アキラの運転する車は思いのほか早く、メイドと、それがしがみついている車を視界のうちに捉えた。メイドの目的はあの車なのだろうか。誰が乗っているのかはアキラには分からない。酒場での戦闘では殺しきれなかった人間を、メイドはしつこく追っているのだろうか。様々な可能性がアキラの頭をめぐっていく。そして自分がなぜ彼女を追うのかについても。
目の前の車では壮絶な撃ち合いが展開されている。メイドもよく走行中の車の上で銃が撃てるものだとアキラは感心する。やはり、あれはフローレンシアの猟犬で間違いないだろう。あんな女が二人もいたらたまらない。
「ていうか、これどこに向かってるんだろう…?」
アキラは少し冷静になって気付く。街に来てそこまで長くない彼女は未だここの地理に疎い。夢中で追いかけたものの、行き着く先がどこなのか全く見当がつかなかった。すると前方車がフェンスを突き破って、コンテナの並ぶ広い場所へと走っていった。どうやらこの先は埠頭らしいとアキラは踏んで、自身もそこへ続いた。
メイドを強引に乗せた車は陳列するコンテナの一つに衝突する形でようやく止まった。メイドはその衝撃で車からは吹き飛ばされてしまったが、彼女はそれでも何事もなかったかのように、臨戦態勢を取っている。
「あの女…、何で出来て―――」
一部始終を後方より見ていたアキラは思わず呟く。そして勢いでここまで来てしまった自分の行動を激しく後悔した。
すると停止した車のなかから既知の人物が現れた。ラグーン商会のレヴィだった。それも遠目から見てはっきりわかるほど、彼女は理性をどこかに落としてしまったかのようにキレている。レヴィはそのままメイドと対峙し、二人の間でまたもや戦闘が開始された。
アキラは戦闘に巻き込まれないように、今まで追っていた車の隣に自身の車を着けた。車には予想通り、レヴィを除いたラグーン商会の面々が青ざめた顔で乗っていた。それと、この街で見るのは珍しい、身なりの良い少年が一人同乗していた。
「ダッチ!あのメイドは――」
「アキ!?お前さん、ここで何してるんだ。まさかイエローフラッグから俺たちを追いかけてきたのか?」
ダッチがアキラを見て困惑しながら尋ねる。アキラは、自分があのメイドと店の前で会ったこと、そしてメイドの素性が気になってここまで来たことを説明した。
「あのメイドは人を探しに酒場まで来たと言ってた。彼女の探し物は、彼?」
アキラが少年を見ながら言う。視線を向けられた少年は怯えた表情で、目には涙を浮かべている。ダッチが、まあそんな怖い顔すんな。とアキラを諫める。説明しろと無言の圧をかけるアキラに、ダッチは少年とメイドの関係について話した。
「…つまり彼は南米の良家のお坊ちゃんで、コロンビアマフィアに誘拐されて、あのメイドはそれを取り返しに来たと」
「信じられねぇだろうが、そういうことだ」
「映画みたいだね。それも大コケの」
アキラは冷静に今の状況を分析する。面白くない冗談だと醒めた心情で語る。ダッチはそれと裏腹に飄々とした態度で言った。
「同感だ。ポップコーンの方がまだ価値がある。それで?アキ、お前さんはそれだけじゃ店の奴らと愛しのバオを置いてわざわざ追いかけて来ねぇだろう?…あのメイドに何か心当たりがあるんじゃねぇか」
「愛しの、は余計だよ、ダッチ。そうだね、私もあの女が給仕の仕事だけであそこまで強くなったなんて微塵も思ってない。おそらくだけど彼女は―――」
「動くな!」
アキラがフローレンシアの猟犬について、彼らに話そうとしたまさにそのとき。埠頭に眩いサーチライトの明かりが灯された。そしてその明かりを背に、スーツの上に軍服を羽織った一人の女が現れた。
「その辺でやめておいたらいかが?お二人さん。一文の得にもならないわ」
顔半分の火傷跡が特徴的な彼女は、戦闘を続けていたレヴィとメイドに向かってそう投げかけた。そして笑みをたたえながら話を続けた。アキラの位置からはよく聞き取れなかったが、これだけは分かった。彼女と、彼女を囲むように配置されたまるで軍隊のような集団は、ロシアンマフィア「ホテル・モスクワ」であると。
「地球で一番おっかない女の上位三人だ…」
「グラウンド・ゼロって気分だぜ」
ベニーとダッチが、自分たちの眼前の光景に怯えたような、あるいは諦めたような口調で言った。ある意味のんきな空気のなかに、一つの銃声が響く。ロシアンマフィアの女がレヴィとメイドが睨み合っているちょうど真ん中に向けて撃ったのだ。それを車内から見ていた少年は、我慢できないといった様子で車から出た。ロックが「ガルシア君!」と止めたが、少年はメイドに話し出す。
「…ロベルタ。もういいんだよ、ロベルタ」
ロックにガルシアと呼ばれた少年は、メイド――ロベルタに懇願するように言う。自分は無事であると。銃を持っている彼女はもう見たくないと。
