──中央暦1643年9月15日。
この日、第二文明圏以西、現グラ・バルカス帝国領
無論その中にはイルネティア王国艦隊57隻も含まれ、当然イルクスとライカも参加している。
だが、この戦力は最早今の帝国に対しては明らかな過剰戦力であった。
先の大海戦において外洋戦力の大半──人材も含む──を失っていた帝国海軍は海外領土防衛艦隊を最低限の戦力を残し招集。本土防衛に備えていた。
結果として世界連合艦隊は海戦らしい海戦をする事なく、戦闘は残された治安維持用の陸軍相手の物のみとなったのである。
さて、先述した通り帝王グラルークスは本土決戦を見越していたのだが……
「……もう一度言え」
「は……こ、皇太子殿下が……前線に……ひいっ!」
ドン。帝王が拳を机に叩き付ける。それに報告しにきた男は恐怖し声を上げる。
見ると、彼の額には青筋が立ち──同時に冷や汗もかいていた。
「今すぐ呼び戻せ!!」
「何度も呼び掛けていますが応答がなく……アンタレスに追い掛けさせましたが追い付けるかどうか……」
「クソッ!! あの馬鹿息子が!!」
彼は焦り、同時に息子のあまりの無思慮さに絶望していた。
皇太子グラ・カバルとは次期皇帝である。その為の帝王学もこれまで叩き込み、国民からの支持も高い。素晴らしき指導者となる……筈だったというのに。
現在の戦況は伝えていた。前線を捨て、本土防衛のみに注力する事も。だが、妙な正義感を持つ彼は言うのだ。
「それでは前線の兵士を見捨てろと仰るのですか!? そんな事私には出来ません!!」
「時間稼ぎの為だと言っておろうが!! 国家の指導者とは時に大を生かす為小を犠牲にする覚悟を持たねばならんのだ!!」
「それは逃げです父上! 私は全てを生かす道を選びます!!」
「それが出来るのは本の中だけだ! ええい、お前には謹慎を申し付ける!! 自室で頭を冷やせ!!」
だが、その晩彼は抜け出し、夜明けと共に出発した。
厳重な警備がされていたにも関わらず抜け出せた理由としては、どうやら協力者が居たらしい。それが完全な皇太子派なのか、国内の不穏分子か、はたまた敵国のスパイかどうかは分からない。そんな事は最早些細な事であった。
前線の兵士を鼓舞し勝利に導く──そんな夢物語を彼は描いていた。自らこそ勇者であると思い込んでいた。
最早グラルークスは彼の無事を祈る事しか出来ず──
「し、失礼致します……」
「次はどうした!!」
「皇太子殿下の機より緊急通信が……"神竜に襲われている"と言った所で途絶しました」
──それは今、無駄となった。
「殿下、本国より通信が入っていますが……」
「どうせ父上だろう。無視しろ」
「か、かしこまりました」
時は少し遡り、第二文明圏外上空。当のグラ・バルカス帝国皇太子グラ・カバルはスタークラウドに乗り最前線へと向かっていた。
周囲には護衛のアンタレス──カノープスは航続距離が短い──が数機飛ぶ。彼らは皆、カバルの思想に賛同した者達──と、彼は思い込んでいるが実際には皇太子に逆らえないだけ──だ。彼は満足し、この先で待っているであろう大歓待に思いを馳せる。
「どうだ? 基地と連絡はついたか?」
「いえ、まだです」
「今日は一段と通信状況が悪い様だな。これでは兵も不安だろう」
「……」
パイロットは言わなかった。恐らく通信状況が悪いのではなく、そもそも
例えそれを言ったところで彼は止まらないだろうし、不安にさせるなと叱責されるかもしれない。皇太子から叱責されるなど物理的に首が飛んでもおかしくないのだ。
「……ん?」
と、そこでパイロットは
「何だあの白いの──」
──次の瞬間、隣で飛んでいたアンタレスが
パイロットは一瞬硬直し、次には反射的に通信機に向け叫んでいた。
「メーデー、メーデー、メーデー!! こちらスタークラウド!! 本機は現在神竜に襲われている!!」
「お、おい。どうした、何なのだ一体!」
「至急応援を求む!!」
突如叫び出したパイロットに対し、カバルは理解が追い付かない。一瞬の内にバラバラになるアンタレス。アンタレスは長年にわたり世界最強の名をほしいままにしていた帝国が誇る戦闘機である。それが何の抵抗もさせてもらえないまま全滅したというのが彼には信じられなかったのだ。
実際には多くの戦場で数多く撃墜されているのだが、これまで彼は被害に関してはあまり興味が無かった。
「殿下!! 脱出の準備を!!」
