辺境のTROLL小隊 作:凹一
あまりのショックで茫然自失となった私を尻目に、部隊は一度解散となった。
その後MDRは、私のメンタルモデルに一般教養にあたるデータをインストールしようと試した。しかし結果から言うと、その試みは失敗に終わった。どうやらMDRが修復する過程で、私のメンタルモデルは構造が変化してしまったらしい。そのため既存のフォーマットでは新たにデータをインストールすることは不可能だとわかった。
それ以外も、ここまでの調査でわかったことがある。私のメモリーは完全には初期化されていないということだ。
人形はリリースされる前に一般常識に当たる情報をインストールされる。ただ、この世の全ての情報を限られたストレージに詰め込むことは物理的に不可能なため、ある程度知識の方向性を決めるらしい。家事手伝い用の人形にとっては、AP弾の物理的特性よりも、服についた油汚れの落とし方を知っている方が重要、ということだ。私のメモリーはそういった方向性が決められる前の状態に巻き戻ってしまっているらしい。だから,私に残されている知識は広く浅いものだけだ。
ただ、MDRが言うには私のメモリーにはそれでも不可解な部分があるらしい。
「流石に、自分が人形だってことは忘れるはずないんだよね」
MDRが言うには、自律人形のような思考能力がある機械にとっては、自己認識は非常に重要らしい。自己に疑問を持つようになると思考の根底が揺らぐことになり、その果てにあるのはメンタル崩壊だ。だから、人形が思考能力を有する上で、自分が人形であることを忘れるなんてありえないとのことだ。
「人形が自分を人間だって勘違いし始めたら、いよいよ”レプリカント”だよ。そんなの意図的にメンタルモデルをいじらなきゃ、起こりようがないんだけどな」
「なら、だれかが私のメモリーを消去した?」
「その可能性が高いね」
「……そういえば、メンタルモデルってバックアップが出来るんでしょ? 私のはどこかに残ってないの?」
私の言葉に、MDRは首を振る。
「メンタルモデルをバックアップするには、IOPのサーバーにデータをアップロードする必要があるんだけど、その過程で人形が違法に利用されてないかマインドマップを精査されてるっぽいんだよね〜。テロリストグループに所属してた人形のメンタルモデルなんて、残ってないと思うよ?」
MDRは、"
「教えてMDR。記憶を失う前、"
私が尋ねると、MDRは神妙な顔をして答えた。
「うーん、それは教えられないかな」
「え?」
「今までの話でわかるでしょ? LWMMG、アンタはかなり危険な状態なんだ。自分は何者なんだって考えが頭の中ぐるぐるかけ回ってるでしょ?」
「……それの何が悪いの?」
「メンタル崩壊一歩手前ってこと。私的には今すぐバッテリー引っこ抜いてサードレベルに休眠させたいくらい。これ以上混乱してほしくないんだよ」
何度私が頼みこんでも、MDRは話そうとしなかった。その頑なな態度に、もどかしさを感じてしまう。
「なら、"
「言っとくけど、ソイツらに接触するのは不可能だよ? 3ヶ月前に政府軍とやりあって組織は壊滅状態。トップも生死不明。残党がどこに隠れてるかなんて誰も知らない」
MDRの言葉に私が肩落とすと、彼女は慰めるように私の背中を叩いた。
「まあまあ、問題は山積みなんだからさ。今は目の前の問題に注力したほうがいいぞ?」
次にMDRは私を外に連れ出した。彼女らの住居を改めて見たが、廃墟としかいいようがない。街の様子も似たようなものだった。通りに停まった焼け焦げた車は放置されてからだいぶ経つようだし、どの建物もひどく傷んでいる。私とMDRの足音以外に聞こえるのは風の音だけだ。コーラップス汚染だったか。確かに、ここはもう人が住める場所ではないのだろう。
拠点の裏手に出ると、そこは開けた荒野だった。一部の草が刈られていて、そこには一定間隔でヒト型のターゲットが置かれている。どうやらここは射撃訓練場のようだ。
「はいこれ」
MDRが金属製のケースを渡してきた。開いてみると、中には銃のパーツと思わしき物が、バラバラになって収納されていた。
「もしかしてこれって……」
「あ、わかる? ”LWMMG”だよ」
その言葉を聞いて、目の前に整然と並べられたパーツをまじまじと観察してしまう。これが私に与えられた武器。私の銃。
