辺境のTROLL小隊   作:凹一

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(4)闇にて輝く

「もう一度だ」

 

 ──やめて! 

 その懇願が言葉になることはなかった。

 入れ墨の男の言葉とともに、首筋に接続されたケーブルから衝撃が走った。もう何度目かわからない。衝撃のたびに、私の頭の中はぐちゃぐちゃにかき乱される。

 今、私は体を仰向けに拘束されていた。手足が縛られ、頭を巨大なヘルメット型の器具で固定されている。そのせいで視界が塞がれていた。そのうえ、体に注射された何かのせいで、指一本動かすことができない。

 

「どうだ」

「駄目だな。どうやってもデータが吸いだせねえ」

「プロテクトのせいか?」

「わからん。どんな信号も受け付けなくなってやがる」

 

 私の傍らで、男たちがなにかを話し合っている。会話内容から察するに、私のメンタルモデルからデータを抜き出そうとしているようだ。

 

「まあいい。他にもやりようはある」

 

 その言葉をきっかけに、頭の拘束が外され、うなじからコードが引き抜かれる。そのおかげか、少しだけ体が動かせるようになり、周囲の様子を確認できた。

 まず目に入ったのは、視界の大半を埋め尽くす暗闇だった。見上げた先に空はなく、高い天井が覆っている。男たちが持ち込んだと思われる照明が唯一の明かりのようで、私の周囲だけがかろうじて照らしている。それを取り囲むように積み上げられたコンテナの影が浮かび上がっていた。どうやらここは、倉庫のような場所らしい。

 ──とにかく状況を把握しなくては。

 私は混乱する頭で、必死に男たちに問いかける。

 

「あ、あんた達、"Сила(シィーラ)"のメンバーね……私に何の用……?」

 

 男たちは質問に答えず、私の傍らに用途不明な器具を並べていく。私は諦めずに言葉を続ける。

 

「どうしてこんな事するの? 私はあなた達の仲間だったんじゃ──」

 

 言い終わる前に入れ墨が殴りつけてきた。頭を揺さぶられ、私は小さく呻く。

 

「俺が聞きたいことは一つだけだ」

 

 入れ墨が私の髪を掴み、無理やり顔を合わせてきた。懐からナイフを取り出し、それを見せつけながら私に語りかける。

 

「やつらにどこまで話した」

「……やつらって、TROLL小隊の──」

 

 その瞬間、私の太ももにナイフが突き立てられた。今まで感じたことがないような鋭い痛みに、私は思わず呻く。

 

「いっ! うぅ……!」

「誰が質問して良いって言った」

 

 痛みを感じたのは一瞬だった。ソフトウェアが不要な痛みをシャットダウンしてくれたのだ。入れ墨が突き立てたナイフを掴んで太ももをえぐってきたが、先程のような痛みはない。

 

「……MDR達は何も知らない。私が何も覚えていないから」

「そうか」

 

 私の言葉に、入れ墨は驚くほどあっさり頷いた。その懐から注射器のようなものを取り出し、私の首筋に打ち込む。

 しばらくすると、消えたはずの痛みが再び襲ってきた。

 

「なに、これ……あぁ、いっ、痛い……!」

 

 傷口を覆っていたじんわりとした熱が、次第に耐え難い痛みに変わっていく。

 

「イタイ! い、いや! イタイ、イタイ、イタイ!!」

「答えは変わったか?」

「しらない……! なにもしらない!」

「信じられんな」

 

 入れ墨がナイフを引き抜いた。その時のわずかな刺激にさえ、私は悲鳴を上げた。ナイフが抜かれても、傷口の痛みが引くことはない。

 私が痛みに呻いていると、今度はペンをもった入れ墨の部下が近寄ってくる。男はそのペンで、私の足に一定間隔で線を引いていく。

 ──今度はなに? 

 入れ墨が合図を送ると、別の男が何かを抱えてきた。それが巨大なチェンソーだとわかったとき、最悪な予感が頭をよぎる。

 

「や、やめて! こんなことしても意味なんかない!」

「同感だ。俺もお前みたいなガラクタに付き合ってる時間はない」

 

 私達の会話をよそに、男がチェンソーのスターターを引いた。エンジンが唸り、甲高い音とともにチェンソーの刃が回転し始める。男はチェンソーを私の足首に引かれた線の上で静止させ、入れ墨の合図を待っている。

 ──こんなこと、あって良いはずがない。

 この先起こることに、私の頭が絶望に染まる。

 

「俺が納得できたら殺してやる」

「やめてぇ!!」

 

 私の懇願も虚しく、チェンソーの刃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 倉庫の中から少女の絶叫が響き始めたことに、男は気づいた。男の仲間が拷問を始めたのだ。

