置き去りの場所で   作:ひいろs

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13.例えば名前を付けるなら

 アキラは夜の時間帯に仕事をしている割に起床時間が早い。前職での軍隊式の生活やそれに伴う睡眠の浅さもあって体にそのリズムが染みついている。その日も彼女は普段通りの時間に目が覚めた。しかしそこは自分の部屋ではなく、今現在身を寄せているバオの部屋。そして彼女自身は一人、裸で彼のベッドに寝ていた。

 バオの所で世話になってから今日で一週間になるが、やはり男と女が一つの部屋で過ごすのに事が起こらないわけが無かった。二人で過ごすうちにどちらからともなく何度か身体を重ねた。バオからしてみれば、まんまと娼館の女たちの予想にハマったのだ。

 だが、自分たちは恋人ではないとアキラは考えていた。現に、彼はいつも、それこそ行為の後でも必ずダイニングにあるソファの方で寝る。「ケガ人を狭いところで寝かせられないから」とそれらしい理由でアキラを気遣っているが、その割にやることはやるのでアキラには彼の線引きが良く分からないままでいる。それにお互い、恋人らしい振る舞いを行為中以外では全くしていない。アキラも恋人が欲しかったわけではないので、正直今くらいの距離感が楽だと感じていた。

 今日も、その例にもれずバオはソファに寝ている。彼を起こさないように、アキラはシャワーを浴びに着替えを持って静かにその脇を通った。

 

「…アキ、お前服着ろよ」

 

「あれ、起きてた。おはよ、バオ」

 

 注意していたつもりだったアキラだが、いつ起きたのか分からないバオが身体は横たえたまま、顔だけこちらを向いている。彼は裸でうろつくアキラを窘めると、煙草に火を点けながら「俺も入るから早くしろ」とせっついた。

 

 お互いにシャワーを浴び終わり、軽く朝食を取っていると、バオから良い知らせがあった。

酒場〈イエローフラッグ〉は、完全とはまだ遠いが、何とか営業できるほどには修繕され、2階の娼館〈スローピー・スウィング〉も部屋自体は使えるようになったらしい。と言っても娼館の営業自体はもう少し先だとか。娼館の一角にあるアキラの部屋もひどい状態ではあるが一応戻れるようになったとのことだった。

 酒場の方はここ数日の準備のお陰で、今日営業を再開出来るのだそうだ。バオは「そんなにすぐ決めんでもいいぞ」と言ってくれたが、アキラにとってこれ以上世話になるのはやはり申し訳なかった。結局、今日のうちにアキラは自分の部屋に戻ることを決めた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「アキ、そろそろ出るぞ」

 

 昼過ぎ。バオが荷物をまとめているアキラを呼ぶ。店の営業準備をするバオと一緒に、アキラも車に乗せてもらうことになった。

 

「うん、分かった。先に乗ってて。すぐに行く」

 

 バオはそれを了承し、車へと向かった。アキラも忘れ物が無いかを確認する。この部屋のなかで使っていたのは主にベッドとダイニング代わりの低い机とそれに合わせたソファ。     

 ソファではいつも二人で食事をとっていた。隣にいるバオに慣れていくうちに随分と色んなことを話したし、甘えさせてもらったとアキラは思い出す。そのぬくもりがまだ残っているようで、彼女はソファの背を軽く撫ででから、部屋を出た。

 

「バオ、お待たせ」

 

 そう言ってアキラが車に乗り込む。彼女は、世話になったと合鍵を返し、礼はまたいずれするが、とバオにひとまずの感謝を伝えた。彼は「次はごめんだからな」と言葉とは対照的に少し照れた様子で笑った。

 

 

 

 

 アキラが一週間ぶりに見たイエローフラッグは、未だに改装用の足場が外側に組まれており、やはり通常営業までには時間を要すると感じられた。しかし、内側はある程度修繕が終わっており、酒場であれば何とか客を入れられそうだった。バオが開店準備をすると言うので、アキラもそれを手伝おうと思っていたら、「まずは自分の部屋を見てこい」と彼に促されてしまった。ついでにホテル・モスクワに彼女が連行された際、彼らに没収されたアキラの武器類をバオが預かっていたため、それを返してもらい、アキラは自分の部屋に向かった。

 二階も一階と同様に、中の修繕はほぼほぼ終わっていた。ただ個々の部屋に残っていた私物は爆発によって、全く残っていないらしい。女たちは逃げる際に私物を持ち出していたので、最低限大事なものは手元にあるはずだ。かく言うアキラも、元々部屋に私物をほとんど置いていなかった。そのため、一週間ぶりに帰ってきた自室は、それほど代わり映えしないものだった。

 

「ふぅ…」

 