「組み立ててみて」
「え? 」
「”ASST”がまだ生きてるか見たいんだ」
また聞き慣れない言葉だ。私が首を傾げると、MDRが得意げに説明し始めた。
「さっき話したでしょ。戦闘人形はそれぞれにマッチした銃があるって。そのマッチングシステムがASST。ASSTのおかげで私たちは銃火器の扱いについて、特に学ばなくても卓越した技術を発揮できるんだ。ほら、こんなふうに」
そういうとMDRは銃を構え、おもむろに発砲した。放たれた銃弾が、50mほど離れた位置に落ちていた空き缶に命中し、空中に弾き飛ばす。続けてMDRが発砲すると、落下してきた空き缶に再び命中し、回転しながら再び宙に打ち上げる。MDRが一定の間隔で撃ち続ける間、空き缶は空中で踊り続ける。10回も繰り返すと、空き缶は空中で粉々になった。こちらに振り返ったMDRは、それがさも当然かのような顔をしていた。
「ASSTがまだ機能してるなら、その機関銃、目を瞑ってても組み立てられるはずだよ」
改めて"LWMMG"に向き直ると、不思議な感覚に陥る。私は自然とパーツに手を伸ばしていた。頭で考えずとも、手が勝手に動く。部品と部品を組み合わせ、一度も手順を間違えることなく組み上げていく。ものの30秒ほどで、機関銃が組み上がった。
「おお!」
「体が覚えててくれたみたい」
「次はあれ、狙って撃ってみて!」
MDRが100mほど離れたターゲットを指差す。MDRから弾薬ベルトを受け取り、トップカバーを開けて、薬室に弾薬を装填する。立ったまま銃を構え、ターゲットを狙う。この距離ならスコープを覗き込む必要を感じなかった。引き金を引くと、爆音とともに銃弾が発射され、マトのど真ん中を撃ち抜いた。
「いいね! 今度はあの遠くの的狙って!」
MDRが次に指し示したターゲットは、優に500mは離れていた。あれに命中させるには、銃身を安定させなくては。そう感じた私は、手近な土嚢の前にしゃがみ込む。バレルの下に装着されているバイポットを展開し、土嚢の上で銃身を安定させる。今度はスコープを覗き込み、ターゲットに照準を合わせる。
「いいよ。今度は撃ち切ってみて」
MDRの言葉に頷きトリガーを引いた。弾丸が発射されるたびに銃身が暴れようとするが、体が自然とそれを抑え込んでいた。そうして20発以上撃ち込んだが、的を外したものは一発もなかった。
「うん! ASSTが機能してるのは間違いないね」
「すごい、銃が体の一部みたい」
「いや〜ひとまず安心した。これなら戦闘任務にもついて来れるよ」
MDRは満足気にうなずきながら言った。
「わたしたちの会社、今ほんとにお金がなくってさ〜。すぐにでも依頼を受けなきゃ、社員の給料も払えないんだよ」
「それに私もついて行くの?」
「一人で待ってても暇でしょ? わたしも今のアンタを一人にしときたくないし。これを機に、わたしたちの仕事内容も見といてよ」
「わかった。お世話になってる分、私に手伝えることならなんでもするわ」
「ん? 今なんでもするって言ったよね?」
なぜか食い気味でMDRが聞いてきた。
「え、何? 私なにかおかしなこと言った?」
「ううん、いい心がけだと思ってね! そうと決まれば早速仕事取りに行こうか!」
「え? 今から?」
「実はもうクライアントは見つけてて、アポも取っといたんだ。うちみたいな弱小ブラック企業に、休日なんかないからね!」
射撃場から戻ってきたMDRは、早速部隊の全員に招集をかけた。私以外のメンバーは事前に話を聞いていたらしく、弾薬や装備など任務に必要になりそうなものはあらかた準備されていた。私も手伝えることはないかと聞いたところ、AA-12が何か仕事を頼みたいようだったので、弾薬箱を抱えてついて行く。彼女は分厚いシャッターの前で立ち止まった。彼女が勢いよくシャッターを開けると、中には軍用と思しきジープと巨大なトレーラーが鎮座していた。
「弾薬はトレーラーの中に置いといて」
AA-12がトレーラーについたジャッキのようなものを操作しながら言った。トレーラーに足を踏み入れると、中は小さな作戦室のようになっており、各種無線やモニターが並んでいた。銃器、弾薬、グレネードも豊富に揃っており、人形の手足のようなものまで壁にぶら下がっている。中でも特に目を引くものがあった。
──これって、ダミー人形?