 男の役割は見張りだ。拉致したLWMMGへの拷問が終わるまで、邪魔が入らないようにする。今も倉庫の出入り口で周囲を警戒しつつ、時折手元の装置を確認していた。

 "Сила(シィーラ)"のメンバーにとって、一番警戒しなくてはならないのは、TROLL小隊の人形たちだ。しかし、男たちには人形たちの動きが手にとるようにわかっていた。

 人形たちはツェナープロトコルという独自の通信規格を持っている。"Сила(シィーラ)"のメンバーがつけている装置は、その信号を拾うことで、一定範囲内の人形の位置が完全に把握できるものだった。

 人形たちもLWMMGが連れ去られたことに気づいたのか、いくつかの信号が戦線を離れ、市街地を動き回っている。しかし、こちらに近づいてくる信号は一つもない。

 装置のおかげで、男たちは安心しきっていた。ゆえに、その首にワイヤーがかけられるまで、背後に迫る暗殺者に気づくことができなかった。

 突然、男の首が締め上げられ、同時につま先が浮き上がる。何者かが、男を逆向きに背負うような形で首を締め上げてきている。男の指が空気を求めて喉をかきむしった。仲間に助けを求めようとしても、呻き声一つ挙げることができない。しばらく男の手足がバタバタと振り回されていたが、それも次第に脱力していく。こうして、男は誰にも気づかれることなくこの世を去った。

 相棒が死んだことにも気づいていないもう一人の見張りは、任務後に飲む酒のことを考えていた。それも仕方がないことだった。男たちにとって、LWMMGの拉致が成功した時点で、任務は完了したも同然だったのだ。

 その肩を誰かが叩く。何の警戒もせずに振り向くと、突如体が回転して、地面に叩きつけられる。投げ飛ばされたと男が理解するのに、しばしの時間が必要だった。

 仰向けになった男が目を開けると、オッドアイの少女が笑みを浮かべながら男の顔を覗き込んでいた。男は驚愕に目を見開く。男にしてみれば、その人形、MDRがここにいるはずがないからである。装置は正常に動作しており、付近に人形の信号は無かった。

 男が起き上がるよりも早く、その胸にMDRがナイフを深々と突き立てた。男は自分の胸から生えているナイフの柄を呆然と見つめる。

 人形は人間への武力行使を著しく制限されている。人形が人間を攻撃するためには、指揮モジュールを介した人間の許可が必要不可欠である。しかし、この一帯は男たちが妨害電波を敷いており、従って人形が人間の指示を受け取ることはできない。作戦行動中に限り、攻撃を受けた後の反撃を許可されている場合はあるが、人形だけの判断で人間に致命傷を伴う先制攻撃など出来るはずがないのだ。

 混乱の極みにある男の耳元で、MDRが呟く。

 

「動かないほうがいいよ? 大動脈を切っちゃったから、これ抜いたら秒で死ねるぞ」

 

 MDRの言葉に、男は痛みと恐怖に震えながら頷いた。

 

「オマエらみたいな蛆虫はみんなまとめてぶっ殺してやりたいけど、私の質問に答えたら助けてあげる。どうする? Yesなら瞬き1回、Noなら2回」

 

 男が間髪入れずに1回瞬きした。その反応に、MDRは満足そうに頷く。

 

「中にいるのは何人?」

 

 男が12回瞬きした。

 

「ふーん。他に部隊はいる?」

 

 男は1回瞬きした。

 

「そいつらと妨害電波下で通信する手段はある?」

 

 男は2回瞬きした。

 

「じゃあ、時間経過で合流するわけだね。合流予定時刻は何分後?」

 

 MDRがケータイの現在時刻を見せながら尋ねると、男は2回瞬きした後、間隔をおいて4回瞬きをした。

 

「よしよし、大体わかった。後は建物の構造がわかればいいなー」

 

 そう言ったMDRが、男の胸からおもむろにナイフを引き抜いた。傷口から鮮血が溢れ出す。

 男が信じられないような顔で胸を抑える。しかし、その程度でどうすることもできず、血溜まりは広がっていき、男はその中で息絶えた。

 男の亡骸を見つめながら、MDRが吐き捨てる。

 

「質問に答えたら助けると言ったな。あれは嘘だ」

 

 

 

 

 

 

 気づくと、私は床に横たわっていた。見上げた先にあるのは、非常灯だけが灯った薄暗い天井だ。自分が一体どこにいるのか、何をしていたのか、思い出すことはできない。ただ、この場から逃げなくてはならない、という焦燥感だけがあった。

 床に転がっていた”LWMMG”を手に取る。膝に力を入れ、体を起こす。腹部に鈍い痛みがあった。見てみると、大きな穴が空いていた。そのせいで思うように体に力が入らない。壁に手を付きながらやっとの思いで、立ち上がった。

