時はまた少しだけ遡る───
〈ドイバ沖 グレードアトラスター〉
「───対空戦闘、開始!!!」
「主砲副砲、発射ァ!!!」
その号令で、グレードアトラスターに設置された3基の45口径46cm3連装砲、及び2基の60口径15.5cm3連装砲が火を噴く。
その轟音は凄まじく、艦橋のガラスが今にも割れそうな程に揺れていた。
放たれた大小15個の砲弾はこちらに向かってくるワイバーン隊へと向かっていき、ある程度進んだ所で時限信管が作動、46cm砲弾からは火のついた大量のマグネシウム片が、15cm砲弾からは弾の破片が撒き散らされ、空中に巨大な花を咲かせる。
だが、レイフォル戦からの情報でその事を知っていた為に予めワイバーン同士の距離を開けていた上、放った直後にも回避行動をとったので、かなり広範囲に渡ってマグネシウム片が飛んだもののワイバーンは4騎しか落ちなかった。
46cm砲は、その巨大さ故に装填が遅い。その為15.5cm砲が近付いてくるワイバーンに向けて放たれるが、それでも1度に落とせる数は精々1騎が限界だ。
また、艦橋に装備された2基の13mm連装機銃が必死に応戦していたが、たったの4門では殆ど命中せず、逆に接近されて導力火炎弾を浴びてしまう。
また、防空指揮所でも乗組員が自動小銃を乱射していたが、こちらも火炎弾によって焼き尽くされた。
こうして、グレードアトラスターはあっという間に竜騎士達に取り付かれる。
乗組員達は艦内に続く扉を固く閉ざし、籠城の構えを見せる。それに対し、外からマスケット銃などを撃つが全くという程効果が無い。
更に。
ドォォォォン!!!!
虚空に向かって46cm砲が放たれ、その時甲板に居た竜騎士達が衝撃波で吹き飛ばされる。
この事から彼らは容易には動けなくなった。
一方、防空指揮所から乗り込んだ竜騎士達の方も戦況は芳しくなかった。
ワイバーンを防空指揮所に止まらせ、そこに乗り移ったまでは良かったのだが、そこからが中々進まない。
なにせ敵には連射可能な銃がある。一々先端から弾を込めなければならないマスケットでは分が悪い。
更に更に、防空指揮所には人が居たが、その下の第一、第二艦橋には誰も居なかった。これにより、外からのワイバーンによる火炎放射という攻撃も意味をなさなかったのだ。
この時、ラクスタル達艦橋要員は司令塔などの艦内部へと移動していた。
第一、二艦橋の装備は乗り移られて万が一にも敵に動かされない様にと勿体ないが叩き壊し、指揮は全て司令塔から行っていた。
主艦橋は外から乗り移られる可能性が最も高かったが為にその殆どを事実上放棄していた。要は司令塔さえ残っていれば良いのだから。
尤も、この戦法をとるにあたって最も難易度の高かったのは熱心な皇帝シンパであるダラスの説得であった。
「艦橋を放棄!!? 馬鹿な、それでも栄光ある帝国軍人か!?」
彼は先程まで見せていた丁寧な態度は何処へやら、乱雑な口調でグチグチと抗議していたが最終的には屈強な軍人に連れて行かれた。
そして最小限の人数を残し───ほぼ確実に死ぬ役目を与えるのは非常に心苦かったが───彼らは籠城戦に突入したのだった。
「増援はまだ来ないのかッ!!?」
「もうかれこれ1時間は経ったんじゃないのか……?」
「まだ20分弱しか経ってません……」
司令塔にて、士官達は中々来ない増援に苛立ちを感じていた。唯一ラクスタルのみが目を閉じて考え込んでいる。
彼は薄々勘づいていた。増援のアンタレスは来ないという事を。
恐らくはあの白い竜と会敵し、敢え無く全滅したのだろうという事を。
そして数分後、それは敵によって証明される事になる。
『グラ・バルカスの兵士達に告ぐ!! お前達の艦隊は降伏した!! 最早助けは来ない!! 直ちに降伏せよ!!』