MDRたちTROLL分隊のメンバーと、瓜二つな人形が整列していた。ダミー人形は、メインフレームと呼ばれるオリジナルの人形の命令に従って戦う人形らしい。戦闘能力はメインフレームと同等のものを与えられているが、自我や感情モジュールは搭載されておらず、自分で判断して行動したりは出来ない。彼女たちはうつろな目をして立ち尽くしており、こちらにも反応しない。
私は弾薬箱を置き、少し中を見て回る。どうやらトレーラーの前半分は作戦室で、後ろ半分は居住スペースになっているようだ。小さなコンロにソファ、シャワールーム、通路には2段ベッド、突き当たりには大きなベッドを備えた寝室があった。トイレもあったが、果たして人形に必要なのだろうか。
その時、外で車のクラクションが鳴り響いた。私がトレーラーの外に出ると、AA-12がジープをトレーラーの前に移動させていた。彼女が車の窓から顔を出しながら言う。
「車をトレーラーと接続するから手伝って」
私はうなずき、AA-12に教えられながらトレーラーの接続を行う。作業をしながら、彼女に先程から気になっていたことを尋ねてみた。
「今度の任務、誰かと戦うことになるの?」
「私たちに転がり込んでくる依頼なんて、大抵が戦闘任務だよ。相手が人間か、鉄血かって違いがあるくらい」
「鉄血?」
「アンタそんなことまで覚えてないのか……。鉄血は狂った機械人形の群だよ。人間の街を攻撃して皆殺しにするんだ。最近は依頼の大半に関わってる」
「人形が人間を攻撃することもあるの?」
「普通はありえないけど、アイツらはこっちが人間だろうが人形だろうがお構いなし撃ってくる」
その説明を聞いて、私はある考えに行き着く。
「あなたもメモリーを失う前の私を知ってるのよね? 私を破壊したのも鉄血?」
「……そのへん、うちのリーダーから聞いてないの?」
「MDRは今聞いても混乱するだけだからって」
「……それがMDRの判断なら、私からはなにも言えないよ」
だめか。MDR以外からなら聞き出せるかと思ったが、思惑は外れてしまった。
AA-12は私に作業の完了を告げて、ジープの運転席に乗り込む。私も後部座席に腰を下ろした。私が浮かない顔をしていることに気づいたのか、AA-12が付け足すように言う。
「……まあ、MDRがすることなら、ちゃんと意味はあるから」
AA-12がアクセルを踏むと、トレーラーと一体になったジープがガレージから乗り出す。そのまま車を拠点の入り口に横付けすると、残った三人がそれぞれの装備を携えて待っていた。
「遅いよもー!」
「手伝いもしないのに文句言うな」
C-MSは短く文句を言うと、トレーラーの方に乗り込んでいった。続いてリー・エンフィールドが、AA-12に話しかける。
「お疲れ様です、12。私が運転しましょうか?」
「んー、いい。今日は運転したい気分なんだ。その代わり、運転中はラジオを流させてくれよ。アンタが流すクラシックだと眠くなるからさ」
「ご自由に」
リー・エンフィールドは私の隣に腰を下ろし、気遣うように声をかけてきた。
「LWMMGも同行することになったんですね」
「MDRがそうしたほうがいいって。迷惑はかけないわ」
「そんな心配はしていません。あなたが優秀な人形であることは私も知っています」
「それはメモリーを失う前の私でしょ」
「私から見れば、何も変わっていませんよ」
リー・エンフィールドは微笑みながらそう言った。釈然としないままでいると、MDRが車に乗り込みもせず、携帯端末で自分の姿を撮影していることに気づく。
「あれは何してるの? 」
「ああ、出撃の様子を写真で撮ってネットに上げてるんですよ。なんでも日記のようなものを書いていて、アクセスに応じてお金がもらえるんだとか」
そういった資金の調達方法もあるのか。運転席のAA-12とツーショットを撮ってから、ようやくMDRが助手席に乗り込んだ。
「よし野郎ども、点呼とるぞ! 番号、いち!」
「……」
誰も後に続かなかった。しかし、MDRは特段気にしていないようで、上機嫌に鼻歌などを歌っている。そんな彼女が思い出したように、オーディオプレイヤーとヘッドフォンを私に渡してきた。
「あ、LWMMG、これ渡しとくから、街につくまで聴いといて」
「何これ?」
「ハイスクールの学生向けの歴史教材。これで大体、今の世の中がわかるから」
「……アナログな方法ね」