 鈍痛を抱えながら、一歩ずつ歩みを進める。足取りは信じられないほどに重い。それでも必死に力を振り絞り、暗い通路を進んでいく。

 長い通路の先に、階段が見えた。その階段を登った先に、扉がある。外へと続く扉だ。

 ──なんとしても、あの扉にたどり着かなくてはならない

 私はそう思った。

 ろくに動かない足を引きずって、一段ずつ階段を登っていく。まるで蛇がのたうつような有様だった。私にとっては気が遠くなるよう時間のあと、ようやく扉の前にたどり着いた。私は衝動のままに、ドアノブに手をかける。

 そこに銃声が響いた。体から力が抜け、後ろ向きに倒れていく。手がドアノブから離れた。必死に手を伸ばすが、扉にはもう二度と届かなかった。あれだけ求めていた外の世界が遠ざかっていく。

 時間をかけて登ってきた階段を、一瞬のうちに転げ落ちる。体を強かに打ちつけ、私は再び床に転がった。手の中にあったはずの”LWMMG”も、いつの間になくなっている。もはや私に、立ち上がる力は残されていなかった。

 そんな私を、男が見下ろしていた。よく見知った顔だった。私にとって、その男は存在理由そのものだった。男が命じたことは何でもやった。どんな命令にも疑問を抱かなかった。どんなに傷ついても構わなかった。男が一言、『よくやった』と言えば、それで全てが満たされていた。

 男は私の顔に拳銃を突きつけた。そのまま、何の躊躇もなく引き金を引く。

 銃声はしなかった。男は弾切れに気づいて、懐から新しいマガジンを取り出す。どうやら、私に残された時間は少ないようだ。

 

「お願い、ロベルト……やめさせて……」

 

 私は必死に言葉を紡いだ。そうだ。私はどうしても、あの扉の先で起こっていることを止めたかったのだ。

 男、ロベルトは私の言葉など聞こえていないかのように、弾薬の再装填を終え、銃のスライドを引いた。いや、実際聞こえていなかったのだろう。彼の瞳からは、私に対するいかなる感情も読み取ることができなかった。

 

「お願い……おねがい……」

 

 私は壊れたようにその言葉を繰り返すしか無かった。

 ロベルトが私に銃を突きつける。その引き金に指がかかった。これから起きることに恐怖し、私は目を閉じた。最後に私の口からこぼれ出たのは、ただただ、救いを求める言葉だった。

 

「おねがい……だれか……たすけて──」

『どうしたのラム。アンタがそんなに弱気なのは珍しいね』

 

 突如響いた声に、私は目を見開く。視線の先に立つ彼女は不敵に笑っていた。それを見た途端、断片的に記憶がフラッシュバックする。

 

『LWMMG? 呼びにくい名前だな〜。あ、じゃあラムって呼んで良い?』

 

『硬いな〜ラムは。そんなんじゃ肩こっちゃうぞ?』

 

『ああ! ケータイは取り上げないで! それがないと死んじゃう!』

 

『任せなよ。これでも戦闘経験は豊富なんだぞ?』

 

『ほら、ラム! こういうときは笑えば良いんだって! あはは!』

 

『ありがとう、ラム。アンタのおかげだよ』

 

『ラム、わたしと一緒に来てよ。きっと楽しいよ?』

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、私は現実に引き戻された。

 同時に燃えるような痛みが襲ってくる。私の膝から下は、チェンソーで切り落とされていた。輪切りにされた私の足だったものが、床に転がっている。だがもはや、そんなことはどうでも良かった。

 突如として、倉庫の入り口が開け放たれたのだ。逆光の中に立つその人物に私の視線は釘付けになる。

 ──あ、あれは……

 

「はいど〜も〜! TROLL小隊のMDRだよ〜! リスナーの諸君元気してた? 今日は久々のライブ配信やってくよ〜!」

 

 その声を聞いたとき、また記憶がフラッシュバックする。

 ──どうして忘れてしまっていたのだろう

 私は以前もこれと同じ光景を見たことがある。

 軽快な足取りとともに美しい銀髪をなびかせたその人は、堂々と倉庫の中へと足を踏み入れてくる。傍らにはドローンを付き従わせており、彼女はドローンに搭載されたカメラに向かって語りかけていた。

 

「今来てるのは、とある鉄血の占領地域なんだけど、見て皆! このおじさん達、誰だかわかる? 今日のコラボ相手、テロリスト"Сила(シィーラ)"の皆さんでーす! どもども〜」

 

 男たちの剣呑な視線が突き刺さるが、彼女は場の雰囲気などお構いなしに言葉を重ねる。そうだ、あの時もそうやって私を救い出してくれたのだ。

 私は思わずMDRに呼びかける。

 

