彼が来たのは、あったリンゴを食べ終わり二人で談笑していた時だった。
コンコン、と扉が叩かれ開かれる。
「あなたは……確か」
「えーっと……」
入ってきた男は二人が見たことのある人物であった。ライカはすぐに思い出し、イルクスは思い出せなかった。まあ仕方のない事だろう。何せ会ったのは一週間前の一回だけなのだ。
「突然の訪問、謝罪する」
「い、いえいえ……ファルタスさん」
「あ、そうそうそんな名前だった」
「イルクス……」
彼はファルタス・ラ・バーン。中央法王国の大魔導師であり、今回の作戦に法王国艦隊司令として参加した人物である。彼は細かい傷こそ負っていたものの五体満足で、しかしやつれている様子だった。
「今回の勝利、君達の貢献が非常に大きかったと聞いている。本当に感謝してもしきれない」
「は、ははは、ありがとうございます」
「ああ……」
彼は頭を下げると少しの間そのままにしていた。
と、そこでライカは気付く。
「……あ、所でアルデナは……」
そう言った直後、彼女はそれを後悔する。
アルデナ、という言葉を聞いた直後、彼の身体がびくりと震えたのだ。それだけで彼女は全てを察してしまった。
「あ……その」
「───っ、すまない!!!」
彼はその体勢のまま懺悔する。
「俺は……俺は……大層な肩書を持ちながら部下一人救う事も出来なかった……!!」
「そんな……アルデナが……?」
「っ……」
と、そこで状況を把握したイルクスが声をこぼす。ライカは唇を固く結び目を伏せる。
これは戦争だ。人はいくらでも死んでいく。今回はたまたまそれが友人だっただけだ。そう、頭では理解していても身体は拒絶していた。
「すまない、すまない……俺のせいだ……」
「……ち、違います。あなたのせいじゃない……戦いですから……」
眼に涙が満ち、零れ落ちる。ポタリ、ポタリとシーツに染みが出来ていく。覚悟はしていたつもりだった。つもりになっていただけだったらしい。
また、イルクスも自分がぽつりと無神経に零した言葉が彼をひどく追い詰めたと知り、何とか励まそうとあたふたとする。そうでもしないと自死を選んでしまいそうな雰囲気が今の彼にはあった。
「俺のせいだ……もう……嫌なんだ…自分が……俺を殺してくれ……」
「あ、あなたのせいじゃないですってば!」
「そ、そうだよ」
「そうですよ~、提督のせいじゃありません~」
「ほら、本人もそう言ってるし」
「「「え?」」」
「あはは~。魔導師アルデナ~不肖ながら帰ってまいりました~」
のんびりとした声。それはよく聞き覚えのある物で───二度と聞くことの出来ない物の筈だった。
薄紫色の短い髪、薄紅色の瞳、白い肌。ただしその右目は痛々しい傷で塞がれており、片手の指は無く、髪の間からは右耳しか見えない。
そんな戦傷を負い、病衣を纏った少女───アルデナ・ウィレ・ノイエンミュラーが病室の扉、彼の背後に立っていた。
「「ア───」」
ルデナ! と彼女らが口を揃えて叫ぼうとした。
「ア゛ル゛デ゛ナ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛!゛!゛」
「ひゃああああ!?」
───その直前。
彼がそんな声を発しながら彼女に抱き着いた。
「よ゛く゛無゛事゛だ゛っ゛た゛な゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」
「てっ、提督ー、は、恥ずかしいですーー!」
「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!゛!゛!゛!゛!゛」
「ファルタス提督ーー!! ちょっ、苦しい、せ゛ぼ゛ね゛が゛お゛れ゛る゛う゛う゛う゛う゛!゛!゛」
ミシミシと彼女の華奢な身体が悲鳴を上げる。
魔導師にしては珍しく鍛え上げている彼の抱擁は確実に少女の身体にダメージを与えていた。
抱き着いた瞬間は驚き、その後少し赤面しつつもどこかその表情には歓喜が混じっていたアルデナ。それを見た二人は温かい目で見守っていたが、今まさに彼女が死にかけているという事態に直面し慌てて対処しようとする。
「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!゛!゛!゛!゛!゛」
