〈中央暦1644年1月21日〉
この日、エモール王国竜都ドラグスマキラ、ウィルマンズ城の最北にある建物にて王国の国儀たる『空間の占い』が執り行われる。
本来であれば年の始まりに行う予定だったのだが、グラ・バルカス帝国との戦争もピークに達しており魔導師も出払っていた為、少し延期してこの日となったのだ。
因みにこの前日、帝都ラグナ沖に停泊したミスリル級魔導戦艦『コールブランド』の甲板上において、帝国全権大使ジークス・テイラーが降伏文書への調印を行っている。
中央暦1644年1月20日午前9時4分、ここに空前絶後の大戦争は終わりを告げたのである。
それはさておき、竜王ワグドラーンをはじめとした国の重役達が見守る中、首席占い師たるアレースルが両手の中に深紅の魔力を灯す。
「空間の神々に許しを請い、これより未来を視る──」
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「わー! 人がいっぱいだー!!」
「イルクス、あんまりはしゃがないでよ」
1月21日。この日、イルネティア王国の港湾都市ドイバは未だない程の活気に満ち溢れていた。
何を隠そう、昨日この世界を脅かしていたグラ・バルカス帝国が降伏したのである。
所狭しと露店が並び、四方八方から商人の呼び込みの声が聞こえてくる。広場では大道芸人が芸をし、チャリン、チャリン、と人々が金を落としていく音が鳴り響く。
少し前までは軍港として鉄と煙の賑わいを見せたここには今、観光客で埋め尽くされるという歓喜の賑わいへと移り変わっていた。
その人込みの中をイルクスが私の手を引っ張りながら駆けていく。
ここで私は実感した──戦争は、終わったのだと。私は彼女の屈託のない笑顔を見て心が温かくなる。
「そこの嬢ちゃん達! ちょいと寄ってかんか?」
「ボクのこと?」
「デート中に声かけて悪いな! けどこれ食ったらもっと楽しなるで!」
そんな時、一つの露店から声をかけられる。
頭にハチマキを巻いたおじさんが、丸いくぼみが幾つもついた不思議な機械で謎のパン(?)みたいなものを焼いている、不思議な屋台。
屋台に書かれているのは……イセカイタコヤキ?
イルクスが物珍しそうに近づき、焼いているものを覗き込む。
そこから私は、妙に慣れた気配を感じ取った。
「これなに? イセカイタコヤキ? って書いてあるけど、タコがこの中に入ってるの?」
「いや、この気配……魔物?」
「おっ、そっちの黒髪の嬢ちゃんは鋭いなあ!」
その食べ物の中からは私の腕から感じられるそれと同じ魔力が感じられたのだ。
「せやで! これはタコ焼きならぬ"魔物焼き"! 簡単に言えば小麦粉を溶かした生地の中に魔物の切身を入れてふっくら焼き上げとるんや!」
「……でも、魔物って人間には毒なんじゃないの。ライカに何食べさせようとしてるの?」
「こ、怖い顔せんといてや、竜の嬢ちゃん。安心しい、これに使われとる魔物はワイの故郷、日本の最新技術で毒を抜いとるんや!!」
そう言うと彼は焼きあがったものを一つ木の棒で突き刺して器用に口に運ぶ。
しばらくハフハフと熱そうにしていたが、やがてゴクリと飲み込んだ。なるほど、確かに毒は無いようだ。
「そういえば、この前どこかで魔物を食べる技術が開発されたって聞いたことがあったけれど、日本のことだったのね」
「せやで! 不安にさせた詫びに金貨20枚のところ10枚にまけたるわ!!」
「えーっ、半額でいいの!?」
ぬけぬけと言ったその言葉をイルクスはあっさりと信じ込み、おもむろに財布を取り出して払おうとする。
ガマ袋の中から黄金色の光を見た彼は焦ったように静止する。
「ま、まままま待ちい!! 冗談やんか~! ほんまは銅貨10枚やで」
「えーだましたの?」
「当たり前でしょ。こんな露店で金貨なんて使う訳ないじゃない……というか私、金貨なんて渡してないよね。一体どこで……あいつか」
イルクスは情緒がまだ育ち切っていない所があるのでその給料は私が管理している。
国家の英雄と祭り上げられた結果、私達はこの歳で持ってはいけない量の金を持ってしまっている。今の例からも分かるだろう、彼女に任せていたら良いカモにされまくってしまう。
という訳でこの祭りに来る前に適切なお小遣いを渡していたのだが……恐らくはアイツが渡したのだろう。私の脳内に遠き東の龍国の外交官の顔が浮かぶ。
「ん~!! おいひ~!!」
「はむ……あふっ、あふっ」
笹舟の様な容器に入れられたそれを、私達は近くのベンチに座って食べる。
どうやらこれはこの爪楊枝という細い木の棒で突き刺して食べるらしい。流石に義手では無理そうだったので慣れ親しんだ右手で食べてみる。しかしそれでもなかなかに難しい。因みにイルクスは突き刺した瞬間に魔力でくっつけるとかいう無駄に器用な食べ方をしていた。
そうして苦戦しつつ口に入れる。瞬間、溢れ出す熱い汁と不思議な食感の魚のような何か。恐らくこれが魔物だろう。けどその身に染みている魔力が良いフレーバーとなっている。
「ライカ、こっち向いて」
「なに?」
「はい、あーん」
そこで、ふいに彼女が魔物焼きを差し出してくる。
丸い魔物焼きから立つ湯気が青空に溶けていく。ソースが零れない様に差し伸べられた手、キラリ輝く銀色の髪、私のぽかんとした顔を映す深紅の瞳──その瞬間、祭りの音が遠のいて、彼女の指先と視線だけが世界の全てになる。黒髪の前髪の向こうで、私の心臓が小さな太鼓の様に鳴り響く。
