辺境のTROLL小隊   作:凹一

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(3)無謀なルーキー

 "Сила(シィーラ)"の襲撃から3日が経過した。私達は今、クライアントからの依頼で鉄血占領地の"ムストハトン"という街に来ている。

 今回の依頼人は、"ムストハトン"防衛隊の隊長だった。

 2週間前、彼らの街は鉄血の侵攻を受けた。始めは抵抗していたらしいが、倒しても倒しても新たな部隊が送り込まれてきた。人間側は次第に疲弊していき、結局は街を放棄せざるを得なくなったという。それが5日前のことだ。

 その時、殿として最後まで街に残って鉄血の攻撃を食い止めていた防衛隊の一部メンバーが取り残されてしまった。現在も彼らは街の市庁舎に立てこもり、抵抗を続けている。部隊には負傷者も多数おり、自力での脱出は難しいようだ。

 TROLL小隊に課せられた任務は、鉄血部隊の一部を陽動としてひきつけることである。その間に、人間達の本部隊が市庁舎を取り囲んでいる部隊に攻撃を仕掛け、防衛隊を救出する。

 私はリー・エンフィールドとともに、通りに面した建物の屋上で待機していた。初めて感じる戦場の空気に、なかなか気分が落ち着かない。そんな私を他所に、リー・エンフィールドは着々と戦闘の準備を整えていっている。

 

「本当に私は戦わなくていいの?」

「はい、必要ありません。戦闘は我々TROLL小隊が行いますから、あなたは自分の身を守ることに集中してください」

 

 そこにMDRから無線連絡が入る。

 

『敵部隊はポイントS2を通過。10分後にポイントP3に到達予定。編成は”Ripper”15、”Vespid”12、"Prowler"6。事前情報通りだね』

 

 MDRがドローンを用いた偵察結果を伝えた。3日間の偵察で、MDRは鉄血部隊の編成、巡回ルート、指揮系統を完全に把握していた。懸念点であった鉄血のハイエンドモデルはこの戦場には来ていない。

 市庁舎を取り囲んでいる鉄血を排除するため、私達はまず敵の巡回部隊に攻撃を仕掛けることにした。巡回部隊が劣勢に陥れば、敵は増援を送らざるを得ない。そうして、市庁舎に張り付いている敵部隊を引き離そうという作戦だ。

 巡回部隊の総数は33。こちらの戦力はダミー人形を合わせても12体だ。倍以上の戦力差の相手と10分後には戦わないといけない。しかし、TROLL小隊のメンバーは誰一人弱音をこぼさないどころか、慣れた様子だった。

 今回の作戦に当たり、MDRは部隊を2つに分けていた。MDRが率いるA(アルファ)チームは、私、MDR、リー・エンフィールドと二人のダミー人形が各2体の計7体の部隊であり、長射程を生かした制圧射撃を担当する。B(ブラボー)チームはC-MSとそのダミーが2体、AA-12とダミーが1体の計5体の編成だ。こちらは瞬間火力を生かした強襲部隊である。

 ふと、下の通りに目をやると、ちょうどC-MSとAA-12がダミーを引き連れて、待機ポイントに移動していくところだった。

 

「あの二人、3日前に負傷したばかりなのに戦えるの?」

「二人共、負傷したのはこれが初めてではありません。修復も終わっていますし、問題はないですよ」

 

 先頭を行くC-MSは、その足にT3外骨格を装備していた。外骨格は人形の脚力を補助することで、機動力を大幅に底上げする装備だ。調子を確かめているのか、小刻みにステップを踏んだり、飛び跳ねたりしながら移動している。

 その後ろを行くAA-12は、腰から伸びる3本のサブアームの先に、巨大なシールドを装備していた。AP弾すら弾く分厚い装甲は、それぞれ30kgを上回る重量を持つが、AA-12は涼しい顔で歩を進めている。ショットガンタイプが特別力持ちというのは本当らしい。

 そんな二人の様子を興味深く観察していると、突然無線越しにMDRに呼びかけられた。

 

『LWMMG』

「な、なに?」

『緊張してる?』

「……ええ、少しね」

『あはは! ルーキーってのはそんなもんだよ』

 

