【本編完結】つよつよ神竜イルクスさん   作:デュアン

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レイフォル解放作戦 -山岳要塞ダイジェネラ-

〈中央歴1643年4月27日〉

 

「ほ、本国より返信……"死守せよ"、以上です」

「戦闘機の一つも寄越さんという訳か……」

 

 室内の空気が冷え込む。その通信から分かるのは、要するに彼ら───レイフォル領駐留軍は見捨てられたという事実であった。

 

 ここはレイフォリア南部に位置する山、ダイジェネラ山。海抜高度429mのこの小柄な山は、グラ・バルカス軍によって要塞化されている。

 ラルス・フィルマイナからの通信が途絶えた今、この基地が事実上のレイフォル領駐留軍総司令部であった。

 

「ローフヴィリア基地、通信途絶」

「カリフィア駐屯地より我降伏せりとの通信が入りました」

「ガイテローン基地より援軍の要請が入っています」

「……」

 

 そんな部屋の中で今、基地司令でありレイフォルにおけるグラ・バルカス軍人の最高位、ロヴァート・エイラート陸軍中将は各地から寄せられる絶望的な報告の数々を前に呆然としていた。

 

 現在、レイフォル領は東西両方から攻め込まれている。

 西からは上陸したミリシアル・ムー連合軍が、東からは陸から第二文明圏連合軍に、だ。

 如何に兵器の質で勝っていたとしても圧倒的な数で攻められれば為す術はない。それが移動できない基地ならば尚更だ。多くの基地は数千騎にも及ぶワイバーンの火球に焼かれ、または恐れて降伏していた。

 ミリシアルの最新鋭機によって既に制空権を奪われている今の帝国軍にとっては、トカゲと馬鹿にしていた原種ワイバーンですらも脅威となっていた。

 援軍を出す事は出来ない。下手に地上を走っていれば敵戦闘機に補足され鉛玉をプレゼントされる事になるだろう。

 

「司令、このままではジリ貧です! 打って出るべきかと」

「……駄目だ。今の戦力では例え初戦で勝てたとしてもその先には続かん。ここに籠城し」

「籠城というのは援軍の存在があってこそ意味があるのです! 援軍が来ない事が確定している以上、我々がここに篭っている意味はありません!」

「ううむ……」

 

 参謀が言う。彼の言っている事も理解出来るからこそ、彼は言葉を濁らせるしかなかった。

 現在、ダイジェネラ要塞には4万の兵士、10両のハウンド中戦車、24両のシェイファー軽戦車、20門の155mm牽引式榴弾砲、50門の105mm牽引式榴弾砲、その他固定された対空砲などが存在する。以前ならば異世界の蛮族など鎧袖一触である筈の戦力は、今はとても心細く見えた。

 幸いにも食料や水は豊富にある。篭城すれば一年はもつだろう。だが、それだけだ。

 

「……」

 

 降伏、その二文字が彼の脳裏に浮かび上がってきたその時、けたたましい音を立てて司令室の扉が開かれる。

 

「おい! この軍の体たらくは何だっ! それでも精鋭の帝国兵か!」

「げ、ゲスタ部長」

「貴様ら分かっているのか? レイフォルは帝国の生命線、何としても奪われてはならんのだ!!」

 

 入ってきた男は外務省東部方面異界担当部長のゲスタ。彼ともう一人の外務省職員は、レイフォリア陥落の際偶然ラルス・フィルマイナから離れていたお陰で生き延びたのだ。その他に基地に居た者達は皆蒸発していた。

 徒歩で逃れ、ボロボロになりながらも助けられた時は感謝を述べていた彼は今、唾を飛ばしながら軍人に向かって罵声を浴びせていた。

 

「し、しかし……レイフォル駐留軍は既に半壊、制空権、制海権は無く、基地同士の連絡すらままならない状況です」

「ぬうぅん、と、兎に角我らだけでも本土に送れ!」

「な……そ、それは不可能です! 本基地には偵察用の機体が数機あるのみ、地上を動いていては敵機に補足されますし」

「それを何とかするのが貴様らだろうが!!」

「っ……」

 