 アキラはベッドに腰を下ろすと一息ついた。狭い個室だがそれなりに落ち着いた心地で、彼女は、まだ仕事再開は先だが、武器の調整をしておこうと作業を始めた。しかし、武器は没収されていたにもかかわらず乱雑に扱われた様子が無かった。意外な結果に、手入れにはそれほど時間もかからず、彼女はすぐに暇になってしまった。いよいよやることが無いので、今度こそ大義名分を掲げて、下の酒場を手伝おうと、彼女は階段を降りて行った。 

 

「お、アキ。部屋どうだった?」

 

 降りた先の酒場では、バオが床の掃除を行っていた。アキラに気づいた彼がそう尋ねたため、見た通りのことを返す。

 

「おかげさまで元通りだったよ。…手伝うことある?」

 

「なんだよ、もっとゆっくりすりゃいいのに。働きモンだな、お前さん。と言っても、あとは掃除だけだな。この通り、搬入なんかは昨日までに終わらせちまったしよ」

 

 そう言われてアキラがカウンターの方を見ると、先日ぶちまけられたであろう酒瓶は一つの傷も無いものが並べられ、機器類やテーブルや椅子も新調されたようだった。バオは、大した仕事じゃないがと前置きし、彼女にも掃除の手伝いを頼んだ。しかし、それもすぐに終わってしまい。後は客を待つのみになった。

 

「ありがとな、アキ。うし、快気祝いだ、一杯飲んでけよ」

 

「全然何もやってないけど…。そうだね、もらっておこうかな。ありがとう」

 

 アキラが氷の入ったグラスを受け取ると、バオはそこに適当な酒を注いだ。アキラはグラスを掲げ再びこの一週間の礼を言うと、ぐいと酒を煽った。

 

「ふぅ。光栄だね、再開初日の一杯目なんて」

 

 アキラはそう言いながら目の前のグラスを見つめる。バオは、「そうかい」と返事だけをして、あとは二人の間に沈黙だけがあった。彼との一週間の同居生活で、こうした間も随分気楽になったと、アキラはそう考えながら少しだけ笑った。

 そう時間は経たないうちに、酒場の扉が開いた。そして一週間ぶりに常連であるラグーン商会の面々が入ってきた。

 

「よぉ、バオ!しっかり直ってんじゃねぇか。お、アキ。元気だったか?聞いたぜ、ホテル・モスクワの連中にシメられたんだってな」

 

 明るく話すレヴィの顔には、一週間前にあったメイドとの殴り合いの跡がまだ残っている。

 

「あはは…。二度目が無いことを願ってるよ」

 

 レヴィの言葉にアキラは困ったように言う。するとダッチがいつかの約束だと、アキラに酒をごちそうすると提案した。彼女もそれを歓迎し、カウンターを離れ、テーブルに五人で飲むことになった。

 その後も続々と客が来店し、あっという間にいつものイエローフラッグの雰囲気が戻ってきた。そんな中でラグーン商会とアキラはリラックスした様子で酒を飲み交わしていた。

 

「そういや、お前なんでここにいんだ?上の営業はまだ先なんだろ?」

 

「私、上の部屋の一つに住んでるからね。入れるようになったって聞いて、早めに戻ってきたの」

 

 レヴィがバカルディをアキラの空いたグラスに注ぎながら、不意に質問した。彼女の答えに納得しつつも、レヴィにはもう一つの疑問が浮かんだようで、眉間にしわが寄った。

 

「あ?じゃあ改装中はどこにいやがったんだよ」

 

「あー、えっと、…あの人の所に」

 

 レヴィの二つ目の質問にアキラは「しまった」と後悔したが、どうせバレるだろうと早々に諦め、カウンターのバオを指さして言った。そんな彼女の言葉の意味を理解したロックが赤面して尋ねた。

 

「えっと、それはつまり、君とバオは」

 

「野暮だぜ、ロック。そもそも前からそこ二人、デキてるって話あっただろ」

 

 ロックの言葉にレヴィが文句をつける。ベニーやダッチもそれに対し、「野暮は野暮だが、噂の真偽は気になる」などと言っている。アキラも自分は構わないが、バオは嫌がるかもしれないと考えて盛り上がっている一行に口をはさんだ。

 

「待って待って、別に彼とは恋人って訳では…」

 

 

 

「ハァイ。アタシも混ぜておくれよ。」

 

 アキラがいつも通りうわさを否定しようとしたとき、彼女の隣に見覚えのあるサングラスをかけたガラの悪い金髪の女が腰かけた。暴力教会のシスター・エダ、今は修道服を着ておらず私服だが、アキラはそう記憶していた。エダはにやにやしながらアキラに問いかける。

 

「聞いちゃったけどよ、アキ~。じゃあ何さ、この一週間でアンタ、バオの奴と何も無かったって言えんのかい?ええ?」

 

「ああ…、シスター・エダ?さっきも言いましたけど、彼とはホントにそんなんじゃ、」

 