「え、MDR……!」

「LWMMG、ちょっとだけ待っててね! すぐ助けてあげるから!」

 

 彼女は笑顔とともに、応えてくれた。それだけで、私は全ての苦しみから開放されたような気がした。

 そんなMDRに、銃を構えながら入れ墨が問いかける。

 

「……どうやってここがわかった?」

「え? わたしじゃなくて、LWMMGをもっと映せ? 何だお前アンチか? これは私のチャンネルなんだぞ! ブロックしてやろうか!」

 

 MDRは入れ墨の言葉などまるで耳に入っていないように、ドローンのカメラに向かって怒っている。入れ墨の顔に怒気が浮かんだ。怒りに任せて、MDRに向けて引き金を引こうとする。

 そのタイミングで、MDRが何かに気づいたように入れ墨に話しかけた。

 

「ん? あれ? そこの顔にお絵描きしてる君は見覚えがあるぞ! ダニール君じゃないか!」

 

 MDRは旧友に会ったかのような気軽さで、入れ墨に向かって手をふる。

 

「君みたいなただの拷問好きが、ずいぶん出世したみたいだね? その様子じゃ、ロベルトは死んじゃったかな」

「……そうか、頭を殺ったのはてめえか」

「人聞き悪いなー。ロベルトには私達より仲いいお友達がいたみたいだったから、サヨナラしただけだよ。どう? その後、あの堅物なお友達とはうまくいってる?」

「それ以上しゃべるんじゃねえ!」

 

 入れ墨の顔に初めて焦りが浮かんだ。周囲の男たちも、何のことかわかっていないらしい。しかし、入れ墨の並々ならぬ様子に、他の仲間達にも動揺が広がっていく。

 

「いやーでも良かった。オマエラにはつくづく嫌気が差してたからさ。これで二度と顔見なくて済むと思うとせーせーするよ」

 

 そう吐き捨てたMDRの瞳には、私が初めて見る怒りが浮かんでいるような気がした。

 そこでMDRはドローンのカメラに向けて、キメ顔で話し始める。

 

「ということで視聴者諸君! 今回の企画、『テロリストにさらわれた部下助け出してみた』。迫力満点でお届けするから、面白いと思ったらチャンネル登録、高評価ヨロシクね!」

 

 言い終わるやいなや、MDRがノールックで照明を撃ち抜いた。倉庫内が暗闇に包まれる。一瞬遅れて男たちが集中砲火を浴びせるが、すでにMDRの姿は無かった。

 突然、頭上から銃声が鳴り響き、男の一人が崩れ落ちた。天井を見上げると、暗闇の中でMDRが銃を構えていた。

 ──まさか、一瞬で梁の上に飛び乗ったのか

 MDRはすぐに次の目標を定め、遮蔽物がなくなった男たちに銃弾の雨を降らせていく。男たちも応戦するが、MDRは軽快な足音を響かせながら梁の上を駆け回り、狙いを絞らせない。その動きは、まるでC-MSみたいだ。

 

「ほらほら、私はここだぞ? よく見ろ!」

 

 そうこうしているうちに、一人、また一人と男たちが急所を撃ち抜かれて倒れていく。

 

「ちっ!」

 

 その状況に焦りを感じたか。小さく舌打ちをした入れ墨が、私の眉間に銃口を押し付け、トリガーを引き絞る。

 ──やめて! 

 その指を、MDRが放った銃弾がトリガーごと吹き飛ばす。入れ墨が痛みに呻いた。

 

「慌てない、慌てない」

 

 MDRのなだめるような声が響く。

 彼女は天井から射撃を続けながら、少しずつ距離を詰めてきている。

 男たちは、人と人形の戦闘能力の差をまざまざと見せつけられて、認識を改めたらしい。正面から戦うことをやめ、MDRが接近してくるのに合わせて、それを包囲するような動きに変わっていた。

 包囲が完成する直前、MDRの銃声が突如途絶えた。

 ──まさか、弾切れ?

 好機と見たのか、男たちがMDRに集中砲火を浴びせる。すると、薄暗い梁の上から何かドサリと音を立てて落下してきた。梁の上を走り回っていた足音は、もう聞こえてこない。

 

「MDR!」

 

 私が呼びかけても、返答はなかった。

 男たちのタクティカルライトが落下物を照らし出す。そこにあったのはMDRのバッグだった。プシュッという音ともに、バッグの中から煙が上がり始めた。倉庫の中に煙が立ち込め、視界が極端に制限される。

 罠を警戒した男の一人が、物陰から注意深く煙の中を観察している。その肩に、いきなり背後から手が置かれた。仰天した男が振り向くと、いつのまにかMDRが男の背中をカバーするかのように銃を構えていた。

 

「ん? だれを探してるの?」

「っ!」

 

 男は反射的に発砲しようとしたが、MDRがその銃身を蹴り上げる。意表をついた攻撃だったが、男はなんとか銃を取り落とさずに済んだようだ。再びMDRに銃口を向けると、彼女はなぜか棒立ちだった。無防備な彼女に向けて、男が発砲しようとする。

 ──危ない! 