 ロヴァートの額に青筋が浮かぶ。彼は右手を握り締めた。

 それに気付く事無く、ゲスタは叫ぶ。

 

「分かっているのか!? 私は帝王陛下より任ぜられブゲラッ!!?」

「───あ」

 

 無意識だった。彼の拳は正確にゲスタの右頬を貫く。

 前線に出る事はなくとも現役軍人の拳である。彼は少し吹き飛び、その場に倒れ伏せた。

 

「ガ……あ……ひ、ひさふぁ(きさま)あッ!!!」

「もっ、申し訳ありませんゲスタ部長」

ふぉんふぁふぉふぉをひ(こんなことをし)

 

 パン。

 

 我に返ったロヴァートが慌てて彼を助け起こそうとしたその時、乾いた音がその場に響く。瞬間、ゲスタの額に穴が空き、彼は目を見開いたまま動かなくなる。死体はずるずると外へ引き摺られていった。

 

「な、何を……」

「……ゲスタ部長殿は戦闘によって殉職なされました」

 

 彼を撃ったのは一人の兵士だった。

 

「私が証人になります」

「じ、自分はシエリア殿にその事を伝えてきましょう」

「お、お前達……」

 

 次々と室内の兵達が同調していく。

 皆ストレスが溜まっていたのだ。苦しい状況にありながら兵に罵声を浴びせ、糧食を貪る彼に対して。

 

「司令、どうか我々に死に場所を下さい!」

「このまま飢えて死ぬよりかは戦って死んだ方がマシです!!」

「司令!!」

 

 そして、そんな事を口々に言う。

 それに対し、彼が口を開こうと───

 

 

「レーダーに感!! 正体不明の大編隊接近中!!」

「何!? 数は!」

「東西より100、200……数え切れません!! 到達まで最短であと10分程度だと思われます」

 

 

───その時、レーダー員が叫んだ。

 そしてそれが敵の襲撃である事は火を見るよりも明らかだった。

 

「来たか……!! 全管戦闘配備、対空砲は対空戦闘準備!!」

「外部で作業中の兵士に告ぐ、直ちに基地内へと退避せよ、繰り返す、直ちに退避せよ!!」

 

 慌ただしく戦闘準備が整えられる。

 基地のあちらこちらに空いた細かな穴から対空砲口が出され、そこに弾を込めていく。屋外の兵士達が退避すると同時に三重の防火扉が閉められ、山岳基地は完全防備の体勢をとった。

 

 それと同時に彼は一度敵の姿を直に見ようと上部監視塔へと向かう。

 サイレンが鳴り響き、兵士達が慌ただしく動き回る廊下を歩いている時、ある人物に出会った。

 

「エイラート司令、な、何があったのですか」

「……シエリア課長。貴女は自室に居て下さい」

「先程ゲスタ部長が戦死なされたと聞きました。一体何が」

 

 彼女は不安げな表情を見せる。少なくとも腰が低い事は彼にとって好印象だった。

 

「敵襲です。私は状況を確認しなければならないので。それでは」

「は、はい」

 

 そう言い、立ち去ろうとする。

 

「……ああ、少し待って下さい」

「はい?」

「これを。念の為です」

「こ、これは……そこまで戦況は酷いのですか……?」

 

 彼がそれに答える事はなく、その場には渡された物───拳銃を持たされたシエリアただ一人だけが残された。

 

 

「敵は……凄まじい数だな」

「西からは航空機、東からは飛竜がそれぞれ大群で来ています。また、あちらを見て下さい」

「何だ……くっ、同時攻撃か」

 

 山の頂上にある監視塔で彼が見たのは、この世の終焉かと思う程の光景であった。

 東西それぞれの空には埋め尽くさんばかりの影があり、また西からはミリシアルとムーの物と思われる陸軍が向かってきている。どうやら敵は、本気でこのダイジェネラ要塞を獲りに来たらしい。

