【本編完結】つよつよ神竜イルクスさん   作:デュアン

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カルトアルパス平和条約

 なんだ、これは。ジークスはその場で喚き散らかしたくなるのをぐっと堪える。

 そして同時に思い知らされる──これが、負けるという事なのだと。

 

 

 国体崩壊は覚悟していた。中世レベルの国も敵にした中で、子供まで皆殺しとまでいかなかっただけまだマシだと考えるべきだろう。

 だが、その後の実利的な部分については納得できない。

 

 我が国に残される領土はラグナ周辺の土地のみであり、本来の本土の二割にも満たない。

 また、ここ周辺は全くの不毛の地であり、大した資源もなければ農作物がよく育つわけでもない。ただ街と荒野があるのみだ。そんな場所を残されたからといって一体どうしろというのだろう。

 そもそも本土に上陸された訳でもないのだ。この世界に来てから手に入れた領土ならばともかく、元から持っていた領土をこの文書だけで引き渡すというのは納得がいかない。

 

 そして、賠償。総額1320億ミリルというのは、我が国の国家予算に換算すると約30年分もの価値である。その国家予算というのが()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるのだから、条約締結後であれば300年分……下手すればそれ以上かもしれない。ハッキリ言って法外だ。支払いは資源或いは領土をもって行う? どうやらこいつらはケツの毛まで毟り取るつもりらしい。

 

 次に軍備。こちらについてはあまり異論はない……というか、ここに書いている戦力程度しか今の我が国には残されていないのだ。

 無論、この先の安全保障などを鑑みれば余りにも頼りない戦力だが、たったこれだけの領土でこれ以上の戦力保有は現実的ではないだろう。

 

 

 とにかく、何か発言しなければ。彼は立ち上がり口を開く。

 

「……一つお尋ねしたい。これほどの戦時賠償を、たったこれだけの領土しか持たぬ我が国が支払えるとお思いなのか?」

「発する言葉は考えた方がよいぞ。本来であれば汝らは皆殺しにされていても文句は言えん立場であるのだからな」

「ああ。貴国がやった事の重大さは理解するべきだ」

 

 ゾっとする程冷たい声でそう告げたのはエモール王国外交担当貴族──モーリアウルとイルネティア王国外務担当──ビーリーだ。

 ジークスは歯噛みする。両国がこれほどまでに怒りに満ちている事に心当たりがあるからだ。

 

(ダラス……奴め、余計な事をしやがって)

 

 あと数か月早ければダラスは"英雄になり損ねた男"という称号を与えられるだけで済んだ。だが、終戦後に行った事で奴はグラ・バルカスに"降伏後に攻撃する卑劣極まりない国家"という蔑称を擦り付けたのである。

 神竜とその騎士は連合国内で絶大な人気を誇っている。強さもさることながら、見た目の可愛らしさもそれに拍車をかけていた。個人にこれだけの人気が集まる事をミリシアルなどは危険視しそうなものだが、何故か特段排除しようといった動きも見られない。

 

 政治との結びつきが弱いからなのかもしれない、彼は思った。その人気に反して今の二人の肩書といえばイルネティア王国軍竜騎士団副団長というだけなのだ。近々団長への昇格があるらしいが、言ってしまえばそれだけである。

 本来であればライカかイルクスを皇太子エイテスと結婚させ神竜を国家とより深く結びつかせるのだろうが、その二人の関係が深すぎたせいでイルネティア王国側も手を出せていないらしい。

 

 ともかく、そんな神竜騎士に対する暗殺未遂事件はグラ・バルカスの未来に暗い影を落としていた。

 因みに当のダラスは事件後収監され、国外追放の予定であった所を"自殺"している。皆薄々勘づいていたが、誰も口には出さなかった。

 本来であれば公開処刑でもしたい所だが、イルネティアの法ではそれは禁じられており、また外交官には手を出してはならないという初代国王が定めた法によってこういった形となった。因みにこの事件の反省から法に例外規定が定められることとなるのだが、それはまた別の話。

 

 

「す、少しよろしいでしょうか」

「日本国代表殿、発言を許可します」

 

 そこで恐る恐るといった様子でメガネでスーツ姿の男が挙手する。

 

「日本国外交官、朝田です。賠償内容について申し上げておきたい事がございます」

 

 彼はごくり、と唾を飲み込む。この瞬間の為に彼はこの場にいるわけだが、思っていたよりも遥かに他国のグラ・バルカスに対する憎悪が大きかったのだ。下手な伝え方をすれば日本も敵だと思われかねない。

 

「我が国が転移国家であることが皆様もご承知の上でしょうが、その元居た世界ではかつて世界を巻き込む大戦争が二度起こり、そこで様々な教訓を世界は得ました。今回お話しするのは一度目の講和条約についてです」

「第一次世界大戦の……ヴェルサイユ条約、でしたかな?」

 

 朝田の言葉にそう言ったのはムー国列強担当部長のオーディグスである。

 

「ええ。第一次世界大戦に敗れたドイツという国家は、戦後の条約により莫大な賠償金を背負う事となりました。その額は当時のドイツの国家予算の約20倍、GDP……国内総生産にしても2.5倍という膨大な額でした。その結果何を招いたかはオーディグス閣下もご存じの通りです」