 MDRの声は、これから戦いに赴くとは思えないほどリラックスしていた。私は自嘲するように呟く。

 

「戦闘人形なのに、緊張するなんておかしな話よね」

『初めてのことに緊張するのは、人も人形も同じだよ。アンタは自覚できてる分、かなりマシな方だね」

「そう。私がおかしいわけじゃないのね」

『初任務のとき、大抵の人形は謎の自信に満ち溢れてるからね。で、何かしらやらかすのまでがセットだから、扱いが難しいよ』

 

 失礼だが、ハイになっているMDRというのは容易に想像ができた。同時に、冷静沈着なリー・エンフィールドにもそんな時があったのか疑問に思った。

 

「リー・エンフィールドの初任務のときはどうだったの?」

「私も、MDRが言っているのと似たようなものです」

「そうなんだ。意外ね」

「自分がこれから挙げる戦果のことしか頭にありませんでしたよ。LWMMGはどうです」

「私は……」

 

 リー・エンフィールドに促されて、ずっと頭の中を駆け回っていた思いが口をついて出る。

 

「足手まといになりたくない。もうこの前みたいに、何も出来ず守られるだけなのは嫌」

『お〜なんだ? アニメのヒロインみたいなこと言いやがって。どうせ膝でも抱えながら言ってるんだろ!』

 

 まさにその通りで、途端に恥ずかしくなる。隣のリー・エンフィールドにも笑われてしまった。

 

『12は絶対緊張するタイプだよね。任務後ベソかいてそう』

「容易に想像できますね」

「彼女、意外と責任感が強いタイプよね。3日前も、かなり落ち込んでいたし」

『そこが可愛いんだよ〜! ねえ、その時の動画とか撮ってないの?』

「そんな悪趣味なことしません」

『え〜? なら、Cちゃんはどう? いきなり上官と喧嘩してそうじゃない?』

「C-MSはTROLL小隊に来た当初も、命令無視で手酷い傷を負ってましたね」

「そうなんだ……」

 

 しばしそんな他愛もない話をしていると、いつのまにか緊張がほぐれていた。

 そこにC-MSから報告が届く。

 

『こちらB(ブラボー)、待機ポイントに付いた。指示を待つ』

「そろそろですね」

 

 リー・エンフィールドが射撃体勢を取る。私も彼女の隣に伏せ、鉄血人形が現れるはずの通りを見つめる。

 

『オッケー。手はず通り、起爆と同時にA(アルファ)が正面から制圧射撃。その間にB(ブラボー)が回り込んで接近、側面から攻撃して』

『了解』

『リー・エンフィールドは”Vespid”を優先的に攻撃してね』

「了解」

 

 しばらくすると、鉄血の巡回部隊が目視できる距離に現れた。サブマシンタイプの”Ripper”、アサルトライフルタイプの"Vespid"、自走砲台の"Prowler"の混成部隊だ。どの人形も目元が覆われていて、その表情を計り知ることは出来ない。彼女らは一糸乱れぬ陣形を組み、周辺を警戒しながらこちらに向かってくる。

 私達の下には、MDRがダミーとともに待機していた。ドローンから送られてくる映像をもとに、通りの地面にしかけた爆弾の起爆タイミングを図っている。

 鉄血部隊がちょうど通りの中ほどに差し掛かったとき、その足元が爆発した。”Ripper”数体が巻き込まれ、脚部を吹き飛ばされる。

 同時にMDR率いるチームA(アルファ)が瓦礫の影から現れ、制圧射撃を浴びせる。鉄血部隊は、倒れた仲間には目もくれず、陣形を組んで撃ち返してくる。

 敵が射撃を開始したタイミングで、リー・エンフィールドも引き金を引いた。放置車両の影からチームA(アルファ)に接近しようとしていた”Ripper”の頭部が弾け飛ぶ。続けざまにリー・エンフィールドが引き金を引くと、こちらの位置を探っていた”Vespid”の胴体に穴が空き、その場に崩れ落ちる。

 3体目の”Vespid”を撃破したとき、相手もこちらの位置を掴んだのか、私達に向けて射撃を加えてきた。私達は手すりの影に身を隠す。そこにいくつもの銃弾が突き刺さる。

