〈マギカライヒ共同体 バルーン平野〉
「第2砲兵大隊、配置準備完了!」
「第13歩兵大隊、配置完了!」
伝令兵達の報告を聞き、ルイジルは満足気に頷く。
「砲兵による砲撃で中にいる化け物ごとあの塔を完全に破壊します!」
無数の75mm野戦砲が目標の塔へと向く。
目標の塔。それは首都から約50km程離れた森の中に突如現れた正体不明の塔であり、現状は魔帝の遺跡と推測されている。
その塔は、更に離れた場所に発見されたこれまた魔帝の遺跡から侵攻してきた
「全隊、発射準備完了しました」
「よし。では皆様、我が国の力とくと御覧あれ。……撃てェーッ!!!!」
「全門斉射!!!」
次の瞬間、地を揺るがす程の音が辺りに鳴り響く。部隊に配備された無数の砲が一斉に発射されたのだ。
発射されたこれまた無数の弾は塔へと正確に向かっていき───着弾する。塔は激しい爆発に隠され見えなくなる。
「次弾装填急げ!!」
「発射!!」
前装式の物と比べ、後装式は装填が速い。この75mm野戦砲は一分間に15発撃つ事が出来る程だ。
次々と着弾し、その度に爆発音が空気を震わせる。
「……? どうしたの……?」
「…………」
そんな裏で、ぼぉっと爆発を見ていたイルクスの手がギュッと握られる。振り向くと、目を閉じて体を小さく震わせているアルデナがいた。よく見ると顔色も悪い。
そこで、彼女は気が付いた。
「砲撃止め!!」
「流石にこれだけの数があると迫力が凄いな……」
「ですね……」
百田と城島は感嘆する。普段から訓練で砲撃には慣れているが、ここまでの数をこれ程連続して撃つ事は無かった。
ともかく、効果測定の為に砲撃が中断され、煙が晴れていく。
「し……信じられん!!」
そこには、彼らが想像した物とは全く異なる景色が広がっていた。
周辺の木々は軒並み薙ぎ倒されている。しかし、粉々になっている筈の塔は、寧ろ表面の土や蔦が取り除かれて当初よりも綺麗な姿になっていた。
「隊長、あれは……」
「ああ。前大戦レベルとはいえあれ程の砲撃を食らってもなお無傷となると……90式の120mmでも効くか分からんぞ」
彼らの額に冷や汗が垂れる。余裕だと思っていた任務に陰りが生じてきてしまった。
戦場に一瞬、静寂が訪れる。しかし、すぐに我を取り戻したルイジルが再び砲撃を命じ───ようとした時。
「塔から魔物が多数出現!!」
監視していた兵が報告する。
「あれは……ゴブリンです!」
ルイジルも双眼鏡を向け、その姿を確認した。
皮膚の色が通常の物とやや異なるゴブリンが、鎧と剣、盾を装備して奇声を発しながら走り出てきている。
その姿を見たルイジルは、しかし恐れはしなかった。
「ふ、ふ、ふ。ただのゴブリンであれば問題は無い。歩兵隊、銃を構え───」
「ちょっと待って」
「───? ど、どうかされましたか?」
歩兵隊に対し、銃を発射する様に命じようとした彼をイルクスが制止する。
彼は口を大きく開けたまま彼女へと顔を向け、困惑した。
「ここは僕がやってもいい……ですか?」
「え……」
そして、発せられたその言葉に硬直する。
今日、彼らは奮起していた。神に等しい存在である神竜や強大な相手である中央法王国の大魔導師、そして日本国の軍人の前で少しでも良い所を見せたい、そう思っていたのだ。
「し、しかし……」
「お願い……します」
「なっ」
だが、頭を下げたイルクスを前にしてそんな事は言えなくなった。
「あ、頭をお上げ下さい!! そ、そこまで仰るのであれば御自由になされて下さい!!」
「ありがとう!」
彼は慌てて彼女の申し出を承諾する。それに彼女は笑顔になり、配置した軍の前に歩み出た。
「……? 彼女、何をする気だ?」
「さあ……でも、神竜っていうからには何かしら攻撃法があるんじゃないですか?」
その姿に自衛隊員達は困惑する。
当然だろう。少女が武装した魔物の前に一人出る。ただの自殺行為にしか見えなかった。
「取り敢えず、何時でも撃てるようにしておけ」
「了解しました」
彼は車両や戦車へとそう命じる。ルイジルも同じ事を歩兵隊に命じていた。
