「──────ッ!?」
「おお、アレースル。何が見えた」
占いを終えたのだろう、それまで目を閉じて沈黙を保っていたアレースルが目を見開き荒い息を立てる。
苦しそうなのは毎年の事だ。この術式は身体に非常に大きな負荷がかかり、だからこそ一年に一度としているのだ。
だが、今年の彼は少し違った。それはまるで数年前の占いの時のような──
「……た、ただちにイルネティアへ、神竜様に使いを!!」
「な、何があるのだ」
「ワグドラーン、急ぐのだ……神竜様に危機が迫っておる……このままでは、世界が滅ぶ……!!」
その尋常ではない様子に我は急ぎ回線を開いた。
『モーリアウル!! どうせイルネティアに居るのであろう!?』
「これはこれは竜王陛下。何か御用ですかな、我は今御両人を見守ることに忙しいのですが」
突如として繋げられた魔信。
折角イルクス様とライカ様の御逢引を御見守りしていたというのに、何とも無粋な竜王である。
だが、次に言い放たれた言葉はそんな心の喧噪を取り払うには充分だった。
『その御両人が狙われているのだ!!』
アレースルが占った。そこで"視た"のは今日この場所で祭りを楽しむお二人。
だが、そんな幸せな景色は突如として終わりを告げる。一人の怪しげな男が放った銃弾は、イルクス様を庇ったライカ様に命中しそのお命を奪う。
その後暴走したイルクス様はグラ・バルカス帝国の本土を攻撃し焼き尽くす……
我はワグドラーンの言葉を反芻しながら全神経を集中させて周辺を探る。
ボロ衣を纏った痩せこけた男。我がそれを見つけた時、男は丁度懐から何かを取り出そうとしている所だった。
「ぬうん!!」
「何ッ!?」
我はすぐさま男に近寄り、その右手を押し上げる。刹那、パン、と銃声が鳴り響く。だがその銃弾はライカ様に当たる事はなく、ただ何もない空を切るだけだった。
男は焦点の定まらない血走った目でこちらを睨みつけるが、そのようなものお二人の命に比べればどうということはない。
バキバキバキ、と手を握り潰す。男の怨嗟の目は未だやまず、奴は空いている方の手でもう一つの銃を取り出してこちらに向ける──
「ぎゃあッ!?」
──直後、手首の先と共に銃が蒸発する。
さしもの男も手が丸ごと消えたら動揺を隠せずにいた。我はその隙に地面に抑えつけ、頭を強く殴り付けて気絶させる。
伏兵がまだいるかもしれぬと周囲を警戒していると、お二人が駆け寄ってくる。
「モーリアウルさん! 大丈夫ですか?」
「ライカ様。我はイルクス様のお陰で一切の傷もございませんぞ」
「よかった~」
「よ、よかったです」
先ほど男の手が消し飛んだのは銃を取り出した瞬間に咄嗟にイルクス様がレーザーを放ってくれたお陰である。
そうでなければ我の腹に風穴があいていたことだろう。
そういえば、我にとっての彼女らを日本国では"推し"などと呼ぶのだという。
推しに救われたこの命、永久に大切にしなければならない──そう心から思った。
──────
今回の事件でライカ暗殺を狙ったのはダラスという男だった。
彼はグラ・バルカス帝国の外交官であり、かつて第一次イルネティア沖海戦の際にイルネティアに対し横柄な態度をとり、結果国外追放の憂き目にあった男である。
その後彼はレイフォルにおり、レイフォル解放の際には潜伏しこうしてイルネティアへ密航したのだ。
ここで帝国にとって不運であったのは、彼がまだ外交官としての籍を持っていたことだ。
即ち、対外的にはこの事件は『敗戦国の外交官』が『戦勝国の英雄』を殺しかけた、ということになる。大問題どころの話ではない。これを口実に戦争が再開してもおかしくない程の凶行である。
まあ、戦争をするにも金がかかる。エモールとイルネティアの一部は報復攻撃を主張していたが、最終的には講和会談時に
と、いう訳で降伏文書調印より二か月後の中央暦1644年3月15日。
