「よーォ、バオ!女連れとは珍しいなァー!テメェ、遂に店の女に手ェ出しやがったな!?」
バオとアキラは酒屋での用事を済ませた後、マーケットの通りの外のテーブルで昼食を取っていた。そこに賑やかな調子で声をかけたのは、派手なスーツを着たアフロの黒人の男。隣には女を侍らせて肩を抱いている。その姿は、庶民的な店が並ぶこの場所にはいささか場違いな様子に見える。バオは酒屋に続いて本日二度目の不躾な質問に、眉間にしわが残るほど苦い顔をして、吐き捨てるように言った。
「…ローワン。久々にど変態野郎の面見たぜ。商売敵に話すことは無ぇ。とっとと女連れてテメェの店帰んな」
ローワンと呼ばれた男は、「ツレねェなァ」とバオの悪態を鼻で笑い、アキラの方へ視線を移す。最初こそ愉しそうにアキラを値踏みしていたローワンだったが、すぐに興味を無くしたようで再びバオに向き直る。
「なァ、お宅のスローピー・スウィングが俺の店に敵わねェのは当然だ。だがよォ、こんな変わり種を入れるほどお宅は落ちぶれちまったのかい?悲しいことだなァ、バオよ。何ならフローラ共々、うちで面倒見てやろうか?」
ローワンがしゅんとした表情と大げさな口ぶりでそう言うと、バオの額には血管が浮き、目の前の変態にまくしたてた。
「…締まりの悪い口だな。いつか良い業者を紹介してやるよ。うちは上も下も、テメェの店よか景気が良いんでな、余計なお世話だ。さらに言やァ、そいつは店の女じゃねぇ。行くとこが無くて預かってるだけだ」
「なァーるほど!じゃ、アンタが噂の女用心棒か!!いやいやお会いできて光栄だ。もう少しセクシーならうちのステージに上がってもらうんだがなァー…」
バオの怒りとは対照的にローワンの態度はどこまでも飄々としている。そんな二人の様子を見ていたアキラだが、彼女にはまるで話が分からない。分からないので無視して昼食を食べ進めることにした。ローワンはそんなちぐはぐな雰囲気など気にも留めず話し続ける。
「いやいや、この街じゃ人の入れ替わりなんて珍しくも無いが、ラグーンのネクタイ野郎と言い、お前の女と言い、最近は面白いのをよく見かけるぜ。―――ベイビー、バオに飽きたら俺んとこ来いよ。ベトナム人のよりはいいもん持ってるぜ」
ローワンの誘いにアキラは「お構いなく」とだけ答え、それを聞いたローワンは「またな!」と笑って去っていった。その背中にバオは「俺の女じゃねぇ!今度会ったらテメェのブツ潰してやっからな!」と昼間にしては多少過激な言葉をぶつけた。
「クソッタレめ。好き勝手言いやがって…。はぁ、無駄に疲れちまった」
「お疲れ様、バオ。ええと、あれは一体…」
「あいつはラチャダ・ストリートで風俗バーをやってる奴だ。“おピンク屋のローワン”なんて言われるくれぇ、変態趣味のビデオを扱ってやがる。筋金入りのジャンキーだ、今度見かけたら石でも投げとけ」
アキラはバオの流れるように出てきた悪口と言いつけに「了解」と明るく頷きながら、いたずらな表情を浮かべて聞いた。
「バオのよりいいもん持ってるって件については?」
「…ノーコメントだ」
なんだ、つまらない。乗ってくれてもいいじゃないか。と不満顔のアキラは既に食事を終えている。バオは早いなと感じつつ、それに構うことなく自分のペースで昼食を口に運ぶ。
「つーか、お前、あの野郎に好き勝手言われやがって。ちったぁ怒れ。プライド無ぇのか」
「うーん…。恥ずかしながらあの手の言葉は前の職場で言われ慣れててさ」
一番傑作だったのは「お前を抱くくらいならゴリラの檻に入れられた方がマシ」ってヤツかな!その後訓練で仕返ししたけど!と、あっけらかんとした様子で言う女。バオは目の前の彼女が娼婦をやらなかったのは、この街にとって幸いだったのかもしれないと思った。
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昼食を食べ終えたバオはもう一つ寄るところがあると言って、街の高台にある教会に車を停めた。意外と信心深いんだなと感心していたアキラだったが、バオは「武器買うなら直接じゃなくてもここ通せよ。今から紹介すっからよ」と、訳の分からないことを言ってきた。
「え、ここ教会だよ?」
「あー、まァな…。慣れろ」
「…そうします」
バオの投げやりなアドバイスにアキラも諦めた口調で返す。アキラは改めてロアナプアの異常さを噛み締めながらバオの後を着いていった。
彼が向かったのは礼拝堂ではなく、脇の社務所らしき部屋だった。ノックをすると、シスターが応対する。サングラスをかけ、胸には拳銃を隠すことなくホルスターに下げた、世間のイメージとは随分かけ離れた姿だが。彼女はその見た目に違わぬ、ガラの悪い口調で言葉を発した。
「よう、バオ。例の注文の受け取りだろ?用意できてるぜ。シスターが中にいる。上がってけよ。―――おい、その後ろの奴は?まさか、」
「俺の女じゃねぇよ、この万年発情のクソアマめ」
本日三度目の質問を繰り出される前にバオが先に答える。その後アキラについて説明し、アキラも軽く挨拶をする。そのシスター――エダは「おう、噂は聞いてるぜ」と反応し、それ以上は何も聞くことは無く、二人を部屋へと通した。
部屋の中には老女のシスターがソファでくつろぎながら紅茶を飲んでいた。彼女の右目には眼帯が着けられている。エダは彼女にバオの要件とアキラのことを説明し、老女はこちらに値踏みするような視線をぶつけた。
