置き去りの場所で   作:ひいろs

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19.分かたれたのはほんの些細なこと

「色気がねェ」

 

 薄暗い店内と対照的にちかちかするほどのミラーボールのあやしい光が妖艶な雰囲気を醸している。広いソファに腰掛けた派手な身なりの黒人、ローワンは目の前の女に対し、ぶしつけに言い放った。

 

「関係ないでしょ、用心棒なんだから!」

 

 眉根を寄せて反論したアキラが今いるのは、ラチャダ・ストリートにある彼の店、ジャック・ポット・リトル・ピジョンズ。彼女は商売敵であるこの店に用心棒として期間限定で雇われたのであった。スローピー・スウィングは双子の件が片付くまで休店を決めた。それを聞きつけたローワンが、「だったらアキラを貸してくれ」とフローラに頼んできたのだ。

 

「大アリだ。てめぇ、この店の内装見えるか?俺んとこはお宅と違って非日常なわけよ。野郎はともかく、たとえサル寄りだろうが、女がその辺の市場にいる格好で店に立たれると困るぜ。つーわけでほい、着替えて来い。分かんなかったら女どもに聞きな」

 

 もっともらしいことをローワンが言うが、よく聞くとなかなか失礼な話である。が、アキラも自分の容姿が良いとは決して思っていない。マダムに送り出された手前、些細なことでトラブルを起こすのは本意ではないため、渋々了承して着替えに行こうと、ちょうどステージの裏にあるバックヤードへ足を向けた。

 

「ふーん。あなたも大変ね。せっかく店が休みならゆっくりすればいいのに」

 

「いやあ、性に合わないと言いますか…。え、ていうかこれ短くない?」

 

 バックヤードの更衣室でアキラがこの店にやってきた経緯を聞いて娼婦兼ダンサーの一人が言う。アキラはローワンから渡された、やたらボディラインを強調した衣装を見ながらすでにげっそりしながら答える。

 

「ミスター・ローワンの趣味。それでもこの店じゃ地味な方だし――」

 

「アキ!大変、ちょっと来て!!」

 

 スローピー・スウィングでは服装について何も言われなくて幸いだったとアキラがひそかに感謝していると、ホールにいた娼婦が彼女たちのところに駆け込んできた。アキラ指名ということは十中八九荒事だろう。彼女は悪趣味な衣装をその場に投げ捨て、急いでホールへ向かった。

 

「迷惑客?」

 

 ホールへ続く扉の前で、アキラが案内してくれた娼婦に尋ねる。聞かれた彼女は眉根を寄せて少し戸惑いながら言った。

 

「ううん。えっと、ホテル・モスクワなの」

 

「はぁ!?」

 

 自分の質問に肯定が返ってくるとばかり思っていたアキラだったが、予想外の相手につい声が大きくなる。だが彼女が「なぜ」と言葉を発する前に、娼婦によって扉が開かれた。

 

「なんでお前がここにいるんだ」

 

 アキラは怪訝そうに声をかけてきた男に見覚えはなかったが、その口ぶりと雰囲気からしてホテル・モスクワの構成員だろう。「成り行きで」と自身がローワンのもとにいる理由を説明していた途中で、おびえたローワンの声がその場に響いた。

 

「たたた、頼む!い、言うとおりにするからっ、あいつも一緒に連れて行ってくれ!」

 

「ちょっと!ミスター・ローワン!!」

 

 文字通り奥歯をがたがたさせて何とか話すローワン。その内容に今度はアキラが声を大にする。なぜ自分も?巻き込まれるなどたまったものではないと、アキラは頑としてついて行く気など無い。意思を示す彼女だが、対するローワンも「なんでだよォ!?仕事だよ、仕事!!」と譲らない。そんな二人の押し問答に、ついにホテル・モスクワの一人がしびれを切らした。

 

「騒ぐな!こちらも急いでいる。なんでもいい、早く来い」

 

 そうして半ば強制的にローワンと、ついでにアキラもホテル・モスクワの車に乗せられ、事務所に連行されてしまった。

 

「なんだよォ…、なんで俺がこんな目に…」

 

 冷房の効いた車内にもかかわらずだらだらと汗を流しうわごとを述べるローワンとは対照的に、彼の隣に座っているアキラは落ち着いていた。不本意ながらも彼らの事務所を訪れるのは二回目であるし、ホテル・モスクワの用があるのはローワンで、それも双子の件がここまで荒立っているなか、わざわざ彼を別件で呼び立てたりしないだろう。おおかた双子に関係しているはずだ。ただ、それが何なのかはアキラにも見当がつかなかった。移動中、自分にしがみつくローワンを軽くあしらいながら、彼女はバラライカの目的について考えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「キッズポルノに、スナッフビデオ?」

 

「何が何だか分かんねェけどよッ!地獄のオフィスに召喚されてまだ生きてんだ、俺ァ!とにかく急がねぇと!!」

 

 興奮した口調でローワンが叫ぶ。その手は休まることなく、蒸し暑い倉庫内の棚を物色し続ける。傍らには積まれた多数のVHS。バラライカのオフィスに呼ばれた彼が何を命令されたのか、部屋にまでは同行しなかったアキラにはよく分からない。なおローワンを待つ間留まった車の中でホテル・モスクワの構成員に聞いてもなしのつぶてで、彼女はいい加減全容の見えないこの状況にうんざりしていた。それでもローワンは自分の作業中も護衛にいろと言ってきかなかった。

 

「ふーん…」

 

