おきのどくですが、皆様の文明は消えてしまいました 作:rikka
『ねーえ! ケイ姉、聞いてる? 日が高くなったのって結構前だよ?』
森の中のキャンプから馬を走らせて都会に向かう途中、後ろから聞き慣れた声がする。
もっとも、そこらの空気中に漂ってるかもしれない毒から身を守るためのマスクを付けているために普段よりくぐもっているが。
『うるさいわねぇ、妹は人生の先輩たるお姉ちゃんを信じなさいって』
『そんなこと言って……この間も昔の大きなマーケットの中を探索してたら建物が崩れて押しつぶされそうだったじゃない!』
『勝手について来たアンタがギャアギャア騒がなければ早々簡単に崩れなかったわよ! 金属含めて、建物は全部ボロボロになってるって言ったでしょう!』
自分も念のために防護服とマスクを身に付け、更には乗っている馬にまで専用のマスクを付けさせてカッポカッポと揺られている。
『それに、ここ最近回収した本は全部読み飽きちゃったし、新しいのが欲しいの』
『それ止めろってキャンプの皆に言われてるじゃん』
『ちゃんと森の一番外に、専用の小屋作ったわよ。都市の物を中には持ち込んでないわ』
『……あんな毒まみれの場所の物、よく拾おうとするよ』
今日の天気は晴れ。
全く持って最高の探索日和だ。
とはいえ、妹の言うとおり確かに時間が経っている。
(日が落ちる頃に街の中にいるのは、さすがにヤバいしなぁ……)
『ちょっと飛ばすわ。チェルシー、ついてくるんなら遅れるんじゃないわよ!』
後ろの方で妹が何かを言っているが、気にしていられる程余裕がある訳じゃない。
馬の腹を軽く蹴って、速度を上げる。
自分だって、死ぬためにあの街へ行く訳ではないのだ。
あの、カビに覆われた都市。
かってはこの国、この場所――イングランド北西部の顔と言われていたらしい街。
リヴァプールのその周辺を目指して。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『うへぇ、やっぱ気持ち悪いよぅ。このピンクに光るカビ……』
『ピンクならまだ大丈夫よ。っていうか……だから外周部で馬番して待ってなさいって言ったでしょうが』
『やだよ、あんな寂しい所に一人でいるなんて。野犬が来るかもしれないし』
アタシも、どうして今の様な世界になったかはあまり知らない。
知っているのは、一〇〇年くらい前に突然、世界中の金属にカビが生え出したってことだ。
『ケイ姉。せめて探るにしても小さい建物だけにしようよ。メタルイーターがうじゃうじゃ生えてる建物なんて怖くて近寄れないよ』
名前が示すまんまの特性を持ってるこのカビが、文明の時計を巻き戻した。
そこらにあった鉄道や車は恐怖の対象となり、飛行機などは残っていた本の絵でしか見た事がない。
(あのカビこそ、人に与えられた罰かもしれんってお爺ちゃんはいつも言ってるけど……)
金属を腐らせ、毒をばら撒くこのカビのせいで人の活動できる場所はそうとう限られるようになってしまった。
今でも、近くに昔の鉄道やら水道などの昔の人工物の痕跡があれば、ガスマスクを装着した人員総動員でそれらを撤去して遠くに捨てに――いや、埋めに行く仕事がある。
『アンタ、ちょっと前に昔のコンクリートとか電柱、電線の処分作業に行ってたでしょ。いいかげん慣れなさいよ。夜にならないとコイツら毒は吐かないんだから』
『雨が降っても毒吐くじゃん!』
『もー、騒がないでよ。大声響くだけで大きい建物とか塔は倒れるかもしれないんだから……』
今日は妹のチェルシーが日暮れまでに帰れ帰れとうるさかったので、野営道具は持ってきていない。
そうなると、ホームキャンプのあるグイディル・フォレストパークまでは……馬を飛ばして一時間半くらいか。
(ホントは川を超えて、向こう側も調べたかったんだけどなぁ)
アイリッシュ海に面しているリヴァプールという街は、その東西を川で分断されている。
向こう側に行くには金属が使われていない木製ボートを探すか、あるいはトンネルを付き抜けるか。
ただ、トンネルを抜けるのは……。
中には放置された車が大量に残っていたのは前回の探索時に確認していたし、その車も薄暗い所で綺麗な紫色に輝いていた。
