「古鷹、状況が変わった。やつら時津風をフリーにしてきやがった」
「うん、見えてる!」
時津風さんを狙い撃ちしたいところですが、加古に対して常に取りつかれているせいでフレンドリーファイアを気にして撃てません。加古と格闘戦で張り合ってくるなんて、あの時津風さんは相当な腕前です。ヴェルちゃんが北上さんの相手をしてくれていなければ集中攻撃で加古は落ちていたかもしれません。
「あっぶないっ!」
青葉さんからの砲撃を蛇行で回避。全砲門をこちらに向けることで精密な狙いをつけられない状況を補っているのでしょう。こちらとしては回避に専念しなければまぐれ当たりをもらいそうです。
ずっと趨勢はこちらの有利でした。しかし、時津風さんが戦線に加わってきたことでそれが均衡に持ち込まれてしまいました。
「ヒトミさん、時津風さんのマーク外れましたけど雷撃はいけますか?」
「無論、出来ないとは言わないがあの重巡洋艦の水上偵察機が飛び回っている。浮上したところで発見されるから、確実に当てる保証はできない」
潜水艦の監視役の交代をした、ということでしょう。どうやらあの時津風さん、かなり攻撃寄りのステータス構成になっているようです。逆に青葉さんは艦隊の補助に寄ったステータスなのでしょう。青葉さんの攻撃参加率は確実に低下しましたが、むしろ攻勢は強くなりました。
「わかりました。現状のまま待機でお願いします」
ヒトミさんの雷撃は不可視の状態で放てば一撃必殺です。あまり迂闊に弾数を使うわけにもいきませんし、なにより浮上したところで爆雷を受けて大破判定なんてもらってしまうと、せっかくの海面下からのプレッシャーがかけられません。
さて、どうしましょうか。二航戦のおふたりが『純白』の五航戦を倒して援護に来てくれるのを期待しましょうか。それまで均衡状態を維持しておけば勝ちはこちらになるはずです。
そんなふうに私は旗艦として頭を回します。しかし、そちらに意識を割きすぎて他を疎かにしてしまったことが私の最大のミス。
すぐそこに魚雷の航跡。
「あっ」
気づいた時にはもう手遅れ。炸裂した魚雷は私の艤装を半分近く吹っ飛ばして、機能不全へと陥らせます。
ダメージコントロール。とにかく航行不能になることだけは避けなくてはいけません。行動すらできなくなれば、いい的です。
「古鷹!」
「ほらほら、よそ見よくないよー?」
「くそったれが……!」
時津風さんによってお腹を蹴り飛ばされた加古が大きく後退。青葉さんからの砲撃は、主砲を一門、犠牲にすることで辛うじて加古は直撃を避けます。
「加古、私は大丈夫! まだやれるから!」
損傷的には中破でしょうか。攻撃オプションがいくらかやられてしまったので、火力の低下は痛いです。
それにしても、まったく気づきませんでした。交戦している距離から雷撃を届かせようとすればさすがに私も気づくので、これは北上さんの甲標的でしょう。敵ながらお見事です。
《あー、あー。古鷹さん、聞こえる?》
通信ごしに飛龍さんの声。どうやらあちらの戦況が動いたのでしょう。
「飛龍さん! そちらはどうですか?」
《そのことなんだけどね。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?》
このタイプの問いかけっていいニュースは本当に喜ばしいことなんですけど、悪いニュースは本当に事態が悪くなるニュースなんですよね。
とはいえ、聞かないわけにもいきません。私は旗艦です。報告を受けたら、戦況を見極めて指揮をしないといけません。
「ではいいニュースからいいですか」
《おっけー。いいニュースは、『純白』の五航戦はどっちも大破にしたよってこと》
「さすがです!」
二つ名をもらっているペアです。実力は並々ならぬものなのは言うまでもありません。しかしそこは称号戦で二航戦の名前を勝ち取っている『比翼』の二航戦です。空母同士の対決で無事に勝利してきてくれました。
《で、悪いニュースは私らも行動不能。中破させられたから、航空攻撃もできないかな》
「…………えっ?」
《いやぁ、ごめんね古鷹さん。あの生意気な翔鶴が煽ってくるもんだからイラっとして『We have control』を使っちゃって。勝ったのはいいんだけど、瑞鶴がちゃっかり発艦させてた攻撃隊にやられちゃった》
あー、そういえば空母が中破してしまっても事前に発艦していた艦載機ならなんとか操れるんでしたっけ。ただ補給ができないので、攻撃は一発限りですし、航空燃料が尽きたらそのまま落ちていくようですけど。
たしか『We have control』って、とんでもなく脳を酷使するとかで使用後はしばらく動くのも大変だとか。全力で『純白』の五航戦を大破させたのはいいものの、瑞鶴さんの攻撃隊に行動不能のところをやられてしまったのでしょう。
《だから使うのやめようって言ったのに……》
《えー、飛龍だってノリノリだったくせに》
なにやら『比翼』の中で言い合っているようですがええっと、つまり。
「『純白』は倒したけれど、蒼龍さんも飛龍さんも行動不能……ってことですか」
《まあ、そういうことになるかな。ほんっとにごめんね》
なるほど。相討ち、ということですか。
これは予定が狂いました。空からの支援をわりと期待していたのですが、これでは得られそうにありません。
まあ、その代わりに相手から空で攻撃されるということもないでしょう。それはいい点ですね。
この演習、勝負はすべて私たちにかかってきました。
しかし、これはあまりよろしくはありません。遠距離から援護砲撃をする私の砲門が雷撃で一部脱落したせいで、加古もヴェルちゃんも戦いにくくなっています。この均衡の天秤、遠くないうちにあちらへ傾くでしょう。
仕方ありません。しかし、『純白』の五航戦も脱落したならばうまくいく公算はあります。
「ヒトミさん、奥の手を!」
「承知した」
「加古、ヴェルちゃん! 決めにいくよ!」
「「了解!」」
さあ、一気呵成に攻め立てて、勝負を決めに行きましょう!
