鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します
「……そこのあなた。私と少し……飲みませんか?」
第二文明圏、ムー大陸西部。かつて列強として栄華を誇ったレイフォルという王国があったその土地は、しかし今は異界からの訪問者───グラ・バルカス帝国によって侵略され、レイフォル領として支配されている。
職人が一つ一つ丹精込めて建てていたゴシック様式の街並みは軒並み破壊され、機械で効率的に建てられる鉄筋コンクリートのモダニズム建築がずらりと並べられた無機質で近代的な街並みへと変化した。
レイフォル人達は自らの伝統と尊厳の破壊と引き換えに、その近代生活を享受していた。
そんな街───レイフォリアの一角。そこは昼は人気があまり無く、夜になるとネオンサインが煌々と輝く歓楽街へと作り替えられた。
無論そんな場所を使用出来るのはグラ・バルカス帝国人か一部の金を持つレイフォル人の有力者に限られており、そして彼───ガリア・ローウェンもその一人であった。
彼は旧レイフォル国で商会を営んでおり、侵攻の折にはいち早く祖国を見限り帝国への恭順を示したという過去がある。そのお陰か、彼は今でも有力者の一人で居続ける事が出来ており、こうして歓楽街を愉しむ余裕もあるのだった。
そんな彼を呼び止める声が一つ。
声の方向を向くと、そこには薄い布地のドレスを身にまとった美女が立っていた。その肌は白く、耳は長く尖っており彼女がエルフである事が分かる。
彼女はその豊満な肢体をこれみよがしに動かし、彼を誘惑する。三大欲求の一つに耐えられる筈もなく、彼は蝋燭に引き寄せられる羽虫の如くフラフラとその誘いに乗るのだった。
「ガリア・ローウェンさんって言うのね。ローウェンってもしかして……あの大商会の?」
「ああそうだとも! この私こそレイフォル1の有力者、ガリア・ローウェン!!」
「まあ凄い!!」
付近の酒場。そこで彼は彼女を抱き寄せ、次々と注がれる酒をあおっていく。
飲み始めてから5分経った頃には、既に彼は出来上がっていた。
「フフフ……ところでローウェンさん」
「ん〜? 何だ?」
「この後……お時間、あるかしら?」
彼女は彼の耳元に口を寄せ、そう呟く。
熱い吐息と共に放たれたその言葉は、彼の最後の理性のタガを完全に外す事となった。
彼は息を荒くし、彼女を連れて酒場を後にする。
その日、彼は一人の美しい愛人を手に入れた。
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〈中央歴1643年4月5日〉
「これが……例の?」
「ええ。『ペルレウス式魔導通信投影機』ミリシアルで開発された最新の投影機。その特徴は小型で省魔力……」
レイフォリア、とある民家の地下。
ワインを保存する為という名目で造られたその地下室は、今はレイフォル解放運動家の潜伏場所となっている。
そんな場所の机に置かれた一つの魔導機械。彼らは伝聞でしか知らなかった魔導通信を白いシートへ投影する物である。
それは彼らが手に入れた物ではなく、目の前に立つ女が持ってきた物だった。
「決行は明後日の14時。広場の使用許可は既に出てるわ」
「あ……アンタ一体……」
「男って脆いものね。ちょっと身体を重ねた位ですぐに信用しちゃうんだから……はいこれ。無くしちゃダメよ?」
その女───ガリア・ローウェンの愛人は、自らを寵愛する肥えた男の事を嘲り、数枚の上質な紙を運動家の青年に渡す。それはレイフォルの中心部にある広場の使用許可証、そしてレイフォル統合軍事基地、ラルス・フィルマイナの構造図であった。
彼女は神聖ミリシアル帝国が放ったスパイである。その目的は───懐柔と反乱。
レイフォル人の有力者に近付き、自らの傀儡とする。帝国人を選ばないのは単なる保険だった。
先の大海戦の折にグラ・バルカス帝国本土へ数多くの帝国軍人が補充の為に引き抜かれたのも大きい。そこにパカンダ陥落があり、レイフォル領は現地人との関わりを深くせざるを得なくなっていたのだ。
彼は差し出された紙を震える手で受け取る。
広場の使用許可などレイフォル人には絶対に出されない物だ。そんな物をこうもあっさりと……彼の額に汗が垂れる。
「あとこれもね」
「っ……!!?」
彼女は持ってきていた箱を開ける。
そこには大量の銃、爆薬、そしてグラ・バルカス帝国軍人の制服が入っていた。これもガリアの権力を使って密かに横流しした武器である。
「使い方は分かるかしら?」