 障害物に隠れてやり過ごしていると、通りの向かい側の建物から別の銃声が響き、また一体、”Ripper”が撃破される。別の狙撃ポイントで待機していたリー・エンフィールドのダミーが射撃を開始したようだ。一定間隔で行われるダミーの狙撃と、チームA(アルファ)の制圧射撃によって、私達への攻撃が弱まる。

 

『今だよ、リー・エンフィールド。移動して』

「了解。隣の建物に移ります。行きましょう、LWMMG」

 

 リー・エンフィールドの言葉にうなずき、姿勢を低くして移動を開始する。

 隣の建物に移り、窓枠から通りの様子を確認したちょうどその時、建物に潜伏していたB(ブラボー)が攻撃を開始した。シールドを掲げたAA-12を筆頭に、鉄血部隊の側面から襲いかかる。3日前にも見たが、"AA-12"の火力はやはり圧倒的だ。鉄血人形が数秒のうちに蜂の巣になっていく。敵も反撃しているが、3つのシールドが的確に攻撃を防ぎ、AA-12の体には傷一つつかない。

 そこに、AA-12の頭を飛び越えて何かが鉄血部隊のど真ん中に飛び込んだ。それがC-MSだと認識した瞬間、私は叫んでいた。

 

「危ない!」

 

 しかし、私の心配を他所にC-MSは目にも留まらぬ速さで銃を斉射し、着地と同時に2体の鉄血人形を葬った。その後も強化外骨格を生かしたアクロバティックな動きで、的を絞らせない。同士討ちを警戒してなのか、鉄血人形は思うように反撃できないでいる。その間に、C-MSは次々と敵を仕留めていき、鉄血部隊を内側から崩壊させていく。

 

「すごい……」

「あれがC-MSの戦闘スタイルです。一見、無秩序な動きですが、私達の射線を遮らないように考えて立ち回っているんですよ」

 

 なるほど。3日前の私を庇っての戦闘は、彼女の強みが完全に消されていた状況だったのか。

 リー・エンフィールドも射撃を再開する。戦況はこちらが優勢だ。着実に敵の数を減らしていっている。

 そこに、MDRから再度無線が入る。

 

『隊長から全隊員へ通達。北東から別部隊が接近中』

『了解。敵の編成は?』

『"Doragoon"が15体。あと300秒でB(ブラボー)の背後を取られるよ』

 

 "Doragoon"はウォーカーという二足歩行兵器に登場していて、他の鉄血人形よりも移動速度が速い。さらにウォーカー自体の耐久力も高く、一度接近を許せばたちまち部隊を分断されてしまう。

 無線から私達に向けて、MDRの指示が飛ぶ。

 

『リー・エンフィールド、ダミーを一体だけ残して、"Doragoon"の足止めに向かって』

「了解しました」

 

 私もリー・エンフィールドともに移動する。地上に降り、道路に乗り捨てられた車両の影で、"Doragoon"を待ち受ける。

 しばらくすると"Doragoon"が目視できた。"Doragoon"たちは2列になってこちらに向かってくる。

 ーー速い。

 先程の鉄血部隊とは速度が全く違う。

 先頭の一体に照準を合わせ、リー・エンフィールドが引き金を引く。銃弾は寸分たがわず"Doragoon"の頭部を撃ち抜いた。

 すると、後続の人形が今までのような直線的な動きではなく、不規則にステップを踏みながら接近してくる。続けてリー・エンフィールドが狙撃するが、狙いを絞りきれず、銃弾はウォーカーの装甲に弾かれる。今までのように一撃で仕留めることが出来ない。

 リー・エンフィールドは狙いを変え、ウォーカーの脚部を狙い機動力を奪う。足が止まった"Doragoon"の胴体にダミーが風穴を開けた。しかし、その間も他の"Doragoon"はこちらに接近してくる。狙撃手が二人では、圧倒的に弾幕が足りていないのだ。このままでは、相手の射程圏内に入ってしまう。

 ーーやっぱり、見てるだけなんて出来ない!

