置き去りの場所で   作:ひいろs

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15.うまい話には裏があった(1)

 張に連れられた中華レストランにて、さほど時間をかけずに食事を終えたアキラを見計らって、店員が個室に入ってきた。聞けば、迎えの車が表にいるとのことで、「張大哥のご厚意です。」と説明された。至れり尽くせりの状態に寒気がしたアキラだったが、断るほどの強い理由も無いため、結局、彼の部下の運転する車に乗って帰ることにした。

 

「大哥からはまたいずれ連絡が来る。マダム・フローラにも話は通しておくから遠慮はいらないとの伝言だ。では。」

 

 イエローフラッグの前でアキラを下ろし、張の部下は運転席から手短に告げてその場を後にした。アキラは会話の噛み合わなさを感じつつも、これ以上考えてもらちが明かないと思考を切り替え、まだ開店前の酒場へ入っていった。

 

「バオ、いるー?」

 

 CLOSEの札がかかる扉を開け中に呼びかける。普段であれば店主が開店準備をしている時間であり、案の定、カウンターの奥にそれらしき人影が見えた。アキラは先ほどまでの出来事を話そうと近づくも、彼女より先にバオが口を開いた。

 

「…生きてっか?」

 

 訝し気にバオが尋ねる。冗談か本気か分からない彼の様子に、アキラは少々呆れつつ、おそらく女たちから事情を聴いたのだろうと察し、肩をすくめる仕草をして言った。

 

「見ての通り元気だよ。むしろ高級なお昼ご飯を奢ってもらっちゃった。」

 

「なんだそりゃ。俺が娘らから連絡受けてどんだけ驚いたと思っていやがる。…毒盛られたりしてねぇよな?掃除屋呼ぶのは面倒だぜ。」

 

「わざわざそんなことしないでしょ。ていうか、心配とかしてくれないわけ?傷つくー。」

 

 コメディカルなやりとりにアキラが憤慨するポーズを見せるも、バオは全く気にしない。そのまま自身の疑問を彼女に尋ねた。

 

「知らねぇよ。で、あちらさんは何の用だったんだよ。ホテル・モスクワと似たようなもんか?」

 

 それがね、とアキラはカウンターの椅子に座ると、先ほどとは変わって真面目な口調で一部始終を話した。バオも初めは彼らしからず真剣に聞いていたが、張の言ったアキラを連れてきた目的の部分で思わず「はぁ?」と声を上げた。

 

「意味が分かんねぇ。ホントに顔合わせだけのつもりでお前を拉致ったってことか?」

 

「やっぱり、そう思うよねぇ。変わった人なのかな、ミスター・張って。」

 

「まぁ、ここじゃ常識が非常識だしな。気まぐれで人を殺すやつがいるなら、気まぐれで食事に誘うのなんて可愛いもんだ。で、その仕事ってな、いったい何をやんだ?」

 

「それもまだ…。時期も内容もまだ分からないって。」

 

「うーん、殺しなら専門の奴はこの街に腐るほどいやがるし、それこそ三合会の下請けってのもいる。お前に白羽の矢が立つ理由がいまいち見えねぇな。」

 

 結局、その後二人で事実をなぞっても納得のいく答えは出なかった。そうしているうちにそろそろ開店という時間になってしまった。バオが慌てて準備を再開する。アキラは彼の手を止めてしまったことを詫びながら、慣れた様子でそれを手伝う。彼女が扉の札をOPENに変えたと同時に、本日最初の客がやって来た。

 

「あ、えーと、いらっしゃいませ。」

 

「あ?お前、娼館の用心棒の…。ほおー、そういうことかい。」

 

 入ってきた男はアキラでも見覚えのある常連の客だった。確か賭場の関係者だったと彼女は記憶している。見るからにアウトローな風貌はこの街ではさほど珍しくも無いが、男は扉を開けてぎこちなく招き入れるアキラに対し、ニヤつきながら先の言葉を送った。

 アキラには男の納得したような表情と、「そういうこと」という言葉の意味がなんとなく理解できた。

 

「どうも。残念ながら、その予想は外れ――。」

 

「いい、いい。こっから先は野暮だ。じゃ、失礼するぜ。」

 

 また勘違いをされて噂を広められるのも困ると、アキラは男の妄想をやんわりと否定しようとした。しかし男は聞く耳を持たず、話を遮ってさっさとカウンターの方へ行ってしまった。アキラの「勝手だなー」という視線を背に、男はカウンターのバオに野次馬気味に話しかけた。

