妖精さん 銀座にて、斯く戦えり   作:奥の手

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妖精さん 彼の地にて。

命ある者には、その長短こそあれ必ず終わりが訪れます。

 

十数年で死ぬヒトもいれば。

数百年で死ぬエルフもいれば。

数千年で死ぬドラゴンもいます。

 

ところが、現実はそう単純ではありません。

自らの天寿を全うするよりはるかに早く、終わりを迎えることもあります。

戦場(いくさば)にて命を絶つ者。

そうでなくて命を絶つ者。

 

どのような形であれ、どのような者であれ、命に終わりは来るのです。たとえそれがこの世の命ある者の中でも、頂点に立つ存在だったとしても。

 

たとえ、炎龍だったとしても。

数人のヒトと、エルフと、ダークエルフのそれだけの勢力に、負けて死ぬこともあるのです。

 

とはいえ。

ある神様にとって、そんな瑣末なことはどうでもいいことなのでした。

愛しのロゥリィ・マーキュリーさえ手に入れば、その他のことは本当に、ただの微塵も気にかけないことなのでした。

 

ロゥリィさえ手に入れば。それ以外はどうでもいい。

炎龍を起こし、水龍と(つが)わせ子を作らせ、その子を手懐け戦わせる。力尽くでも手に入れる。

 

そういう計画でした。なんせその神様の使徒だけでは、ロゥリィに勝ち目がなかったからです。

炎龍と水龍の子供が二匹。それと自らの使徒ジゼルを以って、これでロゥリィは手に入る。そういう勝算でした。

 

ところが。

神様でも予期しないことが、この世界には起こるみたいです。

 

“自衛隊”という、恐ろしく強い兵士たちが、虎の子の新生龍二匹を瞬殺してしまいました。

なるほど圧巻。この世の生殺与奪はかくも思い通りにならないのかと。

悠長にそんなことを思いましたが。

 

————妻と子供を殺された父親(水龍)が、怒り狂って世に飛び出した時。

 

あぁ、これは。

これはまずいことになったと。

この世界の“命ある者”全てが絶滅してしまうと。

その時初めて神様は、動き出しました。

“命ある者”でない者を求めて。

 

 

 

 

きれいな森の中の湖のほとり。

今日も今日とて俺は魚釣り、ではなくて。今日は出撃の準備を整えていた。

機体に燃料を補給し、爆弾と機銃に異常がないことを確認。機銃の残弾も確かめる。

あんまり残ってねぇ……。

まぁそれはしょうがない。結構撃ったからなぁ。

 

ドラゴンに襲われているところを航空自衛隊に助けられてから数日。

特にどこを飛ぶでもなく、俺は湖のほとりに釣り糸を垂らしながら考え事をしていた。

この世界から脱出し、加賀さんの元へ帰還するために何ができるのかと。

 

結論から言うと、あの赤いドラゴンを倒すしかない。

 

ロゥリィに教えてもらった「ジゼル」という人物。この人物が帰還のカギなので、まずは情報を集める必要がある。

んで、この数ヶ月間、折を見ては周辺の村や街を探していたが、実は誰一人とも接触できていない。

村も、街も、もぬけの殻だった。中には焼け落ちているところもあった。

それはなぜか。どう考えてもあのドラゴン、まぁ火を吐いていたから炎龍と呼ぶことにしよう。

炎龍のせいだろう。

 

俺は困った。これでは「ジゼル」を探すどころか、またこの前みたいに襲われかねないと。

一瞬、自衛隊が守っているであろう“門”のところまで行ってみることも考えた。

あそこには確実にこの世界の住人がいる。

 

が、やめておいた。

いくら空自が俺を守るように立ち回っていたとはいえ、それは炎龍が近くにいたからだ。優先目標があくまで炎龍だっただけで、俺が離脱できたのは偶然だったということもあり得る。

自衛隊が俺を危険視している可能性は捨てきれない。なんせ首都上空で機関銃撃ちまくっちゃったんだからな……。

なので自衛隊は頼れない。自力で「ジゼル」を見つけるしかない。

 

そして俺はちょっと考えた。炎龍の気持ちを。

もし。

もしもの話だ。

 

自分の枕元を蚊が飛んでいたらどうする?

