「じゃあ……私はこれで……」
背後にかかる言葉に手を振ったりと反応しながら、私はウイングさんの宿から一人おいとました。
念の説明が始まったので、弟子でもない部外者の私が居座るのは邪魔かなと思ったのである。
ゴンとキルアを心源流の師範代、ウイングという人に預けることに成功していた。
交渉自体は簡単だった。
そもそもゴンがプロハンターだった時点で、資格は十分に有していたのだ。
『全くこれっぽっちも人にものを教えたことがない天才肌の人間だけど、二人の頼みだから念を教えちゃう。上手く伝える自信はないけどね。しかも私は実践主義者だから下手すれば死んじゃうかも』
そんな感じのことを意訳して伝えれば、若い才能を潰しかねない状況を見ていられなかったのだろう、ウイングさんは厳めしい面をしながらも師匠を名乗り出てくれた。
メガネをかけた優男風の顔を裏切らず、その内面も優しいのだろう。
実力もそこそこあるようだし、弟子も既に持っているようなので、基礎を教える師匠としては十分だ。その面では私よりは確実に優秀だと思われる。
いい事をした後は気分がいい。
(試合のエントリーでも、しようかな……)
二人に感化されたのか、私は200階の受付へ直行する。
家に帰りたいと思っていた萎んでいた気持ちには、いつの間にかやる気が充填されていた。
その数日後、二人は無事に念に目覚め、200階へ到達した。
その翌日、調子に乗って師匠の言い付けを破って試合を組んでいたゴンが、ギトとかいう独楽男にぼっこぼこにされていた。
しかも全治二か月の怪我を負い、それが完治するまで点以外の念の修行を禁止されたらしい。
完全に自業自得ではあるが、だからといって胸に去来した八つ当たり染みた感情が消え去るわけではない。
その更に翌日には、『いつでもオーケー』と申し込みをしていた私と、独楽男の仲間らしい隻腕の奴と試合が組まれていた。
ゴンを甚振ってくれたお礼でもしてやろうと思っていたが、嫌な予感でも感じ取ったのか奴は試合をばっくれて私の不戦勝となった。不完全燃焼である。
そしてとくに事件もなく、一ヶ月。
ゴンやキルア達と別れて自室に向かっている時、私は不審な気配に足を止めた。
出てこい、と言わんばかりに前方の廊下の曲がり角に視線を向ける。
「……気付くとは流石だな。ヒソカに勝ったというだけのことはある」
「……誰?」
死角になった曲がり角から出てきたのは、銀髪を長髪にした優男だった。200階クラスの選手なのだろうが、心当たりがない。
というかヒソカに勝ったってなんの話だ。もしかしてハンター試験の事だろうか? 何で知っているんだろう。
「私はカストロという者で、君と同じく200階クラスの選手だ。
……ゴン君とキルア君から聞いたよ。君はハンター試験でヒソカと戦い、勝利したと。それは本当かい?」
情報源はそこか。私は納得して頷いた。
「そうか……。実は私はヒソカをライバル視していてね。そのヒソカを降したという君の実力が気になるんだ。どうか私と試合を組んでもらえないだろうか?
不躾なのは承知している。白星は譲ろう。……でないと私はフロアマスターとなりヒソカに借りが返せなくなってしまうからね」
表出しているオーラや外見や立ち振る舞いなどの表面的なモノでしか相手の実力を判断できないのか、普通にやれば自分が勝つと疑いもしていないカストロの傲慢な態度に、私は怒りに静かな火が灯ったのを実感した。
お望み通り格の違いというモノを見せつけてやろうではないか。
その驕ったプライドを粉砕してやる。
そう意気込んで、私は試合の申し出を承諾した。
『レア選手VSカストロ選手!!!
さあ――いよいよ注目の一戦が始まろうとしております!
カストロ選手は9勝1敗とフロアマスターに王手がかかっています! 初戦でヒソカ選手に敗れてからはこれまで負け無し!
対するレア選手の戦績は4勝0敗、約一か月前に天空闘技場へやってきて、破竹の勢いで200階に上がってきた無敗の闘士です!