「あ、ああ……」
「言っとくけど、今更止めたいだなんて言わないでよ。もしこれに失敗すれば……」
「わ、分かってる! これに失敗したらレイフォル
彼女は彼らにとある忠告をしていた。
実の所、彼らの力など借りずとも世界連合の戦力ならばレイフォルを攻略する事は可能なのだ。だが、その場合戦後この土地は"レイフォル国"ではなく"ムー国レイフォル領"になっているだろう、そう告げた。
それに彼らは焦った。それでは結局の所支配する者が変わるだけだ。グラ・バルカス帝国とムー国。民度や文化の差はあれど彼らにとってしてみれば同じだった。それにムー国相手には過去に散々嫌がらせを繰り返している。扱いが良くなるとは思えなかった。
だからこそ、彼女は彼らに立ち上がる事を提案したのである。
彼らレイフォル人が立ち上がり、国土を解放したという"事実"があれば戦後レイフォル人の発言力は高まり、国として独立する事も可能だろう、そう言ったのだ。
「(……尤も、確実に
彼女は内心呟く。
ミリシアルからしてみれば、イルネティアが台頭した中レイフォルに独立される利点は何も無い。これが成功しようがしまいが、レイフォルが独立する未来はもう、無い。
そしてこの組織も。既に彼女の手引きでメンバーの半数はミリシアルの息がかかった者になっており本来の目的で動いている組織ではなくなりかけている。
「……ああ、そうだ。これも持っていきなさい」
「……これは?」
「発信機よ。それさえあれば連合軍は基地内部に侵入したあなた達を見つける事が出来るわ。内部に侵入したらこのスイッチをいれなさい。絶対に肌身離さず持っておくこと……いいわね?」
「ああ。分かった」
彼らは大国の掌で踊らされているとも知らず、着々と計画を進めるのだった。
4月7日。その日、レイフォリア中央広場ではローウェン商会主催の
この前日、商会長であるガリア・ローウェンが
ガリアには愛人は多く居たが妻は居なかった。カルミアも愛人の一人であり、最も新顔で、そして最も寵愛されていたらしい。
それはともかく、会は始まる。普段は娯楽など飲食くらいしか無いレイフォル人はこぞって見学し、大いに笑い、驚き、手を叩いていた。
監視していた帝国軍人も、異界の曲芸には驚かされていた。
そして、子供のリンドヴルムが玉乗りをしていた所で、
「……!!?」
「な、なんだこの音!!」
突然、何処からか爆発音が聞こえてくる。
皆が顔を回すと、街の一角───ラルス・フィルマイナがある方角から黒煙が立ち上っていた。
『こちらラルス・フィルマイナ! 第一火薬庫と第三燃料庫で爆発が発生! 現在消火作業中!』
「何だと!? 原因は!!」
『犯人らしき者達を現在追跡中です!』
馬鹿な、軍人の男は思う。誇り高き帝国軍人がそんな事をする筈がない以上犯人は敵国人ということになるのだが、ラルス・フィルマイナの厳重な警備を掻い潜ってそんな事が出来るとは到底思えない。
それこそ、内部図面や警備配置などを知っていない限り……そして、それを知らされているのは帝国人以外はごく限られたレイフォル人しかいない。そう、例えば目の前に居る───
「……まさか」
彼はそこまで勘づき、しかし少し遅かった。
「……そろそろ、ね」
新たに商会長に就任したカルミアが手元の懐中時計を開き、時刻を確認する。それと同時に小さなモニターの様な物を取り出す。そこには白点が表示されていた。
彼女は襟元に隠されていたインカム───小型魔信機のスイッチを入れる。
「こちら066、
そしてそう呟き、彼女は突然の爆音で曲芸をストップさせていた壇上に上がる。
それに気付いたスタッフは曲芸師を退かせ、壇に仕込まれていたある魔導機械を取り出し、それに付けられているレンズを背後の白い天幕に向ける。
彼女は両手を大きく広げ、言った。
『レイフォルの民達よ! 抑圧の時は終わる!!』
突如として言い放たれたその言葉に、観衆の視線は一気に檀上へと引き戻される。
「その女を殺せェ!!」
そう叫びながら帝国軍人が腰の拳銃を引き抜き、照準もそこそこに引き金を引く。
だが、放たれた鉛玉が彼女に届く事はなかった。
「『プロテクション』」
「なっ!?」
「感謝します、ノイエンミュラー大魔導師」
「早く終わらせて下さいよ~」
その弾は半透明の膜の様な物に阻まれ、空中で静止していた。彼は額から汗を垂らしつつもパン、パンと続けて撃ち出す。しかしその全てが防がれ、やがてマガジンが空になった事でやれる事は無くなってしまう。