俺なら追いかけて潰す。

 

自分より弱く、たやすく仕留められるのに、放っておくと害をなす存在。

あいつにとって、人間や俺のような存在はそういう存在なのだろう。だから追いかけ、探し、見つけ、殺す。

このまま放っておくと俺は情報が集められないし、飛ぶたびに狙われるのは嫌過ぎる。

 

だから炎龍を討伐する。加賀さんの元へ帰るためには、まずそれが第一だろう。

さて、ではどうやって討伐するかだが。

 

「…………」

 

俺は愛機が大事に抱えている、250kg艦上攻撃爆弾をもう一度よく確認した。

俺にはこれがある。これさえ当たれば、流石の炎龍も————と考えるのは慢心なので、まぁ「俺を襲うと痛い目見るぞ」とビビらせるぐらいはできるだろう。

相手は強い。機銃が一切効かない以上、念入りに作戦を練る必要がある。

慢心するなとよく言っていたのは赤城さんだったかな。

 

問題はこれをどうやってあいつに当てるか。だが、それはもう決めてある。

卑怯かもしれないが、夜戦を仕掛ける。悪く思うなよドラゴンさん。この世界でどうかは知らないが、夜襲や奇襲は俺たちの世界じゃ常套手段なんでね。

今回もうまくやってやる。

 

かくして俺は自由に空を飛ぶために、はたまたその先は加賀さんのもとへ帰るために。

俺は日暮れを待った。

 

 

操縦桿を軽く握りながら、眼下を確認する。

太陽はとっくに沈んでおり、夜のとばりが下りている。

 

俺は加賀さんと提督に、改めて心から感謝した。

夜間飛行の訓練を受けさせてくれてありがとう。一部の艦載機妖精しか適性がないらしいが、喜ばしいことに俺は夜間でも飛べるし、攻撃もいける。

ありがとう加賀さん、訓練してくれて。

ありがとう提督さん。めっちゃ訓練キツかったです。

 

下に広がるのは切り立った岩場と渓谷。緑が少しだけあるようだが、とても険しい地形である。

 

炎龍が昼行性なのか夜行性なのかで迷ったが、今回は昼行性の可能性が高いと判断した。

これまで遭遇したどのタイミングも昼間だったからだ。

 

炎龍が住んでいるのはこの辺りだろうか。

襲われたのも確かこの辺りだ。住処……寝床……。

 

うーん。

ドラゴンってどこに住んでいるのかな?

やっぱりこういう険しい渓谷とか。

あるいは山の頂上とか。

 

さっきから下を偵察しているが、炎龍どころか小さなドラゴンすらいない。

まぁ小さなドラゴンがいないのはそりゃそうか。生態系ってやつだ。

自分を食べるような存在のすぐそばに家を作るやつはいないだろう。

 

ということは、やっぱりこの周辺にいるのだろうか。

渓谷じゃないとしたら山かな? 山いっぱいあるぞこれ。

燃料はまだまだ残っているから大丈夫だけど、早いこと見つけなきゃ朝が来る。

 

 

夜の空を飛ぶこと数時間。

俺はしらみつぶしに山の頂上を見て回った。

 

その際、音が響かないようちゃんと山の麓まで下降してから一気に上昇し、頂上を見て回っている。

 

時間はかかるが、音で気づかれたらこっちがやばくなる。

夜襲は相手にバレないのが肝心だからな。

 

「とは言ってもなぁ……」

 

さすがに時間がかかる。そして未だ見つけられず。

一応チェックした山はメモしたし、また後日あらためて残りの山を探————。

 

遠くの方で、山の頂上から一筋の光が走った。尾を弾きながら、天上の雲を貫く。

え、なに? と思った次の瞬間、目も開けていられないほどの閃光とともに雷が降り注いだ。

遅れて大気がビリビリと震え、轟音が俺の機体を襲う。

 

「な、なんだ!?」

 

なに??

今の何!?

何が起きてんだ???

 

ブワッと背中に嫌な汗が流れたような気がした。

行ってみるか、どうするか。

いやでも万が一何かと何かが戦っていて、片方が雷使いとかだったら俺も危ない。

 

「うわぁぁぁ、どうしよ……」

 

でもあの威力の雷は脅威だろう。

この世界特有の自然現象とかだったらもうこのエリアには近づけない。

 

危険だけど、こっそり、超低空飛行で、一瞬だけ。

うん。一瞬だけでいいからこっそり覗きに行こう。

 

もうすぐ夜が明ける。

どのみち時間切れだ。ちょっとだけ見て、とっとと湖へ引き換えそう。

 

 

「…………まずい」

 

下を見ながら俺は、ゆっくりと旋回しつつそう呟かずにはいられなかった。

口を動かしながら手も動かす。モールス信号を送り続ける。

 

『ワレ、ニホンコクノ、ミカタナリ』

 

眼下では山の中腹が今まさに爆ぜている。何か砲弾のようなものが次から次へと降り注いでいる。

すぐ近くには航空自衛隊のジェット機が二機、そろって飛んでいた。明らかに俺を視認できる距離で。

 

まずい。

マズすぎる。

とりあえず通じるかわからないが、敵意はない旨の識別信号と、それから機体を左右に振って味方である意思を伝える。

頼む。頼むから俺を落とさないでくれと、心から願いながら飛んでいた。

次の瞬間だった。

 

ごう、と。

 