二人は一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!!』
会場は超満員だった。リングに立っている私にすらその熱気は届くほど。
カストロはイケメンでヘイトが高いのだろうか、「ぶっ殺せー」とか「血を見せろー」などの野次がいつも以上に多かった。
そんな罵声にはまるで耳を傾けず、カストロは穏やかな笑みを浮かべて話しかけてくる。
「申し出を受けてくれて感謝する、レア君。お互い悔いのない試合にしよう」
ふざけた言葉である。
流石に最低限の緊張感は纏っているが、カストロはこれから強敵と戦うとは思えない程に大いに気の抜けている態度だった。
内心では、こんな小娘がヒソカに勝てるわけがない、とでも見下しているのが透けて見える。
カストロとの邂逅から時間が経って、意図的に惨めに殺すのはどうかとも思っていたが、そんな気持ちは霧散した。
今日は、送られる声援に応えてやろう。
そんなことを考えながら、私は冷ややかに無視をした。
しかし私も本気は出さない。
出来るだけ拮抗した戦闘経験を積むために、顕在オーラ量は相手に合わせる。
それが天空闘技場に来てから自分で決めて、守ってきたハンデでありルールだった。
今回の試合も例外ではない。
相手と同じ土俵で戦って、相手のプライドをへし折りぶっ殺す。
それが今回の試合の予定だった。
「始め!!」
審判の声と同時に足にオーラを集め、私はリング上の風となった。
相手に負けを認めさせるには、言い訳をさせてはならない。本気を出して貰わないと奴は自身への言い訳を手に入れてしまう。
しかし完膚なきまでに負かすと決めたのだ、私はそんな慈悲を与えない。
まずは軽く一発入れて、目を覚ましてもらうことにした。
試合開始と同時に数メートルの距離を詰めてカストロの懐へと踏み込んだ私は、オーラを籠らせていない手で腹をぶん殴ってやる。
私の迅速の踏み込みに殆ど反応出来ていなかったカストロは、踏ん張ることも出来ずに場外の壁まで吹っ飛んだ。
「クリーンヒット! &ダウン!!」
審判の宣言に、一瞬静まり返った会場が更に力強く沸いた。
瓦礫に埋もれたカストロがよろよろと起き上がってくる。
わざわざ殆ど絶のような状態で攻撃したのだ。錬も間に合っていたし、見た目の派手さとは裏腹にそのダメージは薄い。
精々がいくつかの肋骨が折れたぐらいか。今の私の顕在オーラでも、流で拳に凝をすれば内臓破裂の上に背骨までへし折るぐらいは可能だった。それに比べれば軽傷の内だろう。
額に汗したカストロが、患部をさすりながらこちらを睨んだ。
向けられた視線の強さに、私は自分の思惑が上手くいったことを悟る。
さらに駄目押し。
「……カストロ君。お互い悔いのない試合にしよう……」
彼が試合前にドヤ顔で言っていた事を、おうむ返しに私は無表情で言ってやる。
あまりの事に理解が追い付かないのか呆然としているカストロに、手のひらを上に向けてかかってこいとジェスチャーをしてみれば、彼は怒りを宿した武道家の顔つきに変貌した。
「……非礼を詫びよう。どうやら私は君を見くびっていたようだ」
『おーっと! 今度はカストロ選手から向かって行ったー!』
錬はそこそこ出来ているが、流を知らないのかオーラの攻防力移動が杜撰すぎる。
私は接近してきたカストロに余裕で対応し、引っ掻くような構えの右手を避け――
「っ!」
避けたと思ったらカストロの腕が分裂して、まだ攻撃されていた。
超反応で危なげなく躱したが、それでも結構びっくりした。
シンキングタイムを取るために、少し距離を取る。
初見殺しに自信があったのか、避けられたことに驚愕した様子のカストロは即座に追撃してこなかった。
試合は仕切り直され、リング上ではにらみ合いの様な状態となる。
私は先程の攻防で得られた情報を元に、思考を進めていた。