だが、それらはすぐに無駄になる。
ふと、イルクスが右手の人差し指を立て、そのまま手を振りかぶり、横薙ぎに払う。
一瞬、何かが光った様な気がした。
───瞬間、進んでいたゴブリン達、その後ろに居たゴーレムまでもが上下に両断され、遅れてズルズルと上半身がずり落ちていく。
後に残されたのは絶妙なバランスで立ったままの無数の下半身、倒れた下半身、そして地面に伏せた大量の上半身のみだった。そこに血は一滴も流れていない。
「───は?」
そこに居た誰しもが目を疑った。
イルクスは普段、レーザーに含む魔力をセーブしている。あまり過剰に送った所で意味は無く、またそうしてしまうと空戦に支障をきたしてしまう。
だが、今回は奥にいる岩製のゴーレムも攻撃する必要があった。その為、魔力を普段よりも多く使用してレーザーを生成した。
その結果、今まさに攻撃をしようとしていた数千のゴブリンや硬いストーンゴーレムなどは一瞬のうちに両断され、全滅してしまうという現実味の無い光景を作り出してしまったのだった。
「……まだいる」
そんな驚く彼らを置き去りにイルクスは浮かび上がり、死体の山へと飛んでいく。
「イルクス……ありがとうございます」
ただ一人、アルデナだけは驚く事なく彼女へと感謝していた。
───────
「───ッ、何ッが、起こった……ッ!?」
驚いていたのは何も軍人達だけではない。
汎用人型陸戦補助兵器「MGZ型魔導アーマー」に乗り、今まさに塔から飛び出して攻撃を仕掛けようとしていた化け物───量産型ノスグーラの一体、リョノスはその場に硬直していた。
一人の竜人の女が出てきたのは分かっていた。
そして、その女が手を一閃させた瞬間───配下の魔物が全滅した。先行していたゴーレムでさえ両断された。
「あ、有り得ない。そんな、そんな事が出来るなど───ッ!!」
女は、飛んでいた。その翼をはためかせ、空を飛んでこちらに向かってきていた。
そして、竜人族には
彼はもう一度魔力数を測定する。今度は標的をその女のみに絞った精密測定を。
そして、見てしまった。
「ま、魔力数、5億だと!!? ばっ、馬鹿な!!」
その数値は、ラヴァーナル帝国の誇る魔導戦艦の装備する魔導機関が生み出す物とほぼ同等であった。
そして、それ程の魔力を保持する種族など一つしかない。
「な、何故神竜が生きている!!?」
彼がそう叫び、その場から飛び退く。次の瞬間、彼が居た場所にイルクスの拳が突き刺さった。
土煙が立ち上りお互いの姿を隠す。その隙に彼は距離を取り魔光砲の発射準備を進める。
だが、彼女がそれを待つ道理はない。すぐに魔力弾が土煙を突き破って向かってくる。それを身体を動かして避け、間を空けずに再び飛び退く。またもその場に拳が突き刺さる。
───正面からでは勝てない───
彼はそう確信していた。彼にインプットされた神竜の情報がそう告げているのだ。
しかし、どうやっても勝てないという訳ではない。
「動くな!! 動けばお仲間が死ぬぞ!!」
彼は魔光砲の発射装置を展開している軍の方向へと向けてそう叫ぶ。それを聞き、彼女の動きが止まる。
「……」
「ふ、ふ。如何に強大な力を持つ神竜といえどもこの距離から放つ魔光弾からあの下等種族どもを守るのは不可能だろう。こ、これまでの不敬は許してやる。今すぐに首を垂れ───ッ!!?」
だが、止まったのはその一瞬のみだった。
彼女はすぐに地面を蹴り、彼へと近付く。
「の、望み通りにしてやる!!」
それに彼は驚愕し、魔光砲の引き金を引く。
戦車砲並みの威力を誇る魔光弾が放たれ、音速を超える速度で軍へと向かう。
だが───イルクスは、笑っていた。
「『プロテクション』!!」
瞬間、凄まじい爆発が起こり、軍の姿は爆煙に覆われて見えなくなる。その様子を見て彼は笑い───しかし、すぐに目を見開いて驚愕する。
煙が晴れたそこには無残な姿となった軍は無く、彼等の眼前を巨大な光る障壁が覆っていた。
「なっ!? あ、あれを防ぐだと!?」
「見たか!! アルデナは凄いんだ!!」
「くっ───」