「ドイツ国民の不満を高め続け、結果は独裁政権の台頭を招き次なる大戦──第二次世界大戦の原因となった」

「おっしゃる通りです。そして第二次世界大戦は第一次よりもより悲惨な戦争となり、その総死者数は全世界を合わせ、実に8000万人にも及びました」

 

 8000万。その数値に各国代表が息をのむ。何しろ下手な文明国を三つ合わせた程の人間が一度の戦争で死んだのである。

 

 何故ここまでオーディグスが詳しいかといえば、最初から日本とムーで示し合わせていたからだ。

 条約案を見た時点で第一次のドイツの二の舞になりかねないと確信した日本は何とか軟着陸させようと友好が深かったムー国と接触した。

 ムーとしては賠償金は欲しかったが、仮にグラ・バルカスが再び暴走した時被害を受けるのはイルネティアとムーである。目先の利益よりも未来のリスク減少をとったのだ。

 

「……つまり、貴国は何が言いたいのだ」

 

 モーリアウルが朝田を睨む。

 ここだ。ここで間違えれば全ての根回しが水の泡になる。

 

「も、目的を見失わぬ様に、という事です。この条約の目指す所がグラ・バルカスを滅ぼす事なのか、或いは金銭や資源を継続的に得る事なのか……前者なのであればこの様な迂遠な手を取るべきではありません。後者なのであれば支払い行程をしっかりと詰めた上で相応の額を請求するべきなのです」

 

 参加した代表達はざわめく。

 滅ぼす事なのならばこの様な迂遠な手をとるべきではない──言外に朝田は、滅ぼすならば国民を皆殺しにしろと言っているのだから。

 

 そして、彼は最後の一手を叩き込む。

 

「先ほどのドイツの暴走の結果発生した第二次世界大戦──そこでは原子爆弾という爆弾が二度使用されるという凄惨たる結果となりました」

「げ、原子爆弾とは何なのですか?」

 

 よくぞ聞いてくれた。朝田はアガルタ法国外務卿のリピンに内心礼を言う。

 

 

「原子爆弾とは──この世界では、コア魔法と呼ばれている物です。たった二発で20万人以上が死亡しました」

 

 

 その言葉に会場は騒然となる。

 コア魔法という言葉の威力は絶大だ。かつてラヴァーナル帝国が使用しかの龍神の国家、インフィドラグーンを滅亡させた禁忌の魔法。非現実的な賠償を突き付けた結果、それが製造され使用されることになる、皆の脳内ではそうなった。

 実際には幾つもの前提条件が抜け落ちているのだが……まあ遠因であることには変わりない。

 

 特にエモールとイルネティアには効果が高かった。

 エモールからしてみればコア魔法はかつての祖国を滅ぼした憎き魔法であり、イルネティアにとっては自国の英雄が数多く所属していたらしい神話上の大国を滅ぼした恐るべき魔法である。頭も冷えるというものである。

 

 

(あ、朝田殿……!)

 

 そんな中、ジークスは感涙していた。

 彼は原爆もコア魔法も知らないが、どうやら日本国が賠償を軽くしようとしているという事は理解できた。

 

 

 そうして、改めて条約内容についての会議が再開される。

 だがその熱は、先ほどまでと比べると遥かに落ち着いていた。

 

 

 

 余談だが、並行して"独立不可能である植民地"の分配についても議論されていた。

 基本的にグラ・バルカスが得た海外領土については、設立が予定されている国際連合、その一組織である連合独立支援機構によって独立を促す事となっているが、それが出来ない土地もある。

 例えば旧パカンダ王国領。ここは全国民が虐殺の憂き目にあっており再建は物理的に不可能だ。因みにここはイルネティアが単独で奪取した為戦後の権利を得ている。

 その他には"王族が全て殺されている"国家もそうだ。下手に国民の中から指導者を選び独立させたとして、当時の文明圏外国の民度では血みどろの内戦が起きる事にしかならない。であればいっそのこと文明国の領土としてしまった方が都合がいいのである。

 

 そんな会議の場で、イルネティアは幾つかの島を選択した。

 イルネティアに程近い島々。だが特に有用な資源等も見つかっていない、他国が大して気にしていなかった箇所である。あっさりと承認され、イルネティア王国は戦果にあまり見合わない程小さな土地を手に入れたのであった。

 

……だが、実はこれらの領土には未発見の希少金属や魔石、そして魔帝の遺産が眠っていた。

 神竜騎士によるこれらの島々への攻撃の折、イルクスはその身体に備えられた優秀な魔力探知能力によって地中に眠る資源を探索していたのである。

 無論他国も戦後を見据えて各々調査を行っていたが、そのいずれよりもイルクスの魔力探知の方が精度が上だった。

 

 

──────

───

 

 

 最終的な講和条約が決定されたのは講和会議が開始されて8カ月後の事だった。

 

 時に中央暦1644年11月21日。

 カルトアルパスにおいて行われた条約調印式において、グラ・バルカス全権大使たるジークス・テイラーは講和条約に調印した。

 後の世において『カルトアルパス平和条約』と呼ばれることとなるこれは、当初の案よりも遥かに緩和されており、時間はかかるが今のグラ・バルカス……新名称『ラグナ共和国』でも十分に支払える物であったという。

 

 

 

 かくして、長らく続いた、この世界が初めて経験する"世界大戦"はここに正式に幕を下ろしたのだった。




本作で初めて日本がマトモな活躍したかもしれない……
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