私は思わずため息を付いた。ヘッドフォンをつけ、再生ボタンを押すと、第3次世界大戦についての解説が流れ始める。
「それじゃ、しゅっぱ〜つ!」
MDRの掛け声とともに、車は無人の荒野へ向けて走り出した。
車で約二時間かけて到着したのは、”ジャーファン”と呼ばれる街だった。街の周囲は高いバリケードに囲まれており、その上を銃を持った見張りが巡回している。街の出入り口は、自律人形によって守られていた。その容姿は、私達とは違って顔を持たず、フレームもむき出しだ。感情モジュールを搭載されていない純粋な戦闘マシーンである彼らは、微動だにせずゲートの側に静かに佇んでいた。重度の汚染区域から来た私達は、除染を受けてから中に入る。
街へ入るなり、MDRはリー・フィールドを連れてクライアントのもとへ行ってしまった。別れる間際、彼女は私に忠告を残していった。
「この街には、"
そんな私は今、AA-12とC-MSと共に武器屋に向かっている。なんでも、TROLL小隊には私の銃で撃てる弾薬がなく、新たに購入しなくてはならないのだという。射撃訓練のときにMDRが渡してきたのは、私がもともと携行していたもので、あれ以上の予備がなかったらしい。
こうして歩いていると、通りを埋め尽くさんばかりの人々に驚く。
こんなにも多くの人がこの街に集まるのには、この一帯の気象環境が関係しているらしい。大気中に巻き上がったコーラップスは、雨とともに降ってきて地表を汚染する。この地域は地形的に雨が振りにくいため、コーラップス汚染が比較的マシであり、乾季の間は防護服なしで出歩ける数少ない場所である。そのため、普段はシェルターで生活している人々が、商売や物品の売買のために、この街に訪れるのだという。
しかしよく見ると、通りを行く人間のほとんどが若者で、年をとった人間は殆どいない。しかも、片腕が不自由そうだったり、足を引きずっている者も散見される。典型的な"E.L.I.D"の初期症状だ。コーラップスに蝕まれた人間は"E.L.I.D"を発症し、やがて理性を失った化け物になる。たしか、この地域の人間の平均寿命は30歳前後だと、MDRは言っていたか。コーラップスがどのようにして人の命を蝕むのか、実感できたような気がした。
「ねえ12。アタシお菓子食べたい」
「弾買うのが先だろ。菓子なんて、どこで売ってるか知らないし」
買い出しにC-MSが付いてきたのは意外だったのだが、その思惑はどうやら別のところにあったらしい。私としては、さっさと武器屋に行って弾を吟味するところに時間を費やしたい。しかし、C-MSとはまだまともにコミュニケーションを取っておらず、どう接したらいいものか計りかねていた。そうこうしているうちに、C-MSがAA-12の攻略にかかる。
「あ、見て12。あのガキンチョがキャンディ舐めてるよ」
「マジ? どこ?」
「ほらあそこ! アイツに聞いたら、どこでキャンディ売ってるかわかるかも」
「……」
「任務の前に、たっぷり糖分取っといたほうがいいんじゃない?」
「……よし」
「え? ちょ、ちょっと!」
なんと、二人は躊躇なく街角の少年に向かって歩き始めた。ここまで、AA-12には口下手ではあるが常識人であるような印象を持っていたので、これには面食らってしまう。二人が振返る素振りも見せないので、私は仕方なく後を追いかけた。
「目新しいものはないけど、意外と種類あるな」
「ほら12、この前美味しいって言ってたキャンディあるよ」
「サンキュー。こっちのチョコ、お前が好きなピーナッツ入ってるやつ」
「へー、これ食べたことない」
「メーカー製じゃなくて、手作りのやつとかないのかな」
C-MSたちは少年から菓子屋の場所を聞き出すことに成功していた。今は目ぼしい菓子を片っ端から購入していっている。そこでC-MSが思い出したかのように、振り返って私に言った。
「アンタも欲しいのあるなら買えば? MDRからお金はもらってるでしょ」
「確かにもらったけど、特に買う必要性を感じないから」
事実、私は目覚めてから何も食べていないにもかかわらず、空腹を感じていなかった。人形は電力で動くのだから食べ物を摂取する必要はないのだと認識していたが、少し違ったらしい。
「ふ〜ん。アンタ、食べなくてもいいモデルなのか」
「C-MSは違うの?」
「アタシは一日一回は食べる」