だが、今の彼には驚いている暇など無い。必死に魔導アーマーを操り、彼女に正面を向けたまま何とか距離を保ち続ける。
しかし、所詮は陸戦兵器。音速の世界で戦う神竜から逃げられる筈もなく、いずれ捕まるのは火を見るよりも明らかだった。
逃げる最中、彼はその脳をフル稼働させて思考していた。
まさか神竜がもう一体いたのか。あり得ない話ではあるまい。何せ現実に目の前にこうして存在するのだから。生き残っている個体が一体だけとは考えづらい。そして、そうならばいよいよ勝ち目どころか生存が絶望的になってくる。
神竜。龍神の眷属にして力の化身。一部の例外を除いてその飛行速度は音速を遥かに超え、無限に近い魔力を用いて誘導魔光弾や熱線を放ってくる。
また、神竜が張る事の出来る結界は空間を湾曲させて内外を隔てている。魔導電磁レーダーから放たれた電波は湾曲された空間をそれに沿って通る。なので、電波は反射してこない。つまり、魔導電磁レーダーは完全に無効化されてしまう。
その為ラヴァーナル帝国はそれまで漁業位にしか使用されていなかった魔力探知レーダーを戦闘用に改造して使用した。結界も結局は魔法で張っている訳で多かれ少なかれ魔力を放出する。その為、魔力探知レーダーであれば神竜に対しても効果があった。
尤も、インフィドラグーンも何もしなかった訳ではなく放出される魔力を限りなく少なくする技術を開発した。今のイルクスはそれが未熟である為、かつてアニュンリール皇国に遠方から捕捉された時や今魔導アーマーに搭載されている魔力測定器に反応した様になってしまうが、本来であればあまりにも小さい反応しか示さないのだ。
なので竜魔戦争の際帝国はそれまでの装備にそぐわない近距離戦闘を余儀なくされ、時代錯誤な巨艦、巨砲、そして重装甲を復活させる羽目になってしまった。それまでの帝国の艦といえば装甲皆無で兵装は誘導魔光弾中心の、砲といえば小口径の単装砲一基程度しか装備していない中型艦だったのだ。
結局、最後は開発されたばかりのコア魔法を大型爆撃機による特攻じみた攻撃によってミリシエント大陸に投下、龍神は消息不明となりインフィドラグーンは滅亡。その後の周到な残党狩りで神竜も絶滅した───筈だった。
「(だが! 現にこうして目の前に現れている!!)」
彼は自らの運命を呪う。
ラヴァーナル帝国が舞い戻るまでの残り十数年、それで国の一つでも占領して献上しよう、そう思っていたというのに。その計画は予想だにしていなかった者の手によって妨げられ、あまつさえ自分も倒されようとしている。
こうなれば、自分のやるべき事はただ一つ。
彼は再び魔光砲へと先程よりも多く魔力を送り、自らの位置を調整する。
チャンスは一度だけ。放った際の衝撃は大きい。外せば彼は間違いなく捕まるだろう。
彼は立ち止まり、砲口を向けた。
「……!!」
イルクスは気付く。自分が罠に嵌められた事に。
魔光砲の砲口の先には自分、そしてアルデナ達が居た。感じる魔力は先程よりも多く、前は防ぐ事も出来たアルデナも今度は分からない。
追いかけているうちに、彼女は
「(今気づいてももう遅い!!)」
今更気付いたのだろう、少し驚いた様な神竜の表情を前に彼はほくそ笑み、引き金を引いた。
当たれば只では済まないであろう威力の魔光弾。躱せば背後の軍に、アルデナに命中してしまう。
この絶体絶命の状況で───しかし彼女は焦っていなかった。
命中するまでの僅かな時間。
彼女はその右手に魔力を集中させそこに空間湾曲結界を展開する。その強度は過去最高で可視化する程であり、淡い光が右手を包み込む。
そして、その右掌を開き、魔光弾へと突き出した。
魔力から生成されたエネルギーのみで形成された魔光弾は結界に沿って滑っていく。その滑り方を右手を動かして誘導し、最終的に彼女に前方───つまり、リョノスの方向へと向かっていった。
「───は? ぐうゥッ!!!??」
これら一連の動きはほんの一瞬の間に行われた。音速の世界で戦う神竜の思考速度と動体視力だからこそ追えた物であり、それ以外の者の目にはまるで彼女が魔光弾を受け止め、彼の方へと投げ返した様に見えただろう。彼もその中の一人だった。
