【本編完結】つよつよ神竜イルクスさん   作:デュアン

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中央暦1644年
無条件降伏


〈中央暦1644年1月10日 グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ〉

 

 ロウム沖海戦より二週間が経った。

 海軍最後の英雄、ビュゴート・オイゲン・アレクサンドラは海中に没し、本土以外の領土は全て失った。

 かつてユグドの華と謳われたラグナは今や灯火管制によって暗澹に包まれ、誰一人外に出る事なく怯え震えている。

 

 帝王グラ・ルークスもある意味ではその一人であった。

 荘厳たる皇城ニブルズは爆撃によって破壊されており、彼らは今城地下にある壕に身を潜めている。

 帝都を守る基地はとうの昔に破壊され、毎日の様に爆撃機が無意味な空爆を繰り返す。市街地への直接攻撃がなされていないのは最後の良心というものなのだろうか。或いは戦後統治を見据えているのかもしれない。

 

 

「制空権をとられた国がここまで哀れだとはな……」

「……」

 

 帝王に与えられた豪勢なれどもどこかみすぼらしい部屋の中、グラ・ルークスと最後の3将、帝都防衛隊長のジークス・テイラーが相対している。

 ルークスは諦念に満ちた表情を浮かべ、対するジークスは悔しげな表情だ。

 今日、ジークスは帝王直々にこの部屋に呼ばれた。護衛は無く、部屋には彼ら二人のみ。その意味を彼は理解していた。

 

「ビュゴートは頑張ってくれた……が、無理なものは無理、か。ジークス、敵の動きはどうなっているのか」

「はっ……敵艦隊本隊は現在ラウム諸島を拠点とし本国への爆撃を繰り返しております。情報部によれば一か月以内に本土上陸作戦が行われる目算が高いとの事です」

「そうか……防げるか?」

「尽力いたします」

 

 彼はそう言ったが、ただでさえ日々の爆撃で戦力をすり減らされている中敵の進軍を止められるとは思っていない。そもそも位置を秘匿している中で本土への攻撃など想定しておらず、陸軍の大半をレイフォルに送ってしまっていたのだから。

 それは帝王もよく理解しており、彼は椅子に沈み込む。

 

「──潮時かもしれんな」

「ッ……!」

 

 ぽつり、と呟いたその言葉にジークスは歯を噛み締める。

 

「我々は間違えたのだ。軍部が、ではない……この国そのものが、な」

「陛下……」

「ではどこからか? まあ、ハイラスを()()()時からであろうな」

 

 その言葉にジークスは目を見開く。

 

 彼は今、何と言った?

 

「へ、陛下……」

「気付かぬとでも思ったか? だがあの時点ではあれが最適解であった……少なくとも、我々はそう信じていた。であるからこそ、余も黙認しパカンダへ()()したのだ」

 

 かつて穏健派の象徴であった皇族ハイラス。だが彼は国内の不安を解消する手段、即ち異世界侵略の口実とするべく軍部の策略によってパカンダ王国で処刑された。

 ハイラスを処刑したパカンダに帝王は激怒し、結果帝国は侵略の口実を得る──実際には帝王自身も気付きながら黙認していた訳だが。

 

 言ってしまえば、グラ・バルカスは全員が判断を誤ったのだ。

 ハイラスを殺してしまったからこそ、この国のブレーキ役が消えてしまった。

 実の所、レイフォルを滅ぼした程度では全世界が敵に向く事などなかった。かの国は国力の小さいパーパルディアの様な物であり、例え滅びたとしてもミリシアルもムーも黙認する程度の国でしかなかった。パーパルディアを事実上滅ぼした日本が受け入れられているのだから、要するに重要なのは『滅ぼした後』だった。

 

 そして彼らは間違えた。手を出す必要などなかったイルネティアに手を出し、眠れる龍を魔王の尾を踏んだ。ハイラスさえ生きていれば、或いはイルネティアと友好関係を結べた可能性もあったのだが……最早後の祭りであろう。

 

 

「ジークスよ。敵が我らに求める物は何であろうか。忌憚なき意見を述べよ、これは勅令である」

「はっ……」

 

