ドイバにてグラ・バルカス帝国の軍艦を見学した使節団は、再びキルクルスへと戻った。その際、解析用に駆逐艦より取り外した電探も一緒に持ち帰っていた。
神聖ミリシアル帝国は魔法文明国だ。科学技術によって作られた電探は持ち帰っても意味の無いように思えるが、そこはベルーノが泣き付いた。
そして、あっという間に時は過ぎ、飛行場にて。
「ライカ殿」
「……何ですか?」
ゲルニカに乗る直前、モーリアウルが見送りに来ていたライカに呼びかけたのだ。それにライカは、少し低めの声で返した。
だが、次に続けられた言葉は、そんな彼女の気持ちを晴れさせるには十分だった。
「貴国は確か、グラなんとかという蛮族によって侵略を受けているとか。神竜様の住まう土地を護るはインフィドラグーンの末裔たる我々に課せられた使命。
私が帰国した暁には本国に、ここに風竜騎士団を派遣する様掛け合いましょう」
「……えっ、ええっ!!?」
彼はさも当たり前と言わんばかりの表情でそう言った。
風竜騎士団は、この世界最強の航空戦力である。まず、ワイバーンは風竜に一睨みされただけでその首を差し出し、かのミリシアルの天の浮舟でさえも勝てなかったと聞く。
そんな正に一騎当千の騎士団が、このイルネティアを防衛する為に派遣される?
「い、良いんですか?」
「当然です」
「は、は……あ、ありがとうございます」
この人ただの変態じゃなかったんだ。彼女は彼の評価を改めた。
元々、先日の放送でイルクスが神竜であるという事をバラしたのは、確かにエモール王国の気を引く為の行為だった。
しかし、それで求めていたのはあくまでも「列強第3位がこの国に注目している」という事実であり、直接王国が支援してくれる事などは期待していなかったのだ。
竜人族はプライドが高く、人間の治める国に自国の軍事力を派遣するなど、それこそ侵略でもない限りは絶対にしないと思っていた。
要するに、イルティス13世も、ライカも、竜人族にとってどれだけ神竜という存在が特別な物であるかを過小評価していたのだ。
何せエモールでは毎年の様に、神竜と竜人の異類婚姻譚が発売されている程であるというのに。モーリアウルの愛読書もそれである。ただしこれからは、異類と婚姻譚の間に"同性"がつく事になるだろう。
「……して、ライカ殿」
「は、はい」
「敵はあのレイフォルを滅ぼした国。当然、その航空戦力もワイバーンロード以上の物なのでしょう。
そんな相手に、ワイバーンのみでは荷が重いとは思いませぬか?」
「た、確かに……」
イルネティア王国の航空戦力は、イルクスを除けば全てが通常種のワイバーンである。荷物運搬用に大型火喰い鳥が使われる事もあるが、こちらはそのワイバーンよりも鈍足の為戦力にはならない。
そして、主に中央世界の文明国で用いられているのが、そのワイバーンを強化した種、ワイバーンロードだ。
最高時速は350kmと通常種よりも遥かに速く、撃墜する事は困難を極める。
勿論列強たるレイフォルもワイバーンロードを配備しており、それを滅ぼしたという事は……つまりそういう事だ。
事実、実際にグラ・バルカス帝国の戦闘機と戦った彼女も、明らかに飛竜レースで戦ったワイバーンロードよりも速かったと感じていた。
そんな戦闘機に、通常種が敵う訳がない。それは彼女も感じていた。
「そこで、です。神竜であるイルクス様のお力ならば、我らエモールでさえも手懐ける事が叶わなかった
「とある竜種……?」
「ええ、その名も───」
───────
雷竜。それは、この世界に住まう飛竜の一種である。
風竜と同じ属性竜の一種で、翼とは別に前肢の付いている真竜種だ。生息地域は主に南方世界だが、中央世界にも相当数が生息している。
雷竜の特徴は、まず飛行速度が速い。その最高時速はなんと650kmと、あの風竜を150kmも上回る。
また攻撃方法が独特で、口から電撃を放ち、相手を感電死させるのだ。稲妻である為に放たれた後の回避は不可能で、その攻撃力は極めて高い。
そんな雷竜だが、現状戦力にしている国は1つも無い。何故ならば、雷竜は気性が非常に荒く、人の騎乗を絶対に許さないからだ。
風竜を手懐けられる竜人族が手懐けられないと言えば、その凄まじさが分かるだろうか。
モーリアウルは、ワイバーンに代わる戦力としてこの雷竜を提案してきた。
雷竜よりも圧倒的に格上の神竜ならば彼らを恫喝、もとい手懐けられるのではないかと。
確かに出来そうだ。何せ、かのインフィドラグーンは神竜だけでなく、全ての属性竜も戦力にしていたのだから。
しかし、それをする為にはイルクスを中央世界まで連れて行かなければならない。いつ侵略されるか分からないこの状況下で、それはあまりにもリスクが高い。
だがその分メリットも多い。彼女はこの2つを天秤にかけ、うんうんと頭を悩ませるのだった。
───────
〈神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス〉
「は……今、何と……?」
祖国を救うべく、援軍を求めにルーンポリスへと来ていたビーリー卿は、今言われた言葉を信じられずにそう言った。
本来ならば3日前に行われる筈だった会談。だが直前になって延期が伝えられた。
