〈中央歴1643年3月7日 パカンダ島〉
第二文明圏の西端、パカンダ島。北海道程度の面積を持つこの島は、かつて文明国の端くれであったパカンダ王国があり、そして今はグラ・バルカス帝国の領土となっていた。
数年前、軍部の謀略によってここを訪れた帝国の皇族の一人を公開処刑した事から帝国の本格的な侵略は始まった。その為、他国からは蜥蜴の如く嫌われているこの国だが今となってはその国民は誰一人として生きておらず、その憎悪を受け止める者は誰もいない。
『……オリオン級が1隻、タウルス級が2隻、キャニス・ミナー級が……』
そんな島の遥か上空を、一騎の白銀の竜が飛んでいる。
グラ・バルカスの使用しているレーダーに映らない彼女は悠々と飛翔し、偵察を続けていた。
彼女は島を防衛している艦の数、種類、地上戦力の配置などを事細かに調べ、鞍上の竜騎士に伝える。今回記録要員として彼女に乗った彼は念話によって伝えられたそれを正確に手帳に書いていく。
戦争において何よりも重要である“情報”。それを諜報員などによる間接的な物ではなくこうして安全に現地に赴き得られる彼等はこの時点で帝国に対し優位に立っていた。
「これで全てですかね」
『そうだね。後は最後の
「仕方ないですよ。ライカさんがあんな状態である以上、イルクスさんの身を危険には晒せませんから」
数年前程ではないにしろ、神竜であるイルクスはイルネティア王国における最大の戦力であり、最大の安全保障要素なのだ。
先日の海戦において、ライカの乗っていないイルクスが帝国の航空機に対して苦戦していたのを上層部は重く見ていた。その後彼女が騎乗した状態で瞬殺していたのも相まっていた。
また、現在イルネティア島にはミリシアル海軍が居ない。撤退したという訳ではなく、帝国が行おうとしている一大反攻作戦の為に一時的に島を離れているのだ。現状、この世界でグラ・バルカス帝国の超重爆撃機に対抗出来るのは『エルペシオ5』と彼女だけである。その為、あまり長い時間島を離れる訳にはいかなかった。
よって今回の作戦においては彼女は戦力から外されていた。なので、今作戦において彼女がするのは後一つだけである。
彼女は目を閉じ、集中力を高める。魔力が高まり、身体が淡い光の粒子に包まれる。
まず一つ、すぐ前方にサッカーボール大の光弾が現れる。それはその場に静止し、動く気配は見られない。一瞬経ってもう一つが右方に現れる。更に一つ、二つ、三つ……次々と光弾が現れ、彼女の周囲に静止している。
数が300になった所で出現は止まる。彼女を中心として平面上に現れたそれは地上から見れば星空か何かと勘違いする事だろう。
光弾はその一つ一つがかなりの破壊力───貫通力に欠ける上、弾速が比較的遅い為対艦攻撃には向かないが───を持っている。人間の魔導師ならば連続生成は3個、エルフならば10個が限度であるそれを文字通り桁違いの数出現させ、あまつさえそれを静止させる───つまり、同時に制御してみせるという行為をしてもなお、彼女は少しも疲弊していなかった。
下にあった雲が切れ、それに隠されていた物が見えてくる。
無数の建物、コンクリートで整備された長大な滑走路、そして大量の航空機。グラ・バルカス帝国軍パカンダ島航空隊基地である。艦砲射撃を警戒し内陸部に造られたこれは、しかし今まさに破壊されようとしていた。
次の瞬間、漂っていた光弾が一斉に落ちていく。
誰も気づく事は出来なかった。尤も、気付いた所で何か出来るわけでもないのだが。
かくして、戦史に名高い『パカンダ島攻略作戦』は巨大な爆発と共に幕を開けた。
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〈同刻 パカンダ島北方海上〉
「水探に感! 11時の方向、距離35,000、数10!」
「通信、応答無し!」
「遂に来たか……全艦戦闘配備、偵察機発進せよ!!」
一方その頃、パカンダ島北方海上。
イルネティア島から最も近いここには対イルネティア、もとい対神竜としてパカンダ守備艦隊の主力───オリオン級戦艦1、タウルス級重巡洋艦2、キャニス・メジャー級軽巡洋艦2、キャニス・ミナー級駆逐艦15───が配備されている。尤も、神竜にはとっくの昔に突破されており艦隊の位置、数、艦種まで把握されているのだが。
その旗艦であるオリオン級戦艦『サイフ』艦橋にて、艦隊司令の男が指示を出す。水上レーダーに謎の艦隊が映り込んだのだ。
通信士が通信を試みるも応答はなく、彼はこれを敵艦隊と判断した。
「航空隊にも援軍を要請しろ!」
「そ、それが……」
そして、兵法通り航空戦力も呼び出そうとしたのだが、どうにも通信士の顔色が悪い。
「どうした?」
「先程から何度も通信を試みてはいるのですが全く繋がらず……」
「何?」
それを聞き、まず考えたのは電波障害だ。この世界では原因不明の大規模電波障害が稀に発生する。研究によればこの世界特有の電離層による物である可能性が高いらしいが、それは今はどうでもいい。
「くそ、こんな時に……」
「しかし司令、周囲の艦との通信は可能です。レーダーも正常に機能しています。電波障害ではないのでは?」
艦長が言う。
これまで電波障害が起こった際は遠距離通信やレーダーはおろか、すぐ隣の艦との通信すらも不可能となり、手旗信号や発光信号でやり取りをする羽目になっていたのだ。
「では何だというのだ? まさか既に基地が───」
と、そこまで言った所で彼の背筋にぞくりとした悪寒が走る。
まさか、そうなのか? 我らの警戒網をすり抜けて先に基地を叩き潰したというのか? 通信する暇も与えずに?
