つよつよ神竜イルクスさん   作:デュアン

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第三次イルネティア沖大海戦(中編①)

〈イルネティア島沖 機械竜母『エディフィス』〉

 

「危ない所でした……もう少し対処が遅れていれば、出血多量で」

「やめて! 言わないで!」

「す、すいません」

 

 主力艦隊の後方に控えている空母艦隊。その中心部付近を航行しているイルネティア王国艦隊所属の竜母───元ペガスス級航空母艦の『エディフィス』に、傷ついたライカを抱えたイルクスは着艦していた。

 彼女は降り立つやいなや竜人形態になると気絶したライカを両腕に抱え、人1人を抱えているとは思えない速さで走って医務室へと連れて行った。

 自らもボロボロのイルクスが、更にボロボロでかつ左手足が無く断面が焼け爛れているライカを連れて来たのだ。軍医の驚愕はとんでもない物だった。

 

「あの傷では『ヒール』は効きません。しかし、それを理解してすぐに傷口を焼く判断を出来るとは……」

 

 イルネティア王国軍人では、ある程度の魔法が扱える事が最低条件となる。回復魔法の『ヒール』、水生成魔法『クリエイトウォーター』、そして着火魔法の『ファイアー』だ。

 その何れもが中央法王国の基準で言うならば初級魔法───魔力があり、詠唱さえ覚えていれば誰でも扱える魔法である。ライカも軍に身を置いてから全て覚えていた。

 

 まず『ヒール』で癒し、それが無理ならば『ファイアー』で焼く。傷付いた時の対処法として教えられている物だ。だが、それを実際に自分で行える者はあまりいない。

 何せ、傷を焼くのはとてつもない痛みを伴う。大抵はその場にいる他の兵士が行うのだ。

 

 それ程の行為を僅か19の少女が行った。とても信じ難い事だった。

 

「……ライカ、治るの……?」

 

 イルクスが落ち込んだ様子で尋ねてくる。

 今、ライカは別室で魔導師による治療を受けている。魔導師がより速く、より正確に魔法を使う為の専用の部屋があるのだ。

 

「傷その物は治ります。しかし、失った手足は……」

「っ……」

 

 彼女の顔から少しでも目を逸らしたくて、彼は静かに目を伏せる。

 

 いかに高位な回復魔法であっても、失った物を繋げる事は出来ても生み出す事は出来ないのだ。もう少し速く気付き、千切れた二肢を拾えていればあるいは……最早後の祭であるが。

 魔導技術による義肢もミリシアルで開発中らしいが、それでも尚完全に元の感覚を取り戻せる訳では無い。そもそも手に入れる手段も無い。

 

 ライカの手足はもう戻らない。その事実は、彼女の心を深く、深く抉るのだった。

 

 

 そして、その直後。艦隊へ接近する多数の光点がレーダーに映る。

 

 戦いはまだまだ続いているのだ。

 

 

 

『全騎発艦せよ、繰り返す……』

「急げー! 敵が来るぞー!!」

 

 200機もの敵機来襲。それを迎撃する為、『エディフィス』及び同型艦の『エクリプス』、そして共に航行中のロデオス級二隻では雷竜及びエルペシオの発艦が進められていた。だが、その動きはどこか緩慢で……諦めにも似た空気が漂っていた。

 今も、持っていく物資を甲板に落としている整備士がいる。

 

「おい! 何してんだ!!」

「すいません……」

 

 先輩整備士から叱責され、謝罪する彼。だが、その直後彼ははぁ、とため息をついた。

 

「おい!!」

「……もう無理ですよ。終わりなんですよ、俺達は……」

「な……な、何を言っているかァ!!」

 

 突如投げかけられた諦観の言葉に彼は一瞬呆然とするが、すぐに持ち直し再び叱責する。

 だが、

 

「だってそうでしょう!? ライカさんがやられて……空中戦艦も神竜も無しにどうやって勝つっていうんです!!?」

「ぐ……」

 

 その悲鳴にも似た言葉に、彼は咄嗟に反論出来なかった。心の中では彼自身も同じことを思っていたからだ。

 

「う……と、とにかく今は準備に集中しろ!!」

「……はい」

 

 渋々といった様子で準備を再開する。

 

 神竜敗北は、戦力という観点以上に連合軍に暗い影を落としていた。

 

