【本編完結】つよつよ神竜イルクスさん   作:デュアン

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戦いの幕開け

『あ……そんな……ライカ……やだよ……』

 

 悲痛な声でイルクスが呼びかける。が、それに対する言葉は返ってこない。代わりに血の滴る左腕の断面を押さえて痛みに耐えるくぐもった声が聞こえてくるのみだった。

 

 ライカの超人的な危機察知能力によって、"Z弾の直撃"という最悪の事態は免れる事が出来た。

 そう、最悪の事態は()()()()()()()。今、ここにあるのは"二肢を失ったライカ"という現実だけだ。

 

「と……んで……」

『え……』

「は……や、く……て……きが……う……つ……」

『そ、そんな……っ』

 

 と、そこで思い出す。ここはまだ敵地のど真ん中だという事を。

 今は何故か撃ってこないが、もし撃たれたらライカの指揮が期待出来ない今、避け続ける事は困難を極めるという事を。

 

『っ!!!』

 

 だから、飛んだ。1秒でも速く治療を行う為に。

 

「……ぁ、っ……」

『ライカ、ライカ、頑張って。すぐに医務室に連れて行くから!!』

「『わがみを……いやせ……』」

 

 そんな最中、ライカは痛みに耐えながら詠唱を行う。すると、腕が仄かな光に包まれ───何も起こらなかった。

 血は止めどなく流れ続け、彼女の命をすり減らし続ける。

 

「……『ひのせいれい……』……」

 

 詠唱さえ覚えていれば誰でも使える最下級回復魔法。それが修復出来る傷の規模を超えていると理解した彼女は、次の魔法を唱え始める。

 

「『わがみを……こがせ』……」

 

 瞬間、断面が燃え上がる。

 

「───っ!!!」

『ら、ライカっ!!?』

 

 肉の焦げる臭い、ライカの押し殺した様な悲鳴。イルクスが驚き声を上げるが、彼女はそのまま足にも手を当てて同じ魔法を使い、傷口を焼いた。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。これまでで感じた事の無い痛みが彼女を貫く。

 いかに国の救世主などと持て囃されても、いかに竜騎士として優れていたとしても、所詮彼女は1人の少女でしかない。

 何とか気力だけで保っていた意識も急速に沈んでいき、そして───

 

 

『え……あ……』

 

 

 彼女の意識は、そこで途絶えた。

 

 

 その後、ようやく我に返った艦隊によって対空戦闘が始まったが、未だ混乱の中統制のとれた射撃が出来るはずもなく。

 が、それでも騎手を失ったイルクスでは避け続ける事が出来ずに数発の機銃を被弾した。しかしそれは足を止めるまでには至らず、彼女は何とか撤退に成功した。

 

 それでも帝国が、神竜を退()()()という事実は変わらない。

 

 

 かくして、グラ・バルカス帝国はここに初めて神竜に勝利したのであった……多くの物と引き換えに。

 

 

───────

────

 

 

「神竜、逃亡した模様……」

「……」

 

 『マゼラン』艦橋。双眼鏡を覗いていた観測士が告げる。"作戦失敗"という報告を。

 それを聞いたカイザルは、ただ目を伏せて沈黙を保っているのみだった。

 

「『イレーナ』より通信が入っています」

「繋げろ」

 

 と、そこで僚艦の戦艦イレーナから通信が入る。内容は大体予想がついていたが、ラートスは繋げるよう指示をした。

 

『こちらイレーナ! 旗艦! どういうつもりだ!? まだ味方が残っていたんだぞ!?』

 

 予想通り、艦橋内部に怒声が響き渡る。

 だが、当のカイザルは眉一つ動かさず、

 

「へ、返答は……」

「作戦通りだ、と伝えろ」

「りょ、了解しました」

 

 とだけ指示をする。

 

『作戦通り……だと? 巫山戯るな!! 味方ごと殺るなど作戦と呼べるか!!』

 

 彼がそれに返答する事は無かった。

 しかし、その表情は……彼がそれを一番理解している、そう言っている様に見えた。

 

 

「神竜はどちらの方角へ逃げた?」

「12時の方向、丁度真北です」

 

 通信が閉じられ、彼は観測士へと尋ねる。

 

「それならば向かう先は……」

 

 12時の方向から向かってきているのは敵の本隊───ミリシアル主力艦隊とイルネティア艦隊である。

 それと対峙するはカオニア率いる第一先遣艦隊。空母は失ったが、既に発進した攻撃隊は今頃襲いかかっている筈だった。

 

