神聖ミリシアル帝国、ルーンポリス。その中心部に位置するアルビオン城の一室にて、皇帝ミリシアル8世は流れゆく雲を眺めていた。
コンコン、とドアが鳴らされる。皇帝の許可で入ってきたその男は電文の載った紙を読み上げる。
「カウラン上級大将より通信が。艦隊は間も無く戦闘に入るとのことです」
「……そうか」
「失礼いたしました」
男は部屋を出て、再びそこは皇帝だけの空間に戻る。そこで彼は静かに呟いた。
「戦争が終わる、か」
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〈中央暦1643年12月25日〉
グラ・バルカス帝国本土から西に50km、帝国がこの世界に転移して初めて占領した島、ロウム諸島。本土とこの島の間には何一つ防衛拠点は存在せず、名実共に帝国の最終防衛ラインとなっている。
そんな島に向かうは連合国艦隊。つい先日この前に存在した拠点、バーナー島を陥落させようやく終戦が間近に見えてきて兵士の士気も最高潮に達している。率いるは大海戦の勝利で昇格したレッタル・カウラン上級大将。しかし彼は先の勝利に納得しておらず、此度の海戦で勝利を収めようと躍起になっている。
彼らを迎え撃つはグラ・バルカス帝国親衛艦隊。仰々しい名がつけられているが、その実態は残存艦の寄せ集めである。率いるはビュゴート・オイゲン・アレクサンドラ海軍元帥。かつてユグドにて発生した"冬戦争"にて輝かしい功績を収めた英雄である。
本日のロウムは天気晴朗なれども波高し。今ここに『ロウム沖海戦』──帝国最後の悪あがきが始まろうとしていた。
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【連合国】総司令官:レッタル・カウラン上級大将
・神聖ミリシアル帝国
[第一・二・三・四魔導艦隊]144隻
オリハルコン級魔導戦艦『コスモ』
アダマン級魔導戦艦『カラドボルグ』『グングニル』
イシルディン級魔導戦艦『クトネシリカ』
ミスリル級魔導戦艦『コールブランド』『ミョルニル』『カレドウルフ』『カリバー』
シルバー級魔導重巡洋艦 16隻
ブロンズ級魔導軽巡洋艦 32隻
アイアン級小型魔導艦 40隻
リード級小型魔導艦 40隻
マカライト級航空魔導母艦『ミストルティン』『ティルフォング』『ヴァルトラウテ』『ピナーカ』
ロデオス級航空魔導母艦『カルキノス』『カリュブディス』『ハルペー』『ヴァジュラ』
・ムー国 28隻
ラ・エルベン級戦艦『ラ・ヴィアリント』
ラ・ゴンコ級戦艦『ラ・ゴンコ』
ラ・キーヴォン級重巡洋艦 2隻
ラ・デルタ級装甲巡洋艦 2隻
ラ・シキベ級軽巡洋艦 10隻
ラ・ハルハツ級駆逐艦 10隻
ラ・アリスタ級航空母艦『ラ・フォルミル』
ラ・ヴァニア級航空母艦『ラ・トセチ』
・イルネティア王国 39隻
ヘルクレス級戦艦『トワイライト』
キャンサー級戦艦『ソレイユ』
オリオン級戦艦『エクレール』
タウルス級重巡洋艦『レプシロン』以下6隻
レオ級軽巡洋艦 7隻
カプリコーン級軽巡洋艦 1隻
キャニス・ミナー級駆逐艦 20隻
ペガスス級機械竜母『シュトラール』『イルミネート』
・アガルタ法国
ディバイン級魔導艦 18隻
【グラ・バルカス帝国】総司令官:ビュゴート・オイゲン・アレクサンドラ元帥
ヘルクレス級戦艦『ラス・セレナール』
オリオン級戦艦『ベラトリクス』
ケフェウス級戦艦『ケフェウス』『アルファイク』『アルデラミン』
エリダヌス級戦艦『クルサ』『ベイド』
タウルス級重巡洋艦 2隻
ピスシウム級装甲巡洋艦 5隻
キャニス・メジャー級軽巡洋艦 3隻
キャニス・ミナー級駆逐艦 18隻
スコルピウス級駆逐艦 26隻
レポリス級駆逐艦 10隻
ペガスス級航空母艦 2隻
イーグル級護衛空母 5隻
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まず、単純な数で対比すれば連合国側はミリシアル144、ムー28、イルネティア39、アガルタ18の計229隻。対してグラ・バルカスは78隻であり実に三倍もの差がある。
また、艦の質で考えても実の所かなりの差がある。ミリシアルは新鋭艦で固めているのに対してグラ・バルカスは旧式艦の寄せ集めなのだ。戦艦の数は7隻と数だけ見れば立派だが、そのうちの三隻を占めるケフェウス級は旧式艦のオリオン級の更に前級であり、全長170m、主砲は45口径30.5cm連装砲4基──地球で言うところの"ド級戦艦"であり、エリダヌス級はその更に前級。全長150m、主砲に45口径30.5cm連装砲を2基、副砲に40口径25.4cm連装砲を4基搭載──前ド級戦艦なのだ。
その他にもピスシウム級