 

 各砲台が攻撃を開始する。ボン、ボンと音が鳴り続け、空に無数の黒煙や光弾が飛んでいく。

 

「この監視塔は危険です。司令は中へ」

「うむ。お前達も無理はするなよ」

「分かっています」

 

 そうして、彼は要塞内部へと戻る。

 彼が司令室へと戻っている最中、大きな揺れが彼を襲った。それは要塞全体を襲っている様で、コンクリート打放しの天井からパラパラと埃が落ちる。

 

「な、何だこの衝撃は……」

 

 彼は山その物を揺らす程の攻撃を行う事が出来る敵に恐怖を覚えた。

 

 

 

 このダイジェネラ要塞攻略に際し、世界連合側はかなり大規模な戦力を動員した。

 しかし、正面から攻めて攻略出来る代物でもないという判断から、その上で何段階にも分けた作戦が立案される。その第一段階が『トライデント』によるジビル投下であった。小型化に成功し、ラルス・フィルマイナを一撃で消滅させた戦果を見てから、ミリシアルはジビルの魔力に取り憑かれていた。

 要するに"取り敢えずジビル"状態である。

 

 投下は高高度から行われる。"天の火"は未だ試作段階であり、またコストも高い為量産には至っていないが、それを開発する途中で生まれたこの"誘導滑空魔導爆弾"は比較的コストが安く済み、それなりに数も作られていた。

 それの弾頭をジビルにした物が高高度から投下、正確にダイジェネラ山に着弾する。瞬間、激しい光と共に巨大なキノコ雲が立ち上る。木や監視塔は瞬時に蒸発し、また爆心地付近にあった対空砲も激しい熱で破壊される。

 だが、それでも要塞そのものを破壊する事は叶わない。ジビルは範囲攻撃力は高いが貫通力に欠けるのだ。だが、これでいい。まだ作戦は始まったばかりだ。

 

「何だあの威力は……」

『竜騎士団、攻撃開始せよ』

「りょ、了解! 全竜騎士、急降下!!」

 

 ジビルの爆発を見て唖然としていた竜騎士団に攻撃の指令が出される。それに従い、1000騎ものワイバーンが要塞へ向けて降下していく。

 要塞側はジビルの反動でマトモに迎撃出来ず、ほぼ全てのワイバーンが降下に成功する。そして、

 

「てェっ!!」

 

 隊長のその号令で、一斉に火球が放たれる。

 ワイバーンが放つ導力火炎弾は粘性が高く、一度着弾すると中々火が消えないという厄介な特性を持っている。それが満遍なく撒き散らされ、ダイジェネラ山は一面火に包まれる。これが、第二段階。

 大火災で対空砲を外に向ける事の出来ない要塞は今、空からの攻撃に無力だ。

 

 そこで作戦の第三段階が発動される。

 

「降下、降下、降下!!」

 

 遅れて到着した無数の輸送機から空挺部隊が一斉に投下される。とはいっても、降下方法はパラシュートではない。

 

「自分、箒に乗るなんて初めてですよ!」

「無駄口叩かないでさっさと魔石を撒いて!」

 

 輸送機から飛び出した兵達は皆、藁帚に乗っていた。

 中央世界にはアガルタ法国という国家がある。先の海戦ではシルフィ・ショート・バクタール司令率いる艦隊が艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)を駆使してイルネティア竜母を守った逸話などが有名なこの国だが、個人で扱う魔法を得意とする事でも知られている。

 特に、熟練した魔導師は箒で空を飛ぶ、という物語の様な芸当が可能なのだ。魔力効率は悪いが、ワイバーンよりも小回りが利く。

 今回、ミリシアルはこれに目を付けたのだ。輸送機から一斉に飛び出した箒にはそれを操る魔導師の他に兵士が二名乗っており、彼ら彼女らは火災巻き起こる山へと降下していく。

 

「魔石撒きました!」

「よし! 『氷の精霊よ、我の……』」

 