いや、不可能だそんな事。不可能の、筈だ。
「……偵察機をもう一機出せ。目的地は航空隊基地だ。向かい、援軍を要請しろ」
「了解しました」
先程と続けてもう一機の偵察機がカタパルトから射出され、島へと飛び立っていく。
彼は自らの不安が杞憂で終わる事を祈りながら水平線を見つめていた。
一方その頃、最初に発進した偵察機は目標付近まで辿り着いていた。乗組員は任務を果たすべく双眼鏡を覗き込む。
「あれは、グレードアトラスター……か?」
そこで見えたのは彼もよく知る艦の姿。
巨大な塔、巨大な三連装砲、針鼠の如く林立する対空砲群。帝国海軍の象徴たる巨艦、グレードアトラスターだ。
「……ん? 少し、違う……か?」
彼は目をこらす。よく見ると副砲が無く、代わりに謎の単装砲が付いていた。
グレードアトラスター級に酷似したシルエット、だが副砲が違う……記憶のどこかにそれに該当する様な艦があった様な気がするのだが思い出せない。まあ、仕方のないことだろう。眼前の戦艦───キャンサー級が完成したのはつい最近の事であり、初の実戦で二隻中一隻は沈み、一隻は拿捕されたのだから。
彼は思考をそこで打ち切る。
あの艦には帝国の物ではない旗がはためいていた。あれが何であろうが帝国の敵には変わりないのだ。
「こちら一号! 旗艦、聞こえるか!?」
ただ一つ懸念があるとすれば───
「敵にはグレードアトラスタークラスの巨大艦が居る!!」
───こちらの艦隊では、あれ程の戦艦に対抗するのはほぼ不可能だという事だろうか。
その後の展開は語るまでもないだろう。
イルネティア側のキャンサー級の主砲は45口径41cm砲、対して帝国側の最大艦であるオリオン級は45口径35.6cm砲だ。その威力も射程も、門数でさえ王国が勝っている。
また、航空隊基地へと向かった機は不幸にも帰投途中のイルクスレーダーに引っかかってしまい、彼女の姿も基地の惨状も見る前に誘導魔光弾で撃墜されてしまった。
守備艦隊は報告を受ける事もなく、圧倒的な射程と威力に翻弄され全滅した。
ドオオオオオン!!!!
