加古鷹おんらいん!   作:プレリュード

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ラスト・スタンド

 

「とりあえず全員が集まっているようですね」

 

 ある日。珍しく、というわけでもありませんが私たちはクランメンバーを招集しました。それも名目はイベント攻略やマンスリー任務の消化などではなく、緊急会議。普段、こんな理由でメンバーを集めたことはなかったので、へんだと思われたのでしょう。少しクランルームの空気がピリついています。

 ぐるりと見渡せば、飛龍さんと蒼龍さんの二航戦、そしてヴェルちゃんとヒトミちゃんが居住まいを正します。加古はクッションから起き上がると私のとなりに来ました。

 

「おや、加古がそっちに行くのは珍しいじゃないか」

 

「まあね。ただ今日はちょっと特別なのさ」

 

 はい、特別なんです。いつもならブリーフィングは私だけで仕切ります。加古はあくまで一介のクランメンバーとして参加するだけです。

 でも今日、加古が立ったのは私のとなり。不思議に思われるのも当然です。

 

「ええっと、今日はしておかないといけない話があるんです」

 

 そう切り出した瞬間、さらにクランルームの空気が締まりました。こんなふうに私が話を切り出すのは初めてです。みなさん、なにかしらの違和感を覚えたのでしょう。

 

「もう少し先の話にはなりますが、私がしばらくゲームにログインできなくなります」

 

「で、それに伴ってあたしのログイン率も落ちると思う。一応、クランマスターはあたしが一時的に引き継ぐけど、『イーリス・アイリス』の活動は大きく落ちる」

 

「……二人ともゲームに飽きた、ってわけじゃないよね?」

 

 飛龍さんが訝しげに聞いてきます。ええ、もちろんです。私はこのゲーム、大好きですから。クランメンバーにも恵まれていますし、まだまだやりこむつもり満々です。

 ログインができないやんごとなく事情、というやつがあるんです。

 

「ま、事情は説明するよ。ただ、これを説明しようと思ったらちょいとリアルの事情が絡むんだ。あんまり聞きたくないって場合はログアウトしてくれ」

 

 加古が後頭部をかきながら切り出してくれました。こういう手の話題を私から出すのは苦手なので、それをわかった上での行動でしょう。

 実際、ゲームで一緒にプレイしている人のリアルを持ち込んでほしくない、という人は一定数います。クランのような形態を取っているゲームでは、どうしたってプレイヤーのリアル事情が絡んでくるので仕方ないことではありますが。

 でも、あえてそこの事情は聞かず、ただ「リアルの都合で」だけでOKとしてくれる人もいます。そこは人それぞれ、ということでしょうか。

 

 しばらく待ちました。けれど、だれもログアウトはしていきません。ロールプレイ重視っぽいヒトミさんとか、嫌がるかなぁと思っていたんですがそうではないみたいです。

 

「んじゃ、単刀直入に言うけど。あとだいたい二か月後くらいかな。古鷹が入院する」

 

「「入院!?」」

 

 二航戦のお二人がきれいにハモりました。

 

「病気なのか?」

 

「ああいえ、そうではないんです、ヒトミさん」

 

 入院、といわれて病気のイメージが出てきてしまうのはしょうがないと思います。でも、私は別に病気というわけじゃありません。むしろリアルの私は健康体です。

 いや、訂正です。健康体ではない、かもしれませんね。ちょこちょこ不調はあったりします。ただ、そんな大病を患ってはいません。不調も病気が原因のものじゃないですし。

 

 ただ、こう。なんと言いますか。自分で言うのはちょっと恥ずかしいですね。私の事情ですから、私が話すしかないんですけど。

 

「えっと。実は私、妊娠しているんです」

 

 …………。

 

 クランルームが静かになってしまいました。

 

「えっと、数の子を生む魚?」

 

「蒼龍、それはニシン」

 

