〈中央歴1643年6月2日〉
グラ・バルカス帝国領レイフォル。
ラルス・フィルマイナ、ベルディー、ローフヴィリア、デズデモーナ、そしてダイジェネラ。帝国によって設置された幾つもの頑強な基地はその殆どが陥落し、開戦から僅か二か月で帝国はムー大陸に持つ領土のうち実に八割を失っていた。
かつてのレイフォルの属国であり、自らその首を差し出した隣国、ヒノマワリ王国も既に連合国側に墜ち、残っているのは最早レイフォル第二の都市、レイリング周辺のみとなっていた。
レイリングは先述した通りレイフォリアに次ぐ規模を持つ都市である。それは国家の名がレイフォルからグラ・バルカスに変わっても同じであり、重要な拠点と化している。
位置としては、レイフォリアから東に450km程離れた位置にある。ここは北から東にかけてファンダー山脈という険しい山脈があり、南には巨大な川、北西にはアールの森、南西には森に囲まれたグレシダ山という山があり天然の要塞となっている。
ここに向かうには南の川を越えるかアールの森とグレシダ山の間にあるアルマイ平野を通るしかなく、当然帝国はそれに対応し、この位置に地下要塞を建設した。
地下要塞ラテ・アルマイ。多数の回転砲塔を持ち、要塞本体は地下深くに隠匿されたこの要塞は空から発見する事は困難を極める。非常事態を想定して作られただけあって制空権を奪われた状態であっても耐えうる構造をしており、現に今も健在でレイリングを防衛していた。
「……こんな所に要塞があったのか」
「厄介ですね。空軍に応援を求めましょう」
「どうせまたジビルを撃つんだろうが……見る限り本体は地下だ。空からでは攻略は厳しそうだな」
レイフォル解放作戦完遂の為、最後の都市レイリングに向かっていたミリシアル・ムー連合軍は偵察兵からの報告で自分達の進行方向に要塞がある事を知り、緊急で会議を開いていた。
そんな会議の中、司令官であるミリシアルの老将、アルバート・ヴィレム・ノーズリフィア陸軍大将はその対策に頭を悩ませ険しい表情を浮かべる。
「要塞攻略は入念な準備こそ最も重要なのだ」
以前ダイジェネラで使った戦法───空挺作戦は使えない。あれは特殊な加工を施した魔石、そして竜騎士団の支援があって初めて可能になる物だ。
そしてそれには事前の根回しが必要になる。電話一本で軽く行える物ではないのだ。
また、森を迂回するという選択肢も取れない。この軍は複数の車両、戦車を有しており、とてもではないが森を抜ける事は出来そうになかった。木々を薙ぎ倒せる程巨大な戦車でもいれば話は別だが、そんな代物はミリシアルにもムーにも存在しない。
あるいは魔法帝国の遺物ならば可能かもしれないが、それが出来そうな古代兵器───『陸上戦艦パルゲルド』はパルカオンよりも解析が進んでいなかった。
要するに、彼らは今ここにある兵力をもって要塞を攻略しなければならないという訳だ。
「我が軍の戦力は如何程だったか?」
「はっ。神聖ミリシアル帝国はフェンリル中戦車30両、ケンタウロス軽戦車75両、155mm牽引式魔導砲120門、127mm牽引式魔導砲180門、76mm牽引式魔導砲50門、スパルトイ魔導兵200体。ムーはラ・ヴィクトルⅡ巡航戦車10両、ラ・ヴィクトルⅠ歩兵戦車55両、イレール120mm牽引式カノン砲90門、イレール105mm牽引式カノン砲120門、ガエタン70mm歩兵砲150門。総兵力は20万であります」
「多いが……さて、敵要塞の戦力が分からん以上迂闊な行動には出れんな」
参謀が連合軍の戦力を述べる。
ミリシアルやムーは、第一次イルネティア沖海戦時の捕虜からグラ・バルカスの陸上戦力についての情報を得ており、そこから自軍の陸上戦力の増強、研究を続けていた。
ムーは技術レベル的に、ミリシアルはそもそも戦車という発想すら無かったのである。魔帝の遺跡から出てくるのは魔導兵───大き目のパワードスーツ───か、あまりにも高度過ぎる古代兵器しか出てこなかったのだ。