 

「よぉ、バオ。いつからこの酒場は夫婦経営になったんだ?教えろよ、水くせぇじゃねぇか。」

 

 男がアキラのいる方向を指さしながら言う。男のニヤけ顔を前にしてバオは眉間のしわを深くして、男がいつも注文するグラスと酒を乱暴にカウンターの上へ置いた。

 

「あん?アイツとはそんなんじゃねぇっていつも言ってんだろ。変な噂立てんなよ。いちいち説明すんのが面倒だ。」

 

「テメェのゴシップでクソ共の話題が持ち切りになるわけねぇだろ。しかしハタから見りゃ、まー新婚は無理だが、内縁の妻くらいならイケるぜ。どうせ手は出してんだろ?」

 

「うるせぇ、余計なお世話だ。」

 

 男のくだらない話にバオがうんざりしていると、表での作業を終えたアキラが中に戻ってきた。自分の部屋に戻ると言う彼女を、常連の男が「せっかくだから一緒に飲もう」と引き留める。バオは気にしなくていいとアキラを気遣ったが、彼女は構わないとカウンターに腰かけた。

 

「アキって言ったか?アンタとは話してみたくてなぁ。特にあれだ、ホテル・モスクワの事務所での話とかよお。」

 

男から出た「ホテル・モスクワ」の単語にアキラは苦い顔になる。彼女はバオが出してくれた酒を舐めるように飲みながら歯切れの悪い言葉を並べる。

 

「あー、あれはあんまり面白くもないし、それに思い出したくもない、です。というか噂のまんまですよ。それより、そちらには何か無いんですか?」

 

 アキラの遠慮がちながら堅い意志を感じる口調に男も「そうか?ま、無理強いはしねぇよ」と了承する。そして顎に手を当てて考える仕草をすると、ふと思いついた顔をした。

 

「こっちではそうだな…。ああ、よくは分からんが、ホテル・モスクワ絡みで一個あったな。」

 

「なんだ?お前さんの賭場でロシア人が暴れた話なら腐るほど聞いたぜ。今さら面白くもなんともねぇ。」

 

「いや、殺しだよ。」

 

 バオが茶々を入れるも、男は神妙な面持ちで一言そう言った。アキラはそれにひどく違和感を覚えた。彼女自身、この街に来て半年も経たないが、それでも殺しがとりわけ話題に上るほど、ロアナプラが平和な場所ではないことは分かりきっている。そんな背景を以って彼女は男に尋ねた。

 

「殺し?そんなのこの街じゃ珍しくも無いんじゃ…?」

 

「お、アンタもいっちょ前にこの街の人間になってきたな。その通り。殺しくらいじゃ話のタネにはならねぇ。だが、俺の知る限り現場がちと異常でな。」

 

 そう言って男はホテル・モスクワの構成員が殺された現場の様子を語った。場所は男の所とは別の、ホテル・モスクワが仕切っている賭場だったと言う。嵐のような銃声と悲鳴を聞いて駆けつけると生きている者はおらず、無数の穴が開いた死体と切断された手足が転がっている無残な光景が広がっていたとのことだった。そしてその中の一つがホテル・モスクワの構成員だったというのだ。

 

「わざわざホテル・モスクワのシマにカチコむ馬鹿がいるとは想像もしたくねぇが…。あ、アキは別だぜ。アンタのは不可抗力だしな。まあ、あの徹底ぶりからして、喧嘩が発展して撃ち合いになったって訳じゃなさそうだ。」

 

「じゃあ、誰かが意図的にそいつを狙った?」

 

「その可能性はある。その辺はバラライカもすでに動いてる。俺んとこにも聞き込みが来た。」

 

アキラの言葉に男は頷く。ひとしきり話すと、すっかり氷の溶けたグラスの中身を一気に飲み干し、新しい酒をなみなみ注いだ。

 

「なんにせよ早く解決してほしいぜ。あれがピリピリしてっとろくなことになんねぇ。」

 

 バオは懸念を口に出すが、男がそれを「縁起でもねぇ」と鼻で笑う。そして彼の前に自身の手を広げて言う。

 

「壊されるに“5”だ。アキは?」

 

「賭けにならないですよ。私も壊されるに一つ。」

 

