それから何事も無く、四次試験は終了した。
合格者は10人。三次試験で一緒だった四人も合格していた。
ゴンとクラピカにレオリオ。この三人は6日目にはゴール地点の付近にやってきたのだが、私に話しかけもせずまたどこかへ行ってしまった。
てっきり全員6点分集めて来たのかと思ったが、どうも違ったらしい。
試験が終わってから理由を聞くと、あの時はレオリオの指定プレートを探していたらしい。……言ってくれれば手伝ったというのに。
『……受験番号406番の方。406番の方、二階の第一応接室までお越しください』
最終試験前の面談。
受験番号順に呼ばれていた為、私は一番最後だった。
扉の前で出番を待っていた私は、ゴンと入れ替わりにネテロ会長の待つ応接室へと入った。
「まぁ楽にしなされ」
そこは何故か和室風だった。
段差前で靴を揃えて脱ぎ、畳の上に置かれた座布団にちょこんと正座する。
ちゃぶ台を挟んで対面に胡坐をかいて座る老人を見る。
纏うオーラは清流のように綺麗に淀みなく流れている。
隙がなくてかなり強い。やり合ったら中々大変そうである。
「まず、ハンターを志望した理由を聞かせてもらえるかの」
「……特にない」
成り行き。爺に言われたから。便利らしいから。
細々とした理由はいろいろあるが、特に強い欲求は無い。ならばこの場で言うべきことでもないだろう。
「なるほど。ではおぬし以外の9人の中で一番注目しておるものは?」
「……いない」
注目している者はいないでもないが、“一番”かと言われると疑問符が付く。なので今回もノーコメント。
「ふむ……。9人の中で一番戦いたくないものは?」
「……いない」
これは本心。
誰が相手だろうと立ち塞がるなら粉砕あるのみ。
なんだろう。気のせいでなければ会長が呆れているような……。
「……うーむ。まぁごくろうじゃった。下がってよいぞ」
「……」
質問の内容から推測するに、最終試験は受験生同士で戦闘でもあるのだろうか。
そんなことを考えながらも軽く一礼して、私は応接室から出て行った。
四次試験終了から三日後。遂に最終試験が行われる日となった。
貸切のホテルで英気を養っていた私たちは、机や椅子は一つも出ていない広々としたホールに呼び出された。
会長直々の説明によると、試験は負け抜けトーナメントで不合格者は負け続けた一名のみ。
それぞれ一勝すればハンター試験に合格する。ただし殺せば失格。
拍子抜けするほど簡単なモノだった。
もしかしたらここにいる全員、ハンターになっても特に問題は無いレベルなのかもしれない。
第一試合。ハンゾー対ゴン。
終始ハンゾーのペースで試合は進んでいた。ゴンは手も足も出ていない。
しかしゴンは負けを認めることは無く、拷問まがいの行為が三時間も続いた。
腕を折り、殺すとまで宣言しているハンゾーに対して物怖じしないゴンに根負けしたのか、最終的にハンゾーが負けを認めて試合終了。
それは私的にも考えさせられる試合だった。
試合が始まれば、どちらかといえば私はハンゾーのように負けを迫る立場となるだろう。
だが私は彼のように拷問なんかの手方は習熟してないし、そもそも手加減は苦手だ。
攻撃すれば手加減を誤って殺してしまう気がする。
「……!」
豪快なアッパーで気絶させられたゴンを見て閃いた。
そうだ、私はゴンのような立場をとればいい。
非暴力・不服従である。ガンジーである。
どんな攻撃をされても「それで?」って感じで冷めた視線でも向けるのだ。
圧倒的な壁の高さを感じ取って、そのうち心が折れるだろう。
手を出さなければそもそも間違いも起こらない。
うむ、我ながら良い案だ。
「第二試合! レア対ヒソカ!」
ホールの中央で向かい合った私たち。
昏い戦意を滾らせたヒソカのオーラが密度を増して膨れ上がる。
それに対して私はあくま自然体。
開始と同時に状況が急変した第一試合とは対照的に、第二試合は静かな立ち上がりだった。
「キミはどうにも無駄な争いは嫌うみたいだからね◆ ここで当たれたのは幸運だった★」
「……そう」
相手の心情なんて正直どうでもいいが、今回はガン待ち戦法である。適当に相槌を打っておく。
しばらくヒソカの言葉に「そう」とか「うん」とか話が途切れる度に言ってると、話を聞いていないことに気付いたのだろう。ヒソカは会話をやめた。
そして、投げナイフよろしくトランプを投擲してくる。
何らかの能力が籠っているのか、ただオーラを籠めたにしては不自然な強化の仕方だったが、特に嫌な予感はしなかったので身じろぎもせずに受ける。
トランプが当たる一瞬、流石に錬をして顕在オーラを増やしたが、余裕で無傷だった。服に傷すらない。
流をする前に錬という一工程を挟むため、常に膨大なオーラを纏っているよりもワンテンポ遅れるが、それでもヒソカのオーラ操作よりはよほど早い。舐めプにはちょうどいいだろう。