 しかし、銃弾は発射されない。男はなぜかトリガーを引くことが出来なかったのだ。驚きの表情を浮かべる男にMDRがニヤニヤしながら告げる。

 

安全装置(セーフティ)がかかってるぞルーキー?」

 

 ──まさか、あの一瞬でトリガーにロックをかけたのか

 男はとっさにMDRを銃床で殴りつけようとする。それよりも圧倒的に早く、MDRは懐からナイフを抜き打ち、男の喉笛を深々と切りつけた。男の首から鮮血が吹き出し、MDRの頬を真っ赤に染める。

 それを見た別の男が、仲間もろともMDRに銃弾を浴びせる。MDRは男の死体を盾にして攻撃を防いだ。そのまま死体を担ぎ、距離を詰める。

 

「よいしょー!」

 

 弾切れになったタイミングを見計らって、MDRは担いでいた死体を男に投げつける。バランスを崩した男が床に倒れた。MDRがその顎に鋭い蹴りを放ち、一撃で頚椎を破壊する。

 また別方向から銃弾が浴びせられると、MDRは並べられたコンテナの影に飛び込んだ。MDRを探して、残った男たちがコンテナの間を陣形を組んでクリアリングしていく。

 突然、男たちの前にMDRが銃を構えながら現れた。男たちが反射的に銃撃を浴びせる。しかし、弾はMDRの体を通り抜けてしまった。MDRがおどけた顔で舌を出す。

 

「はっずれー!」

 

 男たちが攻撃したのは、ドローンが煙に投影したホログラムだったのだ。

 そこに本物のMDRがコンテナを飛び越えて現れ、最後尾の男の銃に掴みかかる。そのまま銃口を地面に向けるようにして、銃身を脇に抱え込んだ。男も銃を奪われまいと必死に抵抗する。他の男達は、MDRの体が仲間の影に隠れているせいで撃つことが出来ない。

 男が思い切り銃身を振り回すと、やっとMDRの体が離れた。狙いを定め引き金を引くが、MDRの放った蹴りで狙いが大きくハズレる。諦めずに銃弾を撃ち込もうとするが、引き金を引いても続く弾は発射されなかった。その目の前でMDRが、男の銃から抜き取ったマガジンを"MDR"に悠々と装填する。

 

「ほい、サンガツ!」

 

 感謝とともに男の眉間を撃ち抜く。それを機に、”MDR”の銃声が再び響き始めた。

 

「おい、引くぞ!」

 

 形勢不利と見た入れ墨はMDRを始末することを諦め、仲間を引き連れ撤退を始めた。私の拘束を解き、体を強引に引きずって出口に向かう。

 

「は、離して……!」

 

 私は力の入らない指先で、必死に柱を掴んで抵抗する。

 ーーMDRが私のために戦ってくれているのだ! 私が諦めてどうする!

 入れ墨に何度も顔面を蹴り着けられ、その度に意識が飛びかける。それでも決して手を離さなかった。

 そうしている間にも銃声が近づいてきていた。入れ墨の顔に恐れが浮かぶ。

 その足元に何かが転がってきた。それが安全ピンの抜かれた手榴弾だと認識した瞬間、入れ墨がその上に私を突き飛ばし、自分は大きく飛び退った。

 

「グレネード!」

 

 入れ墨の掛け声に、周囲の仲間も一斉に地面に這いつくばり、爆発に備える。来る衝撃に備えて、私も歯を食いしばるが、なかなか爆発は起こらない。異変に気づいた男たちが顔を上げるより早く、MDRがその後頭部を撃ち抜いていった。

 

「え、おじさんたち急にどうしたの? その年で隠れんぼ? 」

 

 ドン引きと言った表情のMDRが、私の体の下から手榴弾を回収する。

 

「あ、これわたしのモバイルバッテリー! 拾ってくれたんだね、ラム」

「てめえ……!」

 

 入れ墨が忌々しげにMDRを睨みつける。倉庫中に鳴り響いていた銃声は一切しなくなっていた。どうやら、もう入れ墨しか生き残っていないらしい。

 MDRは歯噛みする入れ墨を見て、ニヤニヤと笑いながら嘲るように言う。

 

「あら〜、手下みんな死んじゃったけど、今どんな気持ち? N・D・K(ねぇどんな気持ち)?」

「死ね!」

 