分裂した腕を見た瞬間、咄嗟に凝をしていたが、本体と作られた腕の違いはよく分からなかった。
それでも分かった事はある。カストロの右腕が二本に増えた瞬間、体の輪郭が不自然にぶれていた。
多分、あの時のカストロは全身で分身と重なっていた。
恐らく腕だけ増やすとか器用な真似は出来ないのだろう。
私ですら一目では違いが分からない分身を作る能力だ。
それは量よりも質といった感じで作られた一品物と推測できる。上限は1体か、多くとも同じ完成度では3体まで。
……いや、もしかしたらそれもブラフかもしれない。腕だけ10本ぐらいに増やした同時攻撃ぐらいは想定しておくべきだろう。
それにしても彼の系統は具現化系なのだろうか? 受ける印象からして強化系かそれに近い系統だと思っていたのだが。
外れた勘はどうでもいいか。とにかく具現化系ならば、分身の特殊効果に注意しなければ。
ここにきて望みの具現化系と戦えるとは。私は中々ついているらしい。
平時は固く閉ざされた唇が嬉しさに緩んだのか、揺さぶりも兼ねた言葉が口をついて出る。
「
「! 一瞬でそこまで見破られるとは……驚いたな。だが……」
『おおーっと! これはどういうことでしょうか! カストロ選手が分裂した――!?』
分裂したカストロは、鏡合わせのように同じ構えをとった。
「タネが割れたところで2対1……。私の優位は変わらない」
ドヤァ。
観客席はざわめいていたが、私の内心は冷え冷えとしつつあった。
またこのパターンか、と。期待は早くも裏切られつつあった。
私は無言で、本体を指し示す。
「そっちが、本体でしょ……?」
「!? な、何故……!? いや、所詮は二分の一の確率。ハッタリか!」
「……吹き飛ばされたときに出来た汚れに、ほんの僅かにお腹を庇ったような動き……。一目瞭然」
「!!」
それは堂々と分裂した瞬間に分かった事だった。ちょっとした観察力があれば凝すらも必要ない。
指摘されたカストロは、慌てて自分の汚れを確認し、そして愕然としていた。
オーラの動揺を見れば、それは演技ではありえなかった。
この分では分身には他に特殊能力などないのだろう。
これは、本当に期待外れだったようだ。あまり嬉しくないが、私の受けた印象と勘は間違っていなかったのか。
「くっ!」
不安を武道家としてのプライドが上回ったのか、カストロは二体同時に飛び掛かって来る。
しかしそれは冷静とは程遠い、破れかぶれの攻勢だ。
二人の連携攻撃を余裕をもって紙一重で躱し、連撃の合間を縫うようにして、私も攻撃を繰り出した。
「――」
使用するオーラの桁が違うだけで、それは手加減一切なしの日頃の鍛錬の結晶である技術を用いていた。
カストロがモロに食らっていれば、錬をした使い手とはいえ、生身の人間が砲弾を受けたような肉片となっていただろう。
しかしカストロは咄嗟に、分身を目の前に出現させて盾とすることで即死を免れ原型を保っていた。
放っておけば十中八九死ぬだろう怪我を負って空中を吹っ飛ぶ彼に、私は情け容赦なく追い打ちをかけるべく追従する。
相手が完全に死ぬまで攻撃の手を緩めない。
それは父が書き残した指南書の最初にでかでかと訓示されていることであり、私の身体に焼きついた行動原理でもあったからだ。
加速した時の中、朦朧とした様子のカストロと目が合った。
死を免れようと、必死に足掻いている瞳だった。
オーラも分身を出そうというのか必死でもがいている。
人体が粉砕される、鈍い音。
私が追撃をしていなければ、同格が相手だったら、致命傷を与えたと油断したところをがぶっとばされたかもしれない。
やっぱり訓示は正しかった。
『き、決まった――!! 勝者レア選手!!!』
血に染まったリング上で、私はそんな当たり前のことを再認識した。
息抜きがもう少しで苦痛にかわりそう
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