今の帝国は次々と植民地を失い、現在の艦隊を維持するだけで精一杯……最早新たなデカブツを作り上げるだけの余力など残っていなかった。ミレケネス、カイザルといった、帝国に対し強い影響力を持っていた将校が悉く死んだ今の海軍では尚更である。ビュゴートは海軍に残された最後の上級将校なのであった。
それら正確な情報を、連合国側は把握していた。グラ・バルカス本土や西部──あまり防衛の必要が無い場所。旧式艦が多く配備されていた──から回航される艦艇がこのロウムに集結しているという情報が
ミリシアルにとっては正しく天啓。要するに目の前の艦隊を叩けば最早この戦争における制海権は連合国側が完全に得る事となる。だからこそ出しうる全戦力をもってして叩き潰す事に決めたのである。
さて、連合国艦隊総旗艦『コスモ』の艦橋にて司令官のレッタル・カウランが通信機を握る。
「──連合国将兵諸君に告ぐ。私は艦隊司令のレッタル・カウラン上級大将だ」
彼は話し始める。今の彼の脳裏には先の第三次イルネティア沖海戦において次々と撃沈されるミリシアル艦艇が映っていた。
「先に話した通り、我々の戦力は圧倒的だ。数で三倍、質も合わせれば実質的には五倍程度だろう。だが、油断してはならない。『味方無き黒邪龍の蹂躙*1』という言葉も示す通り、追い詰められた者はどの様な手を打ってくるか分からない」
そう、相手には最早後は無いのだ。
このラウム諸島が抜かれれば後は本土に一直線。だからこそ本土防衛艦隊を根こそぎ集めて艦隊決戦に挑んだ訳だ。士気は否が応でも高いだろう。
「だが、この諺には続きがある。蹂躙した黒邪龍も魔法帝国の猛攻により最後には打ち倒されてしまったのだ。世界を魔帝から守護する我々が魔帝側というのは甚だ遺憾ではあるが……兎も角、適度な緊張と程よい余裕を保ってくれたまえ。恐らくはこの戦いがこの戦争における最後の艦隊決戦となるだろう。諸君の奮戦に期待する」
そう締めくくり、通信機を置く。
今回の戦いは"負ける方が難しい戦い"だ。だからこそ彼は自軍に神竜も魔帝の遺産も組み込まず純粋な海軍戦力のみで挑んでいる。
それはそれら2つに戦果を掠め取られている海軍の面子を保つ為でもあったし、何よりも彼の気持ちが収まらない。それは正しく私怨──彼のみならず、海軍上層部全員の総意であった。
戦いの始まりはいつも静かだ。
だが、今回に限っては余りにも静かすぎた。
「レーダーが効かない? どういう事だ」
「分かりません。機器の不調でもないようです」
「魔信も不具合を起こしています」
「どういう事だ……?」
ラウム海域に艦隊が侵入して少し経った頃、突如としてレーダーや通信機器が不具合を示し始めたのだ。
当初は故障かと思われたが、他の艦からも発光信号によって同様の事態が起きているのを知らされると艦橋内に緊張が走る──すなわち、敵による電波妨害の可能性だ。
だが、直後もたらされた報告によってそれはあっさりと覆される。
「報告します。ただいまイルネティアの連絡騎が参りまして、この現象がこの地域特有の"磁気嵐"の影響だと考えられるとの事です」
「磁気嵐? なんだそれは」
「第二文明圏外西方地域で稀に発生する現象の様です。以前より飛行するワイバーンが突如として方向感覚を失う等の現象が見られていた様でして、その原因が……」
「その磁気嵐とやらであると」
神聖ミリシアル帝国は世界の主を名乗っているが、実際のところ文明圏外にはほとんど興味がなかった。だからこそ、イルネティアが把握していた文明圏外の特殊気象も知らなかったのだ。
さて、このイルネティアの推察は実際的中していた。この磁気嵐こそが連合国艦隊のレーダーや魔信を妨害していたのである。
「──奴等も同じだ。全艦目視による警戒に努めよ!」
連合国側が使用している魔導電磁レーダーはグラ・バルカス帝国の物をリバースエンジニアリングした物である。となればその構造も瓜二つ、磁気嵐の影響を受けるのも同じだろう。
ミリシアルとしては、レーダーが使用不能となるのは主兵装である誘導魔光弾を封じられたという事になるので痛手ではあるのだが、例えそれが使えずとも彼らにはまだ装甲と巨砲があるのだ。
そして現状、誘導魔光弾を抜きにしても質も量も彼らが圧倒的に上回っているのである。何を恐れる事があろうか。レッタルは自らを鼓舞させる。
「哨戒を増やせ。通常の偵察とは別にローテを組み、何としても敵を発見するのだ」
その指示のもと、空母から次々と哨戒機が出撃していく。
艦隊は輪形陣を組み、掃海艇を先頭にゆっくりと進んでいく。
慌てる必要はない。時間はこちらの味方なのだから。
原作でグ帝が日本のレーダー妨害を食らった時に磁気嵐だと誤認してたのは、植民地の中にこんな海域があったからかな、とか考えてみたり。