『前方40km、高度3000に航空機、数100。多分敵の攻撃隊だ』
「5000まで上昇。艦隊に辿り着く敵機を少しでも減らすわよ」
『了解!』
パル・キマイラ2号機を襲撃した超重爆撃連隊第二攻撃隊が全滅してから少し経った頃。イルネティア島南方のとある空域を白銀の竜が少女を背に乗せ飛んでいた。イルクスとライカである。
2人は2号機からの救援を受け、予め受けていた指令を中断してそちらに向かっていたのだが、それが完了した為その本来の指令───敵本隊の主力艦の撃沈を遂行するべく、イルクスレーダーで先程感知していた反応の方角へと向かっているのだ。
その道中、イルクスが新たに感知した敵のものと思しき反応を受け、それを迎撃すべく今、高度を上げた。
かくして、グラ・バルカス帝国イルネティア侵攻艦隊本隊より発進した第1次攻撃隊100機は、不幸な事に神竜と会敵した。
「…………今!」
その声で、これまで乱層雲の中を飛んでいたイルクスは急降下する。その眼下にあるのは、編隊を組んで飛行している敵攻撃隊だ。
今日の天気は曇りである。そのお陰でイルクスは隠れやすく、攻撃隊からは見つけにくかった。
「撃て!」
掛け声に合わせ、急降下している中彼女の口から光線が放たれる。
そしてそのまま首を少し動かした。光線は飛行していた5機を両断し、空に黒煙の花を咲かせる。
2人はそのまま編隊の下部に回り、回頭して混乱している敵に再び光線を放つ。3機が鉄片となって墜ちていく中再び編隊を突き抜けて上空に回り込む。そこでようやく、状況を把握した護衛機が彼女らへと追い縋ってきた。
その敵戦闘機の姿を見て、彼女は思った。
「(……アンタレスしかいない? 新型機は全て艦隊防空に回っているの?)」
そう、この攻撃隊を護衛しているのはカノープスではなく全てアンタレスなのだ。
殆どの文明国にとっては未だ強敵であるアンタレスだが、彼女にとってはもう
放たれる機銃を躱し、その場で垂直上昇させ通り過ぎたアンタレスを両断する。
続けて上部より向かってきていた敵機を少しの動きで躱し、両断。急降下しつつ通りざまにリゲルを切断する。
そんな事を繰り返し、10分もしない内に最後の1機を撃墜した。
『何か、弱かったね』
「うん……多分これ、警戒も兼ねた部隊だったんだと思うわ」
『?』
「無事に敵艦隊へ辿り着けば良し。途中で撃破されても、神竜が来ている事が分かれば良し、ってね」
明らかに本気の攻撃隊ではなかった。全てが旧式機で、練度も低かったのだ。
とはいえ100機をそんな事に使えるなど、圧倒的な物量を誇る帝国にしか不可能な事であった。
『つまり、僕達が来てる事が敵にバレたってこと?』
「そういうこと。とにかく急ごう」
元々大して隠してはいない。超重爆撃連隊が全滅した時間から計算すればある程度予測は出来るのだ。
そうして、イルクスは艦隊へと騎首を向ける。
敵艦隊まで、あと少しだ。
「第1次攻撃隊、全滅しました」
「来たか……!」
イルネティア侵攻艦隊旗艦『マゼラン』。その第1艦橋にて、通信士より報告を受けた艦長のラートスはゴクリ、と唾を飲み込む。
旧式機かつ低練度とはいえ100機もの編隊がたった1機にあっさりと全滅させられる。いざ直面するとその異常さが身を貫き、寒気を呼ぶ。
そこで、チラリ、と隣を見る。
「作戦に支障なし。全艦、対空警戒を厳とせよ」
そこに立つ艦隊司令のカイザルの表情は、少しも動いていなかった。
その様子に彼は素直に尊敬すると共に、何か違和感も感じた。
そう、まるで今から何か、恐ろしい事をする覚悟の様な───
『こちら警戒機036! 神竜を視認!』
───と、その通信で彼の思考は中断される。
『こ、こっちに来る! 速すぎる! 逃げられな』
「036、応答しろ! ……撃墜されたようです」
艦隊周辺を警戒していた偵察機が撃墜される。その生々しい悲鳴は艦橋内の空気を沈めるには十分だった。
「敵は3時の方向より来る可能性が高い。そちらに砲塔を向けろ」
が、カイザルの表情は変わらない。
彼は少しも狼狽える事無く黙々と各方面へ指示を出していく。
「直掩機を向かわせますか?」
「いや……まだいい。そのまま滞空を続けさせろ」
「……? 了解しました」
今向かわせず、一体いつ向かわせるつもりなのだろうか。通信士は不審に思うものの、素直に従い直掩機へと指示を出した。
敵の偵察機を撃墜した2人。既に敵艦隊は目と鼻の先であった。
『おっと、危ない』
2人が先程までいた場所に黒煙が生まれる。
眼下を航行していた敵駆逐艦からの砲撃であった。
「イルクス、そろそろ高度を下げて」
『了解!』
彼女の指示に、イルクスは急降下していく。
その間にも黒煙は増えていき、光弾も追加されるがたった1隻の対空砲火、彼女らには何の障害にもならなかった。
そうして水面ギリギリまで辿り着くと、未だに撃ち続ける駆逐艦を無視して艦隊へと向かった。
『こちらルイテン! 神竜がそちらへ向かいました!』
艦橋へと、神竜と会敵したレーダー・ピケット艦として突出させていた駆逐艦より報告が入る。
いよいよである。いよいよ、決戦の時が来たのだ。
艦橋の各員は手を固く握り締め、緊張に身を震わせる。
