〈中央歴1642年6月25日 第1文明圏外南西部〉
第1文明圏外南西部、南方世界の大陸、ブランシェル大陸北方約4000km地点。
そんな、普段は誰も居ない様な海域にこの日、小規模な艦隊が航行していた。
「まもなく作戦開始時刻です」
「うむ」
一面が飛行甲板の艦───即ち空母が1隻。その護衛であろうか、小口径の連装砲が2基、そして
その中の空母、その艦橋にてそんな言葉が交わされる。
「この作戦の結果次第で、我が国の戦略その物が変化する。どうにか成功して欲しい物だが……」
「御安心下さい……と、言いたい所ですが……」
「相手は神話だ。失敗も十分に考えられる。その為にわざわざこの様な場所まで艦隊を引っ張ってきたのだからな」
会話していた内の片方、恐らくは艦隊司令であろう男が、窓から飛行甲板を見下ろす。そこでは、発艦準備を進めている最中の艦載機がいた。
その艦載機は、恐らくこの世界の住人が見ればかなり異形な、そして先進的な物と感じるだろう。あのミリシアルの物を見ていても、だ。
まず、それはワイバーンではない。そもそも生物ですらない。
本来飛ぶ為には必要である筈のプロペラは何処にもなく、その代わりに機尾に噴射口が設置されている。
そして、流線的な胴体の左右には、
「攻撃隊、発艦準備完了しました」
「うむ。攻撃隊、発艦せよ!!」
数十分後、準備が整った機体が噴射口から火を吹き、次の瞬間には何かに引っ張られているかの様に急加速し、発艦する。他の機体も次々と同じ様に発艦していき、最終的には30機が発艦した。
30機は編隊を組みながら飛行していく。そのスピードはミリシアルのそれよりも速い。
彼らは西方へと向かっていき───
───────
〈中央歴1642年6月25日 第1文明圏外南西部 グレント王国〉
第1文明圏外南西部。アニュンリール皇国の治める南方世界にはギリギリ入らない程度の地域。そこには、幾つもの小島以上大陸未満の島々が存在する。
そこにある国の1つ、グレント王国にライカとイルクスはいた。
「本当にありがとうございますじゃ。我らの力ではどうしようも出来ず困っていた所なのですじゃ」
「ええ、こちらこそ危険を冒してまで案内して下さりありがとうございます」
グレント王国、ペルキア村。そこの村長の老人が2人に感謝を伝える。
その2人の後ろには、大人しく座る数騎の雷竜の姿があった。
「それにしても……儂が生きている間に神竜様の御姿を見る事が叶うとは。ありがたやありがたや……」
「えへへ、なんか照れるなぁ」
拝む村長に、照れるイルクス。
さて、何故2人がこんな場所にいるかと言うと、それは雷竜を集める為だ。
現在のイルネティア王国には43人の雷竜騎士が存在する。彼ら彼女らはその全てが元竜騎士であり、訓練を受けて雷竜に乗っている。
だが、元々イルネティア王国には80人の竜騎士が所属しており、現在でも30人がワイバーンに乗らざるを得ない状況となっているのだ。
それではいざ実戦となった時に役に立たないという事で、こうしてわざわざ南の島まで雷竜を捕まえ、もとい勧誘しに来ているのだった。
さて、この王国では8騎───度々村を襲っていた───を勧誘出来た。後は前の様に連れて帰るだけだ。
イルクスが竜形態に変化する。それを見た村長がまた拝む中、ライカは彼女に乗って離陸する。
『あとちょっとだけいれば良かったのにね』
「そうだね。あと7騎……」
今回の目標は30騎であった。一度15騎を連れて帰っている為、あと15騎いれば良かったのだが……このグレント王国には8騎しかいなかった。
既に周辺国は周り尽くしてしまっており、ここが最後の希望だったのだが……と、そこでイルクスが思い出す。
『雷竜の住処は南方世界って
「駄目」
『ンリール……? ど、どうして?』