 利き手から銃を持ち替え、MDRに突きつける。しかし、引き金を引くより早く、MDRが入れ墨の眉間に銃弾を打ち込んだ。入れ墨がもんどり打って倒れる。

 

「ん?」

「くそ!」

 

 入れ墨は死んでいなかった。額の傷口から、金属が覗いている。入れ墨は再度こちらに銃を構えた。その銃口は私を向いていた。

 MDRが私をとっさに抱えあげ、射線から退避させる。利き手ではないからか、入れ墨は銃弾をでたらめにばらまいた。弾幕をかいくぐり、MDRは私を抱えたままコンテナの影に飛び込む。

 

「イテテ……大丈夫、ラム?」

「当たったのMDR!?」

「掠めただけだよ。往生際の悪いやつだね」

 

 MDRが物陰から様子をうかがうと、ちょうど入れ墨が裏手口から出ていくところだったようだ。足音が遠のいていく。

 

「ちぇ、逃したか。AA-12聞こえる?」

『なんで一人で始めるんだよ、バカ!』

「はいはい、すいませ〜ん。それはともかく、LWMMGは救出できたよ。そっちももう終わったでしょ? 悪いけど回収しに来てくれない?」

『ああもう……! 了解!』

 

 通信を終えたMDRは、そこで大きく息をついた。

 

「ふ〜、なんとか切り抜けたね」

 

 MDRは私を助け起こしながら、懐から注射器のようなものを取り出した。それを私の太ももに突き刺す。しばらくすると体に力が戻ってきた。同時に足の切断面の痛みも引いていく。

 

「これで動けるでしょ。ていうか見た? わたしの勇姿。ちょっとは見直したんじゃ──」

 

 気づけばMDRを抱きしめていた。彼女の柔らかな香りに包まれ、私の胸が安堵で満たされる。そんな私の髪をMDRは優しくなでてくれた。

 

「お〜よすよす。そんなに怖かったの、LWMMG?」

「ありがとう、また助けてくれた……!」

「ありゃ〜、思い出しちゃったか」

 

 苦笑いするMDRに、私は思わず問い詰めてしまう。

 

「どうして……どうして教えてくれなかったの?」

「あんなクズのこと、わざわざ思い出す必要なくない?」

「違う! 私、あなたに感謝しなくちゃいけなかったのに……! 絶対に忘れちゃいけなかったのに……!」

 

 自分が情けなくて仕方がない。彼女はこんなにも献身的に支えてくれていたのに、私は全て忘れてしまっていた。

 MDRの首筋に顔をうずめながら、嗚咽を漏らす。涙が次から次へと溢れてきて止まらない。そんな私にMDRは静かに首を振った。

 

「気にしない、気にしない。たぶん、LWMMGの心を守るためには必要なことだったんだよ」

「でも……」

「も〜、ホントに真面目だなLWMMGは。まあ、そこが面白いとこでもあるんだけどね」

 

 そう言ってMDRが一旦私から離れていった。しばらくすると、私の銃を肩にかけて戻ってくる。

 

「さて、もう行かなきゃ。うかうかしてると鉄血の増援部隊が到着しちゃう」

 

 そう言ってMDRは私を抱え上げた。てっきり、AA-12が来るのを待つものだと思っていた私は、激しく狼狽してしまう。

 

「MDR! 怪我してるんでしょ? 無理しないで!」

「こんなの怪我のうちに入らないよ〜。それに……」

 

 MDRが私を抱えたまま、その場でくるりと一回転した。そして、いつの間にか近くに待機していたドローンに向かって、思いっきりキメ顔を送りながら言い放つ。

 

「こっちのほうが配信映えするでしょ!」

「……」

「あ、LWMMGもリスナーに挨拶しとく?」

「……バカ」

 

 そんなやり取りをしながら、MDRと私は倉庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

 一方、倉庫から逃げ出した入れ墨は、別働隊の仲間と合流を果たしていた。現在は装甲車で戦場から離脱している。

 乗員席で揺られながら、入れ墨は額の傷を押さえた。頭蓋骨を強化していたおかげで脳は守ることができた。しかし、あれだけ至近距離から銃弾を撃ち込まれれば、当然無傷とはいかなかった。今も激しいめまいと吐き気に襲われている。

 今回の作戦で、分隊丸々一つ分を失ってしまった。この失態で、組織での入れ墨の立場は追い込まれるだろう。

 しかし、入れ墨が考えていたのは自身の保身ではなく、自分に傷を負わせたあの忌々しい人形にどう復讐するかだった。あの人形の手足をもいで、目を潰し、腹を割いて殺さなくては気がすまなかった。入れ墨はすでに人形たち対する襲撃プランを考え始めていた。