カルミアは天幕の裏から出て来た、右目の部分を伸ばした髪で隠した少女───中央法王国の大魔導師、アルデナ・ノイエンミュラーに感謝を告げる。この作戦にあたり、ミリシアルは中央法王国へ応援を頼んでいたのだ。
かつての海戦においては航空機の機銃掃射をも防いでみせたこの防壁が拳銃如きで破れる筈もなく、光の膜は依然としてカルミアを覆っている。
『我等はグラ・バルカス帝国の圧政より民を解放するべく遣わされた!! 諸君らが苦しむ事はもう無いのだ!!』
「……でもここには帝国軍が居るんだぞ!! それはどうすればいいんだ!!」
民衆に仕込ませた工作員が彼女に尋ねる。
『安堵せよ!! まもなく奴らには神の怒りが降り注ぐ事であろう!!』
「神の怒り……だと!?」
『さあ……あの黒煙の方を向くのだ!!』
と、彼女がそう言った瞬間だった。
「う、うわ!?」
「なっ、なんだぁっ!!?」
「今何かが───」
西の空から
───それがラルス・フィルマイナの元に辿り着いた瞬間、強烈な光が発生し、皆が目を開けたそこには巨大なキノコ雲が上がっていた。
「な……」
民衆が、帝国軍が、その場に居た者達全てが唖然とする。予め知らされていたカルミアですらもその圧倒的な"力"の権化に一瞬脳が恐怖に埋め尽くされた程だ。
「っ……こちら066、天の火の正常な起爆を確認」
だが、そこですぐに我を取り戻せるのが諜報員という物である。彼女はすぐにインカムに触れ、自らに課せられた任務───着弾報告を行う。
これは試製ウルティマ式空対地誘導魔光弾、通称"天の火"。神聖ミリシアル帝国が開発した誘導魔光弾の一種であり、射程は約100km。その特徴は何といっても
では何故大型なのか。それはこれまでパル・キマイラからしか投下不能であった魔導爆弾『ジビル』を弾頭として採用しているからだ。このジビルをある程度まで小型化した物を搭載している訳だが、それでもなお通常の攻撃機からでは到底発射出来ない代物になってしまった。
そしてこの誘導魔光弾。まだ試作品という事もあり本来ではこの様な市街地に誤射する可能性がある状況では使えない物だ。何しろ神聖ミリシアル帝国にとって初となる誘導魔光弾である。
だが、そこは現地協力者に基地内部へ発信機───ガイドビーコンを設置させる事で解決させた。基地に向かわせた人間は全てレイフォル独立を目論む者達であり、その様な戦後の不安要素も排除出来て一石二鳥、という訳だ。
『さあ、レイフォル人達よ!! 戦う時が来た!!』
そんな不幸な勇者達の事など忘れたかの様に、彼女は演説を続ける。
『このレイフォルに帝国の援軍はもう来ない!! 奴等は必死に隠蔽しようとしている様だが……中継地点たるパカンダ島は既に墜ち、帝国の主力艦隊は我等世界連合艦隊の前に敗れ去ったのだ!!』
そこで背後の天幕に映像が投影される。そこからは彼等も聴いた事のある声が聞こえて来た。
『皆様こんにちは! 毎度おなじみ、レポーターのウレリアです!』
映し出されたのは『世界のニュース』。その名に恥じず世界で最も知名度のあるニュースであり、レイフォル人もかつては酒場にある
そして、今喋るエルフの女性が発する声は、その世界のニュースでも最も人気の高いレポーターの物であった。声だけでファンになっていた者などはその姿を見る事が出来たという事実に状況を忘れて感動する。
『今私は、つい先日我等が同胞、イルネティア王国が攻略したパカンダ島に来ています! ここはその中で最も激しい合戦が行われたグレンド平野です! ご覧下さい! 破壊されたグラ・バルカス帝国軍戦車にイルネティア国旗が掲げられています!』
激しい戦闘の跡が残る平野。そこに残された鉄屑となった戦車に掲げられているのは間違いなくイルネティア王国の国旗であった……一部変更され、竜をあしらった様な紋様が追加されてはいるが。
この映像を見せられた帝国軍兵士は苦い顔で歯軋りをし、レイフォル人は驚愕で口が閉じない。帝国軍の戦車という兵器はとても恐ろしく、魔帝でなければ絶対に立ち向かえないであろう、そうとまで考えていたのだから。
それを文明圏外国であるイルネティア王国───未だにレイフォル人の中ではそういう認識であった───が破壊し、尚且つ島を攻略した?
『これを見ているレイフォルの方々!』
「「「!!!」」」
『決して諦めないでください! 我々には神が───神竜がついています!!』
その言葉を聞いた観衆の目にギラりとした光が灯る。久しく忘れていた、誇りの火が。
───その日、ミリシアルの考案した一大反攻作戦である"レイフォル解放作戦"が本格的に開始された。