 私は意を決して、"LWMMG"の銃身を固定し、射撃体勢に入る。

 

「私も手伝うわ!」

「……わかりました。奴らの足元に銃弾をばらまいて、少しでも動きを鈍らせてください。足が止まった個体から、私が狙撃します」

「了解」

 

 大丈夫だ。戦い方は体が覚えてくれている。

 私は通りを横並びで接近してくる"Doragoon"部隊に向けて、線を引くように引き金を引いた。銃弾が複数のウォーカーの脚部に命中する。つまずくように動きを止めた"Doragoon"の頭部を、リー・エンフィールドが撃ち抜いた。

 

「流石です。病み上がりとは思えない正確さですね」

「そちらもね」

 

 "Doragoon"達は、先程までのように強引に接近してこようとはせず、障害物を利用して距離を詰める動きに変わった。

 

「こちら、リー・エンフィールド。"Doragoon"部隊の侵攻を遅らせました」

『了解。こちらからも朗報だよ。ようやく市庁舎を取り囲んでた部隊が食いついた。"Vespid"と"Jaeger"の混成部隊が更に接近中。数は18』

「到達までは?」

『20分はかかるね。それまでには、こっちの鉄血部隊も片付くよ』

 

 MDRの報告を聞き、私の頬が安堵で緩む。それも束の間、MDRから緊急の通達が入る。

 

『リー・エンフィールド!  迫撃砲が来るよ! 30秒後!』

「了解! LWMMG、退避しますよ!」

 

 私は頷き、即座に行動に移そうとする。そこに"Doragoon"が一斉掃射を浴びせてきた。私達はその場に釘付けにされる。リー・エンフィールドのダミーが援護射撃をするが、敵は意に介さず、こちらだけを攻撃してくる。

 

「私が時間を稼ぎます。先に退避を」

「そんな──」

「時間がありません。準備してください」

 

 有無を言わさぬ物言いに、私は頷くことしか出来なかった。リー・エンフィールドは"Doragoon"の攻撃にもかまわず、射撃を始める。

 

「今です!」

 

 リー・エンフィールドの合図とともに、瓦礫の影から飛び出す。リー・エンフィールドのおかげで弾幕の勢いが落ちている。私は脇目も振らず走り抜け、建物の中に飛び込む。

 時を置かずに"LWMMG"を構え、"Doragoon"部隊に向けて斉射を開始する。

 

「リー・エンフィールド、早く来て!」

「了解!」

 

 今度はリー・エンフィールドが、こちらに駆けてくる。

 しかし、建物まであと一歩というところで、リー・エンフィールドの背後で迫撃砲が炸裂した。衝撃を受けた彼女がよろめく。私は必死に手を伸ばし、リー・エンフィールドの体を建物の中に引きずり込んだ。

 

「リー・エンフィールド! 大丈夫!?」

「くっ……この程度なら、稼働には問題ありません。ただ、足をやられました」

 

 そう言われて、彼女の足を見ると、右足の膝から下がズタズタになっていた。これでは、まともに歩けそうにない。

 そんな私達を尻目に、"Doragoon"部隊が悠々と通りを走り抜けていった。

 

「MDR! リー・エンフィールドが足を負傷した!」

『……! 了解、LWMMGは無事なんだね?』

「ええ! でも、"Doragoon"に突破された!」

『おっけー、それはこっちで対処する。LWMMGは、リー・エンフィールドを安全な場所まで退避させてあげて』

「了解! リー・エンフィールド、行こう」

 

 私はリー・エンフィールドに肩を貸し、MDRが指定したポイントまで移動を開始する。

 

「大口を叩いておいて、このザマですか。不甲斐ないです」

「そんなことないわ! あなた一人なら無事に切り抜けられた!」

 

 ーーそうだ。彼女が負傷したのは私がいたからだ。

 私は自分の不甲斐なさに唇を噛み締めた。

 

 指定ポイントに到着すると、そこには鉄血の小型戦闘ロボである”ダイナゲート”が待ち構えていた。私がとっさに銃を構えると、リー・エンフィールドがそれを抑える。

 

「これは味方です。MDRが改造して、移動端末として使っているんです」

「……そうだったのね」

「MDRが修復キットを持たせているはずです。それで足を修理します」

 

