〈第2文明圏 ムー国〉
「「ぷはー!!」」
ムー国北西部にある田舎町、チャワード。
周囲を荒地に囲まれたこの小さな町にある酒場『宵の星』に、エモールからの帰りであるライカとイルクスは訪れていた。
因みに、雷竜達はその荒地に残している。流石に共に入る事は出来ないからだ。彼らは今頃文字通り羽を伸ばして休んでいる所だろう。
2人は入るやいなや、まずエールを頼んだ。今飲んでいるのはそれである。
長時間飛行で疲れた2人の身体に、ムー国産の冷たいエールが染み渡る。飲酒年齢はクリアしているので安心して欲しい。
「イルネティアのよりも美味しいかも……これが列強の味……!」
「僕、こんな美味しいお酒初めてだよ〜!」
2人は列強国の技術によって作られたエールに感嘆する。
続いて届いたのは、巨大なプレートに乗せられた大量のスパゲッティだ。
ソースはミートで、肉団子が混ぜられている。
「もーらいっ!」
「あっ、ちょっと!」
それをイルクスが素早い動きで巻き取り、自分の皿に乗せる。ライカは反応するが少し遅く、一気に2/3が取られてしまった。
彼女はしぶしぶといった様子で残りの1/3を巻き取り、自分の皿に乗せ、食べていく。
「いやーここまで長かったね……」
スパゲッティを飲み込んだライカが言う。
何を隠そう、彼女らはほぼ1日に及ぶ飛行の末にここにいるのだ。
「ふぉふふぁふぇ」
それに対し、麺を頬張ったイルクスが返す。が、何を言っているのかさっぱり分からない。
それを察したのか、彼女は返答の方法を切り替える。
『僕もうくたくただよ〜……帰ったら一日中家でゴロゴロしたいなぁ』
「私も……このまま、何も起きなければいいけどね……」
わざわざ念話で返してきた彼女に、ライカは何事も無いように返す。慣れているからだ。
だが、周囲の人々から見れば何も言っていないのに返答したヤバい少女の様に映ることだろう。幸い、辺りの客は皆それぞれの話題に夢中であり、気づく事はなかったが。
だが、彼女の懸念の方は不幸にも当たってしまう。
「……ん? イルネティアからだ」
2人が食べ終わり、追加のエールを頼もうとしていた頃、彼女の腕に着けたブレスレット型の魔信装置が鳴り始める。
「はい、ライカです」
『こちらランパール城軍本部!! 今どの辺りにいる!?』
そこから聞こえてきたのは、先程までの雰囲気には到底似つかわしくない荒々しい声。
それに彼女は困惑しながら───そして、薄々何が起こったのかを察しながら、返答した。
「私は今ムー国のチャワードに居ます……帝国軍ですか?」
『そうだ。それで……』
「到着まであと3時間程かかると思います……大丈夫ですか?」
『3時間か……どうにかもたせてみせる』
「分かりました。こちらも急いで向かいます」
『うむ』
そうして魔信は切れる。
やはりそうだった。またグラ・バルカス帝国が攻めてきたのだ。
そもそも、この町に着いた時に雷竜を手懐けた旨の魔信は送っていた───それまでは忘れていた───ので、そんな状況で来る通信などろくな事ではないだろう事は分かっていたのだ。
2人は素早く会計を済ませると、すぐさま雷竜達の元へと駆け、その僅か数分後には白銀の竜が率いる雷竜の群れがチャワードより飛び立ったのだった。
「……」
『……』
時速620km。雷竜の群れが群れとして飛ぶ事のできる最高速度である。
その最高速度でさえ、今の彼女にとっては頼りない物だった。チャワードはイルネティア島から約2000km程離れている。先程3時間と言った根拠はこれだった。
しかし、3時間。自分の居ない王国がそれだけの時間を耐え切る事が果たして出来るのか。出来たとして、それまでに一体何人の死者が出てしまうのか。
ああ、こんな事なら休憩など最小限に抑えておくのだった……彼女はひどい後悔に襲われる。
彼女の名誉の為に言っておくと、あの休憩は必要な物であった。最小限に抑えていれば、きっと雷竜達がまともに飛べなかったであろう。
そうして2人は胸を痛めながら無言でしばらく飛んでいた。
『……』
そして、その様子をじっと見ている雷竜がいた。
彼は憤怒した。そんな2人にではなく、イルクスに本来の速度を出させる事の出来ない自分の不甲斐なさに、だ。
そうして彼は、念話で言った。
『姐さん!! 俺達は気にせず2人で向かってください!!』
「……でもそれじゃあ、貴方達が」
『方角さえ分かれば自力で向かえます!!』
強く、まるで言い聞かせるかのように叫ぶ。
「……」
『……ライカ、行こう』
「……うん。方角はここから丁度東!! 言ったんだから、絶対に来てよ!!」
『分かってます!! 姐さん方、さあ早く!!』
「あと私姐さんって呼ばれる程の歳じゃないから!! まだ17だから!! 行くよイルクス!!」
『僕は……何歳だっけ……まあいいや。うん!!』
そう言うと、イルクスは加速する。
620kmから、雷竜の最高速度である650km、帝国の最新鋭機『グティマウン』の最高速度、780kmさえも超えていく。
「───っ!」
凄まじい重力が彼女の身体にかかる。多少はイルクスの力によって軽減されているとはいえ、それでもかなりの物だ。
眼下の景色は恐ろしい勢いで後方へと下がっていく。
だが、それでも加速は止まらない。
900、950、1000……やがて音をも超え、そこでようやく加速が止まる。
最早今どのくらいのスピードで飛んでいるのかも分からない状況下においても、ライカは何とか耐え、現在の状況を把握しようとしていた。
今はまだ体験した事のある速度だが……これを超えれば、次は未体験の速度になる。
「イルクスっ……もっと、速く出来る?」
『出来る、と思うけど……ライカは大丈夫?』
「私は大丈夫だから、もっと!!」
『分かっ、た!!』
音をも置き去りにし、更に加速する。ライカの小さな身体が悲鳴をあげる。
それに歯を食いしばって耐え続ける。
───実にこの時、イルクスは時速2200km、マッハ2弱の速度を出していた。
これはこの世界においては自衛隊しか出しえぬ速度であり、竜騎士などは目で追う事すら出来ないだろう。
恐ろしい事に、これでもまだヴェティル=ドレーキという種族本来の最高速度には達していないのだが、イルクスはまだ若いのでこれが精一杯であった。
そんな速度で飛ぶ事、およそ1時間弱。
『見えた!!』
2人は、イルネティア島上空へと到着するのだった。
───────
『……っクソ、速ぇなぁ』
恐ろしい加速で空の彼方へと飛んで行った2人を見て、先程の雷竜はそう呟いた。
自分達の出し得る最高の速度を呆気なく超え、更には音をも置き去りにする。神竜というのはこれ程なのかと思い知らされる。
『おいリーブス!! お前先頭に居るんだからもっと速度上げろ!』
『ああ?』
念話が彼───リーブスの脳内に響く。
『馬鹿、んな事したら』
『はあ? お前あんな物見せられてじっとしてられんのか?』
『……そんな訳ないだろ!!』
自分達は雷竜だ。常に速度を追い求める、誇り高き竜の種族だ。
そんな竜が、あんな物を見せられて耐えられる訳が無い。
こうして、残された雷竜達は出し得る最高の速度でイルネティア島へと向かうのだった。
この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします
アフターバーナーも焚かずに常時音速を出せるとかいうチート性能