――潮風がきつい。
「…海辺でタバコなんか吸うもんじゃないな」
なかなか着かない火に苛立ちながら呟く一人の女。
サーチライトを避けた闇のなか、試行錯誤の末に着火できた煙草を咥えつつ、
これからを考える。
「どうするかなー…」
遠くでサイレンが聞こえる。と、同時に女の思考も醒めていく。どうやら呆けている時間もないらしい。そう悟った女はせっかくの煙草を海に投げ捨て、早急にその場を去ることを決めた。
「ま、まだ生きてる。なんとかするよ」
東南アジア独特の湿気が募る夜。静かな海辺と喧騒の街のあいだにそんなセリフを投げかけた―――。
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どうやら自分は置いて行かれたらしい。
トラブルを乗り越え、ほうぼうの体で集合場所に着いたら、誰もいない。何もない。それはそうだ。約束の時間はとっくに過ぎている。間に合わなければ置いて行かれる。ここに来るまでも分かりきっていたことだ。それでもやって来たのは、もしかしたら…。などという期待ではなく、ひとえに。
(自分の狗具合を痛感させられて嫌になる…)
ひとえに、「そういう命令だったから」に他ならない。
これが単なる待ち合わせならどんなに良かったことだろう。追いかければ済む話だ。「寝坊した」「時間を間違えた」、そんな理由をつけて映画館なり、デパートなりまで急げばよい。
だが、今回ばかりはそうもいかない。今日の待ち合わせはとても重要だったのだ。置いて行かれるとしたら。
「作戦中に死亡」
そう見做されてしまったとしか考えられないのだ。
――犯罪都市ロアナプラ。
あらゆる犯罪の巣窟であり、それによって繁栄している悪徳の街。警察までもがグルになることで存在を世界から秘匿し続けている奇跡の街には厄介ごとが多く集まる。
そんな街で行われた今回の作戦。彼女が所属していた民間軍事会社への依頼は「盗品の奪還及び犯人の抹殺」と、ごくごく単純なものであった。作戦前のブリーフィングによると、ロアナプラという街はマフィアの利権が絡み合う複雑な場所だということだった。
なるほど、組織として手が出せないから代役を立てるということで、これまで通り確実に作戦を遂行するだけだと思っていた。決して犯罪都市を見くびっていたわけではない。しかし、どんな現場にもイレギュラーはつきものだ。
彼女は持ち場でチンピラの銃撃戦に巻き込まれ、あろうことか通信手段を失った。さらに不運なことには、どうやら他の持ち場でもイレギュラーが起きたらしかった。作戦概要をお互いに共有していたとしても、現状把握ができなければ孤立したも同然。結局、自分の命最優先を前提に脱出ポイントまでたどり着いたころには、上司や仲間は既にロアナプラを出発していた後だった。
「さて、これからどうするか」
脱出ポイントだった港を離れた彼女は独り言を放ちながらある酒場を思い出す。情報収集のために立ち寄ったガラの悪い店。そして自分たちにとってはターゲットがよく訪れる場所として襲撃対象になっていた場所。
…確か2階は娼館だったはず。訪れる価値はあるはずだ。目標を定めた彼女は迷わずそこへ向かう。
そして彼女が見たのは、
--先日まで「イエローフラッグ」と看板が掲げられていた店が、原形をとどめずに変わり果てて全壊した姿だった。