 その言葉の通り、ダイナゲートが背負っていたバックパックには新品の人形の足と、修理用の道具が入っていた。

 リー・エンフィールドにそれを渡すと、彼女は自分で修理を始める。ハサミでズボンの裾を切り、負傷部分を露出させる。そこには榴弾の破片がいくつも突き刺さっていて、切り刻まれた生体部分からは中のフレームや配線が覗いていた。リー・エンフィールドは破損部品を見極め、それらを取り外していく。

 そうしている間にも、戦況は刻一刻と変化していっているようだった。無線からは絶えず、戦闘音とともに連絡が飛び交っている。

 

B(ブラボー)! 今度はそっちに迫撃砲が来るよ!』

『ああ、もう、鬱陶しい……!』

『鉄血の追加部隊が到着するまであと13分! さっさとコイツラ片付けなきゃヤバイね〜』

 

 その無線を聞いたとき、私の頭にある考えが浮かぶ。ダイナゲートが持ってきたバックパックには、補充用の弾薬やグレネードなども入っていた。私はそれらを身に着けながら、MDRに無線を送る。

 

「MDR。私、迫撃砲を排除してくる」

『え!? それはダメ!』

「でも、このままじゃ勝てないわ。今、自由に動けるのは私だけ。私が行かなきゃ」

『何言ってんだこの子は! ハイにでもなってんの!?』

「私は冷静よ」

 

 その時、不意にコッキングレバーを引く音が響いた。音の方に目を向けると、"リー・エンフィールド"の銃口がこちらに狙いを定めている。

 

「そんなことはさせません。足を撃ち抜いてでも止めますよ」

 

 引き金に指をかけたリー・エンフィールドに、私はゆっくりと語りかける。

 

「ねえ、リー・エンフィールド。あと12分で鉄血の増援部隊が到着するわ。その時に迫撃砲が健在なら、こちらは相当不利な状況に陥る。撤退すらままならなくなるわ」

「それでもだめです。あなた一人で行くなんて、むざむざ死ににいくようなものです」

 

 リー・エンフィールドの瞳はゆらぎすらしない。私は諦めずに言葉を重ねる。

 

「……私、あなた達に本当に感謝してるの。記憶がない私の面倒を見てくれてるし、自分の身も顧みずに私のことを助けてくれる」

 

 私は、理屈ではなく、彼女の心に訴えることにした。

 

「どうして、あなた達がそんなに良くしてくれるのかはわからないわ。どうしてそんなに信頼してくれるのかも。でも、私自身も、その信頼に応えたいと思ってる」

「……」

「あなた達の力になりたい。私からも、あなた達なにか返したいの。絶対に自分の命を粗末にするようなことはしないと誓うわ。お願い、行かせてリー・エンフィールド」

 

 私の言葉を聞いた彼女は、溜息をついて銃を下ろした。

 

「すいません、MDR。私では止められません」

『……も〜、しょうがないなあ! 迫撃砲の位置を送るから、行ってLWMMG!』

「ありがとう、MDR」

『絶対死ぬなよ! 死んだらあの世まで行って、これまでの修理代請求するからな!』

 

 そんな間の抜けたエールを受けて、私は駆け出す。増援部隊到着まで、もう時間がない。

 MDRが指定したポイントを目指して、戦場を北に走り抜ける。鉄血の目をかいくぐりながら、目標まで100mの地点まで来ることができた。

 そのとき視界の端でちらりと何かが光った。とっさに地面に転がる。その瞬間、私の体を何かが掠めた。直後に銃声が響き渡る。

 次の銃弾が飛んでくる前に、私は車の影に飛び込んだ。物陰から様子をうかがうと、迫撃砲までの道を守るように、建物の上に狙撃兵の”Jaeger”が配置されているのが見えた。

 また銃声が響き、立て続けに3発の銃弾が撃ち込まれる。私は反射的に頭を引っ込めた。完全にマークされてしまっている。このままでは、身動きが取れない。

 MDRに無線で指示を仰ごうとするが、応答がない。どうやら鉄血の妨害電波が、通信を遮断してしまっているらしい。

 私が歯噛みしていると、また銃声が聞こえてきた。今度は狙撃銃の音ではない。そちらに目を向けると、路地からアサルトライフルを携えた集団が現れた。鉄血人形ではなく、防護服を着た人間だ。彼らは屋上の”Jaeger”に向けて射撃を続けている。その中の一人が、私に呼びかけてきた。