 アキラの答えに男がげらげら笑った。「当たったらデカいヤマだぜ。張っとけよ」と男が言うも、アキラは「絶対損をするから」と断固拒否した。そのやりとりを目の前にして、バオはこめかみに血管を浮かせて叫んだ。

 

「テメェらぶっ飛ばすぞ!」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 娼館の営業が再開して一か月弱。その日の開店前、アキラはマダム・フローラの部屋に呼ばれていた。急に彼女が用事を言いつけるのはいつものことだが、どうやら今回は事情が違うらしい。アキラは既に部屋にいたマダムとその隣の男――三合会の彪を見て悟った。

 

「彪さん、お久しぶりです。」

 

「ああ、しばらく。マダム・フローラ、さっきの件、よさそうか?」

 

「うちは構わないわよ。」

 

「では謝礼は指定のとこに振り込んでおく。」

 

 マフィアと話しているというのにマダムの表情は普段と何も変わらない。彪も世間話をするかのような穏やかな調子で彼女と何やら折り合いをつけると、アキラの方に向き直った。

 

「さて、アキラ。急で悪いが仕事の依頼だ。決行日は今日の夜。詳しいことは車内で説明するが…。」

 

「ああ、ミスター・張の言ってたやつですか。それにしても今日とは随分急ぎですね。」

 

 マダムと話していたときとは打って変わって、彪は事務的な口調になった。淡々と話す彼に、先日の張との食事を思い出したアキラは、彼がここにやって来た理由に確信を持った。思わず本心を彪に出すと、彼は苦笑いしながら話を続ける。

 

「悪いって言ってるだろ。ひとまずお前の部屋に行くぞ。あと、女たちも呼んで来い。ちょっと準備があるからな。」

 

「ああ、皆なら今私の部屋にいますけど。…準備?」

 

 アキラの疑問に彪は「ちょっとな」とだけ言って彼女の部屋へ移動した。そこにはいつも通り、開店を待つ娼館の女たちが部屋の主そっちのけで寛いでいた。開いた扉の先の彪に驚く女たちを前に、彼はアキラの肩をつかんで言い放った。

 

「お、揃ってるな。お前らに仕事だ。こいつの格好を下品な売春婦に仕立ててくれ。」

 

「え!?」

 

 予期せぬ彪の言葉にアキラは驚きの声を上げる。そんな彼女とは裏腹に女たちはのんびりと彪に問いかける。

 

「あらぁ、彪さんどうしたの、いきなり。」

 

「理由を説明してるヒマはねぇ。安心しろ、謝礼ははずむと大哥から仰せつかってる。」

 

「ふーん…。ま、理由は後でアキから聞くわ。いいわよ、やってあげる。」

 

 「謝礼」の言葉にあからさまに態度を切り替えた女たちをアキラは恨めし気に見つめる。君らもう少し思いやりがあってもいいんじゃない、と。

 

「おう、なるべく色気のある女にしてくれ。」

 

 彪が注文を付けると、女たちが「うーん」と頭を抱えた。分かっていたがアキラもなんだかへこむ。

 

「素材の問題もあるからねー。でも楽しそう。アキ、丁度いいわ。こないだミスター・張に買ってもらった服着なさいよ。」

 

「あれじゃ、ちょっと地味じゃない?私の貸すわ。」

 

「あたし、メイクしたーい!」

 

「え、アタシも!待ってて、道具取ってくる。」

 

 本人の意思を無視して次々と案を出して盛り上がる女たちは各々の部屋へ向かった。あまりの唐突さからアキラは気が抜けたように、誰もいなくなった部屋のベッドに腰かける。

 

「お前、愛されてんな。」

 

 彪が隣に座ると半笑いで彼女に言って煙草に火を点けた。アキラはそれを眺めながら疲れた様子で反論する。

 

「私には人をおもちゃにしてるようにしか見えません。」

 

「んなこと言うなよ。あ、武器は必要最低限にしろよ。あんまり多く持っていくと怪しまれる。」

 

 彪の発言に「やはり荒事か」とアキラはこれからの仕事の内容を察する。そこでふと、気付いた。

 

「彪さん。私、仕事を受けるとは言ってないんですけど。」

 

「マダムがいいってよ。雇用主だろ?」

 

「でも、用心棒の仕事が、」

 

「今日だけウチの奴を代理でよこす。文句ねぇだろ。」

 