 

 

「うっ、うおぉぉぉ!!!」

 

 放たれた雷光が眼前のアンタレスに命中、プスプスと煙を上げてコントロールを失い墜ちていく。

 

『団長! 後ろです!!』

「あ……? っ!?」

 

 僚騎から入ったその魔信に、彼は一瞬反応が遅れる。

 そしてすぐに我に返り振り向くと、そこには今にも機銃を放たんとするアンタレスが付いていた。

 

 

 死ぬ───そう、思った瞬間。

 

 

「ぐっ!?」

 

 突如強烈なGに襲われる。

 

『アンティリーズ、しっかりしろ!』

「す、すまない」

 

 彼の脳内にそんな声が響いてくる。それは、彼の乗騎───雷竜のリーブスの声であった。

 彼は魔信を聞き、騎士───雷竜騎士団団長であるグラーフ・アンティリーズがどこか浮足立っていると理解するやいなや自分の判断で上昇し敵機の機銃を躱したのだった。

 

『神竜がやられて動揺するのは分かるが今は戦闘中だぞ! 目の前の事に集中しろ!!』

「ああ分かってる、分かってるよ……分かってるんだが……」

 

 かつて、飛竜レースでライカが優勝した後、彼はライカに模擬戦を申し込んだ。

 我ながら、中々に狂った判断だったと今でも思う。如何に飛竜レースを二位と圧倒的な差をつけて優勝したとはいえ、相手はまだ15の少女だったのだ。同僚からもからかわれた。

 しかし、まるで何かに誘われる様に……俺は模擬戦を申し込み、実施されることになった。

 

 いやはや、今思えばなんとも無謀な挑戦だったことか。

 

 一度目は、彼女は自らの相棒───イルクスに乗り込んだ。結果は無論俺の惨敗である。

 グラ・バルカス帝国の鉄竜ですら鎧袖一触なのだ。原種ワイバーンでは少しも歯が立たなかった。

 

 問題は次だ。

 俺は、互いに条件を合わせて戦うことを提案した。要するに、2人とも初見の原種ワイバーンに乗る、ということだ。

 少し疑問を感じ始めていたものの、ライカが勝ったのは乗騎の性能差のおかげであると思っていた同僚達は俺を大人げない、と口々に批判した。

 だが、俺はその時すでに確信していた。

 彼女が勝利したのは、乗騎の性能だけが要因ではない事を。

 

 そして、俺と彼女は共にワイバーンに乗り込み、戦った。

 

 数分後、その場は静まり返っていた。

 審判が被弾判定を与えたのは、飛竜レースで優勝しただけの一般人ではなく、厳しい訓練を受けた竜騎士であったからである。

 大人げないと言っていた同僚達、何か面白い事をしていると見に来た先輩や教官、たまたま通りかかっただけの将軍。その全てが、この有り得ない結果に言葉を失い、その場ではしゃいでいるのは少し離れた場所で待機していた───当時はまだ人になれなかった───イルクスのみであった。

 

 それからである。軍でライカ・ルーリンティアという少女が有名になったのは。

 竜騎士団は何度も何度も彼女らにスカウトをかけ、その都度敢え無く撃沈していた。

 

 そして、運命のあの日───彼女らは救国の英雄となり、なし崩し的に軍属となった。

 それから彼女らはこれまでの戦闘で一度たりとも傷を負っていない。英雄、伝説、化物……彼女らを表す言葉は数多くあれど、弱いと揶揄する物は一つも無かった。

 

 

 それ程の人間が、被弾して手足を失った?

 

 

「……片手足を失ってしまっては、どれ程優秀な竜騎士であれ二度と飛ぶことは出来ない。そして失った手足を繋げる事は出来ても生やす事は出来ない。これが今の医療の限界だ」

『……』

 

 言葉の一つ一つから悔しさが滲み出る。リーブス自身も押し黙る。彼もまた、ショックを受けている内の一人だったのだ。

 

『……とにかく、今は敵に集中するんだ。まだ彼女は生きているのだろう?』

「……ああ。やろう」

 

 そうして、2人はまた戦闘を開始する。

 

 戦況は、悪かった。やはり全体の士気が落ちている。

 性能差のお陰か被撃墜はまだ少ないが、それでも翻弄されていた。少なくとも、フォーク海峡海戦の時の様な戦いぶりは見せていない。

 