ヒソカの能力だろうか、縮むゴムを更に手繰り寄せるように引っ張られるが、私は微動だにしない。
オーラが付着した服が傍から見れば独りでに引っ張られるが、オーラで強化しているため破れる心配もない。
力比べは諦めたのか、引き寄せられる力が消えた。だが、付着したオーラは消えていない。ヒソカと繋がったそれは、なんだかびろーんとやわらかそうなガムのような性質になっている。
ガムとゴムの性質を自在に使い分けることの出来るオーラだろうか。なかなか使い勝手の良さそうな能力であるが、私のような規格外と戦うには尖ったものが無さすぎる。
格上とやり合う時には、容易に器用貧乏へと変貌するオールマイティよりも、常に一つの優位は持てるスペシャリストの方が戦いやすい。戦う相手の選べるゲームでは極振りが人気な理由である。
まあ全ての分野でスペシャリストなのが、一番強いのは確定的に明らかなのだが。
太陽のような出力のパワーに、それを最適に運用するテクニック。そしてそれらを統括するクリアなマインド。
チートレベルで心技体が揃って最強に見える。
その具現が、私。
ヒソカの攻撃を、私は一歩も動かず涼しげにいなし続ける
私からすればあまり脅威ではない攻勢も、ギャラリーからすれば苛烈極まりない攻撃にでも見えるのだろうか、感嘆するように息を呑んだり、絶句するように呆然としている者が大勢いた。
馬鹿にするような私の態度に、どこかつかみどころのない性格のヒソカもイラついたのか、オーラに乗った殺意は膨れ上がり、攻勢は更に苛烈さを増す。
しかしそれすらも私の表情一つ変えるに至らない。
やがてヒソカは、微かに残っていた私の攻撃に対する警戒を取り払った。
常人には目にも止まらぬ演武は、止め処なくスピードを上げて続いて行く。
「どうして、攻撃してこないんだい?」
十数分後、若干疲弊した様子のヒソカが、始まった時と変わらずピンピンしている私に話しかけてくる。
ヒソカのオーラはとても会話ができるとは思えないような滾り方だが……。一周回って冷静になったのだろうか。
とりあえず、今まで考えていた挑発の文句を言ってやる。
「……私にとって、あなたはじゃれつく子猫と同じです……。脅威では、ありません……」
「お前が弱すぎて攻撃出来ないんだ」と言外に言ってやれば、ヒソカは分かりやすく怒りを露わに襲い掛かって来た。……こういうのは飄々とスルーするようなタイプだと思っていたのに意外である。
黙々と攻撃を捌いて行く。
趣向を凝らした攻撃も、全てを賭けた全力の一撃も、全て無駄。
圧倒的な総合力の前にはあらゆる行動は無意味である。
だが、試合が始まって一時間ほど経った頃。
まるで降参する気配の無いヒソカに、私は地味に精神的に追い詰められていた。
なんか思ってたのと全然違う。
降参を促しても、今度は私が無視されるようになったし。
しばらくすれば、勝手に壁の高さを悟って心が折れるとかの話はどこにいったんだ。
……まあ、なんとなく答えは出ている。
つまりそういう状況では、心が折れる弱い人と、心の折れない強い人の二種類がいるのだろう。
もし仮に、私の対戦相手がゴンだったとしても、今と似たような光景が繰り広げられていただろう事は容易に想像できる。
策士策に溺れるという奴だろう。
どうやら最適解は、試合開始と同時に「参った」と言う事だったらしい。
今回の戦法は、お利口に負けを認めてくれそうな人間を吟味して実行するべきだったのだ。
しかし降参するにしても、不完全燃焼だろうヒソカをこのまま放り出すのはまずいだろう。
戦闘狂で快楽殺人者のきらいがあるこいつを野放しにすれば、八つ当たりのように死人が出ることは確実だろう。
その為に参考になるのは先の試合のハンゾーである。
参ったと言って気絶、つまり無力化させる。
ネックは手加減だが……。まあ寸止めすれば大丈夫だろう。一応、注意は促しておくか。
「……鈍重で、しかも軽い……。あまりに憐れ……。攻撃のお手本を見せてあげる……」
無駄な時間を過ごした鬱憤を、八つ当たり気味に煽りで発散する。
分かりやすいようにゆっくりと、攻撃の構えを取ってやる。
今試合初の攻撃の気配に、ヒソカは若干驚きながらも迅速に対応している。
「……死なないでね……」
足場にした床にクレーターが出来上がる。
音を置き去りにし、空間を破壊するかのような一撃。
当たる直前で寸止めされていたそれは、しかし遅れて発生した衝撃波だけでも凄まじい被害を齎した。
ヒソカがホテルの壁に叩きつけられ、埋め込められる。
壁に縫いとめられたヒソカは意識が無いようで、死んだようにぐったりとしている。
オーラと衝撃波に煽られたとはいえ、堅での防御が間に合っていたし、精々が重傷止まりで死にはしないはず……。
……死んでないよね?
「……参った」
宣言を忘れていた事に気がついて、私は呟くようにして降参した。