全壊した酒場〈イエローフラッグ〉。ターゲットの頻出場所として挙げられていたこの店が「銃火器の類で」無残な姿になっているということは、自分たちの作戦はここで遂行されたのだろう。
幸いなことに警察はいないようだ。というか道中に見かけた警察の車両は酒場とは反対方向に走っていった。おそらく既に見分を済ませたのだろう。異常なスピードだとは思うが、それがこの街というものなのかもしれない。
彼女は仲間が最後にいたこの店に入ってみることにした。もしかしたら何かあるかもしれないと。とても期待はできないが。
「…誰かいますか」
その言葉が虚しく感じられるほど、店内はひどいありさまだった。なぜ、人ひとり殺すのに店そのものを潰さなければならなかったのだろうか。ともかく店内の捜索を―――。
「誰だ!もう店は終いだ。見てわかんねぇか!」
どうやら人がいる。店の一番奥のカウンター。そこだけはわずかながら形を保っており、声の主はそちらにいるようだ。
女はまさか誰かいると思わずに、その場に立ち止まる。するとカウンターから、アジア系のバーテン服姿の男が顔を出し、銃を構えながらこちらをうかがってきた。
「…女?お前こんなところで何してやがる。酒が飲みたきゃ他あたれ。こっちは訳分らん連中に店めちゃくちゃにされて――――」
男の言葉はそこで一旦途切れた。彼はここの店主だろうか。と考えを巡らせていた女もその間に気を取られる。なぜ今この男は黙ったのか。
「てめえ!!その迷彩!!!」
そう言われて女は初めて気が付いた。自分の服装は上下迷彩のジャケットにズボン、そしてブーツ。つまりは作戦中となんら変わりない姿だったのだ。
「あいつらの仲間か!?今さら何しに来やがった!俺の店をライフルと手榴弾で穴ボコにするだけじゃ足りねぇってか!!!???」
ああ、やっぱり店主だったか。それなのに私は「あなたの店を襲った人たちの仲間ですよ~」と言わんばかりの格好で、のこのこと彼の前に現れてしまったわけだ。もういやだ。
「隊長に知られたら半殺しだな…」
もう会うことは無いであろう上司を思い出して女はつぶやく。ええい、この街に何とか紛れ込めればと思っていたが仕方がない。なりふり構っていられない。
「店主」
冷静に。女は自分に言い聞かせてなんとか言葉を絞り出す。
「あなたのおっしゃる通り、私はあなたの店をこんなにした連中の仲間だった」
男が銃を構えなおす。それでも続けるしかない。こうなりゃヤケだ。どうにでもなってしまえ。
「映画で見たことあるでしょう?軍の引き上げに間に合わなくて一人だけ戦場に取り残されちゃってるやつ。理由はだいぶ間抜けだけど私も同じなの。作戦中にポカやらかして、仲間と連絡取れなくなって、やっと脱出ポイントに着いたら誰もいなかった」
「……」
こっちが急にたくさん喋って男が圧倒されている。よし、続けよう。話を続けると同時に男に近づく。
「見捨てられたなんて思ってないよ。多分さ、時間になっても来ないってことはそういうことだと判断されちゃったわけ。残念だけど、私のキャリアはここで終わり。だからさ、」
男の目の前まで来た。ここまで撃たれなかったのは奇跡だろう。決めるしかない。覚悟を決めろ。
「―――私がここで生きていく方法を教えてください」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー…」
ここ――ロアナプラで生きていく方法を教えろ。そう目の前の女は言った。店主の男――バオは厄介なことになったと、内心頭を抱えていた。そもそもなぜ自分の店が襲われたのかよく分からないし(別に今までもこちらに非はない)、原因となった女とその仲間には当然ながら腹が立つ。
ただ、目の前の女が語る境遇は、自分が元兵士だったこともあって「はいそうですか」とは突き放せないものだった。死んだものとして結果として置きざりにされ、今後どうするにも、まずはこのゴミ溜めみたいな街で生き延びなければならない。しかも女の身で。だがこのまっすぐな目。まだ何もあきらめていないという顔だ。わざわざ危険を冒して、自分の正体をさらして、こんなボロボロの店で覚悟を決めている。
(じゃあこっちもいっちょ賭けてみるか!)
銃は構えたまま、バオは女に尋ねる。
「…なあお前さん、本当に行くとこは無いんだな?後ろに実はお仲間控えてましたーってこたぁねぇな??」
「ありません。なんでもいい。ここの下働きでも、上の階の娼婦でも、何ならあなたの商売敵を殺すのだっていい。とにかく生きていきたいんです。あいにく作戦中に私物は持たない主義なので。本当に無一文なんです。どうか、どうかお願いします」
女がまくしたてながら頭を下げる。必死さが嫌でも伝わってくる。くそ、こうなりゃヤケだ。
「――――分かったよ」
そう了承の言葉を吐き女に向けていた銃を下ろす。それを聞いた女が驚いた表情で言う。
「―――っ!!ありがとうございます、それじゃあ…!」
「ただしだ!あんたの愉快なお仲間がフェスティバルやったせいで見ての通り、うちの店はしばらくバカンスだ。うちでの仕事は頼めねぇ。その代わり、上の娼館のマダムにてめえを紹介してやる。俺がやるのはそこまでだ。あとは自分で何とかしやがれ!」
「ありがとうございます!頑張ります!!」
女の頭が先ほどよりも深く下がった。と思ったらいきなり頭をあげ満面の笑みを浮かべて言った。
「ああ、良かった!本当にありがとう。このご恩は忘れません。
―――私、アキラと言います。あの、あなたのお名前は…?」
その明るさに少々拍子抜けしてしまった。まあ、名前くらいいいか。どうせしがない酒場の店主の名だ。悪いようにはならんだろう。
「…バオだ。くどいが俺にできるのは娼館への紹介までだぞ。あとはせいぜい自力でやりやがれ」
もうすぐ外は夜明けだろうか。生き物や人の動き始める気配がする。
そして、今は原形をとどめないが、この街で一番ガラが悪い酒場の真ん中で。
一人の人間の新しい人生が始まった。