 

「来い、嬢ちゃん!」

「ありがとう!」

 

 彼らが狙撃兵を牽制してくれている間に、私も彼らのいる路地へと飛び込む。部隊長と思われるの男が、私を助け起こしてくれた。ゴーグル越しに、温和そうな男の顔が見えた。

 

「第3分隊のマアルーフだ」

「LWMMGよ。あなた達、どうしてここへ? 市庁舎の方は大丈夫なの?」

「ああ、包囲の一部を崩すことに成功した。もう救出活動が始まってる。手が空いたところに、アンタんとこの隊長から通信があってな。アンタを助けるように言われて来たんだ」

「助かるわ。うちの部隊が迫撃砲に攻撃されてるの。早く排除しなくちゃ」

「よし、こちらは4人連れてきてる。どうすればいい?」

 

 その言葉に、私はしばし考えをめぐらせる。彼らは重い防護服を身に着けていて、機敏に動くことは難しそうだ。陣形を組んで進んでも、このエリアを突破するにはかなりの時間がかかるだろう。それでは、MDR達のところへ増援部隊が到着してしまうかもしれない。

 

「建物の上に陣取ってる狙撃手が厄介だわ。制圧射撃で私が飛び出す時間を稼いで」

「おい待て! お前一人で突っ込む気か!?」

「大丈夫。直掩部隊には雑魚しかいないわ。ここさえ突破できれば、あとは一人で片付けられる」

「戦闘人形ってのはめちゃくちゃだな! いいぜ、援護する」

 

 マアルーフは不敵な笑みとともに、承諾してくれた。他のメンバーも私の肩をたたいて励ましてくれる。彼らは危険も顧みず、屋上の狙撃兵に向けて射撃を始める。

 

「今だ!」

 

 マアルーフの合図に合わせて飛び出す。援護射撃のおかげで、銃弾は飛んでこない。通りを渡りきり、狙撃兵からは死角となる路地に走り込む。

 振り返ると、マアルーフたちが腕を上げて歓声を上げていた。その様子に思わず笑みが溢れる。

 私はその歓声に背を押されるように駆け出す。MDRが教えてくれたポイントまで、50mを切った。私は姿勢を低くして瓦礫に隠れながら近づいていく。

 見えた。崩れた建物の影に隠れるように、多脚戦車の"Jaguar"が佇んでいる。やつが迫撃砲を撃ち込んでいるきているのか。周辺には4体の"Vespid"しか配置されていない。今まさに、"Jaguar"に新しい榴弾がセットされるところだった。

 ーーこれ以上、撃たせてなるものか。

 私は手榴弾のピンを抜いて、鉄血部隊の足元に投げ込む。奴らも気づいたが反応が鈍く、2体が爆風をもろに受けて吹き飛ぶ。砂埃の中、危険を察知した"Jaguar"が反転し、逃げ出そうとしているのが見えた。

 私は"Jaguar"に向けて射撃を開始する。

 極限状態の中で、自身の演算能力が最大化されているのを感じる。いまの私なら、機関銃の高火力を針の穴を通す用な精密さで撃ち込むことができる確信があった。

 "Jaguar"の脚部関節に攻撃を集中させる。装甲が薄い部分を狙った攻撃は、いとも簡単に"Jaguar"の脚を吹き飛ばし、その巨体を地面に倒れ込ませる。

 残った鉄血人形が攻撃してくるが、私は"Jaguar"に向けて射撃を続ける。発射された徹甲弾が"Jaguar"の装甲を容易く食い破り、内部にダメージを蓄積させていく。

 "Jaguar"から炎が上がり始めたのを確認した私は、射撃を中断し地面に伏せる。次の瞬間、轟音とともに"Jaguar"が爆発した。

 衝撃をやり過ごした私が頭を上げると、残っていた鉄血人形も倒れていた。どうやら、"Jaguar"内部の榴弾を暴発させて敵を一挙に撃破する試みは成功したようだ。

 私は無線越しにMDRに呼びかける。

 

「MDR、聞こえる? 迫撃砲を排除したわ」

 

 しかし、無線からはノイズしか聞こえてこなかった。いまだに通信は回復していないようだ。

 今頃、MDR達は増援部隊と戦闘を開始している頃だろう。私も早く戻らなければ。

 踵を返しかけたその時、瓦礫の中に人が倒れているのを見つけた。

 ーーこんなところに人?