 にべもなく反抗を無碍にされ、アキラは大きく諦めのため息をつく。そうしているうちに娼館の女たちによる、アキラのドレスアップが始まった。

 

「そういえば、彪さん、ホテル・モスクワの件ってなんか分かった?」

 

 アキラにメイクを施している途中、一人が彪にそう尋ねた。彪も間を空けずそれに答える。

 

「目下調査中だな。ウチとしても長引くのは本意じゃねぇ。お前らんとこもそうだろ?」

 

「そうなのよねぇ。ここは中立地帯って言ってもやっぱりお客さんは減ってるわね。マダムが嘆いてたわ。」

 

 彼女の言葉はアキラにも覚えがあった。確かに今、客が減っているのだ。マダムもそれを気にして落ち込んでいたが、その理由がホテル・モスクワにあったとは知らなかった。メイク中ではあるがアキラは思わず口を開く。

 

「ホテル・モスクワの件って?」

 

「やだ、アキ知らないの?殺しよ。ここ一ヶ月で立て続けにホテル・モスクワの構成員が殺されてるの。しかも全員同じ手口で。」

 

 そこまで聞いてアキラは自分が以前聞いた話を思い出した。賭場で死んだというホテル・モスクワの構成員。もし、同じような死体が続いているのだとしたら。

 

「…それって、銃の乱射と手足の切断死体?」

 

「テメェは変態趣味でもあんのか?その通りだよ。何で知ってる。」

 

 彪に問われ、「実は…」とアキラは前に酒場の常連から聞いた話を伝えた。彪はそれを聞き、他の殺人もほぼ同じ手口であり、警察も同一犯として見ていると言う。身内を次々に殺されているホテル・モスクワ、もといバラライカはかなり気が立っているようで、彼のボスである張も事件解決のために動いているとのことだった。

 そんな話を聞きながら、アキラの身支度が終わった。女たちの手ごたえとしては上々であることが表情から見て取れる。アキラは恐る恐る自分の姿を鏡で確認した。

 

「…なんか変。」

 

「見慣れてないだけよ。ちゃんと可愛いわよ。」

 

「おう、見違えたぞ。女ってすげぇな。」

 

 開口一番に出たアキラの感想を、娼婦の一人がすかさず否定する。彪も素直に、先ほどまでとはかなり変わったアキラの姿と女たちの腕を褒めた。

 普段ほとんど使わないアキラの部屋の姿見に映るのは女たちによって着飾られた自分自身。タイトで胸の開いたワンピースに高いヒール、目元を強調したメイクと下ろして巻いた髪。いつもの自分と比べれば格段に華やかだが、どうも落ち着かない。そんなアキラの姿に娼婦の一人が言う。

 

「ホントに良いわよ、アキ。せっかくだしバオに見せてきたら?」

 

「え、やだ!どうせ笑われちゃうよ。」

 

 アキラは気恥ずかしさから彼女の提案を拒否する。それに下にはバオだけでなく普段の彼女を知っている人間が多くいる。せっかく綺麗にしてもらっておいてなんだが、馬鹿にされるのはごめんだとアキラは嫌がった。

 

「そんなことないわよー。いつもより優しく抱いてくれるかもよ。」

 

「むしろ、普段より燃えるかも。チャンスじゃない、アキ。」

 

「いやいや、何のチャンス。」

 

 勝手に夜の方に言及されているが彼女たちにバオとの関係を話したことは無いはずだ。アキラは個人情報が駄々洩れしている自身を憐れみながら、再度彼女らの提案を否定する。女たちが「えー」と不満そうな顔をしたとき、その間に彪が割って入った。

 

「盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ時間だ。それとバオには悪いが、アキラが今こうしてることは案件が済むまで他言無用で頼む。」

 

「あら、残念。そういうことなら仕方ないわね。酒場の連中に見られたくないなら裏口使う?」

 

 彪が言うならと女たちが引き下がる。アキラは正直助かったと思ったが安堵する暇もなく、すぐに移動するらしい。

 

「最初からそのつもりだ。助かったぜ、お前ら。じゃ、くれぐれもよろしくな。」

 

「はーい。アキ、行ってらっしゃい。」

 

「あ、うん。行ってきます。」

 

 女たちに見送られ。アキラは彪とともに娼館を出て彼の運転する車に乗り込んだ。車はロアナプラの中心街へ向かい、彪はその道中、アキラが今日何をするのかについて話し出した。

 

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