〈中央歴1642年8月17日 グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ〉
ミリシアルに情報が流れる少し前の事。西方世界にその名を轟かせるグラ・バルカス帝国の帝都にて、前代未聞の大規模侵攻作戦の概要が詰められていた。
「全員、集まったか」
軍幹部達が集う会議室の前に立った"帝国の3将"が1人、帝国海軍東部方面艦隊司令長官のカイザル・ローランドが言う。
「集まったか、じゃないわよ」
そんな彼に食い掛かったのは、同じく"帝国の3将"が1人、帝国海軍特務軍司令長官のミレケネス・スウィーチカだ。
彼女は予め渡されていた資料を握りしめ、彼を睨みつけていた。
「何なのこのふざけた内容は!? あなた、何を書いてるのか分かってるの!?」
「ああ。儂は正気だ」
「っ! ……戦艦17隻に空母が40隻ですって!? それに巡洋艦や駆逐艦合わせて計679隻!? こっ、こんな大艦隊、たかが1つの島にぶつけるにはあまりにも過剰戦力よ!!」
「その"たかが1つの島"に既に我々は2度敗北しているのだ」
「で、でも!!」
「あの島……イルネティア島を奪取する事は帝国が世界を統べる上で絶対に必要な事なのだ。分かってくれ」
「そ、それでも」
未だ食い下がる彼女に、カイザルは向ける視線を鋭くする。
「そういえば、カルトアルパスの折に『敵の艦船の性能を知りたい』と言って中途半端な戦力を送る様に指示したのはお前だったな……」
「!! そ、それは」
「もしあの時儂が戦力を追加しなければマゼランも沈んでいたかもしれんな」
「───っ!!……」
痛い所を突かれた彼女は手を握り締め、プルプルと震えながら口を閉ざした。
「ろ、ローランド。艦艇数はまだいいんだが、この『超重爆撃連隊も出す』という記述は……」
普段にも増して冷徹な眼をするカイザルに、恐る恐る同じく"帝国の3将"たる帝都防衛隊長のジークス・テイラーが尋ねる。
「確かこれは帝王陛下の裁可が下らなければ出撃させられない筈だが」
「既に裁可は下りている。儂が直接伺って、な」
「な……そ、そうか」
さらりと言われたその言葉に思わず絶句する彼。その様な話は何も聞いていなかった。まさか誰も通さずに直接出向いたのだろうか。
如何に軍部のトップとはいえ所詮一軍人でしかない彼が何も通さずに帝王の元へ行くなど正気の沙汰ではない。不敬罪で処罰されてもおかしくない程だ。
「しかしアレをどうするつもりだ? 神竜には効かないだろう?」
浮かんだ疑問を口に出す。彼は、今回の作戦が明らかに神竜を意識した物だという事を理解していた。
超重爆撃連隊とはグラ・バルカス帝国特殊殲滅作戦部に所属しており、『グティマウン型爆撃機』のみで構成される爆撃機隊だ。
最新鋭機であり、その機密性から軍幹部であっても詳細を知る者は少なく、また運用するには帝王の裁可が必要になる。
これは爆撃機だ。広い範囲を殲滅するにはいいかもしれないが、神竜の様に素早い物には無力である筈なのだ。
「その通りだ。これは神竜を意識した訳ではない」
「では何故だ? 敵の艦隊だけならばこちらの艦隊で十分だろう?」
「……神竜は、この世界でもかなりイレギュラーな存在らしい。第1次イルネティア沖海戦で表舞台に出るまでは、神話の中のみの存在だったようだ」
「そ、そうか」
放たれる冷たい気迫に狼狽えつつ、話を聞く。
「だから儂は神話を調べた。情報部は全くこれに手を付けていなかったのでな」
「そうだろうな。神話なんてものは大抵……作り話だ」
「ユグドではな。だが、この世界ではどうも違うらしい」
彼は1枚の写真を取り出し、ボードに貼る。それはとある壁画の写真だった。
「神竜はかつて、インフィドラグーンという国家に数多く所属していたらしい。そして戦い、ある戦争でインフィドラグーンは滅びた」
「ほ、滅びた? あんな常識外の存在が複数集まったのにか?」
「ああ。その敵の名は……ラヴァーナル帝国。先進11ヶ国会議で復活が告げられ、参加国の面々が揃って戦慄していたという、その国だ」
彼はあの時あの場にいた外交官シエリアの報告書も読んでいた。彼女はその時「所詮占いだ」と笑い飛ばしたらしいが……
「もしこれが本当だとすれば、外交官達がその様な反応をしたのにも納得がいく。この壁画を見てくれ」
「それは……車輪、か?」
彼が貼った写真の壁画。そこには何やら車輪のような物が横向きに描かれていた。
「これは『空中戦艦パル・キマイラ』。その名の通り、ラヴァーナルで運用されていた空中戦艦だ」
「空中……戦艦? まさか、そんな車輪が空を飛ぶのか?」
「らしい。グティマウンはそれの対処の為だ」
彼がそう言った直後、バン、と机が叩かれる。
「あ、あなたはそんな無為滑稽な存在の為だけに、帝国の秘密兵器を動かすというの!?」
「無為滑稽ではない。神聖ミリシアル帝国があれ程の発展を遂げたのはこのラヴァーナル帝国の遺跡を解析した結果らしいからな。古代兵器を秘密裏に保有していてもおかしくは無い。