「どうして? 別に食事をしなくても、バッテリーさえ充電されていれば問題ないはずよね」
「さあ? 人間がそう作ったんだから、しょうがないでしょ」
それっきりC-MSはお菓子選びを再開してしまった。その姿に、私は苛立ちを感じてしまう。もう、かれこれ30分以上この店にいる。少し語気を強めてC-MSに呼びかける。
「ところで、いつまでこの店にいるの?」
「なに? 文句あるの?」
C-MSがじろりと睨み返してくる。
「文句って……私は早く自分の仕事を終わらせたいだけ」
「MDRが言ってた集合時間までは、十分あるでしょ」
「隊長の指示なんだから、先に武器屋に行くべきよ。やるべきことをやった後なら、私もなにも言わない」
「どうせ他の買い物もするんだから、どっちが先だって一緒じゃん!」
「隊長の命令より、優先するようなこととは思えないわ」
「お、おい二人とも……」
戸惑った様子でAA-12が割って入ってくる。その両手にはキャンディーがたくさん入った袋を抱えていた。私が睨み付けると、バツが悪そうにAA-12は視線を逸らした。
私としては至極当然のことを言っているつもりなのだが、C-MSはなかなか引き下がらない。
「アンタ、アタシの部下でしょ! 部下ならじょーしの言うことは黙って聞け!」
「あなたの部下になったつもりはないわ」
「仕事中の今は、アタシがじょーしなの!」
「いいえ、私の上官はMDRだけ。あなたこそ、MDRの部下なら、その命令には従うべきよ」
「はあ!? なにそれ? MDRはアタシに命令なんてしないから!」
「そうでしょうね。随分甘やかされてるみたいだから」
「アンタ、ホントにムカつく! なんにも知らないポンコツのくせに!」
「……もういい。武器屋には私一人で行くわ」
どうやら、これ以上言い争っても無駄なようだ。踵を返した私の耳に、AA-12の叫びが届く。
「ッ! 待て!」
「なに? ついて来なくても──」
不意に背中に何かが激突してきた。突然の出来事に受け身が取れず、地面に勢いよく倒れ込む。痛みに耐えながら振り向くと、私の上にC-MSが馬乗りになっていた。
「何して──」
次の瞬間、凄まじい爆発音が襲ってきた。壁に次々と穴があき、棚に並んでいた商品が一瞬で粉々になっていく。地面が弾け、小石とともに砂煙が巻き上がる。ふと顔を上げると、店先で掃除をしていた青年が目の前に横たわっていた。その頭に赤い花が咲いているように見えたのは、頭蓋骨が内側から弾けた跡だった。
そこでようやく、自分が撃たれていると気付いた。必死に目を凝らすと、通りに止まった武装車両から、覆面の男達が銃を撃ってきているのが見えた。
起き上がろうとする私を押さえつけながら、C-MSは自身の銃で応戦している。轟く銃声の中、彼女が叫んだ。
「12!」
「任せろ!」
銃撃の合間の一瞬の隙をついて、物陰からAA-12が躍り出た。武装車両に向けて、"AA-12" が火を吹く。ショットガンとは思えない驚異的な連射速度で、銃弾を叩き込んでいく。襲撃者も撃ち返してくるが、AA-12は物ともせず、引き金を引き続ける。
彼女が盾となっている間に、私とC-MSは商品棚の陰に飛び込む。物陰から慎重に通りの様子をうかがうと、ちょうど覆面の一人が頭を吹き飛ばされるのが見えた。それに怯んだのか、襲撃者は倒れた仲間の死体をそのままに、車を急発進させる。AA-12が追い討ちをかけると、車は猛スピードで通りを走り去っていった。
「二人とも無事?」
襲撃者達が視界から完全に消えたのを確認したAA-12が、店内に戻ってきた。私はその姿に思わず息を飲む。彼女の体にはいくつも銃痕が残されており、そこから血のようなものが滴っていた。片耳も吹き飛んでしまっていて、表情が不自然に歪んでいる。
「AA-12、その傷……!」
「このくらい平気だよ。それよりCがやばい」
そこで初めて、傍のC-MSがうずくまって動かないことに気づく。AA-12が抱き起こすと、C-MSはかなり苦しそうな表情をしている。彼女も脇腹を大きく損傷していた。
「パワーセルを掠めたっぽいな。C、起きてられそうか?」
「ぅ〜……ヤバイ……視界がぼやける」
「スリープしていいぞ。MDRを呼んだから回収してもらおう」
AA-12の言葉に安心したように、C-MSは少し表情を和らげた。そんな彼女が、私をみて呟いた。
「アンタは怪我してない?」