目の前に、白い線が走った。右上から左下へ、ものすごい速さの一筋だった。

操縦席のガラスに、パタパタと水のようなものが散ってくる。どんどんと近づいてくる。

俺は。

 

「っ!」

 

瞬発的に操縦桿を倒し、機体を横滑りさせながらその“線”を回避する。

回避行動は間に合った。白い線がだんだんと薄れていく。その出どころを探ろうと見上げる。

 

視界に飛び込んできたものに、俺は息を呑むしかなかった。

自衛隊の、航空自衛隊のジェット機が一機、黒煙を吹いていた。みるみる高度が落ちている。

地面スレスレのところで、パイロットがパラシュートを開いて脱出するのが見えた。

 

首筋に何か、チリチリと焼けるような感覚がした。

手のひらが熱くなる。戦場で、戦闘空域で、味方や自分が不利になるといつも、この、こういう怖気が全身を走った。

モールス通信をやめる。

両手で操縦桿を握り、一気に機体を振り上げた。

 

上空。もう朝日も登ろうかという紫色をした綺麗な空に。

————蒼い鱗のドラゴンがいた。

 

 

 

 

巨大なドラゴンは、俺の方を見下ろしていた。

やつの目が、怒りと怨嗟に満ちている。

怒り狂っていた。何に対して怒っているのか、周囲を見回し、山の中腹に目が止まった時。

俺は全てを理解した。

 

あぁ、お前。

お前、大事な者を殺されたんだな。

 

山の中ほど。大きくえぐれ、くぼんだそこには、炎龍より二回り以上小さなドラゴンが二匹、死んでいた。

赤い鱗と青い鱗が、朝日に照らし出されていた。少し離れたところに、一人の自衛隊員と、数人の人影があった。

自衛隊の攻撃はこのドラゴンを仕留めていたのだろう。

きっと自衛隊は、あそこにいる数人の命を救うために。

 

そうか、そうか。

そうだよな。自分の子供を殺されて、黙っている親はいないよな。

 

炎龍はきっと、こいつの(つが)いだろうか。炎龍よりこいつの方が大きいから、そうか。

お前、父親か。

子供を殺された父親は、こうも怨嗟に満ちた目をするんだな。

 

口元に水飛沫をあげ始めた蒼いドラゴンは、一度俺から目を離すと、もう一機の航空自衛隊機へブレスを吐いた。

 

水なのだろう。

高圧縮された水が一瞬で天を裂き、回避行動を取ろうとした自衛隊機の翼を()()()

まるでバターでも切るかのように、いとも容易く切り落とした。

 

片翼を落とされた自衛隊機は、空に黒煙を残しながら地面へと落下した。

火の手が上がる。

パイロットは————。

 

「…………このやろう」

 

俺は。

自らの機体を翻し、照準器に、たった今ブレスを吐き終わったドラゴンの全像を捉えた。

 

やりやがったな。

やりやがったなこのやろう。

 

 

13.2mm弾と20mm弾を同時に叩き込む。

だが、やはり炎龍同様に硬いのか、あるいはそれ以上なのか。

蒼いドラゴンは自らを庇う素振りすらせずに、ずっとこちらを睨んでいる。

 

カチン、と。機銃弾を打ち出していたトリガーが軽くなった。弾切れだ。13.2mmも20mmも、もう一発も残っていない。

 

奴とすれ違う。すぐ間近を飛び、俺は機体をもう一度翻す。

機首を向ける。同じ高さ。同じ目線。俺も、お前も、お互いが見えている。

 

————ごめんなさい、加賀さん。

 

こんな。

こんな戦い方したら、こんなやり方したら、きっと怒るだろうけど。

俺は。

俺はこいつが許せない。

 

今ここで、こいつは、こいつだけは地面に落とさないといけない。

煮えたぎる脳内で、しかしどこか冷静に、俺は状況を捉えていた。

 

ここでこいつを逃せば、こいつは自衛隊を、人を、俺を、世界を、全てが消えるまで殺し続けるだろう。

ここで落とさないといけない。今落とさなければいけない。1秒でも早く落とさなければ。

落として、動きを封じ、自衛隊の砲火で。

効力射によって、こいつを殺さなければならない。

 

落とせるのは誰か。

もう俺しかいない。今、目の前に、こいつを照準器に捉え、250kgの爆弾と残った機体燃料を叩きつけられる、俺しか。

俺しかいない。

 

蒼いドラゴンの姿が迫ってくる。

鱗の一片一片が視界に飛び込む。

怨嗟に歪む、黄色い目が、その形がはっきりと俺の網膜に映る。

 

ごめんなさい加賀さん。こんな戦い方して。

絶対にやるなって言われた、こんな戦い方しかできなくて。

 

あぁ、ちくしょう。ちくしょう。

ちくしょう。

 

帰りたかったなぁ。

 

 

 

 

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