「……現在飛行中の本隊所属の攻撃隊に通信を入れろ。"北へ向かい、敵主力艦隊の後方にいると思われる敵空母を攻撃せよ"とな。第2次攻撃隊も即座に発艦させ、同じ指令を伝えろ」

「了解しました……主力艦隊は攻撃せずによろしいのですか?」

「ただの艦隊など本隊で潰せる。今すべきは本作戦の最重要目標を殺す事だ」

 

 わざわざ砲撃戦に空母を連れて行く必要は無い。よって、空母は艦隊よりも後方にいる、そう予想し、そしてそれは正しかった。

 彼は制帽を整える。

 

「先程の我々の攻撃によって、敵竜騎士が恐らく重大な傷を負ったと考えられる。そうでなければ撤退する必要が無い。そして、神竜と竜騎士の少女は非常に仲が良い。ならば、神竜は必ず彼女を医務室へと連れて行く筈だ。1秒でも速く、な。

 だが、最も近い主力艦隊は戦闘中、すぐに治療を受けられる状態にあるとは考えづらい。ならば……」

「後方にいて、未だ攻撃を受けていない空母へと連れて行く、と?」

「そうだ。ペガスス級がいればそれを必ず沈めろとも伝えろ。神竜は騎手(パイロット)を失った。その力はこれまでよりも遥かに劣る。恐れる必要は無い」

 

 神竜が航空機やワイバーンとは違い、意思疎通ができ自ら考え行動出来る事は彼も知っている。だが、それが騎手無しでも良いという理由にはならないのだ。

 もしいなくても良いのならば、もしくは誰でも良いのならば、いかに操るのが上手かろうとあの様な少女をずっと乗せている必要が無い。必ずどこかで批判が上がる。少女兵などまともな軍隊がやる事ではない。

 それでもなお乗り続けているのは、騎手が彼女でなければならない理由があるからだ。

 神竜は自らが認めた者しか乗せないという。神話の記述だがこれは現代においても変わらないのだろう。

 

 彼は顔を上げ、静かに、しかし重く言い放つ。

 

 

「神竜は必ずここで殺す」

 

 

 例え何を、いくら犠牲にしようとも。

 

 

 

「……は?」

 

 ふら、と目眩を起こして体がぐらつき、隣に立っていた参謀が彼───イルネティア艦隊司令のレイヴェルを慌てて支える。

 

「う、嘘だろう……?」

『本当です……ライカが、負傷しました……イルクスも数発を被弾しています……』

 

 イルネティア王国艦隊旗艦『イルネティア』の第一艦橋にいる全ての者が言葉を失う。それ程までに、その衝撃は強かった。

 先程敵攻撃隊の攻撃をなんとか凌ぎきり安心していた矢先のこの通信である。衝撃は増幅され、彼らの身体を貫いた。

 

 今、繋がっている魔信の先にいるのは後方に控えている航空母艦『エディフィス』の通信士である。

 彼自身も、こちらと同じく未だに信じきれていない様子が声色を通して伝わってきていた。"ルーリンティア竜騎士"ではなく"ライカ"と呼んでいる事から、どれだけ焦っているかが窺える。

 

「そ、それで二人の具合は!?」

『さ、幸いどちらも命に別状はありません……しかし、ライカは血を流し過ぎているようで意識は未だ覚めず、いつ目覚めるかも分からない状況です』

「そうか……とにかく、助かったのであれば良かった。引き続き治療を続けてくれ。あと、そちらにも敵編隊が向かう可能性もある。対空警戒は万全にしておけ」

『了解しました』

 

 魔信が切れ、直後にバン、という音が響き渡る。彼が壁に拳を叩き付けた音だった。

 

「し、司令……」

「……私は悪魔だ。幼き少女を戦場に出し、その手足を奪ったのだからな」

「……」

 

 彼の顔は後悔で歪んでいた。

 

「どこか心の底で安心していたのだ。"彼女らならば大丈夫"だと。そうでなければ、少女を単騎で敵艦隊の中枢に送り込むなどする訳がない!!」

 

 自責の念が身体を突き刺す。

 自分が憎くて仕方が無い。この作戦を承認したのは自分だ。これが最善の策だと思い書類に判を押し、彼女らに命じた。その結果が、これだ。

 

「私は軍人……大人失格だ……」

 

 彼は頭の制帽をグシャリと握り締め、その場に立ち尽くすのだった。

 

 

 かくして、第3次イルネティア沖大海戦(史上最大の海戦)の第二幕が今ここに幕を上げる。

 知略と軍事力だけが正義となる戦いの鐘が2年越しに再び、打ち鳴らされた。

 

 

 英雄はもう、いない。




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最後の文は原作5巻の帯のオマージュです
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