 アキラは煙草に火をつけながら彼の作業をぼんやりと見つめていた。こういった変態御用達のビデオの類など見たことはなく、ほとんど知らない世界だ。あっという間に積みあがっていくそれに世も末だと感想を抱く彼女に、ローワンがいら立ちをぶつけるように怒鳴った。

 

「テメェも手伝えよ!!殺されてェのか!?」

 

「手伝え、つってもさ…」

 

 自分には右も左も分からないとアキラがジェスチャーする。対するローワンは暑さによるのかそれとも恐怖によるのか分からない汗の吹き出す顔をさらに険しくさせながら、また大きな声でアキラにビデオの中身を確認していくよう指示を出した。

 

「床汚すんじゃねェぞ」

 

「はーい……」

 

 そう言われて再生したビデオだが、危うく腹の中のものをぶちまけかけた。気持ち悪い。胸糞悪い。狂ったクソども。そんな言葉ですらすべてを見終わった感想としては到底足りるものではなかった。

 

「おおい、グロッキーかよ。大したことねェなあ、用心棒とやらも」

 

 積み上げた再生済みのビデオの向こうからローワンが呆れたように声をかけた。今のアキラにはこの男の変わらぬ態度も腹立たしい。声を張るほどの元気はないが、それでも精一杯の嫌味をぶつければ気が晴れるのではないかと思えた。

 

「……これに関わった人間が全員死ねば世の中ちったあ良くなると思うけどね」

 

「おーおー、いっちょ前に説教垂れやがって。で、どうよ?収穫はあったか?」

 

「うん。これなんだけど――」

 

 出された条件は二つ。銀髪の東欧人、そして双子。おそらくホテル・モスクワが追っている殺人鬼の手がかりなのだろう。何がどうなってスナッフビデオを調べようと思ったのか、変態どもが歓喜する映像を散々見続けたアキラにそんな気力は残っていなかったし、ホテル・モスクワ側も教える気はないはずだ。その証拠に、彼女たちを監視していたホテル・モスクワの構成員の一人が、アキラの手から例のビデオテープを奪い取った。

 

「本当に対象が映っていたのか?」

 

「自分で確認すれば?」

 

 使い走りをさせられた挙句、せっかく出した成果まで疑われれば彼女の言葉にも棘が生える。だが、言い返したことでその鬱憤が晴れる前に、アキラの顔に拳が入る。ローワンの細い悲鳴が聞こえたが、彼女は殴られたことでこれ以上は時間の無駄だと悟ったのか、何でもないように構成員をまっすぐ見た。

 

「いたよ。十代にもならない東欧人の銀髪の双子。男か女かは分かんないけど、まあ、あれならどっちでも関係ないかもね」

 

 ビデオの中身までは語らなかった。それでもひどく昏い目をした彼女から出た感想は、双子の境遇を想起させるに十分なものであった。

 ホテル・モスクワの男は顔色一つ変えず、淡々と状況を電話で報告する。他の構成員も続々とその場を後にして、事態が次の段階に移ったことが分かった。そんな彼らと、自身が解放される兆しを感じてあからさまにほっとするローワンとを交互に見ながら、アキラは自分のなかのいら立ちを抑えられずにいた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 その後、礼などあるわけもなくホテル・モスクワに半ば強引に退散させられたローワンとアキラだったが、時刻はすでに夜明け前。店主不在で営業したとは思えないローワンの店へ戻ってもやることはないので、彼女はそのまま休業中、まあこの時間なら普段でも営業は終了しているスローピー・スウィングへと帰っていった。

 

「あ、いた」

 

 自分の部屋に戻る前。まだ明かりがついていたので一階のイエローフラッグへと顔を出す。もはや客はいなかったが店主は閉店作業の最中のようだ。彼は怪訝な顔で、声の方向に振り向いた。

 

「んだよ。変態野郎んとこ、もうクビになったのか」

 

 まだこの時間ならやってんじゃねえのか?とからかう口調の割に、彼女の動きを追うバオの表情は硬い。それもそうだ。いつも飄々としているアキラが、明らかに「何かありました」と言った陰気な顔で力なくカウンターの椅子に座ってしまったのだから。

 

「給料から天引きな」

 

 そう言ってグラスに酒が注がれる。ぼーっと茶色の液体を見つめていたアキラだが、ふと火がついたようにパッとグラスを掴みそれを一気に流し込んだ。そうしたら、自分の胸につかえるこの気持ち悪さが無くなる気がした。

 

「おーい…。知らねえぞ、俺ぁ」

 

 グラスを空にして、項垂れたままのアキラをバオが言葉悪くもたしなめる。しばらくして顔を上げた彼女の目の焦点があいまいになっているのを確認すると、バオの心の中でため息が漏れた。

 

「私、別に恵まれてるなんて思ってないの」

 

 急にどうした、と口を挟むこともできた。だが嫌に真剣なアキラの様子に、バオにはどうしてもそんな気になれなかった。沈黙を許容と受け取ったのか、彼女はまた項垂れて、そして絞り出すように、呟いた。

 

「でも、あっち側にいたのは私だったのかもしれない」

 

 ――怖いの。本当にそう言ったのかは分からない。普段の彼女とはあまりにも違うから、聞き取れなかったのかもしれない。結局、バオに確かめる機会は与えられなかった。アキラは無言で立ち上がってカウンター越しに彼の頭に腕を伸ばした。そのままゆっくりと彼に口づける。バオも目を少々見開いたのみで、アルコールが十分に感じられる触れるだけのキスを静かに受け入れていた。

 

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