メタルイーターにかなり食われている証拠だ。
常時毒を放っている訳ではないようだが……密閉された空間にあの量のメタルイーターはさすがに怖い。
『ケイ姉が馬用のマスクを手入れしてたから、おかしいと思ったんだよね』
そのため安全地帯を見つけたらそこで野営して、時間をかけて川をさかのぼってみるつもりだった。
その計画も、日没までに帰る様にと口やかましい妹によって水泡に帰した訳だが。
『それで見張りに来たわけ? ったく、アンタって子は』
『妹が姉を心配するのは普通じゃん!』
『大きな声出さない。崩壊もそうだけど、野犬とか寄ってきたらどうするの』
『お爺ちゃんのセラミック銃借りて持ってきてるもん』
『動いている物に当てるの難しいわよ。特に犬には』
そういって、皮ズボンにぶら下げている軽い拳銃を取り出す。
(自警団が使ってる強化プラスチックの拳銃なら精度も高いらしいけど……あっちは弾がね)
それを抜いて、弾の装填を確認する。
知り合いのセラミック技師に作ってもらった特注品だ。
頑丈に作った分装填数が犠牲になったが、使いやすさでは一番だ。
大きな音を立ててしまうために狩りで使う事はほぼないが、護身用としてはかなり頼りにしている。
『とにかくさケイ姉。ちょっと調べたら帰ろうよぉ。こんな都市部で日没まで過ごしてたら、こんなガスマスク程度じゃ死んじゃうよぉ』
『分かってるわ。そこらのてきとうな家で物漁ったら帰るから』
『小さい家って言っても、二階もあるんだよねぇ。昔の人いいなぁ』
かつては住宅街だったのだろう。似通った民家がズラーっと立ち並んでいる。
『えーと、キング……なんとかウェイ……んー、看板読めないよぉ!』
『ほとんど腐食してるんだから当たり前でしょ』
かつての住人が住んでいた家は、どこも所々が淡く輝いている。
窓の枠や雨どいの一部、鍵穴、庭の飾り、そして100年近く放置されている車。電線に電柱。看板などなど。
どれもこれも、食われている。
『ねぇ、ケイ姉』
『なに?』
『ケイ姉、いつも狩りのついでにこうやって昔のお家とか建物を家探ししてるけど、なんで?』
適当な家のドア――取っ手や鍵穴,蝶つがいも、もうずいぶんとメタルイーターに腐食されているそれを蹴り破る。
一応施錠はされていたようだけど、やはり脆い。
『昔の物を保存しておきたいのよ。金属の物はどうあがいても無理だけど』
家の中も、やはりボロボロだ。
時計やテレビの内部基盤が大量のメタルイーターに侵され、覆っていたプラスチックかなにかのカバーやガラスを破って外に出てきている。
二階へと通じる階段の手すりは、金具が腐食しきっているため落下して転がっている。
階段は木製だが、腐食している可能性は十分以上にある。
いつもなら迷わず行くが、今日は少々装備が不十分だ。
(あーもう! チェルシーがついて来なければ、今頃馬飛ばして川の渡り方を探してたのに!!)
ついでに、昔の地図も欲しかった!
手探りであちこち探している現状では、どうしても目当ての場所が分かりづらい。
どこなのよ図書館! 学校! 大学!
『色々欲しい物はあるけど、私、本を集めてるのよ』
『ベースキャンプからすっっっごく離れた所に作った小屋でいつもやってる事って、本を読んでただけ?!』
『違うわよ。本を写してるの』
100年という歳月は、そこらに放置されているだけの書籍など容易く風化させてしまっている。
かつては完璧に保存されていたというデジタルとかいう技術も今は昔。
文献や資料といった物は非常に貴重品だ。
『ケイ姉、昔のファッション詩とかカタログばっか読んでたからそっちにしか興味ないと思ってた』
『あれは趣・味っ! 一応、これでも真面目な理由はあんのよ。……おっと?』
少し離れ所で、何かが崩れる音がする。
慣れていないチェルシーは驚いて「ひゃう!」と私にしがみついてくるが、都市の探索になれた自分には慣れっこだ。
今日も――いや、
いつも、どこかで。
少しずつ、かつての文明が消えて行っている。
(そんなの、悔しいじゃない)
ひょっとしたら、一気に全ての元凶であるカビもどきが毒を吹きだすのではないかと恐れてしがみついてくる妹を抱きしめながら、静かに思う。
――絶対に、もう一度私達の時代を取り戻すと