ゆっくりと口を開け、差し出されたモノを頬張る。外はカリっと、中はじゅわっと。
「あつくない?」
彼女が心配そうに覗き込むので首を振って笑う。頬が熱いが、これはきっと魔物焼きのせいだけじゃない。
「……もう一つ、くれない?」
「うん! いいよ!」
デート中、という先ほどの言葉がここにきて沸き起こる。
私は小さくお願いし、それに彼女は屈託のない笑顔で応えてくれる。銀の髪が揺れ、蒼角の先に太陽の光がきらりと宿る。
差し出された次の一口に胸いっぱいの鼓動を重ね、私はまた、あーんと口を開けた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「いやー、楽しかったね!」
「うん……」
彼女の手にひかれている間は安心する。人ごみの中、まるで彼女の影に守られているみたいで。
私は彼女に何を与えられているのだろうか……ふふ、こんなことを言っていたらまた怒られちゃうかな。そういうのはナシだって、この前話し合ったばかりじゃない。
今はただ、この幸せな時間を楽しもう。前を向きなおし、私は彼女の隣に立つ──
──刹那、私の感覚が何かを捉える。
それは、かつて戦場で何度も浴びた物──殺意。それも明確に私達に向けられた、牙の様に鋭く乱暴な。
私は自分の感覚に従って周囲を見回す。気が遠くなりそうな人混みの中、私の目は確かに殺意の元を捉えた。
薄汚い深手の布に身を包んだ小汚い男が一人、雑踏に紛れ血走った目でこちらを睨みつけている。
その布の中で何かが顔を覗かせている──黒い筒の先端だ。その先にあるのは、私の隣を進む彼女で。
気付けば、私は彼女と男の間に入っていた。
パン。喧噪の中、妙にその破裂音だけが耳に響く。
「──ぁ……」
胸元を少し、押された気がした。見下ろすとそこには小さな穴が空いており、遅れて紅い染みが広がっていく。
そのまま重力に従って倒れ込もうとした時、私の手をイルクスが掴む。
「──ライカっ!!?」
彼女の声が響き渡り、周囲の人々の視線がこちらに向く。
身体が動かない。指先が、手首が、腕が刺す様に冷たい。喉から何かがこみあげてくる。
「けほっ……ごぽっ……」
「ライカ、ライカ、しっかりして!! "ヒール"!! "ヒール"!! なんで、なんで効かないの!?」
イルクスが私の胸元に手を当て、魔法を何度も発動させる。だが、その淡い光はただ私に一瞬の安らぎを与えるだけであり、溢れ出る血を止めるには至らない。
「ギャハハハハハ!! 帝王陛下、私はやり遂げますぞ!! 次は神りゅ──グハッ!?」
男が狂ったように嗤い、銃口を再度イルクスへ向けた直後その頭が地面に叩きつけられる。
やったのは青い肌をした大男──モーリアウルであった。彼は怒りに満ちた顔で何度も何度も男を殴り付ける。すぐに男は動かなくなった……
全身が凍えるように寒い。視界がぼやける。
「ライカ、ラ…カ……きて………………!!」
「ラ……殿、い……まど…………呼べ…………」
泣きながら見下ろすイルクスの声も、もうほとんど聞こえない。その隣でモーリアウルが焦りふためき、慌てた様子で医者や魔導師が駆けつける。
けれど、もうきっと、遅い。
だから──
「い、るく……す……」
「あ、い……し………………」
「──ライカ……?」
彼女が何かを言いかけ、その声が途切れた。彼女の虚ろな目にはもう何の意志も光も宿ってはいない。
「え……おきて、ねえ……まえみたいに、ねてるだけなんでしょ……?」
だが、彼女の胸元はもうピクリとも動いてはいない。顔に触れるが、そこには少しも熱を感じない。
彼女は、死んだ。
ライカ、ライカ、らいからいからいからいからいからいからいか
さっき殴り殺された男の顔を見る。
その顔はどこかで見た事のある──そうだ、最初の戦い。王様の前で喚いていた外交官の男。名前は……何だっけ。まあ、もう何でもいいか。
ボクは翼を広げ飛び立つ。下でモーリアウルさんが何か言っていたが、もう何でもいい。
彼女のいない世界に、意味なんてないのだから。
どれほど飛び続けたのだろう。一分? 一時間? それとも一日? とにかく西へ西へと飛んでいた。
ボクは霧がかった薄汚い摩天楼に辿り着く。
ひたすらに破壊した。ビルを引き抜き投げつけた。船を突き立てた。魔力弾を撃ちまくった。ビームで薙ぎ払った。
気付けば、眼下の都市は焼け野原になっていた。数多の瓦礫の中、黒焦げの死体が山ほど散らばっている。
でも、まだ足りない。こいつらは彼女の腕を、足を、命を奪ったんだ。
何日、何カ月経ったのだろう。
ひたすらに破壊を繰り返していたボクのもとに見覚えのある光が飛んできた。
それはかつて、南へ雷竜を勧誘しに行った帰りに追いかけられた兵器──誘導魔光弾だ。ミリシアルの物よりも更に洗練されているそれらをボクは自らの魔光弾で迎撃するが、あちらの方が数は圧倒的だった。
果たして、ボクは地に伏せた。身体の殆どが吹き飛ばされ、もう少しも動けない。
けれど、これでよかったのかもしれない。
これでようやく、ボクは──彼女のもとに、行けるのだから。
つよつよ神竜イルクスさん、完──
な訳ないだろ! いい加減にしろ!!
死ネタ書きたかっただけです
つよイルはもうちょっとだけ続くんじゃ