 他にも人間の部隊が来ていたのだろうか。私はその人に駆け寄り、体をゆすりながら呼びかける。

 

「大丈夫? 私の声は聞こえる?」

 

 目を閉じたまま、反応がない。胸は上下しているので、呼吸はしているようだ。そこに、複数の足音が聞こえてきた。銃を構えて振り抜くと、マアルーフたちとは違う人間の部隊が近づいてきていた。私は安心して銃を下ろし、彼らに呼びかける。

 

「良かった。あなた達も手伝って。この人を安全なところに移動させないと」

 

 そう言って倒れている男に再度目を向けると、いつの間にかその瞳が開いていた。突如として、男の手が私の腕を力強く掴む。それに驚く間もなく、後ろからも羽交い締めにされた。とっさに打撃を加えるより早く、私の脇腹に何かが突き立てられた。途端に体から力が抜ける。仰向けに倒れた私の顔を、男が覗き込んでくる。そのゴーグル越しに、顔に掘られた入れ墨が見えた

 

「おい! どうしたんだ!」

 

 マアルーフの声だ。狙撃兵を排除してきたのか。倒れた私を見て、彼らも駆け寄ってくる。

 私は必死に助けを求めようとするが、体が完全に脱力していて、声を出すことが出来ない。

 入れ墨が私を介抱しているふりをしながら、マアルーフ達と話し始めた。

 

「彼女、負傷したようだ。呼びかけても反応がない」

「そりゃまずい。早く退避させないと」

「俺たちの部隊が担架を持ってきている。こちらで運ぼう」

「なら、俺達がベースまで護衛してやる」

「必要ない。それよりも人形部隊がまだ戦闘を行っているようだ。そちらの援護をしてやってくれ」

 

ーー行かないで! 

 私は心のなかで必死に叫ぶが、思いは届かない。

 

「わかった。あんたの所属を教えてくれないか」

「第6分隊のイリネイ・ボリソフ」

「……確認した。その娘のことは俺から伝えておく」

「ああ。頼んだ」

 

 マアルーフたちが離れていった。その後姿を見ながら、男たちが言葉をかわす。

 

「おい、見られたぞ。始末しなくて良いのか?」

「今は時間が惜しい。行くぞ」

 

 男たちが私の体に袋をかぶせていく。視界が閉ざされる瞬間に見えたのは、入れ墨の男の凍りつくような瞳だった。

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ合流ポイントですね」

「LWMMGの信号拾えた?」

「いいえ、まだです」

 

 MDRは、足を修理して復帰したリー・エンフィールドとともに戦場を北上していた。

 迫撃砲の攻撃が止まっていた。LWMMGが迫撃砲の排除に成功したと予測できる状況だ。しかし、通信状況が悪く、MDR達はそれを確認することは出来ていなかった。

 戦況はTROLL部隊が優勢を取り戻していた。今はB(ブラボー)チームと連携して双方向から増援部隊を追い込んでいっている。MDRたちA(アルファ)チームは戦闘を行いつつ、迫撃砲が配置されていたポイントに近づいていた。

 またA(アルファ)チームの行く手に鉄血人形が現れた。しかし、MDR達が攻撃を加える前に、別方向から飛んできた銃弾が鉄血人形を撃ち抜いた。MDRは反射的に銃弾が飛んできた方向に銃口を向ける。

 

「待て撃つな! 第3分隊のマアルーフだ!」

 

 そう言いながら、人間の部隊がMDRたちに近づいてきた。MDRは戦闘を中断し、マアルーフと名乗った男と話し始める。

 

「TROLL小隊のMDRだよ。アンタらが救援に来てくれた部隊?」

「ああそうだ」

「うちの隊員は助けてくれた? ツインテールの可愛い人形なんだけど」

「そのことなんだが……」

 

 マアルーフが苦い顔をしつつMDRに説明する。

 

