「古鷹ー。古鷹ー」
「…………」
「なあってば、古鷹ー」
「…………なに、加古?」
クランルームに配備された煎餅蒲団で枕に顔を押し付けて不貞寝を決め込んでいましたが、何度も呼ばれてようやく顔をあげます。
「気にしすぎだっての。別に古鷹が悪かったわけじゃないだろー?」
「ほんとに?」
「本当に」
「でも最後は不要だったし、あんなの恐喝だし……」
「なら最初っらやんなきゃいいじゃんか……」
「わかってる……」
ぼふっと再び私の頭が枕に埋もれます。いつもは加古が使っている蒲団も今は私が占拠してしまっているので、加古も寝るに寝られず座布団に座っています。
「ごめん、無理っぽい」
「なんとかできない? ほら、ずっとコンビでやってきたんだしさ」
「あーなったら古鷹はしばらくあのままだね」
そっかぁ、と飛龍さんの落胆するような声。申し訳なさの重りがさらに私の中でひとつ、増えました。
何をしているかって? ええ、ただの自己嫌悪です。
さすがにやりすぎました。
常々わかっていたはずなんです。頭に血が上ると周りが見えなくなってしまうのは。今回はそれが最悪の方向で働いてしまいました。
「こうなるとめんどくさいんだよ、古鷹は」
「それにしてもびっくりしたよー。いっつもお淑やかな古鷹があんなふうに怒るなんて」
「古鷹は怒るよ、蒼龍。ぶっちゃけかなり怖い」
蒼龍さんに向かってかなり失礼なことを人がいない隙に加古が言っていますが、今回ばかりは言い訳のしようもないのでぼふぼふと枕に顔を叩きつけて自戒。深海棲艦と戦っていた方が自己嫌悪と戦うよりよっぽど楽な気がします。
「ただ古鷹はたいてい本気で怒った後にああなるんだよなあ。やりすぎたって言って自己嫌悪マシマシで沈み込んじゃってね」
「それ経験談だったり?」
「ビンゴ。あーなると元に戻すのに苦労するのなんの。平謝りして甘い物で懐柔して……って何を話させるんだよ」
誘いに乗って迂闊に話しかけた加古をからからと蒼龍さんが笑って誤魔化します。
そろそろ切り替えないと。わかっていてもなかなかさっぱりと気分転換はできるものではないんです。
「まー、なんだ。古鷹、そろそろ気を取り直せって」
「そーそー。私も飛龍も気にしてないよ? むしろスカッとしたし」
「また私の代弁を勝手に……いやまあ、私もそう思ったけど」
まだ割り切れたわけじゃありません。今回の件は向こうが悪かったけれど、感情に任せて暴走した私にも非はあります。けれどそこまで言われてずっとぐじぐじといじけているのも大人気ないかもしれません。
もそもそと蒲団から這い出すとセーラー服の皺をきちんと直してからすっくと立ち上がります。
「気にしないのは無理だけど、あんまりこんなことばっかりしてたら迷惑ですよね。ごめんなさい。古鷹、復活ですっ!」
最後の一言に茶目っ気を込めて言うと少しは吹っ切れたような気がしました。もちろんまだわだかまるものは残っていますけど、それでも表面上は取り繕うことができるようになりました。
「ところであれからヴェルちゃんとヒトミサーティーンから接触は?」
「メッセージが来てますね。お礼に来たいとのことです」
ところで飛龍さんはいつの間にВерныйさんのことを「ヴェルちゃん」なんてかわいらしい呼び方をするようになったのでしょう。せっかくですし、私も真似させてもらいましょうか。ヴェルちゃん。うん、かわいいです。
「じゃあさ、みんなで行こうよ。今日の予定は特にないんでしょ?」