外を飛ぶ竜騎士の1人がイルクスから魔信を受け、積んでいた拡声器でそう叫ぶ。
それを殆どの兵士達は笑い飛ばしたが、中々来ない増援に不安を覚えていた者達には効果覿面であった。
その動揺は人から人へと伝わり、降伏すべきだという意見が広まっていく。
「あんな物はデタラメだ!! 帝国海軍が蛮族なんぞに負ける筈がない!!」
「しかし! 現に無線は繋がらず、増援も来ないではないかッ!!」
「艦隊と合流すれば分かるだろう。少し落ち着け」
今艦は、30ノットの速度で沖へと出ている。既にイルネティア島からはかなり離れていたが、竜騎士達は全く離れる様子を見せない。
「か、艦長……」
「……」
ラクスタルは嫌な予感に苛まれていた。例えアンタレスをあっという間に撃墜出来るとしても、流石に艦隊をどうこうする事は出来ないだろう、そう考えていたのだ。精々機銃やレーダーを破壊する程度だろうと。
しかし、艦が沖へと出るにつれてその考えはもしかすると甘かったのではないかと思い始める。
繋がらない無線、来ない増援、艦隊に近付き、絶体絶命である筈の竜騎士達が何故か平然としている事実。
もしも敵の言う通り艦隊が全滅しているのだとしたら、最早グレードアトラスターに為す術は無い。それは敵に、ヘラクレス級を含む艦隊を壊滅させられる戦力があるという事に他ならず、そうなればさしものグレードアトラスターとて勝てる訳がないからだ。
そして彼は、その戦力というのがあの白い竜である事を殆ど確信していた。何故かそう、確信していた。
そして、更に数十分後。彼らの精神がいよいよ追い詰められいた頃。司令塔に設置された小さな窓から覗いていた兵士が悲痛な声を上げた。
「て、敵艦隊接近……味方の艦5隻を囲んでいます……」
それは、兵士達の戦意を挫くには十分過ぎた。
「……降伏だ」
「……はい」
そこでラクスタルは口を開く。ダラスは俯き、光の灯らない目をしながら「有り得ない、有り得ない」と呟くのみであった。
こうして、後にイルネティア沖海戦と名付けられるこの海戦は終わりを告げた。
結果はまさかのイルネティア王国側の勝利であり、戦艦1、空母2、重巡洋艦4、駆逐艦10隻を撃沈し、戦艦1、重巡洋艦2、駆逐艦3隻を拿捕するという凄まじい戦果を上げた。更に、その内の殆どをたった1人の───正確には2人───少女が行ったというのだから恐ろしい。
───────
今は瓦礫しか残っていない港湾都市ドイバ。そこに、生き残ったグラ・バルカス軍人達は上陸した。勝者としてではなく、敗者として。
捕虜の扱いに関する説明───イルネティア王国では、捕虜の権利が保証されている───を受け、一先ず安心したラクスタルは、ボロボロの港に白い竜が降り立つのを見る。
それを見た、艦隊から降りた兵士達が「ヒィィッ!?」という情けない声を上げてガタガタと震え出す。
一体、あの竜にはどんな人物が乗っているのか、そして艦隊に何をしたのか、彼は気になった。
「……なっ!?」
だが、その背から降りて来たのは彼の想像していた様な屈強な軍人ではなく、軽装の少女であった。
思わぬ人物に、彼は目を見開いてその場に立ち尽くす。
「あの様な……少女が……艦隊を……アンタレスを……え?」
だが、次の瞬間、彼は更に"有り得ない"事を目にする。
少女が降りた直後に白い竜の身体が輝き始める。やがてその輝きが最高点に到達し、続いて弱くなっていく。
そして輝きが収まったそこには、彼が先程まで見ていた白い竜は何処にも居なかった。代わりに。
「竜が……少女に……?」
そこには、パイロットの少女よりもやや大人びた雰囲気の少女が立っていた。
彼女は非常に美しく、帝国のどんな女優でも敵わないであろう。