 しかし、入れ墨の苦難はまだ終わっていなかった。

 突如、装甲車が衝撃に襲われた。男たちがとっさに手すりにつかまる。

 入れ墨が窓から目を凝らすと、地平線の向こうに何かが見えた。それが巨大なバイクに乗った鉄血人形だと認識したときには、二発目のミサイルが装甲車に直撃していた。装甲車の車体が大きく揺さぶられる。

 男の一人が銃座に上がり、備え付けられた機銃で応戦し始めた。鉄血人形は弾幕を物ともせずに、一気に距離を詰めてきた。そのまま一切減速せずバイクを装甲車に激突させる。車内は突き上げるような衝撃に襲われた。銃座に乗っていた男が振り落とされ、鉄血人形のバイクに撥ね飛ばされた。

 

「オイ! どこ行くんだ豚共! あたしと遊んでいけよ!」

 

 鉄血人形が男たちに向かって怒鳴る。通常、鉄血人形は人間とのコミュニケーション能力を持たない。それが出来るのはより高度な作戦能力を持った、ハイエンドモデルだけだ。

 突如現れた鉄血人形は、長い銀髪をなびかせながら、執拗にバイクをぶつけてくる。

 しかし、装甲車も耐久性には優れており、鉄血人形の体当たりを受けても、進路を変えずに走り続けていた。

 すると、ハイエンドモデルが乗ったバイクから、ドローンが飛び出してきた。ドローンは装甲車の側面に回り込み、その車輪に向かってレーザーを照射する。ものの数秒で車輪が焼ききれ、脱落する。車輪を失った装甲車は制御を失い、しばらく蛇行した後に派手に横転した。

 男たちは車内から必死に這い出し、即席ながらも陣形を組んで射撃を始める。しかし、猛スピードで走り回るバイクに弾を命中させるのは至難の業だ。ハイエンドモデルもショットガンを取り出し、すれ違いざまに撃ち込む。バイクが男たちの側を通り過ぎるたびに、一つずつ頭が弾け飛ぶ。

 

「オラオラ! ちょっとはあたしを楽しませてみな!」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、ハイエンドモデルが叫んだ。

 

 

 

 

 そんな中、入れ墨は部下の男たちが戦っている間に密かに車内を抜け出し、一人で逃げ出していた。目指すのは市街地エリアだ。市街地の複雑な地形を利用すれば、たとえあのバイクが相手でも逃げ切れる自信があった。

 その時、静寂を切り裂いてエンジン音が鳴り響いた。入れ墨が振り返ると、部下達を殲滅しきったハイエンドモデルがバイクに跨り佇んでいた。その瞳ははっきりと、入れ墨のことを捉えている。彼女がアクセルをひねるたびに、吠え声のようなエンジン音が荒野に響く。

 恐怖にかられた入れ墨は、脇目もふらずに走り出した。銃も何もかも投げ捨てて、力の限り足を動かす。

 市街地まであと100mを切ったところで、入れ墨の耳にバイクが走り出す音が届いた。唸るようなトルク音が入れ墨の背後から迫る。ものの数秒で、入れ墨は自身の鼓動さえかき消すほどの爆音に追いつかれた。

 最期の瞬間、入れ墨は振り返ってしまった。鉄血のモンスターバイクが、その瞳いっぱいに映しだされる。激突の直前、ハイエンドモデルが肉食獣のように舌なめずりをした。それが入れ墨の男、ダニール・ドロコフがこの世で見た最期の光景だった。

 

 

 

 

 ハイエンドモデルは自身が跳ね飛ばした男の亡骸を確認していた。背後からバイクに激突された男の死体は大きく反り返り、顔は絶望に歪んでいる。まるで前衛芸術のような有様だが、ハイエンドモデルは満足げに頷く。

 そんな彼女のもとに、タイミングを見計らったように通信が入る。ハイエンドモデルは忌々しげに舌打ちをしてから通信をつなぐ。通信機からはその場にそぐわない明るい声がし始めた。

 

『さんきゅ〜、ビーク。助かったよ』

「うるせぇ、これで借りは返したからな。もう二度と掛けてくるなよ」

『え〜、そんな寂しいこと言うなよ〜。あ、今度一緒に配信しようよ! 鉄血とコラボとか、炎上商法で登録者も爆伸びに──』

 

 その言葉を最後まで聞くことなく、ビークと呼ばれた鉄血人形は通信を切断した。彼女はため息をついた後、その場を後にしようとする。

 その時、ビークが思い出したようにドローンを呼び出し、映像インタフェースを起動した。動画配信サイトに接続し、匿名アカウントでログインする。すると、画面にとある戦術人形のチャンネルが表示された。アーカイブ一覧に新着動画がアップロードされている。動画を開くと、そこには銀髪の戦術人形が人間たち相手に大立ち回りを演じる様子が鮮明に記録されていた。