「いいんじゃないか? 古鷹、行こうぜ」
結局、通報をしてからまた後日ということになって私たちとВерныйさん、いえヴェルちゃんたちとは一旦、別れました。メッセージで明日にでも連絡するよ、という約束をヴェルちゃんは律儀にも守ってくれたみたいです。
「古鷹が復活したのそれにタイミング合わせただろ」
「さ、さあ? き、気のせいだよ加古」
「思ってたけどさ、古鷹さんって面白いくらいに表情が顔に出るよね。目が泳ぐどころか目が水上スキーしてるし」
「あ、飛龍もそう思っちゃう? なんかころころ表情が変わるから見ていて楽しいよね」
これは喜んでいいんでしょうか。VR慣れしていないと言われてるようで、ちょっと複雑なところです。いえ、でもつまらない女だと言われるよりはいいのでしょうか。
「まー、いいや。集合場所はどこって?」
「食堂だって。今度は本人が来るからアルフォンシーノまで行かなくても大丈夫だよって書いてある」
あの時、アルフォンシーノで会ったのは例のPK集団からヒトミサーティーンもヴェルちゃんもマークされ始めていたらしく、警戒してのことらしいです。でも今はそのPK集団の構成員はことごとく垢BANの処置を受けたので人目にはばかることなく会えます。
「早めに出てても大丈夫だろ。ぼちぼち行こうぜ」
「ずっとクランルームでだらけているわけにもいかないもんねぇ。あ、私はいつでもオッケーだよー」
「私も大丈夫かな」
蒼龍さんに続いて飛龍さんも準備万端とのことで、あとは私だけ。幸いにも、と言うべきなのかここはゲームの中なので化粧直しなどをする必要もありません。さっきまで蒲団に包まれていた私ですが、髪が乱れたりすることもないので、気軽に外出できます。
まあ、メタなことを言ってしまえば『古鷹』はあくまでもアバターなのでさほど気にする必要もないんですけど。
でもほら、女の子ですし。身だしなみはきちんとしておきたいじゃないですか。
クランルームから出て、鎮守府の食堂を行く先に選択。こういう時はゲームシステムで一気にワープできるのは時間短縮になってありがたいです。
「あいっかわらずやっかましいよな、ここ」
「しょうがないって。だってここチームメンバー探しにも使われる集会所なんだしさー」
蒼龍さんの言う通りです。このゲームをプレイしてそこそこは経っている私ですが未だに食堂が沈黙しているのは見ません。
あれですね。別ゲーでいうところの酒場的なもの、と言えばわかりがいいでしょうか。
「やあ。昨日ぶりだね」
とんとん、と肩が叩かれて振り返ると私の頬にむに、と人差し指が当たります。声の主は疑うまでもなくヴェルちゃんなんですけど、なんて古典的なイタズラをするのでしょう。
かわいらしいからいいですけど。
「報酬の件ともうひとつ、別の件で呼び立てた」
「別の件、ですか?」
なんだい柔らかいじゃないかと私の頬をつっつこうとするヴェルちゃんから逃げながらヒトミサーティーンに聞き返します。
「先に別件の方からでいいだろうか」
「まあ、そちらにとって都合のいい方からで私たちは大丈夫ですけど……」
「じゃあ単刀直入に行こうか。まず私をクランに入れてくれないか?」
「私もそれを所望する」
「へっ?」
素っ頓狂な声が思わずこぼれました。
いやいや、だってですよ?
Верныйさんにヒトミサーティーンですよ? それが私たちのクランに入りたい、なんて言ってきたんですよ?
頭の理解が追いつかなくたっていいじゃないですか!