 帝王がそのような言葉を使う理由を慮れない程、ジークスは無能ではない。

 

「恐れながら、1に賠償でしょう。我らが滅ぼした数々の文明圏外国、レイフォル、イルネティア……そして各国の軍の被害。これらだけでも天文学的な数値となります」

 

「次に主権の譲渡ないし縮小。全世界に宣戦布告をした我が国をそのままの形で残すとは考えづらいです。賠償を除いたとしても我が国の領土は今よりも遥かに縮小されるでしょうな。最悪の場合はグラ・バルカスという国家そのものが消失いたします」

 

「そして……」

 

 ジークスは一瞬言葉に詰まったが、帝王の視線でやむなく口を開く。

 

「……戦争主導者の、処罰です」

「で、あろうな」

 

 戦争主導者──即ち、帝王グラ・ルークスその人だ。

 かつて極東の島国を統治した現人神と違い、彼は軍へも少なからぬ影響力を持っていた。傀儡ではなかったのだ。であれば処罰は免れない。

 

「国体維持も難しいであろう。相手は"帝国"だ」

 

 皇帝は他の皇帝の存在を嫌う傾向にある。

 実際のところ、ミリシアル8世はグラ・ルークスの事など全く気にかけていないのだが、そうでなくとも国体維持は絶望的であろう。連合国側が帝国の解体を望んでいるのは明らかであったのだから。

 

「ジークス、其方を今より全権国務宰相に任命する」

「……」

「帝国の舵を取り、最小限の被害で戦争を終わらせるのだ。よいな?」

「はっ……」

 

 帝王のその言葉に、ジークスはただ平伏することしかできなかった。

 カラカラン、と彼がベルを鳴らす。すると侍従が何かを持って部屋に入ってくる。それは盆に載せられたグラスとワイン。侍従は静かに盆を机に置き、慣れた手つきでグラスへとワインを注いだ。

 

「41年物の赤ワインだ。冬戦争と同じ年に作られた……」

 

 かつてユグドで発生した大戦"冬戦争"。そこで帝王は最前線で戦い、祖国を勝利に導いた。

 陸のグラ・ルークス、海のビュゴートと謳われたものである。帝王のオリジンだ。

 

 彼が目を伏せ、ジークスと侍従を外にやるよう促す。

 それにジークスが敬礼をし、部屋から出ようとする。

 

 

「ジークスよ……すまないな」

「ッ……」

 

 

 それが、彼が聞いた最期の帝王の言葉だった。

 

 

 グラ・ルークスはグラスの中の紅い液体を軽く振りながら眺める。

 冬戦争。グラ・バルカス帝国が未だ弱小国家であった時代、巨大な隣国と戦い奇跡的な勝利を収めた戦争。あれから帝国は覇権国家としての道を歩み始めた。

 果たしてそれが間違っていたのか? そうは思わない。弱小の島国として周辺国家に怯えながら暮らすよりかは、自らが覇権国家として脅かす側に回る方がいい……自国の民だけを考えるならば。

 

「華々しき皇統の最期、か……」

 

 諸説はあるが、数千年もの歴史を誇るグラ・バルカス皇統を自らが絶やしてしまう事への罪悪感。だが不思議と恐れはなかった。

 

「これもまた、良き終わり方ではないか……」

 

 そう呟くと、彼はワインに口を付けた。

 

 

 

 

──グラ・バルカス帝国全権国務宰相、ジークス・テイラー陸軍元帥より連合国へ通達。

 

 

──本日未明、戦争主導者たる帝王ルークス・ベルガ・フリュム・ヘリア・レーゲルステイン・ハバルト・フォン・グランデリアが自決した為、当方が国家全権をもってしてこれを伝える。

 

 

 

──我々グラ・バルカス帝国は本日、中央暦1644年1月10日をもってして、神聖ミリシアル帝国、ムー国、エモール王国、イルネティア王国以下魔導連合国に対し、無条件降伏を宣言する。




毒入りワインは上流階級の嗜み
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