理由は「今王国に使節団が行っている為、それが帰って来てからにして欲しい」という物で、それならば……と、彼らも渋々納得したのだった。
そして迎えた会談。始まった直後に提案されたとある事で、彼は今この様な反応をするに至ったのだ。
他の者達も同じ様な反応で、殆どが呆然と、エイテスでさえも目を大きく見開いて固まっている。
「ですから、貴国が拿捕した巨大戦艦、グレードアトラスター、及び小型艦を改造させて頂きたい、そう言ったのです」
「は……」
だが、そんな彼らの困惑など知らぬとばかりに、ミリシアル側の外交官───フィアームは繰り返す。
何故こんな事になったのか、それは王国に派遣されていた使節団の中にいた、技術研究開発局開発室長のベルーノの働き掛けによる物だった。
彼はなんと、上司であるシュミールパオを通り越して、なんと最高権力者である皇帝、ミリシアル8世に直談判したらしい。
皇帝との間でどの様な会話がなされたのかは分からないが、結果的にこうして、グレードアトラスターの改造が決定した。
「(一体、ミリシアルは何を考えている……?)」
ビーリーは考える。ミリシアルが何故その様な事をするのか、それをした場合、ミリシアルに一体どの様な利益があるのか。
彼がホテルに滞在中、本国と何度か魔信で連絡を取っていた。
あのエモールが援軍を寄越すかもしれないというのにはとても驚かされた。
そして、そこで拿捕した敵艦の処遇についても話し合っていたのだ。
現在のイルネティア王国にはまともな海上戦力が存在しない。いや、正確には戦列艦がまだ残っているのだが、前回のイルネティア沖海戦にて戦列艦による攻撃が全く通用しなかった事から最早戦力として数えられていなかった。
そこで提案されたのが、拿捕したグラ・バルカス艦を利用する事だ。
現在ドイバ港には6隻の船が繋留されている。その内、グレードアトラスターを除いた5隻は殆ど無傷であり、そして戦列艦よりも圧倒的に強力であった。
今は捕虜から動かし方を聞き出している最中であり、またムー国の技術者も招く予定らしい。
もしこれが叶えば、イルネティア王国海軍は遥かに強力になる事間違い無しであった。
だが、そこで問題となるのがグレードアトラスターである。
彼女は船体設備や主砲副砲、司令塔などは無事なのだが、肝心の第一、第二艦橋や対空砲群がボロボロであった。現状王国の設備ではそれを修理する事は叶わない。
ムー国に頼むという手もあったのだが、そうなると次に問題になるのが費用だ。正直、考えたくも無い程の費用がかかる事になるだろう。
だから、今回のミリシアルの提案は願ったり叶ったりであるのだが、その意図が読めない。
「勿論、費用はこちら持ちですよ。ご安心下さい」
目の前のエルフの外交官はそんな事を言う。ビーリーは余計に不安になった。
『タダより高い物は無い』、古来よりある言葉だ。
確かに、グレードアトラスターや小型艦の兵器を解析する事は出来るだろう。しかし、彼女達は科学技術によって造られた艦。あまり意味がある様には思えなかった。
「(……逆に、改造を了承しなかった場合を考えよう)」
もしミリシアルが手を出さなかった場合。我が国の海上戦力はボロボロのグレードアトラスター、無傷のその他の船5隻、そして戦列艦だ。これでは、圧倒的戦力を誇るグラ・バルカスには敵わない。
イルクスがいる為に陥落する事は無いだろう。そして時間を稼いでいる間にムー国からの援軍が来る。そして祖国は救われる。
しかし、ムー国でさえもグラ・バルカスに勝つ事は難しいだろうと彼は考えていた。その為、第2文明圏はムーとグラ・バルカスの2強になる。
来年開かれる先進11ヶ国会議。そこでは恐らくグラ・バルカス帝国、そして先日パーパルディア皇国を下した日本国の列強入りが決まるだろう。
そして、その2カ国は共に科学文明国だ。
第2文明圏、第3文明圏の列強は共に科学文明国になり、魔法文明国の列強が残るのは第1文明圏だけ……。
「(……まさか、ミリシアルはイルネティアに
かつて第2文明圏には魔法文明国の列強であるレイフォルが居た。
しかしレイフォルは滅ぼされ、その影はもう無い。
もしグレードアトラスターが改造されたとすれば、かの船は本来の実力を発揮する事が出来る。
周辺諸国であの船に敵う船は無い。その存在感は列強にも負けないだろう。
その船が、魔法技術によって改造を施されていたとすれば、科学文明国に囲まれた中で灯台の様に魔導戦艦が輝く事になる。
恐らくだが、グラ・バルカスはまた攻めてくる。その時にこの魔導戦艦が活躍したとなれば、魔法技術の株は上がる。
科学への求心力が高まりつつある第2文明圏において、魔法への求心力を維持する事が出来るのだ。
……ここまで考えたが、これらはあくまでも仮定でしかない。真実は皇帝のみぞ知る。
そして、例えそうだったとしてもイルネティア王国に損は無い。
「……その、改造された船は今後"我が国の船"として扱ってもよろしいのですよね?」
「ええ、勿論です」
「……分かりました。改造の件、貴国にお任せします」
こうして、後の世の歴史書にその名を残す1隻の魔導戦艦が誕生する事が決定したのだった。
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