私は、故郷の森に帰って来ていた。
一応ハンターの体裁をとるため、ホームコードを設置して、世界の殆どの場所で電波が届くというケータイも購入した。
手持ちの金が足りなかったので、ハンター証を利用して低利子無担保で借金したため、返済のためには稼がないといけないのだが……。
精々が八桁の半分も行かない程度の金額の為、その気になればすぐにでも稼げるだろうと私は自然に帰ってニートを満喫している。
まあ、流石に稼ぐ場所の目安ぐらいはつけてある。
帰宅する間際、電脳ネットで調べたところによると、戦いに勝利するだけで賞金が貰える、私みたいな脳筋にとっての聖地のような場所があるらしい。
その名は天空闘技場。
1階から200階クラスまでランク分けされており、高層に行かないと賞金はしょっぱいらしいが、私には心配いらないだろう。
それに加えてストレートで勝ち抜いても二億程度は稼げるとか。
誓約書にサインして登録している以上、選手は試合で殺しても特にお咎めは無いようであったが、流石に殺し続けると出場停止にされるかもしれないので、最低限の手加減は学んでから行くつもりだった。
しかし手加減の修行とか怠すぎて、ハンター試験の頃から全く進展していなかったが。
唐突であるが、私はこの規格外の体に憑依してから、走り込みや腕立て伏せといった長時間の泥臭い修行をしたことがあまりない。
それなのに何故、こんなにも強いのか。答えは簡単である。そんなことよりも遥かに効率の良い負荷のかけ方を、私はその鋭敏な才覚をもって理解しているからだ。
……いや、ごめん。大分ホラ吹いた。
憑依前の漫画や聞きかじりのトレーニング知識や、この世界の父が残した書物による影響が大である。
その負荷の掛け方とは、これまた簡単。
ただ、限界まで肉体を行使する事。その理念はこの一言で言い表せる。
肉体のリミッターを意図的に外し、身体にいい影響を与えるギリギリの線を見極めて、制御を誤れば身体を壊しかねない勢いで型稽古を行う。
常人にはまず不可能な方法であり、一部の才気溢れる人物なら真似する事も可能かもしれないが、やれたとしてもどこかしら体を壊すだろう、そんな無茶苦茶な修行法。
肉体の限界を超越する。
本能が無意識の内にかけているリミッターを、死など恐れぬ私は軽々と踏みつぶす。
そのままでは内から湧き出る力によって自壊してしまう身体を、莫大なオーラによって補強する。
震脚。
何度もこの場のこの動作を繰り返し、鋼鉄のように踏み固められた地面が周によって補強され、局所的な大地震が起こりながらも微かにへこむ程度で免れた。
足場に最大の負担をかける踏み込みが終われば、迅速な攻防力移動により地面には最低限のオーラのみを残してすぐさま肉体の強化に回される。
刻々と変化する最適な肉体の強化比率に、コンマ一秒単位でオーラを追従させていく。
理想は常にオーラの攻防力を最適な状態で保つことであったが、そこまでの域には未だ至っていない。
震脚により生み出された力を微かなロスも無く身体を伝って拳に乗せる。
空間を破壊する一撃。
遅れて発生する衝撃波。
筋肉や骨が断裂し、体内で発生する不協和音が心地よい。
「……後、94回。これが終わったら、次は……」
全身を苛む激痛を感じながらも、私は黙々と日々の鍛練をこなしていく。
普通だったら自分の肉体を破壊するだけの狂気の沙汰も、私によってはただの筋トレだ。
肉体に最適な負荷を掛け、十分な栄養を取って最適な休息を取る。うろ覚えの超回復理論に従っているだけである。
始めたばかりの頃は加減を誤って死にかけたこともあるが、5年近く続けている今となっては自身の回復量の限界を見誤ることなどあり得ない。
単純な肉体の強化だけでなく回復力も強化できるのだから、強化系という奴は便利である。
定期的に爆弾でも投下しているかのような衝撃。
目標の半分もこなした頃には、私の身体はぼろぼろで、最初の頃の威力を出すにはオーラの比重を増やすしかない。
後半に入る頃には、それは肉体を苛めるだけではなく、念の修行へと変わっていく。
勝手に痙攣し始める不甲斐ない体を、最初に比べて大幅に増やしたオーラで補強して、無心に同じ動作を繰り返す。
(後9……後8……)
終盤には肉体もオーラも限界を迎えつつあり、絞り尽くした雑巾を千切れんばかりに更に絞るように死力を尽くす。
痛みと疲労で視界が明滅し、キーンという耳鳴りの音。現実で起こっている出来事は、どこか遠くに感じられた。
そんな状態でも私にとっては慣れたもの。はじめと変わらぬ破壊力を維持して残りの回数を丁寧にこなしていく。
これには極限状態を想定した戦闘の訓練という一面もあるが、残念ながらそれ程追い込まれた経験が無い為、果たして実戦では効果があるのか分からない。
(0……)
そして終わりは訪れた。
心なしか今日一番に力強い衝撃波を出し終えて、私は倒れ込みそうになる身体を鋼の意志をもって制御した。
油断なく残心。
身体はぷるぷると、意識はふわふわしながらも、私はしっかりとした足取りでそのまま帰路に就く。
家に帰って栄養を腹に詰め込み、寝台に入るまでが修行なのだから。
崖のようになっている足場から、身の丈五つ分ほど高い位置にある、木々がへし折られている向こう岸へと一っ跳びで渡る。
ちらりと後ろを振り返れば、私が立っていた足場を中心に周囲は余波で削られ、ドーナツ状の超巨大なクレーターが形成されていた。底には水が溜まりつつあり、後何十年かすればここは湖になっていることだろう。
その時には私が保護していた足場も、水に削られて無くなってしまうだろうか。
益もないことを考えながら、私は疲労を感じさせぬポーカーフェイスでその場を後にした。