そして、スパイのもたらした情報の中に、『内陸部の荒野に立ち入り禁止区域がある』という物があった。他にも古代兵器はいくつかある様だが、"少ない数で戦局をひっくり返す"事が出来、水上戦闘艦ではない兵器はこれだけだ。
実際、神話の通りの性能であればこれが出てきた場合艦隊と艦載機のみでは対処はほぼ不可能だろう」
彼は神話を調べていく中でいくつかの兵器の存在を知った。
誘導魔光弾、対空魔船、天の浮舟、海上要塞パルカオン……そして、空中戦艦パル・キマイラ。
まず、彼は誘導魔光弾を想定から外した。実戦投入していないという事はつまり解析が終わっていないという事だろう。そんな貴重な兵器を例えあったとしても投入はしない、そう判断した。
そして、その時点で音速越えの天の浮舟も候補から消えた。こんな物を投入しても、精々艦載機に無双出来るだけで艦隊戦になれば大した脅威にはならないからだ。
更に、内陸部の基地である為に対空魔船やパルカオンも可能性から消した───沿岸部の秘密基地も存在するのだが、そちらはスパイは把握出来なかった───。
そうなった時、残るのはパル・キマイラのみなのだ。
「これは比較的低空を飛行する物らしい。魔力によって障壁を張り、航空機の機銃は全くの無意味、そこから恐らく高角砲も阻まれるだろう。
そして、空中を移動するという事はそれなりの速度だと予想できる。そんな相手に艦砲は当たらん」
「成程、そこでグティマウンか」
「うむ。どうやら恐ろしい精度の対空砲もあるらしいが、グティマウンであればそれの射程外から攻撃を加える事が出来る」
ジークスが納得した、という風な顔をする。だが、ミレケネスはまだ納得出来ないらしい。
「狂ってるわ……そんな、未確定情報で貴重な兵器を動かすなんて……」
「何とでも言え。既に決定した事だ」
彼は彼女を突き放すと、作戦の詳細を詰め始める。
「作戦を話そう。艦隊は4つに分ける。それぞれ第一先遣艦隊118隻をイルネティア島南部、第二先遣艦隊115隻を南西部、第三先遣艦隊115隻を南東部より同時に接近させる。
我々が注意すべき国家はミリシアル、イルネティア、ムーの3国のみだ。だが、それらが動かせる戦力は全て合わせても精々200隻程度だろう」
黒板に簡単な地図を書き出し、島の各方角より接近する帝国艦隊として白い磁石を、敵艦隊として黒い磁石を貼り付ける。
そして、その黒磁石を南部の艦隊
「ミリシアルはともかく、ムー国の艦艇はその大半が冬戦争レベルの性能しかない。鹵獲した船を解析してはいるだろうが艦艇というのはそう簡単に増やせる物でもない。
敵も馬鹿ではない。戦力分散の愚は犯さないだろう。よって、艦隊はこのどれかに集中させると考えられる」
「そして、残りの2つの艦隊は先程言っていた空中戦艦で叩く、か。で、現れた所をグティマウンでやるという訳だ」
「その通りだ。その後2艦隊は敵のいない海域を抜け、イルネティア島へと直進、沿岸部を艦砲射撃、その後爆撃する」
白磁石を島に接近させ、次に4個目の白磁石を南部の艦隊の元へ動かす。
「そして、最後に戦闘中の艦隊の元へ『マゼラン』率いる本隊331隻が向かい、敵艦隊を鏖殺。これにてイルネティア島攻略作戦は終了となる」
「神竜はどうする。奴をどうやって撃墜するつもりだ?」
「神竜は恐らく単独で行動し、後方に待機しているこちらの空母を狙って来るだろう。カノープスで撃墜出来ればいいが、それが不可能であった場合の新型砲弾も用意してある。それで対処する」
「Z弾か。確かにあれの攻撃範囲と威力であればあるかもしれないな」
Z式散乱弾。以前開発された新型の対空砲弾であり、マグネシウム片の代わりに小型爆弾を数多く内蔵している。
その特性上口径41cmの砲でなければ扱えず、その為に各先遣艦隊の旗艦は41cm砲を装備している戦艦となっている。
キャンサー級戦艦。第二、第三先遣艦隊の旗艦を務める新型戦艦だ。
これは航空機の有効性が認められて建造が中断されていた艦だ。今回、対神竜用に戦艦が必要となった為に建造が再開、就役したのだった。
主砲は45口径41cm3連装砲3基。偶然なのか、かつてこの世界に派遣された『紀伊型戦艦』に酷似している。
「例え撃墜出来ずとも神竜とて乗る者は少女! 1つでも艦隊が辿り着き、島を人質にとる事が出来れば降伏に応じるだろう、という訳だな!」
「ああ。その通りだ」
ジークスのその言葉に頷くカイザル。
「この大規模侵攻作戦の情報はある程度敵に流す。これだけの艦隊を動かしておいても敵がいなければ意味が無いのでな」
「ああ。新世界全ての戦力を神話ごと正面から打ち破る! これにより帝国の支配は磐石となるというものだ!」
「帝国万歳!! 帝王陛下万歳!!!」
「「「帝国万歳!! 帝王陛下万歳!!!」」」
誰かが言ったそれに、会議室内の面々も続く。ただ1人、カイザルを除いては。
会議中、彼の瞳の奥に常に暗い光が灯っている事に気付いた者は誰もいなかった。
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全てを読み切るカイザルさん。3将とか大層な名前がついてるくらいだし、多少はね?