「だ、脱出!? 逃げきれないのか、この機体は700キロ出るのだろう!?」
「アレは神竜です!! 絶対に逃げ──」
と、そこで彼の声は途切れた。
カバルは目を見開く。彼は見てしまった。謎の光線がパイロットの身体を前後に断つ様に通り抜けていったのを。
それはパイロットだけではない。機体そのものが前後に両断されていた。彼は外に放り出され、そこでようやく"敵"の姿を視認する。
「あ……」
そこに居たのは白銀の鱗を持つ小さな竜、そしてそれを操る少女の姿。
その姿。彼を殺そうとする死神の姿を見て、彼は。
「──美しい」
そんな感情を抱きながら、彼は雲の中に消えていった。
──────
───
─
「こちらライカ、ライノ島沖合上空にて敵飛行小隊と遭遇、全機撃墜しました」
『こちら司令部。了解した、引き続き任務を遂行せよ』
「了解」
イルクスに乗るライカは、敵が全滅したのを見ると司令部に通信を送る。特に追加指令などは無く、彼女は本来の目的──ここより南部にあるカイエス島への移動を続ける事になった。
『何だったんだろうね』
「ここの制空権がもう無いって事くらい知ってる筈なのだけれど……まあ、あまり考えてても仕方ないわよね」
『そうだね』
まさか皇太子の暴走であり、そしてその本人がたった今撃墜した機体に乗っていたなどと彼女は知る由もない。
『所で、義肢の調子はどう? 痛くない?』
「ん? ええ、全然大丈夫よ」
『……そう』
彼女は自らの"左手"をぐるぐると動かしてみせる。そのやや
先の大海戦にて、ライカの左手足は失われた。本来であれば竜騎士どころか軍人すら退役する程の負傷でありながら、しかしメテオスとメールリンスというミリシアル・イルネティアが誇る魔導師の手によって生み出された義肢によりこうして再び竜騎士として復帰する事になったのだ。
ミスリル製の本体、そして内部には魔物の細胞が含まれている。ライカには魔物を操る能力が備わっており、それを応用する事でまるで本物の手足の様に動かせる──まさに人類の夢である義肢が完成したのだ。
ただし、その精度は日常生活ならば全く問題無い物なのだが、緻密な動作を要求される竜騎士にとってはやや不足していた。
結果的には連合国側の勝利であった大海戦だったが、その被害は数字で表せる物だけではなかったのだ。
それはともかく、二人はカイエス島に到着する。
この島は直径20km程の島であり、かつてカイエス王国という文明圏外国が存在していた。だが、現在はグラ・バルカスにより侵略を受け王族は全員処刑、荘厳な宮殿は取り壊され牧歌的な雰囲気であった町はコンクリートジャングルに作り替えられたという過去を持つ。
そんなこの場所には軍事基地が一つ設置され、文明圏外基準では鬼神の如く強力な兵器が多数配備されていた。
「撃てッ、撃てッ、撃てぇっ!」
「あ、当たりません!」
「いいから撃ちまくれ!」
パン、パン、パン。連続する破裂音と空に舞う光弾に黒煙。
ここは旧カイエス王国王都グラドーナ。そこに配備された高射砲や偶々居た装甲車から次々と光弾が撃ちあげられる。その目標は、勿論突如襲撃してきた神竜──ライカとイルクスである。
『結構人が居るね』
「人質代わりなのかもしれないけど……イルクス」
『分かってる』
高射砲を誘導魔光弾で破壊しつつ装甲車を見下ろす。その周囲には野次馬めいた民間人が多数おり、もし同じ様に攻撃すれば多数の被害が出てしまうだろう。
コラテラル・ダメージと割り切っても文句は言われないが、戦後の事を考えれば出来るだけ犠牲は避けたい所だ。通常の航空機ならば不可能だが二人ならばそれが可能である。
イルクスが光線を放つ。それは正確に装甲車を貫き、中に居る乗員、上部で機銃を放つ兵士を切り裂いていく。それだけではない、生身で立ち無謀にも小銃で迎撃しようとしている兵士すらも正確に撃ち抜く。
そうしてグラドーナから敵兵が居なくなった頃、イルクスは皆に呼びかけた。
『カイエスの民よ! ぼ……我が名はイルクス! 旧き龍の神より遣わされた神竜である!』
突然脳内に声が流れ出したグラドーナ市民は驚き騒めき、やがてそれが上空に滞空する白銀の竜からの物だと理解するとそちらに視線を移しじっと耳を傾ける。ある者はぽかんと口を開け、ある者は泣き、ある者は膝をついて崇めだす。