 

「てぇッ!!」

 

 バチィ、とまたも雷光がアンタレスに直撃する。

 ここまでの戦いで、既に彼は4機を墜としていた。隊全体で見ても相当数を墜としている。ただし、アンタレスを、だが。

 本来であればさっさと護衛機を突破して攻撃隊の方に向かわなければならないのに、未だに我々は護衛機に取り付かれていた。

 攻撃隊の方はなんとか突破できたらしい数少ないエルペシオが迎撃していたが、彼らの動きも精彩を欠け、後部機銃に命中している機すら出ていた。

 

 このままでは───

 

 

『団長!! 攻撃隊に突破されました!!』

「クソっ!!!」

 

 

 十数程の爆撃機が空母へと向かっていく。その先にいるのは『エディフィス』だ。

 

「ダメだ、あそこには!!」

『ぐ……急ぐぞ!!』

 

 リーブスが力の限り羽ばたき、大気中の魔素をその翼に受けて速度を出す。

 速度的には十分追い付ける筈なのだが……

 

「っ!!」

 

 その行く末をアンタレスが遮る。他の騎も同じ様に妨げられ、交戦を余儀なくされていた。

 肉薄してくる敵を相手にモタモタと戦っている間にも、爆撃機はどんどん艦隊に近づいて行く。

 

 その内、空に黒煙がポツポツと現れる。高角砲による攻撃だ。

 しかしそれは散発的で、精度も悪い物だった。

 比較的速度の速い爆撃機を相手に、未だ数機しか墜とせていない。

 

───その時、俺は幻視した。爆撃機の落とした爆弾が飛行甲板を貫く光景を。

 

「ああ、待ってくれ、そんな……」

 

 視界の端で、次々と爆撃機が急降下体勢へと移っていく。

 黒煙、光弾が絡めとっていくがその数は少ない。

 

 

 やがて、敵は爆弾を投下し───

 

 

 

───瞬間、空に光の樹が咲いた。

 

 

「───え?」

 

 

 数多の樹の枝が敵機を貫き、翼を折り、砕く。

 その瞬間に何が起こったのかを理解出来た爆撃機のパイロットは誰一人としていなかったであろう。

 皆、空母に夢中で───その周囲で魔法陣を光らせている6()()()()()()に意識が向いていなかった。

 

 そして、いざ先頭の機が爆弾を投下しようとした瞬間───『エディフィス』の上部に巨大な魔法陣が現れ、一瞬困惑した次に見えたのは自らに向かって来る光線のみだった。

 そしてそれは、急降下していた全ての機に当てはまった。

 

 

 

『諦めるなッ!!!!!』

 

 

 

 その場にいる、いや、連合軍の全ての魔信機から怒声にも似た色の声が響いてくる。

 それは、彼も少し知っている女性の声だった。

 

『戦闘で戦えずして何が軍人か!!!!!』

 

 魔信の発信元は、『エディフィス』を正六角形に取り囲むようにして航行している6隻の艦艇、その先頭の艦だ。

 

『お前達は国を守り敵を貫く矛!!! その矛が戦わずして折れて許されると思うな!!!!

 我々にはまだ艦がある!! 武器がある!!! この身体がある!!!!』

 

 ディバイン級魔導艦『ディバイン』、その艦橋。

 古い設計である為に露出しているそこで、1人のエルフが魔信機に向かって怒鳴っていた。

 

『だから諦めるな!! 身を奮い、武器を取れ!!!』

 

 アガルタ法国艦隊司令、シルフィ・ショート・バクタール。

 フォーク海峡で一度死にかけ、そして生き残った彼女だからこそ、諦めない事の重要性をよく理解していた。

 

 

「最後に勝つのは、我々だ」

 

 

 彼女は震える身体を無理やり押さえ込み、最後にそう締め括った。




さ"あ"、う"ち"と"や"ろ"う"や"!!

もしかしたらバクタール司令がオリジナルキャラだと思っている方がいるかもしれないので補足しておきますが、バクタール司令はちゃんと原作にいます。性別も性格も見た目も不明ですが。
原作で大した描写も無い既に戦死したキャラなので女体化させました。なので正確には"ほぼ"オリキャラです

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