「───報告は以上です」
「アニュンリールか……ううむ」
王都キルクルスの中心部、ランパール城にある王の間。薄暗いそこでイルティス13世はライカより事の顛末について報告を受けていた。
そして、全てを聞いた彼の顔はかなり渋い物となっていた。
当然だろう。雷竜を捕獲しに行った
しかし、どうやら彼の狼狽はそこまでではないようで。
「……しかし、そなたらが無事で何よりだ。元より雷竜とて、対グラ・バルカス戦だけならば有力な戦力だが、対
かつてのインフィドラグーンの様に多くの神竜を揃えられる訳でもない以上、いつかは工学による航空機に移行していかねばならないのだ」
彼は冷静に、そう言った。
この言葉は正しい。音の数倍で飛行する事が可能である神竜。かつてのインフィドラグーンはこれを数多く保有しており、竜魔戦争でその殆どが死に絶えた。生存した僅かな者達もその多くはイルクスの様に眠りについている。要するに、数は全くもって増えていないのだ。
イルネティア王国ではインフィドラグーンの真似事は不可能。彼はそう理解していた。だからこそ工学によって造られた航空機───つまり、『天の浮舟』や『飛行機械』などに移行しなければならない時期が必ず来る、そう考えているのだった。
「幸いにして、昨夜ミリシアルから返答が来た」
「……! まさか」
「うむ。この戦争が一段落つけば、だが旧式の魔光呪発式空気圧縮放射エンジンについての技術、そしてそれの技術者を派遣する、との事らしい。最もこれは我が国に限った話ではなく、中央世界の友好国殆どに、らしいが」
先進11ヶ国会議後、神聖ミリシアル帝国は1つの決断を下した。それは、"技術提供制限の緩和"。
『空間の占い』によって判明したタイムリミット。早くて4年、遅くとも25年以内にはラヴァーナル帝国が復活するという。かの国に対抗するには最早帝国のみでの技術開発は間に合わないと判断したのだ。
そこで、帝国はこれまで他国に提供してこなかった天の浮舟や高性能魔導機関についての技術を各魔法文明国にも提供する事を決めたのだった。その中にイルネティアも入れたという訳だ。
「何はともあれ、皇国が今すぐに攻めて来る事はないのだな?」
「はい、その筈です。かの国は圧倒的な技術力を誇りますが、全世界を相手にする事は出来ないと判断してこれまで鎖国政策をとってきました。
ですので、正体が発覚する筈のない作戦が失敗したからといって行動を起こす事はないと考えられます」
「うむ。我々の中で
「……ありがとうございます」
ライカは、彼にのみ自分の秘密を明かしていた。それは彼が誰にも言わない
「……ああ、そういえば例の件だが」
「!! 何か分かったのですか?」
「パーパルディア皇国からベスタル大陸西部の港町、ファルハールへと向かう船での目撃情報があったそうだ。詳しい行先などはまたおいおい判明した時に伝えよう」
「ありがとうございます!」
彼女は深く頭を下げ、足早に王の間を出ていくのだった。
───────
〈中央歴1642年 6月26日 イルネティア島北方沖〉
少し多めに雲が浮かぶ空。無限に広がるそんな空間にて2つの影が舞っていた。
「今!」
その片方、イルクスに乗るライカがそう言う。瞬間、イルクスの開かれた口に魔法陣が形成され、そこから白く輝く光弾が発射された。
それはもう一つの影───小型の魔石が取り付けられた気球に向かっていき……命中せず、そのまま海へと突っ込んで行った。
『あぁー……またダメかぁ』
「うーん、少しは曲がってるんだけど……」
2人は気球を掴み、降下しながら会話する。
彼女らの言う通り、確かに明後日の方向へと発射された光弾は飛翔中に向きを変え、気球へと向かっていた。だが、結果的にはそれよりそれなりに離れた場所を通り、海面に衝突した。
静止目標でこれだ。実戦では到底使い物にはならないだろう。
「お疲れ様です〜」
陸地に降り立った彼女らをそんな言葉と共に出迎えたのは、大きな黒三角帽に黒マントを着けたいかにも魔女といった風貌の少女だった。
「またダメだったー……なんとなく感覚は掴め始めてる気がするんだけどなー……」
「そうですね〜、少なくとも始めた時よりかは確実に誘導されてると思いますよ〜」
竜人形態になったイルクスと彼女がそんな話をする。
こののんびりとした口調の少女───アルデナ・ウィレ・ノイエンミュラーは、胸元に輝く十字架を象ったブローチが示す通りれっきとした大魔導師、その中でも神聖ミリシアル帝国のそれと同位と言われる中央法王国の、だ。
中央法王国にて大魔導師に認められた者のみがこのブローチを身に着ける事が出来るのだ。因みにミリシアルは三日月である。
会話の内容からも分かる通り、今彼女らは『誘導魔光弾』の再現をしようとしていた。
以前にモーリアウルも言っていたが、イルクスの種族、『ヴェティル=ドレーキ』は誘導魔光弾の様な物を発射する事が出来るのだ。もしこれが実現出来ればこれから起こり得る戦闘で有利となる事は間違いない。
神代の魔法、誘導魔光弾。当初はミリシアルが魔導師を派遣する予定だったのだが、こちらは魔帝の様に魔導技術によって生み出される"兵器"ではなく、あくまでも個人によって使用される"魔法"であるが為に古くから古代魔法を研究していた中央法王国より大魔導師が派遣される事になったのだ。ライカと大して歳の変わらないアルデナなのは法王国なりの配慮である。