私は黙ってうなずくことしかできなかった。C-MSは満足そうに微笑むと眠りについた。あまりの惨状に言葉を発せずにいると、AA-12が取り繕うように言った。
「……先に武器屋に行くべきだったね」
「昼間の襲撃者ですが、現場に残された死体が"
リー・エンフィールドの言葉に、私は身を硬らせた。
あの襲撃後、MDRはすぐに私たちを回収しにきてくれた。今はトレーラーに戻り、傷ついた二人の応急処置をしている。私はリー・エンフィールドがAA-12の体から銃弾を摘出するのを手伝っていた。C-MSはAA-12に比べて損傷が激しいようで、MDRが別室で治療を行っている。
「イテテ……くそ、シールドを装備してればこんな豆粒」
「それでもショットガンタイプは丈夫ですね。銃弾の殆どがインナーアーマーで止まってます。内部機関まで到達していたのは──」
「イッてぇ!」
「これだけです」
リー・エンフィールドがAA-12の体からまた一つ弾丸を引き抜いた。AA-12の体には大小合わせて12発もの銃弾が撃ち込まれていた。細い体に刻まれた傷の痛ましさに、思わず目を背けたくなる。
「フレームが一部曲がってしまってますね。この交換は私では出来ませんから、MDRを待ちましょう」
「りょーかい」
弾丸の摘出が終わり、私とリー・エンフィールドは協力して、AA-12の傷口を塞いでいく。生体パーツが完全に吹き飛んでしまっている部分に関しては、応急修復材で埋める必要があった。
「しかし、油断していました。LWMMGが目覚めたその日に、しかも市街地で仕掛けてくるとは」
「あいつらどうやって、私達がこの街に来たのを知ったんだ?」
「ずっと監視されていたのでしょう。それこそ、LWMMGを回収したときから」
その言葉を聞いて、私は思わずリー・エンフィールドに疑問をぶつける。
「どうして私が襲われなきゃいけないの?」
「……戦力としてLWMMGを欲しているなら、もっと穏便な方法で接触してくるはずです。攻撃という手段をとったということは、"
「そんな……」
「MDRはこのことを予期していたのかもしれませんね。C-MSと12に護衛を命じておいたのはそれが理由でしょう」
なぜ、私が狙われなくてはならないのか。彼らにとって私は仲間だったのではなかったのか。私の中で、疑問が膨らんでいく。
「とはいえ、当初の予定通り武器屋に直行していれば、襲撃は起こらなかったかもしれません」
「う、そこに触れるか」
「武器屋には警備が大勢いましたし、武装を整えたあなたたちの姿を見れば、敵も襲撃を躊躇せざるを得ません。弾薬さえあれば、LWMMGも戦闘に参加できました」
いきなりリー・エンフィールドに矛先を向けられたAA-12が、居心地が悪そうに目をそらす。
「つまり、今日の襲撃の要因は、任務より私欲を優先させたC-MSとAA-12にあり、その二人が体を張るのは当然と言うことです」
「……キビシーな」
「飴のこととなると見境がなくなるのは、12の悪い癖です。LWMMGという新兵が入ってきたのですから、今までのような気ままな行動は慎まなくては」
口調は穏やかだが、リー・エンフィールドははっきりと、AA-12を叱責していた。その言葉にますます俯きがちになったAA-12が、絞り出すように私に言う。
「う〜……。ごめんよ、LWMMG」
「……いいえ。私もあなたたちのことよく知らないのに、自分の意見を通そうとしたわ。ごめんなさい」
「いや、私がダメなんだ。どうしてこんなに馬鹿なんだ。私がちゃんとしてたら、Cも怪我しなかったのに」
とうとう、AA-12は机に突っ伏してしまった。その口からは、ネガティブな言葉がこぼれ続ける。
「初日でいきなり失敗した。もうダメだ。先輩失格だ」
「反省はするべきですが、自分を卑下しすぎるのも良くありません。苦手でも、やってみようと努力するのがあなたの美点ですよ、12」
「やっぱり私じゃ無理だったんだ。私のせいで皆が傷ついた。穴ほって埋まりたい」
リー・エンフィールドのフォローも、AA-12の耳には届いていないようだ。そんなAA-12を見て、私はいても立ってもいられなくなった。少し強引に彼女の手を取り、顔を上げさせる。AA-12は戸惑った顔をしていた。
「な、なんだよ」
「私、まだお礼を言ってなかったわ。あなたは自分が傷を負ってでも、私とC-MSを助けてくれた。ありがとう、AA-12」
