神様は、動き出しました。
“命ある者”でない者を求めて。
この世界の者ではない
それは人でも、エルフでも、なんでもない
ありし日の
世界の扉が開かれます。
◯
蒼い鱗の一枚一枚も、怨嗟にゆがむその瞳もはっきりと見える。
もうあと一瞬で、もうあと少しで、俺は、俺自身の役目を終える。
250kgの爆弾を抱えて、まるで、かつてこの機体が
あわよくば。
俺を助けてくれた日本の人たちに。自衛隊に。
カミカゼの吹かんことを————。
『イワイキ、ハッケン!』
『オソワレテル! ウテ、ウテ、ウテッ!』
瞬間的だった。
後から思い返せば、それは1秒にも満たない出来事だったと思う。
俺は握っていた操縦桿が折れんばかりに左へ倒し、機体を真横へ貫いた。自機の右翼とドラゴンの右翼の間には、数センチの間も空いてなかったように思う。
なにが。
なんで。
どうして。
俺の
絶え間なく降り続く雨のように。スコールのように。
重く、一直線に、蒼い鱗のドラゴンの頭上へ降り注ぐ。
天を仰ぐ。
まだ水滴も乾いていないガラス越しに、彼らの姿を捉えられた。
俺がよく知っている
空を覆い尽くさんばかりに飛び回っている、十数機の
深緑色の機体に、真っ赤な日の丸を描いた彼らは。
『イワイショウタイ、タダイマスイサン!』
『テキノ、ジョウホウヲ、モトム!!』
『デカイ! ナニアレ、スゲェデカイ!』
よく知っている、俺たち妖精が使う
彼らの機体よりさらに上。
雲の切れ間。天上へと続くその切れ間には、もうずいぶん昔に見た“ゆがみ”があった。
瞬く間にそれは形を成し、囲いができ、もうそこには一つの“門”が現れていた。
そして。
『第一次航空隊、状況を知らせてください』
「あ……」
その声は。
その、落ち着いた、凛々しく、そして俺たち妖精をいつも勇気付けてくれるその声は。
あれほど再び聴きたいと願い、そして寸刻前までもう二度と聞けないと諦めていた、その声に。
俺は、震えないよう、必死に取り繕って返信した。
「こちら“岩井”……現在、敵航空戦力と交戦中!」
『了解です。第二次航空隊を派遣します。————岩井さん、必ず生きて帰りなさい』
加賀さんの、その、たったそれだけの一言に。
“必ず生きて帰りなさい”の一言に。
「……了解であります」
俺は心から救われた。その時だけは、震える声で返信した。
目元をぐしりと、強引に拭う。
もう、もう大丈夫だ。大丈夫だ!
操縦桿を手前に引いて高度を上げつつ、通信機を取った。
「全航空隊に通達。敵は青い鱗の“ドラゴン”なり。装甲は硬し。口から吐き出される高圧の水に注意!」
『リョウカイ! アタマ、ネラウ!』
『イワイ、ホカノ、トンデルヤツラハ?』
「“自衛隊”のヘリだ。味方だ。絶対に撃つな!」
『リョウカイ!』
一度通信を切る。
一目見て、彼ら零戦の編隊がとんでもない熟練度であることが窺えた。
三機で一つ。離れず、遅れず、死角を作らず、常に敵より優位な位置にいようと心がけているのがよくわかった。
“岩井小隊”か。いつの間にそんなすごいことになってんだか。
これは絶対に生きて帰らなきゃな。間違っても、さっきみたいな戦い方はしないようにしなきゃな。
「我、機銃弾なし。残る兵装は爆撃のみ。支援を求む」
『リョウカイ! アイツノウゴキ、トメル。バクゲキ、マカセタ!』
通信の合間にも休むことなく撃ち続けている。
20mm弾だろう。貫通こそしてはいないが、頭に向かって降り続ける銃弾を奴は相当嫌がっている。
ドラゴンはもがき、徐々に高度が落ち、逃げるように移動する。
だが逃がさない。
先回りするかのように、逃げるドラゴンの頭上に弾丸が降り注ぐ。
三機一組で交代しながら恐ろしく精度の高い弾幕を浴びせ続けている。いったいどんな訓練をしたらこんな射撃ができるようになるのだろうか。
俺も自機の高度を十分に稼ぎ、ドラゴン対して角度をつけて急降下できる位置に着いた。
しかし。
ドラゴンの暴れようも半端じゃない。
弾を弾きながら横へ横へ逃げている。これじゃ投下しても当たらないぞ……!
そう、思った直後だった。
ドラゴンと同じ高度を飛んでいた自衛隊のヘリから、無数の機銃弾が発射される。ちょうど、横へ逃げようとするドラゴンを追い止めるように。
俺たちをちゃんと味方と認識してくれているみたいだ。
ありがとう、自衛隊さん。
ドラゴンの動きが止まる。座標が固定される。
————やるなら、今だ。
いつの間にか、首筋をチリチリと焦がしていた、あの怖気は無くなっていた。
操縦桿を握る手に力を込める。
俺は、機体を傾け、急降下し。
250kg爆弾を、愛機から解き放った。
◯
神様は思いました。
この世の生殺与奪はかくも思い通りにいかないのだぞ、と。
たとえ、怒り狂った水龍とて。
異界の、仲間想いの
空中で爆発し、地面に追い落とされ、次から次へと降り注ぐ砲弾を見て、神様は思いました。
————これは勝てないわ、と。
力技でどうにかするのが間違っているのかもしれないと。
ロゥリィ以外の存在など毛程も気にしない神様でしたが、手段は慎重に選ぼうと、そう思い直したのでした。
かくして。
“命ある者”でないものが、“門”の向こうの世界へと。
元いた世界へと全て去るのを確認して、神様は空に造った“門”を閉じたのでした。
神様でも予期できないことが、この世には起こりうるのです。
“命ある者”でないものを、ロゥリィが「妖精」と呼んでいたのを知った時。
神様はこう呟きました。
妖精さん 彼の地にて、斯く戦えり。
〜完〜
あとがき
GATE二期のOPの歌詞をよくよく聴いていたら涙が止まりませんでした。
書いていて楽しかったです。またお会いしましょう。