「アンタが噂の用心棒かい。こんなくそったれの街でよくやるもんだ。シスター・ヨランダだよ。こちとら老い先短いがよろしく」
そう言ったヨランダの後ろでエダは「何言ってんだ」といった顔をする。アキラは「こちらこそよろしくお願いします」と返した。
「シスター・ヨランダ、注文した奴は用意できてるか?」
「レミントン用の弾だろ。誰に物言ってんだい。――エダ」
バオに言われてエダは彼に品物と納品書を渡す。バオは滞りなく確認を終え、「ついでだがな」とアキラを彼女たちに紹介した。
「こいつのもいくつか見繕ってほしい。コピー品のサンプルくらいならあるだろ?アキ、俺ァ車にこいつを置いてくるから、その内に選んどけ」
「代金は給料から天引きな」と言ってバオは部屋を出た。アキラは気まずくなったが、ヨランダは無視して彼女に話しかける。
「お嬢ちゃん、何をご所望だい?大体は揃えられるとうちも自負はしてるが…。参考程度だ。今使ってるやつを見しとくれ」
そう言われてアキラは自分が今持っている銃を取り出す。前職から使っている拳銃だ。用心棒として働き始めてからは殆ど使わなくなったが、それでもいくつもの戦場に持っていったもので、それなりに思い入れはある。そんなアキラの銃を見たヨランダは、僅かばかりだが訝しむような顔になった。そのままエダに指示してサンプルを持ってこさせ、部屋にはアキラとヨランダの二人きりになった。
「お嬢ちゃん、用心棒ってのは随分羽振りがいいんだねぇ」
不意にヨランダがアキラに話しかける。アキラはそれに遠慮がちに答えた。
「いや…、そんなことは」
「―――冗談はお言いでないよ。よっぽどの高給取りじゃなければ、こんな純正品は持てない。それこそ、この街じゃマフィアくらいだ。そうじゃなきゃ盗んだかい?ええ?」
アキラは言葉に詰まる。このシスターの言葉の真意は「お前は何者だ」ということだ。もっと警戒するべきだった、この街は怖いところなのだ。とアキラは自分の軽率さを反省する。
「今お嬢ちゃんが何を思っているかは知らないがね。アンタ―――軍人の経験があるだろう?」
「―――!なんで」
「世間知らずのお嬢ちゃんに、老いぼれ婆から金言だ。人ってのは環境でどうとでもなる。アンタはね、こんな糞だめの街の人間にしちゃ、姿勢が良すぎる。マフィアやチンピラ連中とは雰囲気がまるで違うね。低能な奴らは気付かんだろうが、同族のホテル・モスクワなんかが見ればすぐに分かるだろうよ。お嬢ちゃんが軍やそれに近い場所で相当な経験を積んできたってのはね」
いつの間にかエダも部屋に戻ってきている。彼女は手ぶらだった。どうやらサンプルを取りに行ったというのは、こちらを油断させるためのトラップの様だった。アキラは手慣れている彼女たちの行動に観念したように言う。
「…盲点でした」
「そりゃそうだ。諜報部隊でもない限り、軍人は軍人らしい振る舞いが求められるもんだ」
「…ご推察の通り、私は元軍属です。前職は民間の軍事会社でしたが、基本的には会社のスタイルで軍隊式の生活を送っていました。シスターのおっしゃる通り、軍人らしくあれと求められてきました」
このシスターに下手な嘘は危険だ。そう判断したアキラは素直に自分のことを話した。ヨランダとエダは表情一つ変えず彼女の話を黙って聞いていた。アキラの話を待ってヨランダが言う。
「…前職と言ったね。軍隊式を貫く会社にはいくつか見当がつくが、アンタはもうそことは関係無いと?」
アキラはヨランダの言葉に頷き、自分がロアナプラに来て今に至るまでを正直に説明した。ヨランダは彼女の話を聞き終えて「そりゃ災難だったね」と呟いた。
「ま、野垂れ死ななかっただけ、この街じゃマシだがね」
ヨランダがそう言ったとき、バオが再び部屋に入ってきた。アキラには正直助かった格好だ。
「アキ、決まったか?そろそろ店の時間が…」
「バオ、お嬢ちゃんには言ったが、こっちも立て込んでてね。悪いが銃はまた今度にしとくれ。なに、アンタからの紹介だ。次はこのお嬢ちゃん一人で来ても構わないよ」
途中で挟まれたヨランダの言葉にバオは納得し、アキラに「じゃ、帰るか」と促した。アキラは先ほどまでのやり取りが未だ気になってはいたが、ふと見たヨランダの顔は何事もなかったように平然としている。アキラも続きは次回だと理解して、シスター二人に礼を言って部屋を出た。
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「疲れたか?」
店へ向かう道中、運転しているバオが不意にアキラに聞いた。アキラは「どうして?」と返す。
「元気が無ぇなと思ってよ。今日一日で色んなとこ連れまわしちまったな。無理も無ぇや」
「そんなこと無いよ。楽しかった。ありがとう、バオ。まぁ、出会った人は皆強烈だったけど。今日みたいなことがあったら手伝うよ。あ、道は覚えたから今度は私が運転するね」
「そうか…?ま、そん時は頼むぜ。それよりもまずは今日の仕事だな」
しっかりやれよ。とバオが言うのを耳に入れながら、アキラはヨランダの言葉を思い出す。―――「同族のホテル・モスクワ」。あれはどういう意味だったのだろうか。バオに言ったら心配をかけてしまいそうだ。いや心配されるならまだ良いのだが、厄介ごとだと思われて追い出されるのも現実にありえそうな話だ。この辺りは自分で何とかしてみるかとアキラは密かに思案した。