彼はマトモに反応する事も出来ず
激しい衝撃が彼を襲い、アーマーは正面装甲をぐちゃぐちゃにし煙を吐きながら倒れ込む。
すかさず彼女はそれに飛び込み、結界を張ったままの右手を握り締めて頭部を殴りつける。既にボロボロだった装甲は簡単に剥がれ、おぞましい角の生えた怪物の頭部が露出する。
傷だらけの頭部、しかしその目は彼女を睨みつける。
「こ……こんな所で……!!」
彼は諦めず、すぐに瞳に刻まれた魔法陣を起動する。目から光線が発射され───しかし、彼女は少し顔を動かすだけでそれを回避し、お返しとばかりに拳を振り上げる。
「(ま……魔帝様……)」
振り下ろされる彼女の拳がひどく遅く見える。
しかし、自分の身体は動かない。
「(何故私に……この様な試練を与えたもうたのです……!!)」
彼は脳内で自らを生み出した者達へと叫び、次の瞬間には激しい衝撃と共に意識を失った。
───────
────
─
「いやー、凄かったですねー百田さん……百田さん?」
戦闘は終わった。
敵の怪物───量産型ノスグーラはイルクスによって打ち倒され、その身柄は神聖ミリシアル帝国へと輸送される事になった。運ぶ道中に妙な事をされては困る為、イルクスが載せて運び、アルデナがそれに同行する事となった。
こうなればいよいよ彼が逃げ出す事は不可能であり、これから魔法帝国の情報を引き出す為に長く壮絶な生を強いられる事になるだろう。
さて、全てが終わり皆が帰投の準備をしている時、城島は百田に話しかけていた。
彼らはまるで物語の様な光景を見た。城島はある種の感動を覚えていたのだ。彼もそうだろうと話しかけたのだが、それに対する反応は返ってこなかった。
百田の視線は平原に大量に落ちている両断されたゴブリンの死体に釘付けになっていた。
「中々に壮絶な光景ですよね。あれを一人の女の子がやったんですから驚きですよ」
「……城島」
「はい?」
そこで、ようやく彼が口を開く。
「俺は怖いんだ」
「え? まあ確かに怖いですね。あんなのが地上で襲ってきたら僕らじゃどうしようも」
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
「……?」
夕日が沈む。マギカライヒの軍人達が死体を処分する為に油を撒いている。
「俺にはこの戦闘の詳細を報告する義務がある。レーダーが効かない事、一撃で数千の敵を倒した事、仮にも魔王の名を付く魔物を圧倒した事、全てだ」
「はあ」
それの何が怖いのだろう。報告は軍人の義務だ。
「政府はそこまで大々的には動かないだろうが、自衛隊は違う。この世界にはレーダーを完全に無効化する技術が存在している。実在が確実視され、将来的に戦う事がほぼ確定している魔法帝国がその技術を持っていないと何故確信出来る? 恐らく自衛隊は近距離戦闘を重視した艦を建造する。魔法も従来より研究が進められるだろう」
「それの何が怖いんです?」
「日本には魔法が無い。今の景色はそれを前提として作られている。だが、これから魔法の研究が本格化すれば……日本の風景は大きく変わるだろう。それがいよいよ日本が
「……」
それを聞き、城島も口を閉ざす。
日本がこの世界へと転移して数年。この世界で生まれた子供たちは別だが、大多数の国民にとっては故郷は地球であり、未だにこの世界には慣れられていない者も数多くいる。百田もその一人だった。
日本の風景は転移前と大して変わっていない。それだけが心の拠り所となっているのに、それまでも変わってしまったら自分はどうなってしまうのだろう。
「……まあ、俺が何もしなくても日本は絶対に変わるんだけどな。すまん。年寄りの戯言と聞き流してくれ」
「分かりますよ」
彼は言った。
「分かります。俺も……」
「……ありがとう」
帰路につく彼等を、燃え盛る炎が照らしている。
立ち上る黒煙は、星降る雲に混ざり合い溶けていった。
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