「あの嬢ちゃん、迫撃砲部隊に一人で突っ込んじまったんだ。俺が見たときには、倒れて動かなくなってた」

「嘘でしょ!? それで、LWMMGはどうしたの!?」

「ちょうど別の部隊のやつがきててな。そいつらにベースまで運んでもらったよ」

「そいつらは誰だかわかる?」

「第6部隊の、イリネイ・ボリソフと言っていた」

 

 その名前を聞いたMDRは、何かが引っかかったような顔をした。

 

「こちらでも確認できました。今回の作戦に正式に参加している部隊のようです」

「リー・エンフィールド。本部に連絡して、LWMMGがちゃんと送り届けられたか確認して」

 

 MDRはリー・エンフィールドに重ねてLWMMGの無事を確認するように指示する。リー・エンフィールドもMDRのただならぬ様子に困惑しながら、作戦本部と通信を試みる。

 

「ねえ、おっちゃん。負傷したLWMMGを最初に見つけたのはアンタ?」

「いいや。さっき言ったイリネイだ」

「わたしら人形って、人間に比べてかなり丈夫なんだけど、おっちゃんからみてLWMMGはそんなにひどい傷を負ってた?」

「いや。俺が見た限りではそれほど目立った傷はなかった」

「LWMMGを見つけたときに、わたし達にすぐ報告しなかったのはなんで?」

「なぜだかあの一帯は通信状況が悪くてな。無線越しにアンタに呼びかけたんだが通じなかったんだ」

「……なるほどね」

 

 マアルーフとの問答を経て、MDRはなにかに納得したようにつぶやいた。そんなMDRに、通信を行っていたリー・エンフィールドが首を振りながら報告する。

 

「ダメですね。あちらもまだ戦闘が続いていますし、情報の整理が追いついていないようです。すぐには確認できそうにありません」

「……おっけー。リー・エンフィールドは本部に直接確認しに行って。イリネイってやつ、"Сила(シィーラ)"のメンバーかも」

「まさか! わざわざこんな戦場に来てまで、LWMMGを拉致したというのですか?」

「あくまで可能性の一つだけど、今は最悪の事態を想定して動いたほうが良いね」

「……了解しました」

 

 その言葉を聞いたリー・エンフィールドが、自身のダミーを集める。MDRは続けてB(ブラボー)チームにも指示を与える。

 

「AA-12、C-MS、聞こえてたよね?」

『ああ、私らはどうしたら良い?』

「アンタ達だけで、あとの敵は殲滅できる?」

『うへぇ〜……。まぁ、頑張るよ。MDRはどうするんだ?』

「わたしは現場の痕跡から、LWMMGを追跡してみる」

 

 その言葉に、C-MSが疑問を投げかける。

 

『MDRだけで?』

「うん。今回は、わたしだけのほうが都合がいいと思うんだ」

『でも、車で街の外に逃げられたらマズくない?』

「ドローンでこの一帯を監視してるけど、今の所、救出部隊以外に離脱していく車両はないから大丈夫。必ずこのエリアに潜伏してるよ」

『……わかった。でも、気をつけてよ!』

「そっちもね」

 

 B(ブラボー)チームと通信を終えたMDRに、マアルーフが困惑したように話しかける。

 

「おい、一体どうした」

「ごめんおっちゃん、問題発生だ。わたしらA(アルファ)チームは戦線離脱する」

「いや、それは良いんだが、俺たちがなにかしちまったんじゃないのか」

「おっちゃんたちのせいじゃないよ。小狡いドブネズミが紛れ込んでたってだけ」

「そうはいかねえ。なあ、俺たちに出来ることはないか」

「これはわたしらの問題だから。それに、あと30分もすれば、鉄血の増援部隊が到着する。こんなところで油売ってたら、離脱しそびれるかもよ?」

 

 MDRの言葉には有無を言わさない重みがあった。

 

「リー・エンフィールドがこれから作戦本部に向かうから、それを援護してあげてよ」

「……クソッ! わかった。今度はちゃんと送り届ける。だが、本当にアンタだけで大丈夫なのか」

「大丈夫。わたし、鼻は利くんだ」

 

 そう言って、MDRは不敵な笑みを浮かべた。




次回、MDR大活躍
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