食い気味に否定してきたライカに、困惑しながら彼女は尋ねる。
「アニュンリールだけは絶対に行かない」
『?』
「それがお母さんとの約束だから……ごめんね」
『そ、そう……ま、まああと7騎だしそのうち見つかるよ。うん』
その時の彼女の声は、今まで聞いたどの声よりも冷たかった。この話題にはこれ以上踏み込んではいけない、そう察したイルクスは話を止める。
だが、同時に考えずにはいられない。
『(確か、ライカのお母さんって……)』
彼女は昔ライカに聞いた話を思い出す。
ライカの母親───リリィと言うらしい───とイルクスは会った事がない。というのも、イルクスが拾われる前───つまり、ライカが7歳になる前、5歳の時にどうやら亡くなってしまったらしいからだ。
何故亡くなってしまったのか、その詳しい理由は未だに彼女は話してくれていない。共に住んでいるお婆さんも知らない様だった。
『(……まあ、いっか)』
母親が何であれ、他ならぬライカ自身が言いたくないと意思表示しているのだ。それに、言わないという事は言わなくても大して問題ではないという事だろう。ならば、あまり気にする事もない。
それに……ライカが何者であったとしても、僕とライカの関係は変わらない。
そう、何者でも……
結局、その日は残り7騎が見つかる事はなかった。
このまま漂っていてもしょうがないので、取り敢えずその8騎を連れてイルネティアへと騎首を向ける。
そうして、1時間程飛んでいた時、
『……ん?』
「どうしたの?」
ふと、何かに気付いた様な声をイルクスが上げる。
『西から何かがこっちに近付いてくる……しかもかなり速い……』
「……速いって、どのくらい?」
恐る恐る、どこか確信を持った様な声色で尋ねる。
『話に聞いてたミリシアルのやつよりも……僕の最高速度よりも速いかも……!?』
「───っ!!!」
イルクスの最高速度、以前エモールからの帰路で出したマッハ2弱の事だ。それよりも速い……即ち、少なくともその接近してくる物体は音速の2倍で飛んでいる事になる。この世界では有り得ない……その、筈だった。
だが、ライカには1つだけそんな芸当が可能な者に心当たりがあった。
そこからの判断は速かった。
「出し得る最高速度で海に潜りなさい!!!」
『『『!!!?』』』
その言葉を聞いた雷竜達、そしてイルクスが驚愕する。その命令は、雷竜達にとっては自殺行為にも等しい物だったからだ。
雷竜達は海から飛び立つ事は出来ず、またそもそも海中ではまともに動く事すらままならないのだ。その為、海に入ってしまえば後は海魔の餌となるだけである……これは飛竜全般に言える事だが。
「早く!!!」
『わ、分かった』
だが、彼女が急かすと、それが何故かを理解するよりも早く体が動き、皆が下降を始める。
イルクスも、そのあまりの気迫に押され、取り敢えず下降を始めていた。
「イルクス!! それは今どの辺りにいる!?」
『え、えっと、西の方角、距離は21……20キロ!』
「っ!! 急いで!!」
イルクスが、ライカが死なない程度に急加速する。が、それでもかなりのGが身体にかかり、彼女は歯を食いしばって手網を握り締める。
既に音速を超え、もう雷竜達とはかなりの距離が開いていた。
急激に接近する海面。海面にこの速度のままで激突したら流石に肉塊と化してしまうので、加速を止めて徐々に速度を落としつつ降下していく。
そして、海面に激突する直前───イルクスは、ある事に気付く。
『(……
次の瞬間、2人は海へと突入した。
「……ぷはっ」
『ぷはぁ……』
数十分後、いかにも具合の悪そうな顔色をしたライカ、そしてそんな彼女を乗せたイルクスは海面から顔を出す。
彼女らは、イルクスの感知していた
『ライカ、大丈夫?』
「大丈夫……じゃ、ないかも……」
