その後は色々騒ぎになって、最終的には会長が出てきて再試験になっていたが、一人合格していた私には関係の無いことだった。
三次試験会場へ向かう飛行船の旅でも特に問題は起こらず……。いや、聞かされた予定時刻よりも数時間遅れたのは問題といえば問題か。
とにかく私はトリックタワーに降り立った。
説明を聞けば、72時間以内にこの塔から降りることが出来れば合格らしい。
よく見れば床に扉のような仕掛けがあることが分かる。ゲームのダンジョン攻略のようなものだろうか。
なんとなく床の縁に行ってみる。
地上へは大分距離があるが、私なら余裕で地上まで行けるだろう。
だが、それはいわばバグ利用。
せっかく用意してくれたギミックを解かずにゴールしてしまうのは酷く味気ないことだ
そう思い、私は正規ルートで合格を目指すことに決めた。
最初に目についた床の仕掛けに移動すると、私はギミックを作動させた。
「……多数決の部屋。五人いないと、駄目……?」
扉を潜った先、ぱっと灯りのついた部屋で、私はルートの解説が書かれた看板を見て呆然と呟いた。
机の上には腕輪が五つあるが、私以外に人はいない。
……上にはあと何人残っていて、いくつの扉が存在するのだろう。
この世界に来て一番の敗北の予感を感じる。
ずずず……と拳にオーラを籠める。
それを扉に叩きつけようとして――やめる。
先程正規ルートで合格すると決心したばかりである。
それをクリアが難しそうだからと力に訴えるのは良くないだろう。
せめて今日一杯ぐらいまでは待ってみよう。
腕輪を一つだけ手に付けた私は、長期戦に備えて壁にもたれかかるようにして座ると目を瞑り絶をした。
バタンという天井の扉が捲れる音。それが殆ど同時に四つ。
続いてドサドサと、音と同じ数だけ人影が落ちてくる。
それは私が座り込んで40分もしない内に起こった出来事だった。
ほぼ諦めかけていただけに、私の驚愕は大きい。気配は乱れずとも、目を見開くぐらいはしたことだろう。
だが、気配が乱れなかったのはある意味失敗だったかもしれない。
彼らは誰一人、私の存在に気が付かない。
かといって名乗り出るにも機会を逸している。
その四人は仲間だったらしく、「短い別れだったな」とか楽しそうに会話をしている。そこに空気を読まずに割って入るのは抵抗を覚えた。
「一人いないね」
「あれ? 腕輪が四つしかねーぞ」
説明を読み、机の上の腕輪を装備した四人組がそんな疑問を口にした。
チャンスだ。私はそう思い、意を決して絶を解き四人の前に姿を現した。
「「「!?」」」
「うわ、いったいどこから!?」
彼らからしてみれば幽霊のように突然現れたように見えただろう私に、本気で驚いていた。
特に銀髪の少年なんかは天井の隅に蜘蛛のように張り付いたりと、驚きようが尋常ではない。
腕輪を見せつけるように手を目前に掲げながら、挨拶する。
「……レア。先に来て待ってた。……よろしく」
彼らは私にとって救世主の様なものである。(大袈裟)
その為笑顔で友好的に接しようかと思ったが、出てきた態度は無表情に抑揚のない言葉。
そういえばこの体になって楽しそうに人と話したことなど無い。というか人と話したこと自体が数えるほどだ。
コミュニケーション能力を喪失し、身体に染みついてしまった癖は、容易には消えないのだろう。
「オレはゴン! よろしく!」
「あ、ああ。私はクラピカ。よろしく頼む」
「レオリオだ」
「……キルア」
四者四様の挨拶が返される。
一人素っ気ない子がいたが、驚かしてしまって拗ねてしまったのだろう。つまり自業自得である。
基本的に、私は彼らに暖かく迎え入れられた。
『このドアを』『開ける:5』『開けない:0』
『どっちに行く?』『右:3』『左:2』
「レアって思ったより怖くないんだね」
「……どうして?」
殺風景な部屋を出て、二つの多数決をこなして廊下を歩いていると、唐突にゴンがそう言った。
思わず出た疑問の声。
どうして、怖かったのか。どうして、怖くなくなったのか。
それはどちらとも取れる主語を省いた言葉だったが、ゴンには上手く伝わったらしい。
「だって一次試験が始まる前、レアは降りてきた時みんなに威嚇してたでしょ? オレ、あの時は死んだかと思ったぐらい怖かったから」
それ程か? と他の三人の顔を見てみれば、彼らは同意するようにうんうんと頷いている。
「みんなヒソカ以上だって言ってたから……普通に話せてびっくりしたよ!」
「……そう」
それは褒めているのだろうか、貶しているのだろうか。
ゴンの表情を見る限り、素直に思った事を口にしているだけで特に何も考えていないのだろう。
「……ところで、あの時はどうしてあれ程の殺気を振り撒いたんだ?」
青い民族衣装が特徴の金髪の少年――クラピカが問いかけてくる。
と言われても、あの時の私は殆ど無意識の内に、体に刻み込まれたあの行為をしていた。しかし言語化するのなら……。
「……舐められたら、面倒だから……」
これに尽きる。
私は外見も相まって、弱いと錯覚されると面倒が増える。
それを避ける為、私の実力を上手く理解できない弱者にご丁寧にも本能で分からせてやっているのである。
これで弱者は私に喧嘩を売らずにすみ、私は面倒を減らせる。Win-Winな関係なのである。
「舐められたら面倒って……お前、どんなとこに住んでたんだよ」
「……野生の、森?」
大分調子を取り戻したらしい銀髪の少年、キルアの問いに答える。
あの森の地名が分からないからこうとしか言いようがなかった。
だから「それって何処だよ」と聞かれても答えられないのだよ、キルア君。
無言を貫いていると、キルアは私の内心を悟ったのか呆れたような顔をした。