「……」
「私、本当に感謝してるの。だから、その、もう自分を責めないで。お願い」
「わ、わかったよ」
AA-12が気恥ずかしげに目をそらし、懐から取り出したキャンディを舐め始めた。どうやら、彼女のネガティブ思考止めることが出来たようだ。
「……私、C-MSの様子も見てくる」
昼間助けられたのは、C-MSも同じだ。彼女にもきちんと感謝を伝えたかった。私はC-MSの治療が行われている寝室へ向かい、邪魔にならないようにそっと扉を開ける。部屋の中はなぜか照明がついておらず、薄暗かった。目を凝らすと、ベッドに横たわったC-MSの上にMDRが覆いかぶさっているのが見えた。
「……ぁ……ん❤︎……」
聞こえてきたC-MSの艶っぽい声と微かな水音に、私はフリーズした。遭遇した状況を理解しようと、メンタルモデルが演算能力をフル稼働させ、蓄積されたあらゆるデータと照らし合わせた結果、一つの解が導き出される。あれは──
「今は入らないほうがいいですね」
いつの間にか傍に立っていたリー・エンフィールドが、半開きのドアをそっと閉じる。メンタルモデルに高負荷がかかったせいか、私の頬が熱を持っていた。
「い、今のって……」
「そう言う体質なんですよ、C-MSは。自分では発散できないそうなので、MDRが時折ああやって慰めるんです」
私は唖然として、ソファに座り直す。AA-12は特に無反応だ。どうやらこの部隊では常識らしい。
しばらくして、MDRとC-MSが寝室から出てきた。C-MSはこちらを一瞥もせずに、シャワールームへ入っていった。リー・エンフィールドが、新しく入れた紅茶をMDRに差し出す。
「お疲れ様です、MDR」
「さんきゅー、リー。12はどう?」
「弾丸は全て取り出しました。あとはフレームの一部と片耳を交換しないといけません」
「うんうん、耳はダミーのやつを移植しようか。フレームの方は……え〜、これくらいなら引っ張って直せばよくない?」
MDRの言葉に、AA-12が露骨に嫌そうな顔をした。
「絶対ヤダ。前に引っ張りすぎて変な形にしただろ。ブサイクだから交換したいって言っても、『まだ使える』の一点張りで聞く耳持たなかったし。仕方なく自分でぶっ叩いて直したんだからな」
「あれ? そうだっけ?」
とぼけた顔をしたMDRに、リー・エンフィールドが尋ねた。
「ところで,C-MSはどうでした?」
「あー今日は負傷したからね。なかなか激しかったよ。3回もしちゃった」
3回? 3回とはなんだろう。ナニがどこまでいくと1回とカウントされるのだろうか。
「そうではなく、怪我の手当てのことです」
「そっちね。配線がやられてただけで、パワーセルは無事だったから、もう大丈夫だよ」
「それは安心しました」
「ところでLWMMGはどうしちゃったの?」
MDRが私を見て不思議そうな顔をした。先程見た光景が頭から離れず、彼女の顔を直視できない。
「あなたとC-MSの行為を目にして、理解が追いつかないみたいです」
「あれれ〜、LWMMG覗いてたの? 次はちゃんとノックしてよね❤︎」
その言葉に、私の頬は再度熱を持つ。悪戯めいた表情をしたMDRからは、いつもより甘い香りがするような気がした。
そこで一転、MDRが真面目な顔になる。
「大変な一日だったね。でも、LWMMGに怪我がなくてよかったよ」
「良くない。私のせいで襲われたのに、私だけ無事なんて」
「12とCちゃんは、LWMMGを守るのが任務だったんだから良いんだよ。もしアンタが銃弾を受けてたら、今度こそメンタルモデルが破壊されてたかもしれない。LWMMGはバックアップも取れないから、ホントに死んでたよ?」
やはりMDRは、あの襲撃を予期していたらしい。私は彼女にかねてからの疑問をぶつけることにした。
「MDRは、私が"
「その可能性はあったからね。警戒はしてたよ。まさかいきなり攻撃してくるとは思わなかったけど」
MDRは当然といった風に言う。そんな彼女に、私は続けて問いかける。
「ねえ、どうして組織が私を破壊したいのか、MDRは知ってるんじゃないの?」
「……なんでそう思うの?」
「こうなったら、私にもわかるわ。3ヶ月前、私を破壊したのも彼らなんでしょ」
私の言葉に、MDRが深くため息を付いた。その態度が、私の言ったことが真実だと、何よりも雄弁に物語っていた
「お願い、説明して」