「各艦は各々の判断で対空戦闘を」
「対空戦闘は禁ずる」
……だからこそカイザルの放ったその言葉に、自らの耳を疑わざるを得なかった。
「……は、今、なんと」
「各艦の対空戦闘は禁ずる。それと直掩機隊に通信を入れ、神竜を上空へ誘き出す様に伝えろ。本艦の主砲はZ弾を装填して待機だ」
「は……りょ、了解しました」
直掩機を向かわせる為、対空戦闘を禁ずる。確かに筋は通っている。
しかし、それならば先程向かわせておけば良かったのではないのか? 上空に誘き出すにしても、味方機が居る状況ではZ弾は───
「───まさか」
『……? 全然撃ってこない……』
「……攻撃してこないなら好都合……なんだけど」
艦と艦の間を飛びながら、2人はそんな会話をする。
艦隊に入る前はどんな激しい対空砲火の中を飛ばなければいけないのだろうかと思っていたのだが……現実は、その真逆であった。
艦隊は全く撃って来ず、恐ろしい程の静寂が辺りを支配している。
『こっちに敵機が来てる!』
「それが目的……? 突っ切って───無理そうね」
と、そこで直掩機のカノープスが突撃してくる。無視して突っ切ろうとするも進行方向からも向かってくる為それは叶わず、そうこうしている間に周囲を包囲されていた。
どうやら、逃がすつもりはないらしい。
カノープス戦闘機との空戦が始まった。ライカにとっては既に1度戦った相手、負ける道理はない。
しかし、それはそれとして無茶とも言える肉薄戦法を繰り返してくる敵機の為にその戦場は徐々に高度を上げていっていた。
そうして、いつの間にか2人は艦隊上空で戦っていた。既に20機は墜としているというのに、敵の戦意は衰える所か寧ろ増しているようにも感じていた。
更に、こちらに向く艦隊の対空砲群。しかし、そちらは大丈夫である筈だ。味方がいる内は敵は撃てない。
全滅させられたら即撃つ、などと考えているのだろうが、そんな状況になる前にある程度まで数を減らしたらイルクスの速力で無理やりにでも突っ切るつもりだからだ。そう、自分を安心させた。
「(……大丈夫、よね……)」
ふと、マゼランの砲口と目が合った。
「提督、何を、なさる、おつもり、ですか」
「……」
「提督ッ!!!」
震える喉を何とかして抑えながらカイザルに尋ねるラートス。しかし、当の彼は高度を上げながら戦闘を続けている神竜を無言で見つめているのみだ。
「あなたはッ、まさか!!」
相手が帝国の三将である事も忘れ、語気を強めて問い詰める。
「艦長」
そんな彼に、カイザルは言った。
「主砲発射だ」
一瞬、その場が静まり返る。皆、彼の言葉が信じられなかったのだ。
「───ッ!!!」
ラートスが勢いよく立ち上がり、彼に掴みかかる。その光景を、その場にいる皆はただ呆然と見ているしかなかった。
「今ッ、あなたはッ!! 何をしようとしているのか分かっているのかッ!!!」
「艦長、復唱はどうした」
「承服しかねるッ!!! 部下を、未来ある若者を、殺させる訳にはいかないッ!!!」
襟を掴み、ドン、と壁に彼をぶつける。
そこで、ようやく皆が我に返ってきた。
「か、艦長! お止め下さい!」
副艦長や通信士が無理やり彼を引き剥がす。だが、2人の顔も困惑した様子だった。ラートスにではなく、カイザルに。
「……艦長。君の言い分は尤もだ。儂は今、帝国の未来を殺そうとしている」
壁にもたれ、項垂れたまま話し始める。
その表情は誰も見る事が出来なかったが、その声色は隠しきる事の出来ない悔しさが滲み出ていた。
「帝国の為、などと綺麗事を言うつもりは無い。だが……」
顔を上げ、腰の拳銃を抜き、彼に向けた。
「今は従ってもらおう」
「ッ……」
「もう一度言う、主砲発射。これは命令だ!!」
しん、とまたも静まり返る。
その静寂を破ったのは……ラートスだった。
「……主砲発射。目標、神竜」
「な、し、しかし」
「発射だ!!」
「ッ!! は、りょ、了解しました……」
そうして、主砲が放たれる。
───寸前、呟いた。
「……すまない」
「───ッ!!!?」
ゾクリ。突如ライカの背筋にえも知れぬ悪寒が走る。
『どうしたの───』
「イルクス!!! 上がって!!!!!」
グイ、と勢いよく手網を引く。それは急上昇の合図であり、困惑しつつもイルクスはそれに従った───
───この時の判断を、イルクスは一生後悔する事になる。
無理やりな急上昇。結界でも緩和しきれない程の強烈なGが彼女にかかる。
更に、周囲の状況を顧みないその動きは、彼女らに致命的な
そして、その僅かな隙を、精鋭ばかりの直掩機隊が見逃す筈もなく。
一瞬。
「─────────ぁ」
何かが貫く感覚。直後、左の感覚が無くなった。
───前方から突撃してきたカノープス型艦上戦闘機の放った機銃弾は張られていた結界を容易く貫き、ライカの左の二の腕と左太腿に直撃した。
対航空機を目的として作られた機銃は彼女の肉を巻き込み、抉り、骨を砕き、貫通する。
イルクスによって両断されるカノープスのパイロットの目には、確かに千切れ飛んだ少女の左腕と左足が映っていた。
瞬間、その場は爆炎に包まれた。
つよイルはハッピーエンドです