自分達が慕っていた王が謎の侵略者に殺され、文化は完全に塗り替えられた。そんな尊厳の欠片も無い屈辱に塗れた環境から救われたのだ。しかも、それをやったのは神話でしか見たことのない美しい神竜だという。
「神竜様、万歳!!」
ふと、誰かが叫ぶ。それをきっかけに周囲の者達も次々と同調し、拳を突き上げ言う。
「神竜様万歳!!」
「インフィドラグーンばんざーい!!」
やがて、グラドーナの街はイルクスを讃える大歓声に包まれる事となった──
──さて、ここで今回二人に与えられていた任務を確認しよう。
まず、今回の連合国によるグラ・バルカス帝国領解放作戦において二人は主力から外されていた。
先の大海戦は公的には"連合国"の勝利とされているが、実質的には"神竜"の勝利だとするメディアも少なくない。実際あの場に居た兵士も多くがそう考えており、それが上層部にとっては面白くなかった。
だからこそ、この末期戦闘においては神竜の力に頼る事なく通常兵器のみで決着を付けようと考えたのである。
だが、神竜程の戦力をただ遊ばせておく訳にはいかない。そこで二人、及びニグラート連合やトルキア王国などの
この世界における神竜の影響力は凄まじい。戦後統治を考えればその信仰心を利用しない手はなかった。
以上が
「イルクス、どう?」
『ここは……あんまりだね。だけどあっちから結構な物を感じるよ』
「カイエス王国は当たり、と……」
一方、二人にはイルネティア上層部から直々に与えられた任務もあった。
イルクスが大地の何かを感じ取り、逐一それをライカがメモしていく。
「ああ、そうだ報告しとかないと。こちらライカ……」
それが終わると、彼女は総司令部へカイエス平定の報を送る。後はここに暗に戦力外通告された部隊が到着、上陸するのを待つだけだ。
その小さな身に余る大量の歓声と信望を受けながら、二人は容易い任務をこなしていった。
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〈中央暦1643年12月2日〉
「レクサス、コルジエラが陥落しましたか……」
「ええ。残る防衛拠点はバーナーとラウムのみ、特にラウムが落とされればあとは本土まで一直線です。そこから爆撃機でも飛ばされれば我々にそれを防ぐ術はない。だから何としてでもラウムは守らねばならない」
「それでこんな老兵の元まで来たわけですな、ジークス・テイラー大将」
「今は元帥です。もうミレケネスもカイザルもおりませんので……」
グラ・バルカス帝国帝都ラグナ郊外。そこにある館の一室で、二人の男が対面している。
片方は漆黒の軍服に仰々しい勲章を付けた中年の男──かつて帝都防衛隊長であり"帝国の三将"と呼ばれ、現在では事実上の帝国軍最高指揮官となっているジークス・テイラー陸軍元帥だ。これまでの戦いで優秀な人材を多く失った帝国では今やジークスに匹敵する程の人材は殆ど残っておらず、その分責も多くのしかかり未だ40代前半だというのにも関わらず白髪が増え、見るからにやつれている。
そんな彼と相対するのはゆったりとした私服を纏った白髪の老人である。彼はジークスの言葉が終わると隣の机に置いてあった紅茶を一口飲む。
彼はかつてユグドにて発生した大戦争にてとある大海戦を見事勝利に導き、帝国の勝利を決定づけた海軍提督だ。その功績を称えられ最終的には元帥になり、現在は退役し妻と共に長閑な生活を送っていた。齢90に達しようとする彼は最早足も満足に動かせない様になっているが、そんな彼ですらも動かなければならない程に帝国は窮地に立たされているらしい。
彼の妻が目を伏せたまま軍服を持ってくる。埃こそ被ってはいるもののシワ一つ無い糊のきかされた美しい軍服だ。彼女は、彼がこの依頼を断らないと察していた。
「……分かりました。このビュゴート、老いた身でどこまでやれるかは分かりませんが……最後の悪あがき、何とか為してみせましょうぞ」
立ち上がり、言う。その目にはかつての覇気が宿っていた。
彼の名はビュゴート・オイゲン・アレクサンドラ。かつての大戦争を勝利に導いた彼の事を、皆は敬意を込めてこう呼ぶ──"冬戦争の英雄"、と。
それから23日後、中央暦1643年12月25日。
後の世で"
唐突に出てきた冬戦争の英雄。まあこうでもしないと最終決戦が非常に味気ない物になるから仕方ない仕方ない本当に仕方ない
所でこれは全く関係ない話なんですが、銀英伝で好きなキャラはビュコックさんです