大小様々な轟音が響き続ける。
艦隊を撃破し、悠々と島まで接近したイルネティア王国艦隊は島沿岸部へ向け艦砲射撃を実施していた。戦艦は弾薬庫に残っていた特殊対空砲弾『Z式散乱弾』を発射する。発射された砲弾はしばらく進むとその遠心力で内部に充填された子弾を撒き散らし、広範囲を爆撃する。本来は対空用であるが、従来のマグネシウム式対空砲弾でも対地攻撃に使われた例は多々あり、この弾も同じ使い方をされるのは必然であった。また、駆逐艦や巡洋艦もその優秀な発射速度を利用して榴弾を広範囲に散布する。
やがてそれが一段落すると今度は揚陸艦隊が到着する。だが、到着した艦はどれも古臭い木造船ばかりだ。
そもそも王国が拿捕出来た帝国艦艇はどれも戦闘用ばかりでありこういった補助艦艇は従来の帆船ばかりなのだ。神聖ミリシアル帝国から借りようとも考えたが、あちらはあちらで別の作戦を行うらしく断られてしまった。
かくして、王国は保有していた揚陸艦のマストを全て切り、完全に動力源を艦下部の『風神の涙』のみに切り替え搭載能力を強化した木造船を使い揚陸作戦を行う羽目になったわけである。
果たして、作戦は成功した。上陸した王国軍陸上戦力は一路王都へと向かうのだった。
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〈パカンダ島北部 グレンド平野〉
張り巡らされた塹壕、半ば埋め込まれる形で設置された野戦砲、各種戦闘車両、そしてせわしなく動き回る兵士達……島北部沿岸部より広がる森林に隣接するグレンド平野、そこの少し小高い丘に連なる様にグラ・バルカス帝国軍パカンダ守備隊は防御陣地を構えていた。
イルネティアが攻撃してくる可能性は以前から考慮されており、その場合であれば島北部からの上陸となる。その際、総督府が設置されている王都へと攻め込む為には確実に通らねばならない場所、それがこの平野であった。よって帝国はここに前々から防御陣地を構えており、今回上陸したのに伴ってここの戦力はより増強されていた。
「……敵はいつ来ますかな」
「さあな。だが、用心は必要だが恐れる事は無い」
彼は知っていた。敵の陸上戦力が海上戦力程も発展していないことを。
敵の海上戦力というのはその全てが帝国軍から拿捕した物である。そして、これまで王国に陸軍の輸送艦が拿捕されたという話は聞かない。潜伏させている諜報員からも戦車などがあるといった話は来ていない。唯一気がかりなのは神竜だが、この付近には持ち上げられそうな物体はあまり無い。港からはるばるここまで駆逐艦を運んでこれるというのなら話は別だが、その時はその時だ。
水上艦と違い、陸では“撃沈する”という事が出来ない。いかに航空戦力として優れていようが航空攻撃では陸上戦力を全滅させる事は出来ないのだ。神竜が陸に降りても強いというのならもうどうしようもないが。
ともかく、陸戦ならば勝ち目はある。彼はそう信じていた。
因みにだが、この陣地もイルクスに発見されていた。つまり、いつでも攻撃し、壊滅させる事は可能だったのだ。だが、軍はそうさせずに航空基地への攻撃のみとさせたのだ。
今回の作戦はイルネティア王国単独で行っている。そして、王国の航空戦力である雷竜よりも帝国の最新鋭戦闘機の方が優れていた。
イルクスが今作戦で攻撃出来る目標は事実上一つだけだ。最初に述べた時間の問題もあるが、一つ攻撃すれば神竜がいるという情報はすぐに伝わり───実際はそこまで上手くはいかなかったが───警戒を強めるだろう。そうなれば二つ目の目標を攻撃する際に傷付く可能性が高くなってしまう。
なので先述の理由から、航空基地のみを攻撃させこの防御陣地は軍のみで攻略する事になっていた。
「総員、空への警戒を怠るな!」
そんな事はつゆ知らず、司令であるメーガスは対空砲群へと指示を出す。無数の機銃や高射砲が空を向き、多くの兵が肉眼での索敵を行う。
勿論、地上への警戒も怠らない。塹壕からはこれまた無数の機関銃が顔を出し、戦車砲は火を噴く瞬間を今か今かと待ちわびる。
“その時”は、不意に訪れた。
「!!?」
ボン、ボン、ボン。
防御陣地の最前列、第一塹壕の周辺に爆音と共に巨大な煙が上がる。
「敵襲ーーーーッ!!!」
「来たか!! 何処からの砲撃だ!?」
「恐らくはあの森からかと。しかしご安心下さい、奴らの砲には音と煙だけで力はありませんし、今届いていないのですからここまでも届きませんよ」
双眼鏡を覗いていた兵はそう彼に告げる。
実際、着弾している場所では煙こそ大きいがそこまで地面が抉り取られている様には感じなかった。
「それもそうだな。よし、あの森に向かって砲撃───」
ボン!
「!?」
野戦砲群へとそう命じようとした瞬間、その周辺が煙に包まれる。
「な!?」
「チッ、煙は気にするな!! とにかく砲撃しろ!!」
「は、はい!!」
伝令兵が彼の指令を伝えるべく振り向く。
だが、それが伝えられる事はなかった。
その瞬間、彼の素晴らしい動体視力は捉えていた。
「がッ」
伝令兵がそんな声を上げる。
彼は目を見開く。
何しろ、その兵の額には正真正銘の
そして───彼の視界は白い煙に包まれた。