「首に跡ついてんぞ」

 

「え」

 

 アキラは思わず首を押さえる。それを見たエダが楽しくて仕方がないといった表情で笑った。アキラは一本取られたと悔しそうな表情を顔いっぱいに浮かべてエダを見た。

 

「あっはっはっは!!はったりだよ。ま、男女が一緒に暮らして何もねぇなんて、バオの奴にも不名誉な話だぜ。…で、どうだった?奴とのファックはよ」

 

「…言いたくないです」

 

「エダ!テメェ、アタシがソレ聞こうとしてたんだぞ。横入りしてくんじゃねぇよ」

 

 レヴィがエダの乱入にイラつきながら、自分も詳細を聞こうとアキラとの距離を詰める。そしてアキラはそのままレヴィとエダにバオとのことを質問攻めにされ、心の中で彼に何度も謝った。

 

「おいおい、さすがにバオに同情するぜ。共犯にはなりたくねぇ。後は女三人で仲良くやりな」

 

 ダッチがそう言うと彼女たちをテーブルに残し、ベニー、ロックとともにカウンターへ移動した。事情を知らぬバオは、ダッチの行動について不思議そうな顔をして聞いた。

 

「ん?ダッチどうした。向こうで飲んでたんじゃねぇのか」

 

「女三人のゲスなトークを肴にする趣味はねぇよ。やり玉に挙げられてる野郎を思うと気の毒で泣きそうだ」

 

「…なぁ、そのかわいそうな野郎について悪い予感がするんだが」

 

「知らねぇ方がお前さんのためだぜ、バオ」

 

 バオが顔を覆ってうなだれる。ダッチがそんな彼を労わるようにグラスを掲げた。ロックも苦笑いを浮かべ、ベニーとともに同情した。そうしているうちにも、アキラたちのテーブルの盛り上がりが大きくなった。バオはそれを恨めしそうに見ながら、カウンターに並んだ男三人に言い訳の様に呟いた。

 

「…だって同じ部屋だぜ」

 

「ま、そりゃ致すわな。ヤんなきゃむしろ失礼にあたる。だろ?ロック」

 

「えっ…!まぁ…、成り行きってあるよなぁ。でも、ワンナイトならまだしも彼女ここに住んで働いてるし。気まずくないのか?」

 

 納得したダッチがロックに話を振る。とばっちりだと言わんばかりにロックは慌てたが、純粋に疑問だったことをバオに尋ねた。バオは少し考えて、淡々と答えた。

 

「あー、そんなのは無かったな。自分で言うのもなんだが、最中は割と白熱してたんだ。それがよぉ、終わった途端にあいつ喉乾いたっつってビール飲み始めたんたぞ。余韻もくそもねぇよ。あれじゃ、ビジネスの連中のほうがまだ夢見させてくれるぜ」

 

「うーん…、そりゃ」

 

「だろ?つーわけで割り切った関係なんだよ。ま、それも今日からは無ェがな」

 

ロックは彼の話の生々しさに若干引きつつ、二人の距離感について何となく分かった。そしてこの街では、人同士もドライな関係の方が合っているのかもしれないと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、セフレってことか。いいのかぁ?身近なとこで手ぇ打っちまって」

 

「バオもいい人だよ。ていうか他に当てなんか無いって」

 

 テーブル席で残された女三人は相変わらず盛り上がっていた。アキラは最初こそエダに敬語を使っていたものの、エダ本人が嫌がったため、すでにタメ口になっている。エダとレヴィは思惑通り、アキラにバオとの関係について根掘り葉掘り聞きまくった。アキラも抵抗のポーズは見せたが、しばらくして打ち解けるとあっさりと彼女たちの尋問に従った。

 

「でもよぉ、虚しいだけじゃねぇか。体だけの関係なんてよ。さっさとくっついちまえよ」

 

「へぇ、レヴィは確固たるものが欲しいの?そんなタイプには見えないけど」

 

 アキラが少し驚いてレヴィの方を見る。レヴィは酒を煽りながら彼女を腹部を指さし、馬鹿を言うなと、言葉を続けた。

 

「心配してやってんだよ。子供でもデキたら困んのお前だろ」

 

 確かに、とアキラが納得する横で、エダがニヤつきながらレヴィの肩を抱き、距離を詰めながらからかうように言った。

 

「らしくねぇぞ、レヴィ。ま、アキがもしそんなことになったらいい医者紹介してやんよ」

 

「それ、いくらあなたに行くわけ?」

 

 エダの営業トークにアキラは肩をすくめながらそう言いつつ、「いざとなったら連絡する」と返事をした。一方、いまいち噛み合わない雰囲気に業を煮やしたレヴィは拗ねたように「なんだよ、もう勝手にヤってろ、クソ。」と吐き捨てて自身の空いたグラスに酒をなみなみと注いだ。

 

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