数時間後、ようやく試験会場の扉が開き始まった二次試験は二部構成らしい。
まずはブハラという大男が出した、豚の丸焼きを持ってこいという課題。
それは一次試験通過者40名弱、全員が通過した。
……あの速度で湿原を抜けれたのだから豚くらい仕留められるに決まっているだろう。これには一体何の意味があったのか。
私と似たような思考なのかは分からないが、ブハラにメンチという女がこれでは試験にならないだろうと突っかかっていた。
じゃれつくような口論。
やがてメンチから次の課題が言い渡される。
「……握り寿司?」
懐かしい物を耳にしたといった感じの私の呟きは、謎の食物「スシ」に思い巡らす周囲のざわめきによって掻き消された。
用意された設備を見てみれば、魚以外はすべて用意してあった。
それを確認した私は、気配を消して集団から抜け出し魚を求めて川へと向かう。
ぱぱっと十匹ほど捕らえて来た道を戻ると、大量にすれ違う受験生。試験官がなにかヒントでも出したのだろうか。
試験会場へと帰るとすぐに調理を開始する。
「……」
出来た寿司を試食してみて、私は微妙に顔を顰めた。
思った以上に味はいいのだが……。
そもそもがシャリの握りが下手で、べちゃっとした感触はいただけない。
次に口内をぴりぴりと刺激する毒の感触に、僅かに感じる生命の気配、つまり寄生虫の存在。
そんなもので体調を崩すほどやわな鍛え方をしていないが、純粋に味だけには集中できなくなる。
こんな場所で寿司を指定してくる以上、試験官も胃腸は丈夫なのだろうが、これは流石に出せないだろう。
自分がされて嫌なことはしない。相手を思いやる上で一番大切な思考である。
「……よし」
毒が無く、一番味の良かった魚からネタを選別し、それから根気よく寄生虫を取り出し、大分ご飯を無駄にしながらも納得いく出来に仕上げたシャリに乗っけて、完成する。
私の最高傑作。会心の出来。試食しないでも分かる。これは私が回らない寿司屋で口にしたモノの中でも一番だ。
そんな寿司が乗った皿を持ち、いつの間にやら出来ていた試験官の行列、その最後尾に並ぶ。
前方から聞こえてくるメンチの言葉は「やり直し!」という怒鳴り声ばかり。
それとハゲがーハゲがーと聞こえてくる所をみると、どうやら彼女はハゲが嫌いらしい。……ハンター試験でいったい何の話をしているのだろう。
やがて私の順番が回ってくる。
緊張した内心は表には出ず、無言で皿を差し出した。
「これは……へぇ」
私の握った寿司を見て、不機嫌だった試験官の表情が変わり、面白そうに私を見やってくる。
念の扱いに長けた私が、ただひたすらにおいしくなれと願い握り続けた結果か、その寿司には微かにオーラが籠っていた。念を知らない常人ですら、これを出されれば何かが違うと感じ取れるだろう。
ある程度分かる人には、時間が一瞬に感じるほどに集中していたその時の心情が明け透けで正直恥ずかしいが。
「……素材が特別おいしいという訳ではない。店で出されるものに比べたらむしろまずいと言える。でもそれにめげずに最高の味を出そうと努力――」
寿司を食したメンチが、目を瞑って腕を組みぶつぶつと呟き始めた。
言ってる意味がよく分からないので聞き流す。
……早く結果を口にしてくれないだろうか。
それから待つこと数十秒。
「――合格!!!」
突然顔を上げたメンチが笑顔で叫んだ。
「これよこれ! こういうのを待っていたのよ! こんな環境では店で出されるような寿司が出来ないのは分かりきってる。でもそれを覆すほどにきらりと光る“何か”! 私をあっと言わせてくれるようなモノ! これほどの物に出会えるとは思わなかったわ! 流石ハンター試験、この仕事を受けて正解だったわ!」
立ち上がってハイテンションで叫び続けるメンチに、目の前にいた私はもちろん後ろで並んでいた受験生達も唖然としていた。ついでに後ろのデブの試験官もびっくりしている。
「アンタ見所あるわ! どう、この試験に合格したら美食ハンターにならない? あっ、そういえば名前は何ていうのかしら?」
標的が私に絞られ、捲し立てられる。
私はさっさと退散しておかなかったことを微妙に後悔した。
「……レア。……美食ハンターになる予定は……ない」
「そう……残念だわ。でも気が変わったら言ってちょうだい? その時は全力で応援するわ」
ここまで言われて否定する意味もない。頷いておく。
「おい、まだかよ? 後ろが詰まってるぞ」
「そーだそーだ」
終わったならさっさと退けと、合格への嫉妬交じりに後ろから野次が飛ばされる。
言ってることは尤もだと私も思ったので、素直に退いたが。
そして試験官であるメンチの前に寿司の乗った皿が置かれる。
スーパーで売ってる物の方が大分マシそうな出来だった。それを見たメンチは嫌そうな顔をしながらお茶で一服して、そして一言。
「ごめん。お腹いっぱいになっちった」
てへ。
空気が凍った。