「ヒトミから旗艦古鷹へ。奥の手、準備完了だ。だれを狙う?」
「そうですね……」
残っている敵は青葉さん、北上さん、時津風さん。この三人、だれからやりましょうか。
よし! 決めました!
「北上さんでお願いできますか」
「承知した」
青葉さんはヒトミさんの監視で思うように行動できていません。なら、雷撃が厄介な北上さんを狙うのがいいでしょう。時津風さんも考えましたが、あの反応速度では不意打ちでも避けられてしまう可能性が否定できません。
連続で何度も使える手ではありません。一発で確実に決めていかなければいけません。
気づかれてしまっては形無し。狙いを雑に副砲と機銃を連続で撃って私は意識を攪乱させます。
そして。
爆弾が投下され、北上さんを襲います。
「っくぅ……」
フロート付きの水上爆撃機が空を飛び回り、離脱していきます。たった今、爆弾を投下したばかりのせいか、投下前よりも素早い飛行です。
もちろん、爆撃の一発ごときで倒せるとは思っていません。ですが、足が鈍ってしまえばそれで十分。
なにせ私、スナイパーですから! なんのために
「ごめん、青葉っちぃ……」
一撃をもって決める。それこそ、砲撃の正確性を追及していった到達点でしょう。足が鈍った北上さんを私の主砲が撃ち抜き、轟沈判定がくだった瞬間は思わず顔がほころんでしまいます。
まあ、ヒトミさんの晴嵐が爆撃したダメージ含めてではあるので厳密には一撃じゃないんですけどね。
「ここで晴嵐……? でもどこから……」
そこまで言ってから、青葉さんはなにかに気づいたようにはっとした表情。
「まさか演習開始と同時に!」
「ご明察です!」
演習が開始してヒトミさんが潜航する前に晴嵐を飛ばしてもらい、早々に着水させたら島影にずっと待機させていました。空母が使う艦載機と違って、フロートを持っている水上爆撃機は海面から飛び立つことができます。
五航戦のおふたりが残っていたら、絶対に使えない手でした。なにせ、晴嵐で艦上戦闘機と戦うのは不可能ですから。飛ばしたところで落とされてしまっておしまいです。
けれど、二航戦のおふたりが相討ちにしたおかげで空母戦力は無力化されました。艦載機が飛んでくることはありません。
それなら、水上爆撃機も活躍できます。対空砲さえ回避できれば、爆撃できますから。
気づかれないように工夫は必要でした。副砲と機銃の乱射をしたのは、意識を空にもっていかないようにするためと、砲撃音で晴嵐が飛んでいる音を隠すためでした。
あまりに活躍の場が限られるから奥の手。本当の最終局面になってから切れる札として序盤から仕込んでおいた保険がこれです。
「ヴェルちゃん、青葉さんを!」
「うん、任されたよ」
これで北上さんを押さえていたヴェルちゃんがフリーです。任された、という言葉通りに青葉さんにヴェルちゃんは向かっていき、砲撃を加えていきます。
その間、私は時津風さんに集中。加古は時津風さんと互角に渡り合っているようですし、そこまで心配はいらないでしょうけど支援に入るのならこっちです。
問題ありません。青葉さんはじきに落ちます。ヴェルちゃんの攻撃に晒されながら、ヒトミさんが放つ海面下からの魚雷まで気を向けるのは不可能ですから。
ほら、水上偵察機の意識を疎かにしてますよ。飛行パターンがさっきから一定です。
「ヒトミさん、チェックメイトです」
「心得た」
その返事があってすぐ、青葉さんが艤装ごと吹き飛びました。間違いなく轟沈判定です。
「あっちゃあ……。これは無理だなぁ。うん、こうさーん」
時津風さんが武装を捨てて両手をあげます。私が遠距離から狙い、加古とヴェルちゃんが近距離で詰め寄っています。さらに海中からヒトミさんの魚雷が睨みをきかせていて、空では晴嵐が獲物を狙うタカのように旋回している状況。四面楚歌とはまさしくこういうシチュエーションでしょう。
時津風さんは手をさっと振ります。あれはホロウィンドウを展開している動作です。おそらく、演習画面から降参を選択しているのでしょう。
ビビー、とブザーが演習場に響き渡ります。自動的に私の前にホロウィンドウが開きました。
演習終了。『イーリス・アイリス』の勝利です。そんな事務的なメッセージは、まぎれもなく私たちの勝ちを保証してくれるもの。
こうして『秘密の花園』と『イーリス・アイリス』の演習は幕を閉じました。