彼女は、水中に入った時の急ブレーキによるGでこの様な状態になっていた。いかに軽減されていようが、彼女の未だ幼い身体には急加速からの急ブレーキは流石に辛い物があったのだ。
それはともかく、2人は海上を見渡す。
ある方向を見てみると、赤く染まった海面に黒い肉片がいくつも浮かび、それを目当てに海魔が群がっていた。
『雷竜達が……』
「……」
それは、明らかに雷竜の死骸であった。
「……取り敢えず、帰ろうか。詳しい事は……あくまでも私の予想になるけど、飛んでる最中に教えるから」
『分かった……でも、大丈夫?』
「うん。なんとか……あ、でも見つかる可能性を出来るだけ抑えたいから、海面スレスレを飛んでね」
それは、レーダーを解析したミリシアルの技術者から教えてもらった、"レーダーに映りにくい飛行方法"であった。
イルクスはそれを忠実に守り、海面から1m程の位置を飛ぶ。
それから、ライカは話し始める。
「……まず、さっき襲ってきた物は、今私達も訓練してる『誘導魔光弾』、その対空型だと思う」
『あれが……』
イルクスが驚きの声を上げる。アンタレスを圧倒した雷竜達が手も足も出ずに殲滅され、自分でさえ回避が精一杯だったのだ。
敵を自動で追尾する……話には聞いていたが、恐ろしい性能だ。
「うん。で、それを撃った奴らだけど……」
ライカは、1度唾を飲み込む。
「……この事は、誰にも言わない様にしてね」
『ど、どうして?』
「例えばこれがモーリアウルさんとかの耳に入ったら、きっと"その国"に軍を差し向けようとすると思う。でも、今はグラ・バルカスとの戦いで精一杯。今敵を増やすのは絶対に駄目だし、そもそも戦っても勝てないよ」
『確かに……あの竜人の人なら、絶対
竜人の国の、外交担当貴族のイメージは2人とも共通だった。
「一応、この事は私から陛下にだけ伝えておくわ。きっと分かってくれるから」
『分かった』
イルクスが、飛びながら頷く。
それを見たライカは、意を決して
「その国の名前は───」
───────
「編隊より報告……作戦は、失敗です」
「そうか……」
通信士よりそれを聞いた艦隊司令は、無念そうに目を閉じる。
「同行していた雷竜7騎は全て撃墜しましたが、海上に神竜の物らしき死骸は浮いていなかった、と……」
「恐らくは海に潜って対処したのだろう……勘のいい奴だ」
「どうなされますか?」
「今から行っても追い付けまい。それに、元より失敗する可能性も考慮されていた作戦だ」
例え、天の浮舟の姿を見られていたとしても翼下の国旗は消されておりその機が我が国の物だとは夢にも思わないだろう。来た方角も、我が国のある
もしこれがミリシアルなどに伝わったとしても、かの国は現在グラ・バルカス帝国などという大層な名前のついた人間族の国との戦争の真っ最中。
例え調査船を送ってきたとしても、我が国の技術ならば事故に見せかけて撃沈する事など容易い。南方世界と第1文明圏外との境界は航行不可能領域だ、という噂がより強くなるだけだ。
「よし、それでは編隊を回収した後に帰投する」
「了解しました」
そうして、司令は艦載機隊が飛行していった空を見上げる。
その彼の───いや、艦橋にいる全員の背中には、2枚の翼がついていた。その特徴がある種族は、この世界には1つだけ。
有翼人達の国に所属するアルストロメリア級航空魔導母艦『シェパーズポーズ』、そしてペチュニア級魔導巡洋艦4隻からなる艦隊は、艦載機隊を回収した後に、母国であるアニュンリール皇国の港へと帰投するのだった。
この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク(中略)5つの小よろしくお願いします
はい、という訳でアニュ皇の登場です。でも物語の本筋にはまだ関わってはきません