「ベータカロチンを豊富に含む地下茎を食べる野菜」

 

「ヴェル、それはニンジン」

 

「……わ、私?」

 

 無言でヒトミさんを見つめてうなずく二航戦とヴェルちゃん。ツッコミは飛龍さんなのでしょうか。ボケをヒトミさんに振るのはちょっと酷な気もしますが。

 

「……どうせ問題ないと高を括る」

 

「「「それは慢心」」」

 

 いえーい、と謎のテンションで4人はハイタッチ。正確には困惑しているヒトミさんと謎テンションな残り3人、と言うべきかもしれませんが。

 

「ってそうじゃないでしょうがぁぁぁ!」

 

 あ、飛龍さんが正気に戻りました。ちゃぶ台があったらひっくり返してそうです。幸いにも、今のクランルームは和室テイストではなくて一般家庭のリビング風。洋風建築なのでちゃぶ台はありません。

 

「え、ちょっと待って。キャパオーバーした。妊娠? それはその、お腹の中にお子さんがいらっしゃる、という意味での?」

 

「そういう意味ですね、はい」

 

 私はうなずいて認めます。不思議な小芝居が挟まりましたが、ようやく元の筋に戻ってきたようです。普通、妊娠と聞いてニシンだのニンジンだの慢心だのは先に出てこないと思うんです。

 

「ごめんね。すこーし私の情報処理に付き合ってほしいんだけど。古鷹さん、ご結婚なさってるってことだよね」

 

「ええ。」

 

 

「とにかく。そういうわけで古鷹のイン率が落ちる。勝手で悪いが、理解してくれると助かる」

 

 私は深々と頭をさげます。こればかりは完全に私の個人的な都合です。それにクランメンバーを付き合わせるのですから、私が頭を下げずしてなんとしましょう。

 

「まあ、そういう事情なら仕方ないよー。ね、飛龍?」

 

「そうだね。その間はしばらく野良で活動すればいいし、そんな気に病まないでね」

 

「本当にすみません。ありがとうございます」

 

 正直、ちょっと胸を撫でおろしました。みなさんが文句を言うところを想像していたわけではないのですが、それでも私の都合で迷惑をかけることに変わりはありません。なにかしら言われても仕方ないかな、という覚悟はしていました。

 あっさりとOKを出してくれた二航戦のおふたりに、小さくうなずいたヒトミさん。

 

 そして無言でなにかを考え込んでいるヴェルちゃん。

 

「ヴェル、どったの?」

 

「あ、いや。うん。別になんでもないよ」

 

 蒼龍さんの問いかけに、珍しくヴェルちゃんが言葉を濁します。

 

「ヴェル公がためらうなんて……明日は魚雷が降るよ」

 

「失礼な。私だってプレイヤーとしての良識くらいあるよ。これ言っていいのかな、と思って踏み止まっただけさ」

 

「「どの口が?」」

 

 息ぴったりに蒼龍さんと飛龍さんがツッコミます。まあ、ヴェルちゃんって普段からアクセル全開な感じがしますし、あんまり否定もしにくいところですね。

 

「いやね。古鷹さんが活動休止する理由はいいじゃないか。でも加古まで一緒に活動頻度が落ちるのはなぜかと思ってね」

 

「結局言っちゃうんだ……」

 

「もうヒントは出てるし、加古も古鷹さんもあまり隠そうとしてないからね。さて、考えてもみてほしい。妊娠で入院するのに、加古までログイン頻度が落ちるのは不思議じゃないかな」

 

「言われてみればまぁ……」

 

「加古は古鷹さんの親族じゃないのかな。兄弟とか従姉妹とかくらい近い関係性の。いや、たぶん違うかな」

 

 ヴェルちゃん、鋭いですね。わりといいラインを突いています。どうやら二航戦のおふたりとヒトミさんも薄々ながら悟ったようですね。まさか、という顔を浮かべます。

 