さて、ここらで兵器の軽い紹介に移ろう。
フェンリル中戦車。主砲に60㎜魔導砲を、装甲にアイアン=シルバー合金を採用したミリシアル初の中戦車である。最高速度は整地で40km/hであり、それなりに優秀な性能を有している。
ケンタウロス軽戦車。主砲は30mm魔導砲、副武装としてフィルリーナ12.7mm魔光砲を装備し、最高速は整地で55km/hだ。
スパルトイ魔導兵はミリシアルがこれまで使っていた陸上戦力の一つであり、その見た目は全身を覆うタイプのパワードスーツだ。本体の装甲は精々ピストルを防げる程度だがミスリル合金の盾を持つ事が出来、それを用いれば20㎜魔光砲までならば防ぐ事が出来る。
また、本体の武装として持ち運べる様に改造されたアクタイオン25mm魔光砲があり、平地での戦いではあまり役に立たないが市街戦などではその力を発揮できるだろう。
ムーの戦力は、まずラ・ヴィクトルⅡ巡航戦車。主砲は47mm砲で最高速は24km/h。ラ・ヴィクトル歩兵戦車は25mm連装機銃を装備した軽戦車で、最高速は57km/hである。
その他にも牽引式のカノン砲などがあるが、こちらは説明しなくてもいいだろう。
「援軍は?」
「パルド少将の第10師団、オリヴィア少将の第12師団が30時間後に到着予定です。また、第3重爆撃連隊が2時間後に到着します」
「ならばまず爆撃で様子見だな」
2時間後、予定通り爆撃連隊が到着、爆撃を行う。
高高度からジビルが投下され、巨大なキノコ雲がアルマイ平野に立ち上る。
「……ふむ、やはりか」
「ジビルは貫通力に欠けますからね。お、通常爆撃が始まりますよ」
だがその見た目の派手さとは裏腹に、爆発した場所は土が抉れている程度で要塞にそこまで損害を与えられている様には見えなかった。
それを確認した連隊が続けて通常の爆弾による爆撃に移る。
要塞からの対空射撃は無い。爆撃機は高度を落とし、爆弾槽を開けて次々と魔導爆弾を投下していく。
ドン、ドン、と何度も地響きと重音が轟く。通常の基地ならば三つは蒸発しているであろうその攻撃は───しかし、厚い地盤に守られた地下要塞には通用しなかった。
「地中の目標に対する攻撃能力の獲得が急務だな、これは」
その様子を見てアルバートは呟く。
これが、ミリシアルが後に地中貫通爆弾を開発する要因となるのだが、今はそんな物は存在しない。
「やはり陸から攻撃するしかないですね」
「うむ……」
ラテ・アルマイは平野の少し小高い部分を中心として建設されている。
今は無数の爆撃のせいで土が剥がれ、分厚いコンクリート壁が剥き出しになっているが、しかし要塞そのものには全く問題は無い。
その小高い部分に要塞内部への進入口が幾つか設けられ、それを中心として幾つものトーチカや隠遁式回転砲塔が設置されている。
無防備に突撃していけば、それらから一斉に攻撃され殲滅されるだろう。
それから身を守る為に存在するのが"塹壕"である。
これは地面に掘った深い溝であり、機関銃の銃撃などから兵が身を隠す為に作られる物だ。
今、連合軍は工兵にそれを掘らせている。中々の長期戦になりそうだった。
「進捗は?」
「現在敵要塞の1km手前まで進んでいます」
発見から5日。その間工兵は塹壕を掘り進めている。
途中一度部隊を突撃させた事があったが、その結果は凄惨たる物だった。
遠方から砲撃を行い、その間に戦車隊と歩兵を突撃させる。しかし、敵の砲撃の的となり結果として戦車20両と歩兵1万を喪失する事となったのだ。
それを受けて、連合軍は慎重にせざるをえなくなる。同格相手の要塞攻略戦の経験が浅いのも今回の苦戦の要因だった。
「閣下、本国より通信が」
「どうした」
「陛下の裁可が下りました。パル・キマイラが来ます。到着は3日後との事です」
「なにっ!? そうか……ならば光明が見えてくるな」
と、そこで通信兵が司令部にそう報告する。それを聞いたアルバートは表情を明るくする。