 ある箒では、箒に乗って興奮した若い兵士をエルフの魔導師が叱責し、そして兵士が慌てて腰に付けた袋の中身───魔石をばら撒くという光景が見られた。

 そんな光景は全ての箒で行われ、無数の紫色の結晶が山へと落ちていく。

 そんな魔石へと向かって、魔導師達が詠唱を開始する。それが終わった瞬間、一斉に魔石が青く輝き出す。

 

 そして次の瞬間には、あれ程激しく燃えていた山は一瞬で鎮火されていた。

 これは魔石を核とした大規模冷却魔法である。山一面を覆う火災など通常は個人が扱うレベルの魔法では消火不可能だが、冷却魔法を付与させた魔石を大量に散布、それを魔導師の合図で一斉に起動させる事でそれを可能としたのだ。

 この技術を開発したのは今は亡きバクタール司令であり、彼女が先の海戦でこれの爆裂魔法版を使用した事から実戦での使用も可能であるという事は確認されていた。

 

「よし今! しっかり掴まってなさいよ!!」

「はい!!」

 

 冷却魔法により辺りの気温が一気に下げられ、それは消火するだけに留まらず辺り一面に濃霧を発生させる。

 これにより敵は空挺部隊の姿を確認出来ない。彼等は一斉に急降下し要塞へと接近する。

 

 果たして、空挺部隊800名は着陸に成功した。彼等は火災で閉じる事の出来なかった砲口部から侵入していく。

 まさか火災を一瞬で鎮火されるとは思っていなかった帝国軍は大混乱し、空挺部隊は要塞内部への侵入に成功した。

 

 熟練魔導師の魔法、ミリシアル製の魔導銃などを組み合わせた白兵戦はグラ・バルカス帝国にとっては未知の代物だった。平原などではあまり関係ないのだが、こういった狭い場所ならば魔法は有効活用しやすいのである。

 彼等の目的は敵司令部の占拠。位置は分かっていないがそこまで問題ではない。「要塞内部に侵入されている」という事実が重要なのだ。

 

 要塞のあちらこちらで激しい銃撃戦が繰り広げられ、部隊は要塞の奥へと進行していく。

 

 

「何なの、この音……」

 

 自室に籠っていたシエリアは、外から聞こえる怒声や破裂音に興味を惹かれる。

 そうして、彼女は扉に近付く。出るべきではない、彼女の理性が警鐘を鳴らすが、しかし彼女は鍵を開けて外に出た。出てしまった。

 彼女には、現在この要塞で何の役にも立てていないという罪悪感があったのだ。結局自分達外交官はただ異世界の国々を威圧し、やたらと敵愾心を煽っただけ。その結果、帝国は敗北への道を突き進んでいる。

 

 だからこそ彼女は、渡された拳銃を構えて外に飛び出し───

 

 

 パン。

 

 

「───あ」

 

 

 外に居た空挺部隊の兵士に発見された。

 シエリアは一目見てそれが敵だと判断し、拳銃を向けようとする。だが、元より自動小銃を構えていた兵士の方が撃つのは速い。

 

 胸部を撃ち抜かれ、彼女はその場に倒れ込む。

 胸を中心に紅い水溜まりが広がっていく。急速に身体が冷えていき、四肢の感覚から徐々に消えていく。

 

 

「……ご……めん……な…………さ……………」

 

 

 視界が完全に暗闇に覆われる直前、彼女はそう呟いた。

 

 

 

 この日、ダイジェネラ要塞は陥落した。

 内部に侵入され、要塞表面の兵器はほぼ無力化、そんな状況で敵の大軍に接近されたのだ。空挺部隊の工作により陸軍主力部隊は内部に招き入れられ、こうして無敵と謳われた山岳要塞は呆気なく陥ちたのである。

 ここに居た帝国軍人は反撃し、その殆どが玉砕した。

 

 後に作られた戦死者リストの中には『シエリア・オウドウィン』の名もあったらしい。

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