「古鷹さんのお腹の子のパパさん、とか?」

 

「あー、まあ、うん。ねぇ……」

 

 どうするよ。加古がアイコンタクトで私に聞いてきます。

 もう話しちゃったんです。ここまで来たのなら、今さらでしょう。ちいさくうなずけば、私の意図は加古に伝わります。加古の目が気だるそうに「りょーかい」と言います。

 

「どうも、古鷹の旦那です」

 

 加古ががりがりと後頭部をかきながら言いました。あれ、恥ずかしがって照れ隠しをするときのクセなんですよね。正真正銘の夫婦ですし、婚約したばっかりってわけでもないのだから照れなくてもいいのに。そもそもプロポーズはあなたからだったし。

 せっかくですし、ちょっとイタズラしちゃいましょうか。

 

「この人の妻でーすっ!」

 

 えいっと加古の左腕を抱いて、柄にもなくピースなんてしちゃって。ちょっと私、はっちゃけモードです。年甲斐を考えろ? うふふ、そんなこと言う人には20.3㎝砲でズドンですよ。そもそも私、まだまだ若いですし。これいうと、なんか年寄りくさいですけど。

 

「お、おい……」

 

「もう言っちゃったんだし、いいかなーって」

 

 そもそも妊娠報告した時点でリアルもなにもありませんし。このカミングアウトがあるまで、私の性別だって男性なのか女性なのかわからなかったはずです。

 元々の性別が女だったので、実はロールプレイが意外と簡単だったんですよね。ブラウザ版を少しだけ触っていたこともあって、『古鷹』というキャラクターはある程度つかめていましたし。

 さて、さすがにそろそろ真面目な話に戻しましょうか。抱いていた加古の右腕を離して、場の空気を戻すためにちょっとだけ咳払い。

 

「入院するにあたって、加古にも負担をかけることになるので加古のイン率が落ちます。今日び、病院にもVR環境やネットは通ってますし、ログインできるんですけど出産前はゲームしている余裕はないでしょうし」

 

 なんでしたっけ、QOLでしたっけ。あれ、なんかこれ違う気がします。まあ、とにかく入院患者の生活もずっとベッドの上で過ごすだけだと退屈だろうからいろいろできるようにはしよう、みたいな理由でなんかいっぱい導入されているんですよね。たしかVR環境の整備もその一環だ、とかなんとか。

 

 えらい人の研究で妊婦にVRをさせても胎児に悪影響を及ぼすことはないということがわかってますし、寝たきりの人にとっては外と関われる貴重な機会にもなります。意外に感じますけど、医療の面でも役立つことは多いそうです。

 

「そんなわけですから、私事ですけどクランの活動が鈍ってしまいます。他クランに入って活動してもらってもいいですし、脱退申請だって受け付けます。もちろん、私が復活してからまた入りたい、と言ってくれるなら再加入だってOKですから……」

 

「古鷹さん、野暮はそこらへんにしとこうよ。私たちは待つよ。ね、飛龍?」

 

「うん。こう見えても前のクランでは軽くいざこざ起こして辞めてるからね。もう行く先なんて自慢じゃないけどあんまないから」

 

 それは本当に自慢じゃないと思います。というか自慢していいことじゃない気がします。

 

「私たちの心配をするより、自分の体の心配をするべきだと思う」

 

 そしてヒトミさんからは至極まっとうな指摘が。でもそうなんですよね。出産なんて経験ないので、正直だいぶ不安だったりします。から元気気味なハイテンションで現状は乗り切っていますけど。

 

「私はほかにも所属しているクランがある。それに野良で遊ぶことだって十分に可能だよ。だからそこまで心配する必要はないんじゃないかな。それにこのクランは自由が気風じゃないか。好き勝手に集まって、好き勝手に遊んでいるんだからまた古鷹さんたちが戻ってくれば好き勝手に集まるさ」

 