かつて世界がグラ・バルカス帝国と本格的に敵対することになった始まりの地──カルトアルパスにおいて、連合国側主要国家とグラ・バルカス帝国との間に講和会議が行われる事となった。
従来よりも早期に開始されたこれの目的は各国のガス抜きである。
この戦争において連合国側はどの国も大きな出血を強いられた。特に第三次イルネティア沖大海戦においては戦力の損耗が凄まじく、各国の国庫に大きな負荷をかけていた。
そしてこの世界の余りにも大きな技術格差はそれだけ国民の精神性、教養の差にも繋がっている。戦争に勝利したら敗北した国家を
という訳で、実務的な事が大してできなくとも、賠償に向けての交渉を行っているというポーズを示す事となったのである。
後の世において『カルトアルパス講和会議』と呼ばれることとなる今会議の参加国は以下の通りだ。
〈第1文明圏〉
・神聖ミリシアル帝国
・エモール王国
・アガルタ法国
・トルキア王国
・中央法王国
・ギリスエイラ公国
〈第2文明圏〉
・ムー国
・イルネティア王国
・ニグラート連合
・マギカライヒ共同体
・バミール王国
〈第3文明圏〉
・日本国(オブザーバー)
この9ヵ国にグラ・バルカス帝国を加えた13ヵ国である。
第3文明圏の国家については宣戦布告こそされているもののほぼ全く戦争に参加していない為不参加となっているが、特別にオブザーバーとして日本国が参加している。この世界の国々はこの手の大規模な講和会議への参加経験がないからだ。
「これより開会とさせていただきます。進行は私、神聖ミリシアル帝国よりリアージュが務めさせていただきます」
彼女は緊張した面持ちで話す。先進11ヵ国会議でも議長を務めていた彼女ではあるが、今回の会議の重要性はそれの比ではない。
「それではまず、我々のグラ・バルカス帝国への要求項目をお伝えします。ペクラス外務大臣、お願いいたします」
「うむ」
彼女に促され、ミリシアル外務大臣であるペクラスが立ち上がり、原稿を読み上げていく。
それはこの会議までに各国からの要求を簡単にまとめただけの物だ。以下がその内容である。
【国体】
・グラ・バルカス皇室は解体とし、国際連合(後述)より選出された政務官による統治を行うものとする。
・皇室に残る皇族は10歳以下の者については一般市民としての籍を与え、その他については戦争犯罪容疑者として拘留する。こちらの処理は後日実施予定の極西国際軍事裁判によって執り行う。
【領土】
・グラ・バルカス帝国(以下、グラ・バルカス)の領土については首都ラグナを中心とし、ルキー川・レイユ山脈・タース山脈で囲まれた領域とする。*1
・植民地については連合独立支援機構によって独立させ、それが不可能な場合には戦勝国領土とする。
・本土領土については戦勝国で割譲する。
【賠償】
・グラ・バルカスは戦勝国に対し総額1320億ミリル*2相当を支払うものとする。
・支払いは資源或いは領土をもって行う。
【軍備】
・グラ・バルカスの陸軍兵力は10個師団以下、将校を含めた10万人以下とする。
・重量10トン以上の戦闘車両の保有を禁止する。
・グラ・バルカスの海軍兵力は1万5000人以下とする。
・戦艦、潜水艦、空母および基準排水量23000トン以上の艦艇の保有を禁止する。
・砲口径25.6cm以上の艦艇の保有を制限する。
・グラ・バルカス海軍が保有できる艦艇は下記の制限以下とする。
・タウルス級重巡洋艦、或いはピスシウム級装甲巡洋艦:6隻
・キャニス・メジャー級軽巡洋艦、或いはレオ級軽巡洋艦:6隻
・駆逐艦:18隻
・新規に兵器を開発する場合は国際連合の許可を必要とする……
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大胆な要求は戦勝国の特権