かねてより、パル・キマイラの出撃要請はかけていた。しかしながら先の海戦で一機を喪失した本国はそれを渋っていたのだが、皇帝の鶴の一声で出す事になったのだ。
既に制空権は確保しており、地上からの攻撃は大した痛手ではない。出撃させても問題は無かった。
「まさかこのパル・キマイラをモグラ叩きに駆り出すとはねえ。恨むよ、アルバート君」
『ははは……では、予定通り』
「分かっているよ。君達こそちゃんとやっておくれよ」
『分かっています』
3日後、パル・キマイラ2号機艦橋内部。
そこでは艦長のメテオスとアルバートが通信で会話していた。事前に決めた作戦の最終確認を行ったのだ。
「ふむ……下部魔導砲及びアトラタテス砲発射準備」
「了解。魔導砲及びアトラタテス砲への魔力回路オープン、魔力充填開始」
艦橋内部でそんな無機質な会話が交わされる中、要塞は大騒ぎだった。
何しろ直径200m程もある円盤が空を飛んでやってきたのだ。各対空砲は慌てて撃ち始めるも、砲弾の破片や機銃程度ではパル・キマイラ表面に展開されている防壁を揺らすのみだった。
不幸にも、カイザルが空中戦艦を倒した事実は軍全体には共有されていなかったのだ。そもそもあれに参加した軍人が殆ど戻っていないというのもあるが、何よりも"空を飛ぶ直径200mの車輪"などという物が存在する事が大多数の者には信じられなかったのである。
「充填完了」
「所定の位置に向けて発射せよ」
やがて充填が終わり、下部に取り付けられた三連装魔導砲やアトラタテス砲から攻撃が開始される。
その標的は、トーチカや砲台だ。古代兵器であるパル・キマイラにはそこへ寸分違わず攻撃出来るオーバーテクノロジーが装備されていた。
とはいえ、先程の爆撃で破壊出来なかった物を破壊出来る訳ではない。この魔導砲にはそこまで威力はなく、アトラタテス砲に至っては狙いが正確なだけの単なる魔光砲なのだから。
「今だ! 全軍突撃ィ!!!」
「恐れるな! 空中戦艦の攻撃は我らには絶対に当たらん!!」
この攻撃の目的は、陽動と目くらまし。
パル・キマイラが正確無比な攻撃で各砲台を抑えている間に陸軍が要塞に肉薄するのだ。
塹壕から歩兵が飛び出し、後方から走ってきた戦車や魔導兵が彼らを追い抜いていく。それに気付いた要塞側から銃撃が来るが、すぐにそこへ空からの攻撃が届き無力化される。
「回転砲塔が動き出した、射線をよく見ろ!!」
ただし、これで抑えられるのはあくまでもトーチカのみ。
頑丈な装甲で守られた回転砲塔は如何に砲撃しようとも旋回し、発射してくる。それが一両の戦車に命中し、破壊される。
だが、それだけだ。再装填にはそれなりに時間がかかるし、この回転砲塔は他のトーチカからの攻撃との連携で最高のパフォーマンスを発揮する。
逆にいえば、それが無ければこれらはそれ程脅威ではない。
回転砲塔からの攻撃を掻い潜り、一機の魔導兵が辿り着く。そして発射したばかりの砲口へ大口径無反動砲を差し込み、発射する。
次の瞬間、砲塔そのものが持ち上がる程の爆発を起こし、ここは無力化された。そんな光景が全ての回転砲塔で見られ、連合軍は進入口へと突き進んでいく。
彼らが進むすぐ隣では空中からの攻撃が今でも着弾している。これ程の至近距離の空中支援を行うのにはミリシアルの古代兵器への信頼の厚さが感じ取れるだろう。
進入口から内部へ手榴弾が投げられ、爆発すると同時にまずは魔導兵が盾を構えながら侵入する。それに続いて他の歩兵も入っていく。
そこからは一方的だった。要塞内部で使える程度の武装では魔導兵の盾を破る事は出来ず、よしんば破れたとしても完全に多勢に無勢なのだ。
逆に魔導兵からは大口径無反動砲や25mm魔光砲が放たれ、隔壁や人体を紙の様に引きちぎっていく。
中央暦1643年6月10日。この日、地下要塞ラテ・アルマイは陥落し、ミリシアル・ムー連合軍は一路レイリングへと向かっていく───
ヒノマワリ「こんな事が……こんな事が許されていいのか(ナレ死)」
追記:方角間違えてたので修正しました