「ぎ゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛!゛」
「「アッ、アルデナああああああ!!!!?」」
病棟に、そんな騒がしい声が響いたのだった。
───────
「実はですね〜」
イルクスの怪力で無理やり引き剥がされたファルタスがしゅんと正座している隣で彼女が経緯を話し始める。
ライカは大男が縮こまっている様子に目を取られつつ、何とか彼女の話に集中する。
海戦の折、彼女はファルタスを庇って巨大な海魔に丸呑みにされた。
ぼちゃり、と胃液の海に落ちる。周囲には溶けかかった死体。暗闇の中、シュウシュウという溶ける音と不快な汚臭のみが彼女を包む。
このまま溶けてしまってもいいかもしれない……そう思った。だが───
「……『プロテクション』」
ぽつり、と呟く。彼女の体表が淡く光り、肌の融解が止まる。
彼女の得意とする魔法『プロテクション』は胃液に対してもその効果を遺憾なく発揮した。
ここで諦めるのは簡単だ。胃酸に身を任せ、じわじわと溶けていくのを目をつぶって感じていればいい。
だが、それでは助けてくれようとした
だから彼女は魔法を使う。死ぬ為ではなく、生きる為に目を閉じ身体を縮こませ、出来るだけ魔法の発動領域を少ない体勢になる。
正直な所、これで生還出来る可能性は無に等しい。結局の所この海魔から外部の手によって助け出されなければ魔力が尽きて死ぬだけなのだから。
「ライカは私の命の恩人なんですよ~」
「え? でも私何も……」
「貴女が操って海岸に打ち上げさせた海魔~、その中に私が居たんです~」
「打ち上げさせた?」
「え~?」
話が嚙み合わない。二人はお互いに首を傾げ合う。
実は、ライカは海魔が海岸にある事を知らない。戦闘が終わり、療養中の彼女に余計な心労をかけたくないと誰も伝えなかったのだ。なので、彼女はここで初めてその事を知った事になる。
「そ、そんな事になってるなんて……」
「……もしかしてこれ~言わなかった方がよかったですかねー……」
やはりと言うべきか、ライカはショックを受けた。自分の放った命令のせいで余計な負担がかかっているのだ。
「でも~、貴女のお陰で生き残れた人が沢山いるんですよ~。そこは誇っていいと思います~」
「そうだよ!」
「うむ、その通りだ」
アルデナがフォローし、それに便乗する様にイルクスとついでにファルタスもフォローに回る。それにライカは少し勇気付けられたのだった。
───────
────
─
〈中央歴1643年2月10日 第二文明圏 ムー大陸上空〉
『見えてきたよ。あれがマギカライヒ共同体だね。何気に来るのは初めてだよ』
「いやあ~発展してますね~」
第三次イルネティア沖大海戦より一か月程経ったこの日。雲の上を白銀の竜が飛んでいた。その背に跨るのは同世代と比べて身体の小さな少女ではなく、穏やかな顔立ちと口調の少女である。
彼女らは今、第二文明圏の準列強、マギカライヒ共同体へと向かっていた。理由はとある場所で魔帝の遺跡が見つかったからだ。
イルクスは初めて見るそれに内心ワクワクし、アルデナは課せられた使命に奮起する。
だが、その先で待っている物を彼女らはまだ知らない。
果たして
やめて! インフィドラグーンの力で、ゴブリンやゴーレムを焼き払われたら、MGZ型魔導アーマーに乗ってるリョノスの身体まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでリョノス! あんたが今ここで倒れたら、魔帝やノスグーラとの約束はどうなっちゃうの? 命はまだ残ってる。ここを耐えれば、イルクスに勝てるんだから!
次回、『リョノス死す』。デュエルスタンバイ!
ファルタス提督がセクハラをしている!というツッコミはご遠慮下さい。中央法王国ではハグはセクハラじゃありません! え? 恥ずかしがってる? アルデナさんは元々ファルタス提督のヒロイン枠として生み出されたキャラなので問題ありません!
ちなみにアルデナさんを生還させるかは最後まで悩みました。元々の構想ではここで死ぬ予定だったので……
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