 ヴェルちゃんからの言葉にうなずくなどして肯定のリアクションをみなさんが返してくれるので、私の胸はなんだかいっぱいです。突発的に作って、いろんな経緯を経て結成された小規模なクランですが、このメンバーが集まってくれて本当によかったと心から言えます。

 

「それではみなさん、またここで」

 

 そうして2ヶ月後。

 私の入院が決定したと同時に『イーリス・アイリス』の活動は完全に休止しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3年後――

 

 VR艦これは定期的にイベントを開催する。そうなると通常のゲームでいうところの酒場と同じ役割を果たす食堂には、イベントを攻略するために艦隊を組もうとするプレイヤーがたくさん詰めかけるのだ。

 そんな中で知り合いを見つけたのだろう。ふたりのプレイヤーが軽く片手をあげてあいさつをして、近くのテーブルに座る。

 

「イベントが始まったけど、今回はどう?」

 

「今回こそ最終海域まで到達したいな」

 

「いいねえ。私もちょっとがんばろうかなぁ」

 

 そういえば今回は空も砲撃もバランスよく配置された敵編成らしいよ。マジか、大変そうだなぁ。

 お互いに情報交換をしながら、攻略の道筋を立てていく。まだパーティー申請していないものの、艦隊を組むつもりの会話だった。

 

 そんなとき。人ごみが割れて、どよめくような声。

 

「え、なになに?」

 

 何事か。おどろいたのか、片方が思わず席を立ち上がる。そして背伸びをしながら、必死になって人ごみを割った原因を探ろうとする。

 

「なにが見えた?」

 

「6人……。たぶんパーティーだと思う。これから出撃なのかなって感じがする」

 

「メンツは?」

 

 座ったままの仲間に艦娘の名前を伝えていく。すると何かに気づいたらしい相方は神妙な顔つきで口を開く。

 

「もしかしてさ。その艦娘のIDってこんなんだったりする?」

 

「正解。お知り合い?」

 

「そっか、まだ君ははじめてから2年くらいだったね。まあ、知らないのは無理ないよ。なにせ3年前に活動休止してからというものの、ずっと動きがなかったんだ」

 

 そっか、活動再開するんだ。そんなふうに、彼女はひとりごちる。

 

 

 

 

 

 あの人のうわさを聞いたことがある。

 

 二航戦タイトルマッチには常に上位へ食い込み、交互に『灰燼』と二航戦の称号をかけて戦う屈指の空母コンビ。

 

 あの人のうわさを聞いたことがある。

 

 PVPにおいてその身軽さを活かして立ち回り、相手を煙に巻くような行動で高笑いをする駆逐艦。

 

 あの人のうわさを聞いたことがある。

 

 ワンショットワンキル。海面下へ秘かに潜み、一撃をもって沈める不可視のスナイパー。

 

 あの人のうわさを聞いたことがある。

 

 互いにスタイルこそ違えど、攻めに振ったスタイル。まったく違うレンジからお互いをカバーし続ける息のあった重巡洋艦コンビ。

 

 たった6人の小規模クランでありながら、そのクランメンバーはいずれも指折りの強者揃い。大規模な攻略クランにも一目置かれている少数精鋭のクランだ。

 

 そのクランの名は。

 

「さあ、いきましょう。イベント海域、攻略開始ですっ!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

 

 『イーリス・アイリス』

 





 唐突ではありますが、最終回です。書きたいストーリーは軒並み書けたので区切りとしてしまってもいいかな、と思いまして。

 まあ、イーリス・アイリスのオフ会編とかいろいろ構想で止まってしまったものはさておき。

 せっかくですし、次回あたりにキャラクターの設定でも公開してみようかなぁ、とは考えています。かなりふざけて考えた結果、文字数がそこそこになったので後書きに記載するのは見送り、ということで。
 そんなキャラ紹介で一話分を割くので、謝辞やら堅苦しいものは次回ということで。
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