しかし、角や尻尾などがある事から明らかに人間とは違うのだと理解出来る。
更に兵士達から聞くと、どうやらあの竜───イルクスというらしい───はまるで玩具の様に駆逐艦を持ち上げ、空母や戦艦に突き刺したらしい。
それを聞いた瞬間、彼は目眩を覚える。なるほど、如何に重装甲を誇る戦艦であっても、数千トンにもなる駆逐艦を突き刺されては為す術もないだろう。兵士達があれ程怯えるのも納得だ。
彼はここが異世界であり、自分達の常識が通じないのだという事を改めて理解するのだった。
───────
「……無様だな」
敵艦隊降伏の報を受け、イルネティア王国国王であるイルティス13世はドイバ跡へと足を運んでいた。
その港には、数多の砲撃を受けたとは思えない程の健在ぶりを見せる巨大戦艦、グレードアトラスター、及び
しかし、彼の目的はそれではない。彼は目の前に引っ張られてきたある人物を見下ろす。
「……こんな事が許されると思っているのか?」
その人物とは、国王に対して高圧的な態度を取り続けた外交官、ダラスであった。
拘束する際にかなりの抵抗を見せた彼の顔には、兵士達によって付けられたと思われる青アザがいくつか残っている。
しかし、そんな状況下であるにも関わらず、彼は高圧的な態度を崩さない。
「私は栄光あるグラ・バルカス帝国の外交官だ。貴様ら蛮族なんぞが見下していい人間ではない」
「蛮族、蛮族か……」
彼は心底軽蔑する様な目で目下の男を見る。
そしてその首元を掴み、その目線を無理やり廃墟と化したドイバへと向けさせる。
「その腐った目によく焼き付けろ!! これが貴様らがした事だッ!!」
ドイバは王国最大の港湾都市である。その為、そこには1万にも及ぶ民間人が暮らしていた。
そんな都市は今、容赦ない艦砲射撃の雨に晒され、無惨な瓦礫と化している。それらの瓦礫や道には未だに血がこびり付き、片付けられていない炭化した人型の物があちらこちらに横たわっていた。
「こんな事をする者がッ!! 他人を蛮族だと何故言える!! 自らが蛮族でないと何故言えるッ!!!」
王は激昂していた。それは護衛の兵士をたじろがせる程であった。
だが、ダラスは王を睨みつけ、言い放った。
「蛮族など人間ではない!! 帝国人が幾ら殺した所でッ───」
彼の言葉は途中で打ち切られた。王が固く握り締めた拳で彼の顔を勢いよく殴ったからだ。
ダラスは地面に叩きつけられ、だがそれでも尚高圧的な態度を取り続ける。
「くそぉぉぉぉぉ!!!! このっ、蛮族がァァァァァァッ!!!! よくもッ、よくも殴ったなぁァァァァァッ!!!!!」
喚き散らす。そこには品性といった物は1mmも残っていなかった。
「陛下! この様な下劣な者、万死に値します!! 即刻処刑しましょうッ!!!」
「いや、死など生温い!! 拷問を加え、嬲るべきです!!」
その様子を見た周囲の者達が次々と言う。
……だが、王は息を吐き出すと、噛み殺した様な声で告げた。
「……我が国は、初代国王陛下によって外交官には手を出してはならないと決まっている」
「な!!?」
「そっ、そんなッ!!?」
兵士達が困惑する。
「……私とて、この男を嬲り殺しにしたい。だが、それでは我々はこやつの言うような蛮族になってしまう。それだけは避けたい」
「陛下……」
「皆、すまない……この男を国外追放処分にせよ!」
───こうして、イルネティア王国は危機を一旦は脱する事に成功したのだった。
だが、それはグラ・バルカス帝国に明確に『敵』だと認識される事に他ならず、王国は更なる戦乱に巻き込まれていく事になるのだ……。
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