「わたしも、詳しい経緯までは知らないんだよ。たまたま、あいつらがアンタを破壊しようとしてるとこに出くわしただけ」
「それでも、ある程度は推測くらいは出来るでしょ?」
「う〜ん……」
しばらく考え込んでいたMDRが、突然こちらに背を向けた。
「やっぱナシ! やめやめ、この話しゅーりょー!」
「え!? ど、どうして?」
「アンタ気づいてないと思うけど、すごい熱だよ? ほら」
そう言うと、MDRは私の額に紅茶が入ったカップを押し当てた。すると、冷えていた紅茶からまた湯気が立ち始めた。
「こんな状態の娘にこれ以上負荷はかけられませ〜ん」
「だ、大丈夫よこれくらい!」
「ダメー。まずは体調を整えましょう」
私は必死に食い下がったが、MDRは取り付く島もない。私は諦めて、再度ソファに腰を下ろすしか無かった。
その時、C-MSがシャワールームから出てきた。ろくに髪も乾かさず、その足で寝室に戻ろうとする。
「待ちたまえC-MSくん」
MDRがC-MSを呼び止める。寝室のドアに手をかけたC-MSは、そこでピタリと動きを止めた。
「LWMMGに言っておくことがあるんじゃないかね?」
「……」
「あれ〜? さっき約束しなかったっけ?」
なんのことだろう。私が首を傾げていると、C-MSがしぶしぶといった様子で、私の前まで戻ってくる。視線は床を向いたまま、顔はふくれっ面である。
「……昼間はアタシがわがままだった……ごめん……」
消え入るような声で言うやいなや、C-MSは寝室に駆け込もうとする。慌てて彼女を呼び止めた。
「C-MS!」
「……なに?」
良かった。話を聞いてくれるようだ。私はなるべく誠意を込めて言葉を紡ぐ。
「私こそ、ごめんなさい。それと、助けてくれてありがとう」
C-MSはしばしうつむいた後、ポツリと呟く。
「別に……部下を守るのはじょーしの役目だし」
そういうと、彼女はそそくさと扉の向こうへ消えていった。そんな私達をMDRはニヤニヤしながら見ていた。
「あら^~いいですわゾ^~」
「……キモ」
「おやAA-12くん、君はまだ私にお世話になることがあるんじゃないのかね? そんな物言いをして良いのかな?」
「チッ、ハンセーシテマース」
そんな悪態をついたAA-12の口から、MDRがキャンディを素早く取り上げた。AA-12が抗議する間もなく、そのまま自分が頬張ってしまう。
「今日これのせいで失敗したんでしょ〜? ハンセーしないとね」
その言葉に、AA-12が肩を落とす。MDRは楽しそうに笑いながら、私に言った。
「よし、わたしはAA-12の修理があるから、LWMMGはもう寝な?」
「……人形って眠れるの?」
「当たり前じゃん! 寝てる間にキャッシュの初期化とかするんだよ。LWMMGもベッドに入って目を閉じてれば自然に寝れるから」
つくづく人形とは人間に似せて作られているのだな、と他人事のように思った。
「そういえば、彼女のベッドがありませんね」
「あ! それは考えてなかった」
リー・エンフィールドの言葉で、私も初めてそのことに思い当たる。確かに、昼間に見て回った時、ベッドは4人分しか無かったような気がする
「じゃあ、わたしとCちゃんのベッドにおいでよ。大きいからもう一人くらいなら寝れるよ?」
そのとき、ベッドの上で絡み合うMDRとC-MSの姿がフラッシュバックした。私はその提案を全力で拒否する。
「い、いいよ。ソファで寝るから」
「え、なんで? わたしもCちゃんも、別に寝相悪くないよ?」
MDRはなぜ私が遠慮しているのか察していないらしい。見かねたのか、リー・エンフィールドが助け舟を出してくれた。
「私のベッドを使ってください。続けて襲撃がないとは言い切れません。今夜は私が見張りをしましょう」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
私は心から感謝して、リー・エンフィールドのベッドを使わせてもらうことにする。
ベッドに寝転がり、目を閉じると今日あった出来事が脳裏に駆け巡る。考えてみれば、私が目覚めてから、まだ一日も経っていないのだ。MDRが言ったように、確かに急ぎ過ぎかもしれない。
しばらくすると、体が心地よい倦怠感に包まれてきた。自然と手足が脱力していく。なるほど。確かに自然と眠くなってくるものだと、なぜか感心しながら、私は眠りについた。