断罪と狂気と戦いを司る神。戦地で死んだ者は大体この神のもとに召される。
使徒はロゥリィ。
教義がかなりかっこいいのでこちらもググるとよし。
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