ロシアンマフィアの女がガルシアの方を向く。そのおかげでアキラ達にも話が聞こえやすくなった。
「同感だわ、坊や。でも……、“猟犬”のほうはどうかしら?」
ガルシアが“猟犬”の言葉に困惑する。ロシアンマフィアの女はロベルタに銃を突きつけながら、彼女の制止の声を無視して、その正体について話し出す。
そこからはアキラの考察通りだった。やはりメイドはフローレンシアの猟犬だった。彼女は理想のために戦い、自らの手を汚し、行き着いた果てはマフィアとコカイン畑のための只の番犬だった。己の矛盾に気づき、軍を抜けた彼女を匿ったのはガルシアの父親だった。その恩に報いるため、ロベルタは誘拐されたガルシアを追ってロアナプラにやって来た――。
「……いっ、犬だなんて言うなよ!」
ロシアンマフィアの女が、そしてロベルタ自身が語る彼女の正体について聞いていたガルシアが、大きな声で叫びながらロベルタのもとへ駆け寄る。ロベルタは家族だ。もう“猟犬”などいない。だから自分たちの家へ帰ろう。彼は泣いて、そう訴えた。ロベルタは見兼ねたように、「男の子は簡単に泣くものではありませんよ」と優しく言った。
―――やっぱり、大コケ映画のストーリーみたいだな、とアキラは思った。リアルがフィクションを越えた、そんな事の顛末だった。
「まあこれで、一件落着…ってところかしら」
マフィアの女が場を締めるように言う。ところがそれに納得しない女が一人。「ふざけんじゃあねえよ」と食って掛かったレヴィは、このままじゃ落としどころが着かないと文句を垂れた。
マフィアの女もその言い分に納得し、そこにダッチが「どつき合いでもすりゃあいい」と提案した。レヴィはもちろん快諾、ロベルタもガルシアから「あんな女に負けるんじゃないぞ」と激励をもらい、ついに壮絶な殴り合いが開始された。
ロックなどは「とめようよ!」などとのたまわっていたが、当の本人たちに「すっこんでろ」と言われてしまい、仲裁を諦めたようだ。
アキラも、こんな終わりで本当に良かったのだろうかとすっきりしない気持ちを抱えていたが、二人が気持ちいいほどに殴り合う様子を見て、どうでも良くなってきてしまった。ただし乗り掛かった舟ではあるので、最後まで見届けようと、ダッチ達の隣でレヴィとロベルタのタイマンを眺めていた。すると、マフィアの女がダッチに話しかけた。
「どっちに賭ける?」
「俺はレヴィに“2”を賭ける」
それを聞いてベニーは「じゃあ僕はロベルタに2500ドル」と皆、自分の賭けの予想を言っていく。外野はいつだって呑気なものだとぼうっとしていたアキラに、マフィアの女が不意に声をかけた。
「ねぇ、あなたは?どっちだと思う?」
「へっ?あー、じゃあ…」
突然言われたので変な声が出てしまったが、つまりは賭けの予想のことだろう。アキラは改めて殴り合っている二人を見て、答えを出した。
「ロベルタに“2”で」
それを聞いてマフィアの女は「フーン、そう。それじゃ私は…」と考えている。アキラはその姿を見て、そういえばこの人名前何だっけ?と記憶を辿ろうとした。だが、騒動の後で気が抜けたからかうまく頭が働かない。そして、マフィアの女が出した次の言葉によって、彼女の思考は中断された。
「私もロベルタに賭けるわ。なんてったって、プロが出した予想だもの。―――ねぇ?隊内近接戦闘成績、常に1位だったアキラ・カワカミさん?」
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話は少し前に遡る。アキラがバオの車でラグーン商会を追いかけて行った直後、ホテル・モスクワのメンバー、――バラライカの子飼いの部下が彼の前に姿を現した。
「バオ、災難だったな。」
「あんた、ホテル・モスクワの…。何しに来たんだよ、わざわざ」
バオは予想だにしなかった来客を前に、力の抜けた声で言う。部下の男はなおも正した姿勢を崩さず淡々と告げた。
「我々はあのメイドに用がある。そのために張らせてもらっていた。それと大尉から伝言だ。〈店の修繕費用については心配無用。その代わり―――〉」
バラライカの伝言で、修繕費用をホテル・モスクワが持ってくれるとバオが安心したのもつかの間、その後に続いた言葉に彼は耳を疑った。なぜバラライカがあいつを…。
「確かに伝えたぞ。詳しくはまた後日。ではな」
そう言って部下の男は車へ乗り込み、港へ向かった。
「バオ、さっきのバラライカの部下でしょう?何言われたの?」
マダムがバオに尋ねる。娼館の女たちも不安そうな表情で彼を見つめている。
「あ、ああ―――」
彼女たちに圧される形で、バオは今の伝言を一字一句違えず彼女たちに告げた。
「店の修繕費用については心配無用。その代わり―――、
そちらの用心棒の身柄は我々で預からせてもらう」