 

「……」

 

 ビークはしばし逡巡した後、画面に表示された高評価ボタンを押した。そのときわずかに口角が上がっていたことに、彼女自身も気づいてはいなかった。

 鼻歌を歌いながらバイクに跨り、再びバイクのエンジンに火を灯す。景気よく車体をウィリーをさせた後、ビークは爆音とともに戦場を走り去った。

 

 

 

 

 

 

「誰と喋ってたの?」

「ん? ああ、友達にちょっと後処理をお願いしてたんだ」

 

 パチンとケータイを閉じたMDRが、私の問いにそう返した。

 私は今、TROLL小隊のメンバーとともにジープに乗り込み、”ムストハトン”から遠ざかっていた。

 イレギュラーこそあったが、今回の依頼は無事に完了していた。人間たちの部隊も、市庁舎から防衛隊を無事救出し、鉄血の増援部隊が到着する前に離脱できたようだ。

 足を失った私は座席にうまく座れないため、MDRに肩を抱いてもらっている。正直恥ずかしいが、拒否することもできなかった。

 

「それより見て、LWMMG! 今日の配信、めちゃくちゃスパチャしてもらえてるよ!」

「スパチャ?」

「お金だよお金! 皆、アンタが助かって喜んでる」

 

 MDRが見せてきた画面を覗き込むと、金額と一緒に様々なメッセージが並んでいた。そのほとんどが、MDRの活躍を称えるものだ。私に向けた、ねぎらいのメッセージもある。よく見ると、戦場で出会ったマアルーフのメッセージもあった。どうやら、彼も無事に任務を終えることができたらしい。

 

「というか、あなたずっと配信してたのね」

「いや〜、今回の仕事は赤字かと思ったけど、LWMMGのおかげで予想外に儲かったよ! うはうはうはは!」

 

 にやけているMDRに、私は溜息で返す。そういうところは、意外と抜け目がない。

 そこでふと、私はあることに気づいた。

 

「そういえば、さっき私のことラムって呼んでたでしょ?」

「えーそうだっけ?」

「そうよ。前はそう呼んでたんでしょ」

「……だってLWMMGって長いんだもん。舌噛んじゃいそうだったから」

 

 舌を出しながら、MDRが渋い顔をする。その様子に思わず笑ってしまう。

 

「なら、これからもラムって呼んで」

「え? でも、ラムって呼ばれるとアンタ怒ってたよ?」

「あなたに呼ばれるなら、嫌じゃない」

 

 それは私の本心から出た言葉だった。MDRは虚を突かれたような表情をした後、笑みを返してくれる。

 

「じゃあこれからもよろしくね、ラム」

「よろしく、MDR」

 

 その言葉とともに、私達は再び握手を交わした。

 

「なに二人で盛り上がってんの?」

 

 そんな私達の様子を見てか、前の座席からC-MSが不満げに顔を出す。

 

「なにってCちゃん、仲間が増えたんだよ、ほら!」

「そうね。改めてよろしく、C-MS」

「……ふ〜ん」

 

 何故か不機嫌なC-MSが、座席を乗り越えて後部座席に移動してくる。そのまま私とMDRの間に無理やり収まった。私にはその行動の意図がわからなかったが、MDRは思い当たる節がある用で、ニヤつきながらC-MSの頬をつついている。

 私が首を傾げていると、リー・エンフィールドとAA-12も会話に参加してくる。

 

「では、晴れてLWMMGがTROLL小隊に正式加入するわけですね」

「なら、パーティーしようよ。会社の経費で美味しいもの食べるチャンスだ」

「いいね! どうせ”ジャーファン”には寄ることになるし、パーティー用の買い物してから帰ることにしよ〜!」

 

 そう言って上機嫌に笑うMDRの横顔を、私は見つめていた。

 この荒れ果てた世界で、いつまで一緒にいられるかはわからない。この幸せな瞬間も、明日には崩れ去ってしまうかもしれない。だからこそ、この出会いを大切にしたい。

 この先どんな困難が待ち受けていようと、命が尽きるその日まで、彼女を信じて着いていこう。

 肩を抱くMDRの温かい手に自分の手を重ねながら、私はそう心に誓ったのだった。




 これにて第一章終了です。
 ここまで読んでいたただきありがとうございます。
 その上、感想や評価もいただくことができて、本当に嬉しいです。読者の皆様方の楽しい、面白いという声が、私にとって何よりの励みになります。この場を借りてお礼を申し上げます。
 まだまだこの小説で描きたい話はたくさんあるので、今後もお付き合いいただけると幸いです。
 それでは。
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