「貴女には必ず素質がありますから〜続けていれば必ず扱えるようになりますよ〜」
彼女はそう励ます。
彼女の所属する中央法王国では、魔法は大まかに4つに分類される。習得難易度が低い順に、初級、中級、上級、そして特級魔法だ。
初級から上級は、魔力さえあれば訓練すれば必ず使える様になる魔法。
例えば、法王国海軍提督ファンタスの扱う『イクシオンレーザー』、これは上級魔法に分類される。その為、使おうと思えばイルクスでもライカでも使う事が出来る。尤も、アレはラ・バーン家の門外不出の魔法である為に使える時は永遠に来ないだろうが。
だが、特級魔法。これだけは別だ。
ここに分類される魔法は、その全てが"素質が無ければ扱えない"魔法なのだ。神竜の扱う誘導魔光弾もこれに含まれ、なのでライカが幾ら訓練しようが、扱えるだけの魔力があろうが使える事はない。というよりも、人類でこれの素質がある者はいない。神話に謳われる大魔導師、ルーサなどであればあるいは出来るのかもしれないが。
だが、逆に神竜にはあったのだ。その証拠に、今こうして訓練すればある程度誘導出来るようになってきているのだから。
「魔法に重要なのは
「……うん! 僕なら出来る!」
「はい〜出来ます〜」
激(?)励を受け、彼女らは再び空へと飛び立つ。
しかし結局、その日は気球に当たる事はなかった。
───────
「はぁー……疲れたー……」
「あ、握力が……」
「頑張りましたね〜」
日が落ちてきた頃、その日の訓練は終了した。2人はアルデナから渡された水を飲みつつ、ライカは手網の握りすぎで感覚の無い手を見つめていた。
「当たりはしませんでしたが〜、確実に精度は上がっています〜。この調子でいけば〜あと少しで止まっている相手には当てられる様になると思いますよ〜」
「そうかな……」
「はい〜」
しゅん、と落ち込み気味のイルクスをそう励ましているアルデナだったが、ふと思い出す。
「そういえば〜本国から貴女にやって欲しい事があると言われてたんでした〜」
「やって欲しい事?」
「新しく開発された魔法なんですけど〜」
そう言いながら、彼女は自らのポーチから1枚の紙を取り出し、イルクスへと渡す。
そこには手書きの古代エルフ語の詠唱文がずらりと書かれていた。
「何これ?」
「それは『変身魔法』といって〜、その名の通り対象の姿を変身させる魔法です〜」
「「!!?」」
2人は目を丸くする。彼女の言う事が本当だとすればスパイの歴史が変わってしまう。
何せ魔法だ。どんな変装よりも正確だろう。それでスパイが国内でしっかりとした立場の人間に変身すれば疑われる事なく諜報活動を行えるし、いや、そもそもそれで何か重要なポストについている者を殺し、成り代わるといった事も可能になってしまう。
「そ、そんな魔法、私達に教えてもいいんですか!?」
「というよりかは〜その魔法はイルクスさんが使う事によって完成するんです〜」
「僕が?」
「はい〜。その魔法はあまりにも魔力消費が激しくて〜、今の竜人族やハイエルフでさえ感知出来ない程度の時間しか変身出来ないんです〜」
「で、でも……」
「あ、分かった! もしかして、僕に実験して欲しいんだ!」
ポン、とイルクスが手を叩く。実験なら本国でやればいいのでは、とライカは一瞬思ったが、すぐに中央法王国が魔信すら使えない程魔法工学を軽視している事に思い至る。
「その通りです〜。不甲斐ない事に〜、本国ではそれを満足に使用するだけの魔力を得る事が出来ないので〜」
「なるほどー、うん、それなら任せてよ!」
そう言うと、彼女はすぐに詠唱を始める。
それを見るアルデナはくすりと微笑ましい物を見るように笑みを浮かべ、
「まあそれは上級魔法なので〜、今日は疲れているでしょうしまた空き時間にでも練習を」
「『まことのせいよしばしのいとまを……へんしんまほう!』」
ぽうん。
「すれば……いい……」
「……え?」
「ほんとに変わった! すごーい!!」
アルデナは言葉の途中で硬直した。ライカは何が起こったのか分からず、唯一イルクスだけがはしゃいでいた。
詠唱が終わり、一瞬煙に包まれたのはイルクス───ではなく、ライカであった。そして煙が晴れると、そこにいたのは18歳にしては小柄の少女ではなく、2本の角と翼、白銀の尻尾を持つ、竜人を一目惚れさせる大柄の少女───つまり、イルクスであった。
「……」
「何が……というか、目線が高い……」
「僕がもう1人いる! すごい、いつも鏡で見てるのと全く変わらないよ!」
「……私、神話舐めてましたー……」
衝撃、困惑、歓喜。それぞれ別の感情を抱く事となったこの実験は申し分ない程に成功したとアルデナは判断した。
そして、記録を残す為に2人のイルクスを魔写───ミリシアルで購入した───で撮り、その日の訓練は終了したのだった。
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『異世界各国が最善の選択をしていたら』みたいなif物になってきた……