「あの、別に恩義とかでだったら無理しなくても……」
「恩義で群れようなどと思わん。純粋に加わりたいと思ったからだ」
「現在、クランは4人なんだよね? これでヒトミと私が入ればちょうど6人になるじゃないか。悪くない話だと思うんだけど。数は増えて困るものじゃないだろう? それにフリーな身の優秀な駆逐艦なんてそんなにいないよ。悪い話じゃないと思うけど」
優秀とか自分で言っちゃうんですか。いやまあ、腕はトッププレイヤーだと思いますけど。
えっと、どうしましょうか。
助けを求めるつもりで加古と飛龍さん、蒼龍さんの順番に振り返って目を合わせてみましたが、全員がうなづくだけ。それはまるで好きにしていいよ、と言っているようです。
「私はもうひとつ、別のクランにも所属しているため、兼任ということにはなってしまうがそれでもそちらがよければ加えてほしい」
ヒトミサーティーンにそこまで食い下がられては断るのも野暮というものかもしれません。
「あの、ヒトミさんって読んでもいいですか? サーティーンまでつけるとちょっと長くて」
「構わん」
「ならこれからもよろしくお願いしますね、ヒトミさん」
手を差し出すと、ヒトミさんが咥えていた葉巻とサングラスを仕舞うと私の手をぎゅっと握り返します。
「私はスルーかい? 寂しくて悲しくて泣いてしまいそうだよ」
「ケロッとした顔で言っても説得力がなあ」
加古があくびを噛み殺しながら胡乱げな目つきでヴェルちゃんを見つめます。居心地悪くなりそうなものですけど、さすがにこの胆力ある駆逐艦はそれくらいでは動じません。
「まあ、いいじゃないか。で、私は入れてもらえるかな? いい加減に野良で遊んでいても愉しい事が起こらなくなってきてつまらなくなってたんだ」
気のせい、でしょうか。「たのしい」の漢字がおかしいような……。いえ、口頭ですから漢字なんて見えるはずがないんですけど。
「それにニセモノを追い詰めていた時の古鷹さんが最高に私の中のリビドー的な何かとアレなやつにピーンと来たんだよ。この人たちと一緒にいたら愉しいことがあるに違いないってね」
「ふぇぇ……」
「「ふ、古鷹さんが倒れたー!」」
な、なんで気を取り直したばかりのことを蒸し返すんですか……。あとやっぱり二航戦のおふたりは息ぴったりなんですね。
「いっそ二つ名とか名乗ればいいんじゃないかな? 『愉悦』とかどうだい? 『愉悦』の古鷹。悪くないと思うけど」
「絶対いやですっ!」
がばっと起き上がって講義するとヴェルちゃんが愉快そうにけらけらと笑います。
これ、苦労しそうだなぁ……。
「まあ、そんなわけでよろしくお願いするよ。もうクラン加入申請は送っておいたから」
ええ、知ってます。だってウィンドウが開きましたからね。Верныйを加入させますか、というウィンドウにイエスと私が答えて加入手続きは完了です。
「うん、これから愉しくなりそうだ」
鉄面皮のままでその場をこれでもかと引っ掻き回したヴェルちゃんが満足げに首を縦に振ります。これからちょっと大変になりそうです。このハチャメチャ暴走駆逐艦を見ているとそんな予感が拭えません。
「加古ぉ……。米焼酎、ストレート……一升瓶でお願い……」
「待て待て待て待て! お前酒は弱かったじゃん!? 度数がそこそこある焼酎をストレートで一升瓶もいったらぶっ倒れるって! グラス1杯で顔真っ赤でヘロヘロになるのにさ!」
喚いて止めようとする加古を隣に憂鬱モードです。今日くらいは飲んだっていいじゃないですか……。クランメンバーが6人、きちんと揃っておめでたい日なんですから。
決して自棄酒じゃありませんよ。ええ。
……愉しんでたわけじゃないもん。
クラン結成編、最終回です。以降は更新速度を少し落とさせていただきますが、どうかご了承をば。
追記。
誤字訂正をしました。ヒトミサーティーンだったものが、イムヤサーティーン、となってしまっていました。元々はヒトミではなくてイムヤだったという設定がバレましたが、私的にはOKです。(OKではない)
誤字指摘してくださった方、ありがとうございます。